◆ ジェシカの軌跡2 大根お祖父様
「お嬢様、そろそろ到着する様です」
御者台から響くノック音を聴いて、向かいに座っていた初老の男が私に声を掛けた。
私は大きく欠伸をして身体を伸ばす。
その際、踝の下まで覆うスカートの裾に爪先を引っ掛けて、肩紐が引っ張られた。
「…ああ、もう。面倒臭いのよね…コレ」
…ズボンの方が楽なのに、女が穿いていると奇異の目で見やがる…ムカつく。
この服…すぐ裾を引きずるし動き難いしで、苛つくわ。
ズレた肩紐を引き上げながらブツブツと文句を垂れた。
「窮屈なのは…ええ…お察し致します。
とはいえ、お嬢様として設定されました役割。貴族子女として違和感の無い服装となりますと、ここはやはり、流行りの逸品を…。
どうか…御容赦願いたく…」
初老の男はハンカチで額の汗を拭きながら、上目遣いに私を見つめてくる。
…何だかなぁ……
「別に、アンタに文句言っているんじゃないんだからさ。そんなにオドオドしないでくれる?」
「は…申し訳…」
小さな声で謝罪する男。
「ベネフィカ…アンタ、一応は私の祖父役なんだからさ…。もっと堂々としなさいよ……」
「は…申し訳御座いません…!鋭意努力致します!」
私は深くため息をついた。
◆
目の前の男はベネフィカこと、ディアッソス=フリン。
フリン商会の会長を兼任している悪党。
表の顔は、首都中央区に大きな商会本店と複数の小さな店舗を構える大豪商。
裏の顔は、中央区でも比較的大きな市場を独占していた犯罪組織のボス。
密輸・密売や詐欺・地回り等の簡単な仕事のみならず、違法賭場の運営に高利貸し、身代金目的の誘拐から強盗殺人・麻薬に至るまで、何でも節操なく手掛けていた超有能悪党。
彼の組織を私が半壊させた。いえ…私達が。
半壊というのは、半分は残しておいたと言う意味。
悪党同士の繋がりを利用した彼の情報網は、とても有用だから。
流石に、誘拐・強殺・麻薬等からは手を引かせ、然程被害者の少ない(若しくは必要とされている)仕事のみ行わせている。
お陰で中央区の勢力図は短期間で随分と様変わりしたらしいのだけれど…私はあまり関わってないので、どの様に変わったのかは判らない。
暇な時に彼の表の店に突撃し、怯えさせて遊ぶ程度の付き合い。
何故か、彼は私を酷く怖れている。
年端もいかない、幼気な超絶美少女のこの私を。
陰で人の事を『赤髪の悪魔』とか言っているのを知っている。
ほんのちょっと…、目の前で彼の部下を惨殺しただけなのに。
私よりサリー達の方が余程酷い……まぁいいわ。
犯罪組織のボスらしからぬ、借りてきた猫の様に振る舞う初老のオッサン。可愛くない。
私の使える手駒の内、自由気ままに扱っても角の立たない有能な人材。
今回の作戦に丁度良い年齢だったので、利用…巻き込…頼み込んだ。
真摯に心を割って話したら、自らの意思で協力を申し出てくれた。半べそだったけれど、何に感動したのかしら?
◆
私達の乗った馬車は、先導する馬車に続いてゆっくりと停まった。
前の馬車は不動産仲介をしている東区の商会の物。
新しく買う予定の屋敷に案内させている。
私達の馬車はベネフィカが用意した物。
御者役兼、使用人役には、彼の部下を雇った。
裏の人間達の中では比較的マトモな青年。
特徴の無い事が特徴的な顔、馬を扱える、必要最低限度の知識を持っている…等で選んだ。
御者役の彼が踏台を用意し、馬車の扉を開けた。
ベネフィカは胸を逸らしながら、ゆっくりと馬車を降りる。あまり似合っていない付け髭を撫でながら。
馬車から降りた彼は、偉そうに肩肘を張ったまま目の前の建物を眺めていた。
「お〜い…ラザフォードお祖父様ぁ…」
呼び掛けても返事をしない。しきりに、「私はお嬢様のお祖父様…」と呟いている。
私が困っていると、御者役の青年が私の手を取って、馬車から降ろしてくれた。
「ラザフォードお祖父様?……おい、ベネフィカ…!」
「はっ!はい…!お嬢様、いかが…」
「あぁ…?何つった?」
「ひっ…!う…あ…ごほん…。ど…どうかしたのかね?イスカ?」
彼の笑顔は恐怖で引き攣っている。
横の青年も彼の恐怖が伝播したのか、二人とも幼気な美少女の前で直立不動。下手に目立ってしょうがない。
…この大根。自分の名前を忘れてんじゃねーぞ…。
コイツの演技指導役も必要か?
…はぁ…、結構手間がかかるかも。
幸い、仲介者達は門の解錠中。コチラの様子には気付いていない。
ベネフィカの下手くそな『貴族様』を見られずに済んだ。
「先日、ルブラム様の代理の方にもお話しさせて頂きましたが……」
仲介者は荒れた前庭を案内しながら、この屋敷が売られる迄の経緯を説明してくれた。
元々、首都東区と東方教会区の全てを取り纏める、東区統括教会に勤める司祭の持ち物だった。つまり出世街道爆進中だった超エリート。
その彼は、司祭であると同時に男爵位を持つ貴族でもあった。
男爵にしては非常に羽振りが良く、この建物も下位貴族の本邸としては中々立派。高位貴族の別荘としても見劣りしないレベルの好物件。
「数年前の東区統括教会の崩落に巻き込まれまして…」
正教国首都東部地域に隣接し、帝国との国境まで跨ぐ様に拡がる、広大な『黒の森』。
其処に住む魔人のひとり、『魔女デーメーテール』。
その彼女の怒りを買って、東区統括教会を終点にして、東部地区の一部が壊滅した。
黒の森からベヘモトと呼ばれる超巨大な魔獣がやって来て、外壁から統括教会までを一直線に突き進み、全てを薙ぎ倒した。統括教会を粉々に踏み砕くと、踵を返して静かに帰って行った。
統括教会は跡形も無くなり、周辺地域はベヘモトの残した高濃度の魔素に汚染され、何年も人の立ち入れない地域となった。
一体誰が何をして、そこまで魔女の怒りを買ったのかは明かされていない。
「相続人だった彼の御子息も、その時に…」
その統括教会の高位聖職者は、ほとんどが東部地区に住む富豪や貴族ばかりだった。
その多くが一度に亡くなった為に、高級住宅街や貴族街の建物の多くが空き家になってしまった。
周囲が空き家だらけだと犯罪も増える。
犯罪が増えると、残った住人達も逃げる様に引っ越す悪循環。
結果、地価は暴落。良物件が大量に投げ売りにされた。
この物件も、相場よりかなり安く成っていた。だが、それでも誰も買えなかった。
東区所在の富豪の中で買える様な人は、皆、他地区へ移住してしまったから。
今回の作戦に丁度良いので、私はこの地区の不動産を複数購入した。
エレノア様に創ってもらった『ルブラム』という貴族姓で。
「……ラザフォード様…。ラザフォード=ルブラム様?」
仲介者が書類と家の鍵を差し出しながら、ベネフィカに声を掛けていた。
庭を見つめたまま動かない彼の足を、私は思いっ切り踏みつける。
「いっ…!!」
「ラザフォードお祖父様!
呼ばれてますわよ…!」
「あ…あぁ…。すまないね…イスカ…」
私は爽やかな笑顔でベネフィカを睨みつけると、彼は慌てて笑顔を作り、仲介者から鍵を受け取った。
建物内に入り、仲介者は各所の注意点を述べていく。
塗装の剥げた床や壁、煤の溜まった煙突等を指差し、必要な修繕部位を指摘する。所々傷みが激しい。
元々あった絵画や彫刻品の類は、亡くなった男爵に金を貸していた連中が持って行ってしまったらしく、空っぽ。
食器や備品類だけでなく、本来あった筈の棚までも取り外されて無くなっていた。
…家具類も新調しないと。
床や壁等は絨毯やタペストリーで誤魔化せるかな?
建物自体は激安だったから、余ったお金で……
でも、あまり安物の家具だと見栄えが…
う〜ん……
「修繕に関しても、ご相談を受け付けております。
入居までに仕上げますので、ご安心下さいませ」
胡散臭い笑顔を私達に向けながら、仲介者は建物を出て行った。
ベネフィカの演技指導…家具や備品類の新調…
あ…、貴族なら女中も必要?…家令?執事は…あまり貴族に詳しい人が来てもなぁ…。バレたら困る。
お金で解決出来る程度の事なら良いけど、私達の正体を素人さんに知られたら…エレノア様に殺されるかしらね。
…取り敢えず、エレノア様かイリアスの爺さんに相談してみよう。
何か、良い知恵を貸してくれないかな。
ぎこち無い笑顔のまま固まるベネフィカを見上げて、溜息をひとつ。
コイツの悪党面も何とかしないとなぁ……
私は荒れ果てた庭を見つめながら、頭の中で金勘定をしていた。




