◆ 赤と黒
チャプラ姉ちゃんが紹介した二人の少女…とはいえ、俺と同い年くらいか?…彼女達を見た時、俺だけじゃなく皆が驚いた。
片方は赤髪。
ミディアムより少し長いそれは、ゆっくりと揺蕩う真紅の炎。
濃霧の様な彼女の灰瞳は、己を隠しつつ他者を覗き見る。無機質な怖気を感じさせる。
もう片方は黒髪。
肩上で綺麗に切り揃えられているそれは、規律と闇が混濁したかの様な濡れ羽色。
夜空の様な彼女の黒瞳は、見る者を惹き込む穴の様。蠱惑的で思わず視線を向けてしまう。
両者共に、肌は白磁の様な冷たい艶めかしさを内包し、髪は先端に至るまで絹の様な柔らかな温もりを帯びている。
頭の上から手の爪、靴の先まで完璧に仕上げられており、俺達に向けられる彼女達の瞳は『悠然』。
『侮蔑』でも『憐憫』でも『興味』でもない。
質素な外着で覆い隠されてはいるが、秘められた自信が二人の内から漏れ出て、貴族然とした雰囲気が部屋中に漂っている。
貴族の血筋なのに教育を受けていないトルート・ディルーティア兄妹、装いは誤魔化せても根幹が下町女であるドロシー、教養は完璧でも経験が足りず、立ち居振る舞いに難のあるシャラ…そんな俺達が醸し出す雰囲気とは全然違う。
幾ら外見を真似ても意味が無い。
幾ら知識を増やしても追い付けない。
二人と俺達との間には隔絶した壁があった。
貴族の世界の中で生き抜く人間とは、こういう連中なのだと、一瞬で理解した。
明らかな上位存在である事を強烈に認識させる彼女達。
ただ其処に居るだけで、周りを圧倒する何かを振り撒いていて、俺達は思わず萎縮してしまう。
『場違い過ぎるだろ…』
この一言が、この場に居合わせた者達の感想。
だが、俺達が驚いたのはそこでは無い。
二人の内一人は、俺達もよく知った顔だという事に驚いた。
黒髪の少女はゼファン老の下に居た女中だった。
しかし、目立たず陰に潜んでいたあの時の女中と同じ人物とは思えない。
陽の光の下に居る今の彼女は、人を惹きつける偶像の様。
女中用の大きなヘッドキャップを外し、纏う服装を替えた。それだけの筈なのに、まるで別人。
あの時は女中として、辣腕執事の背後で目立たぬながら八面六臂の活躍をしていた彼女。
嵐の様な部屋の中でも騒がずに落ち着いて冷静に対応し、ドロシーを案内する時に飲屋街を通った時は、絡んできた酔っ払い達を瞬時に半殺しにした…らしい。(ドロシー証言)
そして、特殊な魔術式でチャプラ姉達の治療を手伝った多芸な少女。(後日、昂奮したドロシーから聞いた話。俺は治療の様子を見てないので話半分で聞き流していたけれど…)
腕の立つ女中なのだなと思っていたが、高価な衣装を纏っている今の姿は『貴族の子女』としか思えない。それも高位の。
正教国人生粋の血筋を感じさせる面立ち。
それとは明らかに異質な美しい漆黒の髪。
そして、『悠然』と振りまかれる視線と空気。
それらが合わさり、一種異様な魅力を醸し出している。思わず目が惹きつけられる。
「な…何故?…ゼファン…様の女中…の御方が?き…貴族様でしたの…?」
一緒に仕事したドロシーは、驚きのあまり引いている。というより怯えている。
「…ゼファン師匠から押し付けられた。
名は……シルヴィア…」
少し不貞腐れた様に、チャプラ姉は答えた。
「あのゼファン…様の部下なら…もしかして『蒐集家』の一員…?」
館での様子から感じていたけど、ドロシーもゼファン老とは懇意だったのか?
やはり彼が『蒐集家』の指導役か。
「…わたくしは『蒐集家』では御座いません」
黒髪少女が話に割って入った。
「でも、『蒐集家』と共に訓練しております。
自分の身は自分で護れる程度には、腕に自信がありますわ」
頬に手を当てながら優しく微笑む。なのに、彼女から滲み出る威厳の所為で少し怖い。
…プライドはかなり高そう。
「ところで…白獅子様?」
シルヴィアはチャプラ姉の方を向き直り、キッと彼女を見上げた。
チャプラ姉はビクッと震え、怯えた様に彼女を見下ろしている。
「ゼファンが押し付けた…は語弊がありますわ。
それでは、わたくしが無能な人間の様に聞こえるではありませんか」
かなり大柄なチャプラ姉と、俺より少し小さい彼女。体格差は完全に大人と子供。
だというのに、彼女の雰囲気はチャプラ姉より格上。
あの姉ちゃんが小柄な少女に睨まれ、たじたじになっていた。
「わたくしは貴女の監視として参りましたの。
決してゼファンの手に余った訳では御座いません。
わたくしは自分の意思で此処に居て、今は貴女の上司ですの。
宜しくて?白獅子様?」
立ち上がり、白い指先でチャプラ姉の顎を撫で上げるシルヴィア。
チャプラ姉は怯えた様に硬直し、小さく何度も頷いた。
身体の大きなチャプラ姉が、今はとても小さく見えた。
◆
キビシュから通達があった。
というかシルヴィアが持ってきた。キビシュ直筆の手紙を。
つい先日、キビシュの隠れ家の応接室を滅茶苦茶に破壊した事による賠償問題。
結論から言うと、それは免じられた。
ジャナハの追込みに因る一時的錯乱として。
意図的な反逆としては見ていない…という寛容な判断。
そして、ジャナハの企てた『商会の解体』。それも撤回された。
元より、キビシュには話を通していなかったらしい。完全に彼の独断。
キビシュに信頼されているチャプラ姉に嫉妬しており、理由をつけて彼女を追い落とし、支配地域の横取りを企てた。
あの時、チャプラ姉が彼の言う通りにして運営から身を引いていたら、「軽く冗談を言ったら、商会を簡単に放り出した」と報告するつもりだったとか。
やはり彼女は信頼に値しないと言って、キビシュの信頼を自分に取り戻そうと浅慮したとか何とか。
その件に関して、ジャナハはキビシュから厳しく叱られたのだそう。
ジャナハは残念ながら無事?に生きている。
とはいえ、彼はチャプラ姉に殴られた後遺症で未だに寝たきり。肋骨が半分くらい折れていたそうだ。
よくそれで、あれだけ元気に怒鳴れたもんだ。興奮し過ぎて痛みを感じて無かったのかな?
教会から熟練の治癒魔術師を呼び、莫大な金を払って治療している最中。
費用はキビシュの財布から出したので、チャプラ姉が補填する必要はないそうだ。随分と寛大な措置。
そしてキビシュは、官憲の上役に莫大な袖の下を、教会には結構な額の寄付をした。
使える権力を総動員して、チャプラ姉を陥れようとしていた捜査官達の動きを封じ込めた。
それで、商会に対する監視が解かれたとの事。
憂いは全て解消された。
代わりに、キビシュから監視役が派遣される事になったそうだ。二度と暴走しない様にとの御言葉を添えて。
…キビシュとしては、チャプラ姉程の戦力を無駄に処分するよりも、手元に置いて手懐けた方が得だと判断したのだろう。
屋敷の修繕費用、ジャナハの治療費、袖の下や寄付による出費を天秤に掛けても、『白獅子』の方の価値を重く見た…という事なのだと思う。
その対価として、チャプラ姉が叛意を抱かない様にする為の監視役を置く。彼女の指示に従え…という意図だそうで。
あの少女は、獅子に着けた鈴付き首輪なのだ。
◆
クックック…
シルヴィアの言葉を聞いて、向かいに座っていた赤髪の少女がほくそ笑んだ。
「自分の意思…ですか?ふふ…」
「…何か言いたいことがございまして?」
シルヴィアは彼女をキッと睨みつけた。
「自分の失態…の間違いではございませんの?シルヴィア様?」
「…くっ……この性悪女が…!」
シルヴィアは、赤髪の少女に対して明らかな敵意を向けている。
…二人は仲間ではないのか?
恐らく皆も同じ様に思った様で、一体どの様な関係なのかと首を傾げた。
皆の様子を見て、彼女はニコリと微笑む。
「ああ…失礼。自己紹介がまだでしたね。
わたくしはジェシカ。
貴方達には…『イスカ=ルブラム』と名乗る方が良いのかしらね?」
俺達は目を見開き、その名の意味を咀嚼した。
…ルブラム…?ルブラム家がなんで此処に…?
イスカ…たしか孫娘の名前じゃなかったか?
なんで偽名…?何故ウチに来た…何時から此処の事を知っていた?
なんで?なんで此処に?
堂々巡り。驚きのあまり脳みそが空回りする。
そんな中、一番初めに口を開いたのはシャラ。
「あの……もしかして…貴女は釣り餌…?」
「ええ。理解が早くて助かります」
ジェシカは少し考えてから首肯する。
「あ……もしかして、私達も…?」
「友釣り…という技法があるそうですね。
昔、釣り好きの親友から教わりまして…」
「……!!」
ジェシカは頬に手を当てて微笑み、シャラは目を見開き絶句していた。
しかし俺はこの時混乱し過ぎていて、会話の意図を推察出来ていなかった。
そんな中、シルヴィアだけが憎々しげにジェシカの方を見つめていた。
取り敢えず、第一章(仮)はここまで。
一週間程お休みを頂き、ジェシカの軌跡を追加する予定。
クラウディアの過去編も一応執筆中です。…遅々としてだけど…。




