◆ ゼファンとジャナハ
ゼファン老の怒声により、一触即発だった皆の気勢が削がれた。
「此処はキビシュ様から借り受けている御屋敷!
貴様らは等しくキビシュ様の部下!
仲間同士で争って何の意味がある!?」
老人とは思えない位に激しく響く声。
僅かに残った窓ガラスがビリビリと震えた。
「貴様らが争えば、喜ぶのはエグダスとベスペルト!
利敵行為をしてどうする?
争う事自体がキビシュ様への背信行為だと理解しろ!
どうやったらキビシュ様の利に繋がるかを、先ず考えんか!」
ゼファンは怒鳴りながら、『蒐集家』の二人を睨みつけた。
「武器を下ろせ!ハヤト!ジュウゴ!
キビシュ様より下された命はジャナハ本人の護衛であり、ジャナハの指示に従う事ではない筈だ!」
堂に入った話し方は一介の執事の様では無い。
明らかに実戦経験の豊富な指揮官の態。
『蒐集家』達の呼び名を知っている事から、彼等と深い繋がりがある事が判る。
『蒐集家』は困った様に顔を見合わせ、ゆっくりと武器を下ろした。
静かに息を吐きながら、停戦に応じる事を示す様に俺も武器を下ろす。
…助かった…
俺は内心安堵していた。
ジャナハが突然下したチャプラ姉ちゃん殺害命令の所為で、嫌も応もなく対立してしまっただけ。
正直、戦いたくはない。
トルート・ディルーティア兄妹が参戦したとはいえ、狂戦士化したチャプラ姉の猛撃を死なずに耐えきった程の実力者が相手だ。
双子含めた三人がかりであろうとも、加えて『蒐集家』が満身創痍であろうとも、勝てるとは思えなかった。
俺の目的は唯一つ。姉ちゃんを逃がす事。
自分の力では彼女を抱えて逃げられない。
だが双子の能力を使えば、僅かな時間で隣の屋根まで運ぶ事が出来る。
彼等の技術なら、人ひとり抱えたままでも追跡を躱して逃げる事が出来るだろう。
元より、俺は刺し違える覚悟だった。
その為、如何にして『蒐集家』二人の隙を縫ってジャナハへ刃を届かせるかだけを考えていた。
上手くジャナハを害し、『蒐集家』の注意を俺に引きつける。その隙に双子に向けて、チャプラを連れ出し逃げろと合図する。
短い時間に全て行う。後は実行に移すだけだった。
でも、その直前にゼファン老が止めた。
「確かに…俺達はキビシュ様と敵対するつもりはない。チャプラ姉に危害が加えられないならば、尚更だ」
俺は両手を軽く上げて、戦わない意志を示す。
一応、停戦条件を念押ししておく。
「え…?そうなの?」「幹部の椅子は…?」
…おい、やめろ馬鹿兄妹。
双子達は俺の内心を全く理解していなかった。
俺達の間にあった闘争の空気は掻き消え、双子達も「つまらない…」と呟きながら武器を仕舞った。
だがしかし、ひとりだけ興奮の収まらない者が居た。
「ふざけるなよ!ゼファン!
俺は殺されかけたんだぞ!」
口から垂れた血を袖で拭いながら憤るジャナハだった。
◆
「幹部に手を出せばどうなるか…その規範に則り罰を与えねば、キビシュ様が『なめられる』事になる!」
ジャナハは口端から血と唾を飛ばしながら怒鳴った。
「貴様がキビシュ様の御心を代弁をするな!
あの御方は感情より実利を取る。
『なめる』だの『なめない』だので組織を壊す様な短絡者ではないわ」
ゼファンも咄嗟に言い返した。
「貴様は単に、キビシュ様の名を使って己の気を晴らしたいだけであろう?
それはキビシュ様に対する侮辱行為だぞ!」
「それはこちらのセリフだ!
キサマにキビシュ様の何が理解る?
キサマの浅薄を押し付けるな。それこそ侮辱だ!」
苦しそうにしながらも怒りと興奮が勝り、ジャナハは肘掛けを殴りつけた。
「お前達、武器を構えろ!
クソガキどもを躾けてやれ!死体にしてな!!
これは『管理者』命令だ!」
目を血走らせながら、ジャナハは『蒐集家』に命じた。
「止めろ!武器を下ろせ!
私の命令が聞けんのか!?」
ゼファンが即座に彼の命令を取り下げる。
『蒐集家』達はお互いの顔を見ながら、困った様に武器を構え直した。
俺も慌ててナイフを取り出す。
再び、部屋の中に緊張が走った。
『蒐集家』の二人が口を開いた。
視線は俺に向けたまま、言葉はゼファンへ向けて。
「ゼファン殿、申し訳無御座いません」
「貴殿の仰る通り…キビシュ様から受けた任務は、ジャナハ殿の護衛のみで御座いますれど……」
少し言いづらそうにしながら、静かにゆっくりと喋る。
「この場での最上位幹部はジャナハ様である事も事実」
「貴殿はキビシュ様に近しい御方ではありますれど、現在、我々に対する命令権を持っておりませぬ」
「故に、我々はジャナハ殿の命に従わねばなりませぬ」
「我々はただの武器。ただの道具でございますれば…」
「ただひたすら、下された命に従うのみ…」
「「どうか、御容赦下さいませ……」」
そう言って『蒐集家』の二人は腰を落とした。
再び一触即発。
「この…クソ真面目馬鹿共め…」
言葉を吐き捨てながら、ゼファンは近くに転がっていた棒を手にして構えた。
「そうだ…この場で命令出来るのは俺だけだ……」
ジャナハは不敵に笑い、ゼファンは苦々しく舌打ちをした。
「ゼファン…昔とは立場が違う事を理解しろ…。ごほ…ごほ…
今の貴様は単なる『監視者』!
対して俺は『管理者』!
立場をわきまえろ…キサマに『命令権』は無い!
この部屋の最上位命令権者は、この俺だ!」
ゼファンは苦虫を噛み潰したような顔でジャナハを睨みつけている。
「後程じっくりと話し合おうではないか…ゼファン。
キサマの越権行為に関してな…キビシュ様から罰を下してもらわねぇとな!」
ジャナハは苦しそうにしながらも不敵に嗤った。
…ゼファン老は武器を構えているが、あくまで自衛用だろう。
組織の規律に逆らってまで手助けをしてくれない事は理解っている。
二人の関係はよく解らないが、折角の助け舟も無駄に終わった事は理解った。
だけれど一度助かりそうになった事で、俺は『自己犠牲』以外の解決策を探し始めていた。
…何か…別の解決方法を。
この場を乗り切れれば良い。
『蒐集家』達にも積極的に戦う意志は無いようだし。
上位存在…最上位命令権…『蒐集家』…
俺は武器を構えながら、耳にした言葉を繰り返していた。
どうにか争わなくて済む様な方法は無いかと考え続けていた。
「あ…!」
突然俺は、彼から聴いた言葉を思い出した。
そして、ダメ元で呟いた。
「…ズマ……」
その瞬間ごく僅かだったが、『蒐集家』達に緊張が走ったのを俺は見逃さなかった。




