◆ ジェシカの軌跡5 予兆
商会は出だしから絶好調!
元々、数年前のベヘモト事件後から大型商会が軒並み撤退した為、この地域では商品の流通が滞っていた。
一応、必要な商品は手に入った。各区統括教会からの支援が多かったから、生きるのには困らなかった様子。
…でも、欲しい商品が来なかった。
『必要』≫『欲しい』だから、流通網は『必要』最優先。『欲しい』?行政の要でもある教会も無いのに贅沢言うな!…と。
おかげで皆、悶々としながら日々を過ごしていた。
そこに突然現れた救世主『ルブラム商会』!
教会未整備地域での商会設立許可。取得激ムズ証書を引っ提げて、貴方の『欲しい』を届けに来たよ!
久々の明るいニュースに、皆、飛び付いたってわけよ。
安物の綿花製品(と言っても、平民にとっては少々お高い)…で客の心を鷲掴み。更に高い商品へと誘導する。
撒き餌で小魚を集めて、大物を誘き寄せる感じ?
魔蠱蚕糸の糸や反物は超々上級顧客向けなので、ほとんど数は捌けない。でもこちらは、ある意味売れなくても良い。ただの目の保養。
そんな顧客達は、諦めて普通の絹糸を買う。でも実は…こちらこそが良い利益。北方区産絹糸は質の割に安いから。
手の届かない場所に宝石を飾り、手元に硝子玉を並べる感じ?
どの商品も質が良く、多くの富裕層に太鼓判を押されてる。
富裕層の口コミがお友達を呼び、短期間で評判の商会となっていく。
少し問題があるとすれば、ベネフィカのフリン商会からの伝手が多い所為で、裏の人間達との取引記録が多く残るというところ。
今はあまり、官憲共に目を付けられたくないのよね。
…三大組織が警戒しちゃう。
取引報告書をオマリー司教補佐に見せたら、流石に頭を抱えてたわ。
教会に登録手続きをした父ちゃん自身が裏の連中と関わっているのでは…?と、邪推されかねない内容だったからね。
表向きはベネフィカ…ラザフォードと父ちゃんは無関係。なので、あくまで邪推程度の事だけど、枢機卿選定を控えているエレノア様の足枷にならないか…と、心配していた。
その程度の事が、あの女狐の足を引っ張る程の問題にすら、成るわけも無いのにね。
父ちゃんはエレノア様に甘いというか、現実が見えてないというか……
有償貸与している帝国製裁縫魔導具の評判も上々。次々と契約者が増えている。
材料買掛の支払いも、魔導具の貸与料で補填できるくらいに儲かっている。
出納帳を眺めながら、信じられない位の金額を動かしている事に驚く。
人件費と経費、維持管理費を多めに見積っても、今月中にはキベレ侯爵に纏めて支払える。家具の貸与料金を。
…この家の敷物、装飾品、及び家具類は、全て彼個人の持ち物。
元々中身の無かった空箱を、上級貴族に相応しい宝石箱にしなきゃならなかった。周りを騙す為にね。
本来その為には、莫大な資金と長い工期が必要。でも、今そんな事にかける時間も金も無い。
お手軽に済ます為にキベレ侯爵手持ちの屋敷の一つから、中身を全て引っ剥がして移設してきた。
買うよりも、時間と費用を随分と節約出来た。私の財布はホクホク。
目の前に座るベネフィカもホクホク顔。
いつもビクビクしている駄犬が、今日は褒められたそうに、私の顔を上目遣いで見つめてくる。
見えない尻尾を振っている様子が感じ取れる。
…ふぅ…しょうがない。信賞必罰ともいうし。
「良くやったわ、ベネフィカ。素晴らしい結果よ。
貴方の部下達、貴方の友人達の能力評価、上方修正しておくわ」
軽く褒めておく。
孫娘の言葉に、目をキラキラさせながら喜ぶ裏の組織のボス。…贔屓目に見ても可愛くはない。
侍女頭の衣装に身を包んだエリンシアが、無記名の小切手を私の前に差し出した。
私は日付と返済額を記載し、署名をして彼女に手渡した。
…購入代金・登録手数料はメディナ爺さんへ。
家具・その他の品の貸与料はキベレ侯爵へ。
目先の返済は完了!肩の荷が下りたわ。
…後は儲けるだけ!イヒヒ……
「ジェシカ…顔が悪い」
メロディエラが私の横にドカッと座り、ニヤけて吊り上がった私の頬を突っつく。
「…それを言うなら『悪い顔』です。メロディ」
お茶のお替りを持ってきたメネアが、空の皿を下げながらクスクスと笑った。
「わざとよ」「…でしょうね」
軽口を叩きながらもテキパキと手は動く。
「顔に興味はないわ。他人のも自分のも。悪かろうがどうでも良いのよ…」
私はカップを持ち上げ、小さく揺すった。
茶の香りを確かめ、色をじっと見る。
「…毒は入れてないですよ?お嬢様」
メネアは軽く首を傾げた。
「癖なのよ…未だに抜けない…。
悪魔のお陰で、ほとんどの毒は効かない体質になったのだけれど…」
「しゃーねぇっすねぇ…」
突然、メネアはベネフィカの隣にドカッと腰を下ろした。
目の前にあった空いたカップに手を伸ばしたかと思うと、持ってきた茶を注いで一気に飲み干した。
「…アタシが毒見してあげるっす」
雑に、口元を袖で拭う。
メネアは応接机の上に乗っていた高級菓子を鷲掴みにし、次々と口の中に放り込んでいった。
「毒見も出来るアタシって…なんて…良い…女中…うめぇ…高い砂糖使ってるなぁ〜」
「こら!ズルいわよ!
それ私の!勝手に食うんじゃないわよ!」
その様子を見て、負けじとメロディエラも手を伸ばした。
自分達の雇い主、主人役と孫娘役の隣に堂々と座り、口いっぱいに菓子を頬張る女中二人。
エリンシアはそんな二人を見下ろしながら、こめかみを押さえていた。
◆
日も落ち、夜警の警備兵達が挨拶に来た。
「ラザフォード様。これから立哨に向かいます!」
「今晩も宜しく頼むぞ。
いつも通り裏口に二名、残りは正面にな…」
「かしこまりました!」
「ああ…それと、裏庭には犬を放つからな。
あの子達の警戒範囲には入らないでくれ。
万が一があっても助けられないからな…」
「はっ!気を付けます!」
ベネフィカが堂々とした態度で彼等に指示を出す。
私は、彼等がキビキビと歩きながら部屋を出て行く様子を、お嬢様然とした姿勢のまま眺めていた。
「では…わたくし共も、いつもの部屋で待機させて頂きます」
エリンシアが頭を下げ扉を開く。
「またね〜。ジ…イスカちゃん!」
「あの部屋、超寒いんスよね〜。毛布出してもいいっすか?」
相変わらず女中役が身に付いていない二人が手を振る。
エリンシアはそんな二人をキッと睨みつけ、教育し直しますわ…と、呟いた。
「待って、エリー」
私は窓の外を眺めながら三人を呼び止める。
雲が月を隠し、隣接する公園の木々が深い森の様に蠢いて見える。
大通りの外灯から僅かに届く光が裏庭の闇をより深くし、庭木やトピアリーの影が程よく暗くて黒い。
さざめく風が木の葉を擦り合わせ、枝葉を踏む音を紛らわせてくれる。
…もし、私なら…
「…良い夜よね」
私の呟きを聞いて、三人の目つきが変わった。
「こ…今晩、なのですか…?」
ベネフィカがオロオロしながら私を見上げる。
「多分ね」
孫娘役に縋る祖父役を一瞥し、再び窓の外に目を向けた。
あくまで、私ならば…という想定だけど。
予兆というよりも確信に近い。
襲撃するには良い夜だ。
「打ち合わせ通り…」
「もし相手が殺意を向けたら、殺しても良いんスよね?」
エリンシアの応答に被せ、メネアが軽い調子で私に確認する。
『殺し』という言葉に、ベネフィカもエリンシアも冷たい目で応じ、メロディエラの瞳だけが僅かに動揺していた。
「もちろんよ。ただし…」
「警備兵達への対応次第…ですよね?」
「そう。素人相手に殺しをする様な連中なら…処分して良いわ。素性は追々調べるから。
犬も警備兵達も殺さない位の手練れなら、貴女達が襲われない限り、知らん顔で通してね」
私の言葉でメロディエラはホッと息を吐いた。
「大丈夫ッス。メロディ。
捌くのはアタシがやりますのでね」
「な…!メーア!!私が未熟だとでも言うの?」
メネアの気遣いに、頬を膨らますメロディエラ。
顔を赤くして彼女に詰め寄った。
「べ…別に、殺せるから偉いという事はないんスよ?メロディ…」
メネアは手で彼女を抑えながら、困った様に微笑む。
「寧ろ、『殺さない』人の方が『強い』んス」
「……」
メロディエラは、キョトンとした顔で彼女を見つめた。
そう…『殺さない』事は難しくて怖い。
簡単に『殺す』私達は臆病。怖いから殺すの。
昔から…私は弱虫だから…
「大丈夫ですか?お嬢様」
急に黙りこくった私を見て、エリンシアが心配そうに声を掛けてきた。
「…あ、うん。大丈夫。
みんな、今晩は警戒を最大にしておいてね」
私の言葉に、皆は黙って頷いた。




