◆ 事後処理
嵐の様な短い時間が過ぎ、改めて皆が残骸だらけの部屋と倒れている三人に目を遣った。
「ジャナハの言っていた事は棚上げとする。
取り敢えず、チャプラとジャナハ達の治療が最優先だ。
特にジャナハが危ない。直ぐに取り掛かろう。
…ハヤトとジュウゴは自分で何とかしろ」
「え…?」「俺達の扱い、酷くないか?」
老執事が場を仕切り出し、皆が注目する。
「…この部屋の賠償や、その他の取り決めに関しては改めてキビシュ様より通達があるだろう…」
彼はぐちゃぐちゃになった部屋を見回し、渋い顔でこめかみを押さえていたが、気を取り直して顔を上げた。
「トルート・ディルーティア、お主ら、チャプラを別室に運べ。ハヤトとジュウゴはジャナハとウルベルトをな」
双子達は彼の有無を言わせぬ言葉に圧され、黙って頷く。
「マジかよ…俺、死にそうなくらい疲れてんだけど…」
「俺も怪我人なんだけど…?結構重傷なのよ?」
『蒐集家』の二人は座り込んだままブツブツと小声で文句を垂れている。
「棺桶に片足突っ込んでいる老体に運ばせる気か?
少しは労らんか、若造共」
「な〜にが老体だ」「足腰も減らず口も俺達より若いだろ〜がよ」
ギロリと睨むゼファン老と、目を逸らしながらも口の減らない『蒐集家』。
…確かに。
飛んでくる破片を捌く彼の姿は、現役の剣士の様に見えた。それも特一流の腕前。
「そうは言うがな…、彼らを運んだら私の服が汚れてしまうだろう?」
欠片とホコリに塗れた三人を見下ろすゼファン。
彼が何を言っているのか理解らず、皆で首を傾げた。
「キビシュ様から下賜された、この執事服を汚したくないのでなぁ…」
あれだけ破片・瓦礫・ホコリ舞う部屋の中に居たとは思えない位に汚れていない服。
彼は見せつけるかの様に、襟を指で摘んで引っ張った。
…怪我人の心配より自分の服の心配かよ。
キビシュの配下ってこんな奴等しか居ないのか?
「「クソじじい…」」
「さぁ、早く動け!お前達」
二人は聴こえる様に罵るが、ゼファンはそれを無視して手を叩いた。
◆
双子達がチャプラ姉を別室まで運び、俺は『蒐集家』の二人と一緒に、大柄で重いウルベルトを運んでいた。
その間、黒髪の女中が飲屋街路地の手前で待機しているドロシーを呼びに行く為、外に出て行く。治療の手伝いをさせるのだとか。
ゼファン老は、俺達が建物を囲んでいた事は始めから分かっていたのだそうだ。
あんな荒くれ呑兵衛共のたむろする飲屋街を、年端もいかない少女が一人で出歩くのは…と、俺は心配し、同行する事を提案した。
だが、「ハハハ…。あの子は、そんなヤワな鍛え方しておりません。ご心配頂きありがとう御座います」そう言って、笑っていた。
彼の言う通り、彼女は怪我一つ無く帰って来た。ドロシーだけを案内して来たそうだ。
シャラの事を尋ねたら、飲屋街の路地裏に幼い少女が入るのは危険だからと言って、馬車を手配して先に送り返したとの事。
幼い少女…?シャラと大して変わらない様な年齢の彼女が言うと違和感がある。
でも確かに…。よく任務に同行するが、シャラは十を少し回った程度の子供だった。…俺もだけど。
この建物の入り口、あんな汚い木賃宿に、貴族のお嬢様みたいな格好をした子供が出入りすれば注目を集めるし、変な噂を流されるかもしれない。…それは組織としては避けたいだろうな。
ん?でも…女中の格好をした少女は良いのか?
ドロシーはキョロキョロと周囲を見回しながら、彼女から少し離れて扉をくぐって来た。
少し挙動不審。
組織の幹部からの指名呼び出しに怯えている、若しくは、建物自体の豪華さに圧倒されているのかと思っていたが、少し違う様だ。
目の前で案内する黒髪の女中を、背後からチラチラと覗き見ている。
俺もつられて彼女を見た。
エプロンとバンドカフスは白いままだったが、よくよく目を凝らして見ると、黒い袖とスカートの裾には黒ずんだ水玉が斑点の様に散っている。
…成る程、ゼファン老の言う通り。単なる女中では無いらしい。
彼女も『蒐集家』の一人なのかもしれないな。
「ゼ…ゼファン様…この度は…」
「挨拶は良いです。
道具はあります。直ぐに治療を。
経緯は彼から聞いて下さい」
ドロシーは挨拶をしようとするが、時間の無駄だとあしらわれた。
彼女は俺を見ると、急いで駆け寄って来た。
「チャプラ!怪我はない?」
彼女は俺の肩を掴み、全身をサッと見回した。
「俺は無事。ただ…」
俺はドロシーに、こうなった経緯を簡単に説明した。
「以前教えた方法が役に立ったか!良かった」
ドロシーはニヤリと笑い、俺の頭をワシワシと撫でる。
「チャプラ姉ちゃんの腕…治るか…?」
「取り敢えず診てみる。案内して!」
俺達は、チャプラ姉の寝かされている部屋に向けて階段を駆け上がった。
◆
「全治二カ月…ってとこかしら。
幸いな事に神経は切断されてなかったけど、強く圧迫されたからね。しばらくは動かないわよ」
自分の部屋で目を覚ましたチャプラ姉に、ドロシーが治療の説明を行っていた。
ペトラの腕が予想以上に良かったのね。感謝しなさい…そう言って、ドロシーはチャプラ姉の頭を軽く撫でる。
「そうか…あれは夢では無かったのか…。あの子にも皆にも迷惑かけた…。ごめんなさい…」
彼女は珍しくしょんぼりとしながら、固定されて動かない右腕を見つめていた。
あの後、ドロシーと黒髪の女中が全員の応急手当を済ませ、夜の内に屋敷から運び出した。
屋敷から出て通りを覗き込み、俺は驚いた。
まだ夜も更けていないのに、何故か飲屋街の灯は落ちており、出歩く人は一人も居ない。
汚水臭い路地に寝転がっているのは、酔っ払いの老人と血塗れの若者達だけ。
俺は眉を顰めながら、路地を駆け抜けて大通りに出る。
後ろからは、気を失っているジャナハを乗せた担架を運ぶ『蒐集家』の二人が、息を切らしながらついて来た。
大通りに出ると豪華な馬車が数台並んでいて、通りの左右には官憲達が立ち並んでいた。
「…!」
「大丈夫ですよ」
足を止めた俺を横目にゼファン老が先に進み、通りに歩み出た。
彼が彼等の上司と一言二言、言葉を交わすと、官憲達は一斉に動き出し、馬車を出す為の交通整理を始めた。
驚いている俺を見てゼファン老は口に指を当て、静かに微笑んでいた。
チャプラ姉が目を覚ましてから数日が過ぎた。
商会自体は従業員達が回していたので、俺達のやる事は無い。
でも忙しくないからこそ、色々と考えてしまう。
…ゼファン老は部屋の賠償に拘っていたし、ジャナハからの仕返しがあるかもしれない…。
チャプラ姉は相変わらず元気がないし…ああ、胃が痛い。
頭を悩ませながら経る日々を、俺は悶々としながら過ごしていた。
でも結局、ゼファン老からの賠償請求も、キビシュからの理不尽な命令も、ジャナハの商会解体に関する連絡も何も無し。俺達は平穏無事に過ごせていた。
変わった事が一つあった。
俺達の商会を監視していた捜査官達の視線が消えた。
捜査官達の居た痕跡を調べて回ったが、監視用に借りていたであろう部屋は既に解約されており、跡形も無く居なくなっていた。
…これもキビシュが裏で手を回したのか?
官憲の件、捜査官の件…、恐ろしい影響力に寒気がする。
俺は空っぽになった部屋を見つめながら、身震いしていた。
更に一週間ほど経った。
突然、チャプラ姉が俺達全員を執務室に呼び集めた。
「…いきなりで訳わからんだろうがな、…仲間が増える事になった」
唯一動く左腕でこめかみを押さえながらの第一声。
やりたくないけど、仕方ない…そんな意図を滲ませながら。
彼女は、ソファに腰掛けている二人の少女を俺達に紹介した。




