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◆ 名の意




 「………ズマ…」

 俺は小さく呟いた。

 その言葉を聞いて、『蒐集家』の二人は小さく身を震わせた。ほんの一瞬の反射的な動きだった。

 …これだ!

 その瞬間を見て、俺はこの場をくぐり抜ける鍵を見つけた。


 「俺は『アズマ』を知っている。…この意味、理解るだろう?

 …どうか、武器を収めてくれないか?」

 俺はハッキリと口に出した。

 二人の目には()()が浮かぶ。

 冷たい機械に血が流れ出したかの様に、視線が揺らいでいる。

 ハヤトとジュウゴの二人はお互いを一瞥(いちべつ)し、自分達の迷いを確認し合った。


 「おい、何を言っている?…ゴホ…

 さっさと……ガキどもを殺せ…命令だぞ…」

 『蒐集家』の背後では、ジャナハが胸を押さえながら二人に命じる。

 未だに怒りが収まらない。

 だが先程に比べて顔色も悪くなり、息苦しそうにしながら時折咳をしている。


 『蒐集家』は、そんなジャナハの命令を無視して俺に話しかけて来た。

 「お前…、その名の意を知って口にしたのか?」

 『蒐集家(かれら)』にあるまじき、血の通った人間の様な話し方。


 「勿論だ。

 俺には彼の方の御名を使()()意志も覚悟もある」

 …勿論嘘だ。

 正直、意味は分からない。

 でも、あの時会った『若』とやらが使()()と言ったのは、こういう時の為なのだ…と、何故か理解った。


 「……それで、貴様はその名をもって、何とする?」

 ハヤトと呼ばれた方が俺に尋ねた。

 …もって?利用して…という意味か?

 「アズマは俺を認めてくれた。

 俺達は約束を交わした。

 再度(まみ)える時まで…彼との約束を果たすまで…俺は死ねない」

 …という事にしておこう。


 「その約束とは?」

 今度はジュウゴが口を開いた。

 「…彼本人との密約だ。

 たとえ貴方達が彼の方の実親だとしても、これを漏らすつもりは無い」

 俺は眉間にシワを寄せ、厳しい表情で答えた。


 …今の彼等が、これが嘘か本当か確かめる方法は無い…と思う。無いよな?

 嘘と度胸で二人を縛り付ける。

 この場を切り抜けるまでで良い。

 ハヤトとジュウゴはお互いの顔を見て、小さく頷いた。


 突然、凄まじい殺気が放たれた。

 これまで感情の欠片ひとつ露さずに淡々と動いてきた『蒐集家(かれら)』から、ほぼ同時に。

 「…!!」

 双子達は瞬時に窓際まで飛び退く。

 俺も身体中の筋肉が収縮し、反射的に飛び退きそうになった。

 だがその時、頭の中の『アズマ()』が「動くな!」と命じた気がして、俺は動きを止めた。


 「この痴れ者が!」「空言(そらごと)を吐きおって!」

 「「若を愚弄しおったな!!」」

 先程迄と違う。憤怒と激情に乗せた殺意。それを俺は一身に浴びた。


 …やはり実力が違う…!

 『蒐集家(かれら)』の凄まじい迫力は、『狂戦士』となったチャプラ姉にも匹敵する。全身が粟立つ。

 額には粒の様な汗が浮かび、奥歯が震える。


 窓際に居る双子達が意を決して飛び掛かろうとするのを、俺は手で止める。

 武器を収めたまま、俺は二人の目をじっと見つめた。


 数刻とも思える一瞬だった。

 彼等の殺意は何度も俺を殺した。

 それに対して俺は身動ぎも身構えもせず、反射的に動こうとする筋肉を理性で押さえ続けた。

 終に、彼等が俺に対して手を出す事は無かった。


 二人から殺意が消えた。そして呟く。

 「…成る程なぁ…」「これは、なかなか…」

 二人はクックッ…と小さく笑った。

 意味が理解らず、ジャナハも双子達も目を丸くして俺達の様子を見つめていた。


 「…お…おい…お前ら…な、何をしている?」

 ジャナハは戸惑い、『蒐集家(かれら)』を見上げる。

 「俺は命じたぞ……!

 貴様らは()()上位者の命に従うのだろうが…!!

 そ…それが…貴様らの理念の……ごほ…ごほ…」

 憤っている様子は変わらないが、先程よりも体調が悪くなっているのがハッキリと判る。

 顔は青白く、呼吸も速い。

 酷く気分が悪いらしく、瞳が揺れている。


 ハヤトは振り返り、ジャナハを見て口を開いた。

 「申し訳御座いませぬ。ジャナハ殿。

 貴殿の命に従う事は出来なくなり申した」

 続けてジュウゴも口を開く。

 「若様の盟約が貴殿の命令と相反し申した」

 二人は武器を捨て、ジャナハの前に(ひざまず)いた。


 「若様は貴殿よりも上位者で御座います」

 「我々は、若様とこの少年との間に交わされし盟約を護る義務が御座います。故に…」

 「「貴殿の、この少年に対する殺害命令には従えませぬ」」

 そう言って二人は深く頭を下げた。


 ジャナハの白い顔が一気に赤くなった。

 「な…な…な……!何を言って…!!

 今…今…今更…裏切…!!ぁ………」

 再度、拳を振り上げようとした所で、彼の動きが止まった。

 突然彼の視線が大きく振れ、そのまま椅子に背中を預ける様に倒れて白目を剥いた。

 口からは涎を垂らしている。


 唖然とする俺達に対して、冷静な『蒐集家(かれら)』は微動だにしない。

 警護対象が倒れたにも関わらず慌てていない。


 「な…、ジャナハは…え?」

 俺が動こうとすると、突然肩を掴まれた。

 「昏倒しただけだ。慌てるな。死んではいない。

 白獅子(彼女)の一撃で既に骨折していたのだ。

 重傷のくせに大人しくせず、怒りに任せて興奮するから…」

 いつの間にか、ゼファンと呼ばれた老執事が俺の隣に立っていた。

 「…本当に馬鹿な奴だ。昔から変わらん……」

 彼は気絶しているジャナハを見ながら、悲しそうに呟いた。



 「ふぅ…、やっと気絶してくれたか」

 「意外と粘ったな」

 『蒐集家』の二人が息を吐きながら立ち上がった。

 …えっ?

 身体を反らし、腰を揉んでいる。

 …えっ?えっ?えっ?

 俺は唖然としながら二人を見つめた。

 彼等は俺の顔を見ると、ふっ…と小さく笑った。


 「コイツってよぉ、性格最悪じゃん?」

 ハヤトと呼ばれていた方が、気絶しているジャナハを指差しながら汚い口調で吐き捨てた。

 「マジでなぁ…。

 キビシュ様からの命令だから、仕方なく護衛してやってたけどよぉ…はぁ…」

 ジュウゴは「疲れた…」と呟きながら床にへたり込んだ。


 「檻外(かんがい)の獅子を目の前で挑発しまくってんのに…。本人は、どのくらい危険な事をしているかの自覚さえねぇからな…」

 「コッチは生きた心地しなかったよ。

 目の前で飛び掛かられた時はマジ焦った」

 ハヤトはジュウゴの傍にしゃがみ、彼の治療を始めた。


 「あ…貴方達は、姉…チャプラの事をご存知で…?」

 「あ〜、無理に敬語使うな…似合わねぇよ。黒豹」

 俺は唖然としながら彼等を見下ろした。


 「勿論、二人は知ってます。白獅子の事も黒豹と双子(あなたたち)の事もね」

 横から老執事(ゼファン)が口を挟んだ。

 「でもよぉ、ゼファン様?」

 「事前に教わっていた能力(ちから)より、格段に強いんだもんよ…。話違うって…」

 「まさか、二人がかりでも取り押さえられないとはな…」

 ハヤトとジュウゴは、彼に嫌味を零した。

 「申し訳無い。

 私も、彼女がこんなにも強くなっているとは知らなかったもので…」

 彼は顎を撫でながら、倒れているチャプラ姉を見つめている。

 その様子は、寝ている娘を見つめる父親の様に見えた。


 「しかし、件の黒豹君がここ迄やるとはなぁ!」

 「いやぁ…感心したぜ!」

 身体中に出来た切創を糸で縫いながら、二人は笑う。

 「若様の名を出すなんてな」

 「咄嗟の機転としては合格だ」

 「えっ…えっ…?」

 …バレてた?

 俺は思わず挙動不審になる。


 「約束があるなんてなぁ…」

 「ああ言われたら、俺達手出し出来ねえもんな」

 バレてなかった?…でも……

 「ご…ごめんなさい!約束は嘘です!」

 こういう時は早めに謝っておくに限る。

 二人は少しキョトンとして、その後、盛大に笑った。


 「あのぉ…」「…どゆこと?」

 「「()()…って何?何の話?」」

 状況が解らない双子が揃って首を傾げる。

 『蒐集家(かれら)』は笑うだけで答えない。

 ゼファン老は少し考えた後、口に指を当てた。教えられないという意味で。


 荒れ果てた部屋の中央。

 腹を抱えて笑う二人と呆れる老執事。

 双子は俺に対して説明を求めてくるが、ゼファン老(老執事)は俺にも口止めをする。

 俺は双子達に揺さぶられながら、説明に窮していた。


 その横でただ一人、黒髪の女中だけが部屋の惨状を眺めながら深く溜息をついていた。




 

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