◆ ジェシカの軌跡1 数少ない親友
下らない授業が終わり、馬鹿な同級生達からの嫌がらせを無視しながら寮へ帰る。
「ジェシカ…おーい、ジェシカ!」
寮の入り口をくぐったところで、私は突然呼び止められた。
「あれ?イルルカじゃん。なんでこんな所に?」
此処はこの学校の学生寮。
女子寮と男子寮の入り口に繋がる玄関ホール。
其処で私の数少ない友人の一人が声を掛けてきた。
「アンタ、寮生じゃないのに。勝手に入っちゃ駄目よ?」
「ジェシカ…キミが依頼したんでしょうが…。ちゃんと許可も貰ってるし。
…選択授業でも食堂でもキミに会えなかったから、わざわざ此処で待っていたんじゃないか」
「………あっ!」
「忘れてやがった…コイツ…」
「わ…忘れてないわよ?待ってたのよ、イルルカ!」
◆
彼はイルルカ。
元々魔力量の少ない平民で鍛冶師の息子だったのだが、とある出来事以降、莫大な魔素を体内に蓄積させた歩く爆弾になってしまった。
正教国には多種多様な魔導具がある。
種火の点火から部屋の照明、食材の冷凍保存から水の汲み上げ装置、馬車の制振装置から人殺し用の武器に至るまで様々。
温かい食事を摂る為、日が落ちても勉強する為、ある程度快適に暮らす為に、今では手放す事の出来ない各種魔導具。
彼はそんな魔導具類を意図せずに壊してしまう特異体質。
彼が魔素の配線導体が組まれている魔導具に触れると、彼の体内から溢れ出ている魔素が魔導具に流れ込み、文字通りに爆発させてしまう。
生活に必須な魔導具を触れる端から壊してしまう。
その所為で、彼はまともな生活が送れなくなってしまった。
そんな彼を哀れに思ったのか利用出来ると思ったのか知らないけど、この国の枢機卿の一人イリアス=メディナというお爺さんが養子にして引き取った。
なので今は平民鍛冶師の息子イルルカではなく、この国の最高権力者の息子イルルカ=メディナとしてこの貴族学校に通い、自分の魔力を制御する為の勉強を頑張っている。
そんな彼だが、実はもう一つの身分がある。
私が所属しているこの国の秘密諜報部員の補助要員。
私達は先月、同盟国である帝国へ行っていた。
そこの歓迎式典で大規模破壊工作が発生した。
それを小規模に抑えて鎮圧する為の作戦中に、私達の正体が彼にバレた。
…バレる事を前提として仕事を手伝わせていたんだけどね。彼の力が必須だったから仕方なかった。
彼の養父であるイリアス爺さん自身も諜報機関の一員だったし。
以降は、彼を無理矢理に補助要員として登録し、私達の良いように使っている。
そんな彼に、私はひとつ頼み事をしておいた。
◆
「それで爺さんは何て?」
「じ…酷い言い草…。誰かに聴かれたら不敬罪に問われるよ?」
私はイルルカを通じて、彼の養父であるイリアス=メディナ枢機卿に、とある頼み事をしていた。
「『仏頂面の爺さん』とだけ言えば、誰にも分からないわよ」
「……聞かなかった事にしておく。」
「で…?」
イルルカは深い溜息をつきながら、折り畳まれた紙を差し出した。
開くと其処にはルブラム姓と、東区を所在とする幾つかの住所。
「全部、登録済みだって…。
立て替えた代金はしっかり払うように…ってさ」
「……いくら?」
イルルカは簡単な指暗号で数字を示す。
零がひ〜ふ〜み〜…………
「ぐぇ…」
思わず喉からカエルが顔を覗かせた。
イルルカは心配そうに私を見つめる。
「…足りないなら、ボクが貰った報奨金も使っていいよ?」
「だ…大丈夫。足りるから…。まだ貯金が…ある」
…鼻血出そう。いくら地価の暴落している地域とはいえ、流石……
貰った報奨金が全て吹っ飛んだ。大金貨で足りるかと高を括ってたのに…。
まさか正教国兌換紙幣が複数枚消えるとは……
今回依頼したのは、ルブラム商会用の東区本店舗と支店の代理買収。それと所有権の登録手続き。
ルブラム姓の所在地は北区。エレノア様のお膝元。なので東区の不動産購入が出来ない。
その場合、東区に影響力のある商会や人物に依頼し、代理で購入して貰わねばならない。
東区に所在登録さえされていれば、以降はルブラム商会の所有として、東区で他の建物を購入出来るように成る。
面倒なシステムだけれど、昔、一部富豪による他地区地上げがあった所為で開発が滞った弊害、その回避策として出来た政策。
暴落した地区を、他地区の人間が買い占める投機目的を防ぐ狙い。
今回はイリアス枢機卿が主体で購入手続きをしたので、余計な横槍や面倒な審査は無し。最速で登録まで終わった。
やっぱ世の中、金と権力よね…。
私の言葉を聞いてイルルカは目を丸くした。
「凄いね…平民のボクからしたら聞いたこともない金額だよ?」
彼は貴族身分を手に入れた今も、平民である事を隠そうとしない。
寧ろ、貴族扱いされる事を嫌がる。
こういうところがイルルカの良いところだと思う。
私は無言で彼の頭をワシャワシャしてやる。
「な…?どうしたの?」
「アンタはそのままで良い」
「???」
彼は目を白黒させて私の手を払い除けた。
乱れた髪を手櫛で整えながら、心配そうに私を見つめる。
口には出さないが、紙に書かれた住所から、私が何をやろうとしているかを察している様子。
「…ボクにも何か…」
私は指を立てて彼の言葉を遮った。
「今は爺さんを心配させない様に、しっかり勉強しておきな。
取次、助かった。ありがとう」
私は手を振って、帰るように促す。
寮の門の外では、既にメディナ家の馬車が待機していた。
彼は服装を整え、扉を出る直前に振り返った。
「…あまり学校に来ない場合は、さっきの住所に押し掛けるからね。ルーナも連れて」
それだけ言うと、走って出ていった。
「おま…ちょ…」
…脅迫していきやがった。
私は息を深く吐いて頭を掻く。
「…しゃーねぇなぁ…ルーナといい、イルルカといい…」
無意識に呟きながら、支度を整える為に踵を返して自分の部屋に向かう。
自分の意思に反して頬が勝手に緩むのを感じながら、私は一足飛びで階段を駆け上がった。




