◆ ジェシカの軌跡4 刺し餌
仮の屋敷は登録済み。
商会用の店舗も用意済み。
私とベネフィカの北区で登録した戸籍は東区へ移動させた。
東区に新たに出店する店舗の責任者としての登録も済ませた。
表向き、孫娘の私は只の金魚のフン…と言う事になっている。当然、顔見せ時には変装をする。
私の通っている学校の学友?共がこんな荒れ果てた東区で彷徨くとは思えないけどね。念には念。
因みに、架空の父母は帝国に用意した支店に出向中となっている。勿論、書類上だけのこと。
私の上司であるエレノア司教は帝国の高位貴族出身であり、帝国の頭である王帝陛下とも懇意。帝国国内であれば、架空支店の登記も架空戸籍も簡単。
余程高位の立場に居る者が調べない限り、私の戸籍偽装がバレる事は無い。それに、下手に調べると登記を手伝った枢機卿爺さんを敵に回すことになる。
藪を突いたら蛇…どころか多頭蛇の魔獣が出てきた!…なんて事になる。怖や怖や…
問題は、過去の事件のせいで、東区の主要な教会の多くが未だ活動していない事。
教会は戸籍・法人登記・契約仲介及び、それらの管理・保管を請け負っている。それらのネットワークがズタズタ。更新の並列化が滞っている。
お陰で、ウチの商会の告示・通達に手間と時間とお金が掛かる……
そこで救世主登場。オマリー司教補佐が協力してくれた。
エレノア様が、これから頻繁に東区の各教会を巡る事になっている。
本来の目的は、東区の復興に伴い新たに選定される枢機卿、その一候補としての挨拶回り。つまり地固め。
支援宜しくね〜…という、大人の遣り取り。
他に候補者も居ないし、既にほぼ内定状態。とどのつまり、単なるお披露目と運営支援金。現地視察を兼ねての。
今後、この地区の枢機卿に成る事を考えると、多少の金銭は心の潤滑油なのだとか。清貧だけでは空腹は満たせないからね。当たり前。
その場に、私の父ちゃんも『従士』として随伴する。
その際、私達関連の登記書類を各教会へと届けてくれるそう。
枢機卿(予定)の従士が届ければ、最優先に登録される筈。
元々、北方教会区の統括教会で、エレノア様の補佐をしていた事は知られている。なので、同行してても不思議ではないし、書類関連の仕事をしてても違和感は無い。
エレノア様も、オマリー司教補佐の『英雄』という肩書を存分に利用するつもりらしいので、この機会に私も便乗させて貰うことにした。
「『英雄』を従える新進気鋭の美人枢機卿!
荒廃した東区に舞い降りた救いの女神!
どう?格好良いでしょ?」
美人を強調するように!と、エレノア様がほざいていた。
寝言は寝て言え、行き遅れ…と呟いたら殴られた。
…直ぐ手が出る。あんな姿して、実は暴力女なのよ?
帝国との極太いパイプを持つ彼女が、帝国と向き合う東区を治める事になる。
それは話題になると同時に、一部の人達には危惧されていた。
「東区が帝国の支配下に入ると、帝国から中央区まで一直線になる!中央が簡単に攻め落とされるぞ!」…とか何とか。
聖教国の従同盟国である帝国を危険視している人達も、未だ一定数居るのだから、しょうがない。
是迄も、度々嫌がらせがあった…。
今回、その緩衝材として選ばれたのが、正教国内で暴れていた凶悪な魔獣を退治(?)した『英雄』であるオマリー。
教皇猊下直々に評され、正教国内でも評判の高いオマリーが矢面に立てば、反帝国派の連中も声を上げ難い。
「女神の様な美貌で民衆を照らし、熊の様な英雄が反対派と私の橋渡しをする……なにこれ?完璧じゃないの!」
執務室で高らかに笑ってたなぁ…
笑うとシワが出来るよ?年齢考えなー…と呟いたら、いきなり座ってた椅子を蹴られた。椅子が粉々になってたよ…。
もし躱さなかったら、私の脚が千切れてたじゃないの。やっぱり暴力女だったね。
あれが枢機卿になるなんて、正教国の未来が思いやられるわ。
◆
商店の登録作業と並行して、宣伝広告もばら撒いた。
扱う品は、東隣の帝国から仕入れた裁縫用魔導具に、西隣の王国から輸入した魔蠱蚕糸。それを紡いだ銀水生糸や赫灼反。
装飾用の銀細工や宝石等も一通り。
平民向けには、手に取りやすい綿花製品。少々値の張る羊毛物も取り揃え。
糸、布、反物…全方位射撃!抜かり無し!流行りを創って流れを造る!衣料品は金になる!
特に、高級反物を使った受注生産品は最安でも金貨が飛び交う。
私の商会の目的は稼ぐ事ではないけれど、稼げるに越したことはない。お金は大事。
…キベレ侯爵への残債も早めに精算しないといけないしね。
なので商売も本気。
ベネフィカの部下で、手の空いている連中を動員して使い倒す。
…そうだ。魔導具の貸与業も始めよう!
裁縫用魔導具の各種基礎部品の性能は正教国の方が上だが、それを組み合わせて出来た製品の質では帝国の方が上。
無駄な装飾を省き、魔石の省力化を実現し、操作動線を考慮した造り…つまり、とても使い易くて性能が良く、人気がある。しかも帝国の官品。
一番ハードな現場で使用される一番信頼の置ける製品。
帝国で知り合った暗部や軍部の連中から横流しして貰った逸品。…帝国の第一王子経由なので違法ではないわよ。王室への『貸し』は利用してこそ。
ふふふ…。思わず笑みが溢れる。
今現在、この正教国内で、私よりも良い商品を扱える商会なんて無いでしょうね。
ベネフィカの持つフリン商会の情報網と、エレノア様の持つ帝国との伝手。
そして、英雄オマリーの持つ影響力を間接的に利用した教会への威圧。
これで勝てない勝負は無い!!
…おっと、商売はあくまでオマケだった。
本業を忘れない様に気を付けないとね…。
さて…、大きな商会がアンタ達の狙っている漁場を荒らしてるわよ?
三大組織の何処も粉をかけてない、まっさらで純真無垢な新興商会が目の前で踊ってるわよ?
最初に襲ってくるのは、何処かしら?
蜘蛛?煤被り?霧の隠者?
商会は人目につくわよね?来るなら屋敷の方かしら?
心が震える手札で魅せて?
あなたの告白、待ってます。
『赤髪の悪魔』より…愛を込めて。




