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◆ ペトラの爪




 「ペトラッ!もしチャプラ(彼女)が彼を殺せば大変な事になる!

 命に代えても彼女を止めなさい!!」

 突然声を掛けられた。

 部屋の隅で、女中を護りながら木片を叩き落としている老執事が、俺に名指しで命じた。


 「誰だか知らねぇが…言われなくてもやる!

 アンタらの為じゃねぇ、俺達家族の為にな!」

 …だけど、どうやって飛び込む?まるで嵐だ。

 チャプラ姉を中心に吹き荒れる嵐。

 ヌンチャクの様に振り回されている『蒐集家』に触れれば、そこで転がっている大男の様になっちまう。

 俺はナイフを構えながら隙を伺った。


 両腕にしがみついている『蒐集家(かれら)』に当てる訳にはいかない。

 間を縫ってナイフを届かせたとしても、急所に当てる訳にはいかない。

 殺さずに動きを止める為には、懐に飛び込まないと無理だ…!

 ()()()()…は許されない。


 慎重に動きを見る。

 チャプラ姉の動きは変わらずに激しい。

 『蒐集家』達も身体強化で彼女を抑え込もうとしている。

 そのお陰で、彼等はまだ生きている。

 魔術式の使えない俺が…どうやって…


 「これを使え!」

 攻めあぐねていると突然、老執事から木製のポールが投げ渡された。

 来客のベストやマフラーを掛ける小振りのスタンド。

 俺はそれを受け取り、すぐに彼の意図を理解した。


 身体強化で体重を増した『蒐集家』は、相変わらず振り回されながらも、彼女にしがみついた手は離さない。

 振り回され、時折床に叩きつけられている。

 石板は割れ、床は抉れる。が、彼等の身体は()()()()()で済んでいる。

 まだ、()()()()()()。かなりの熟練者なのだろう。

 お陰でチャプラ姉は、男が座っていた位置から動けていない。


 俺は素早く彼女の背後に回り込んだ。

 幸い、彼女の視線は隅の男のみに向けられている。

 周囲への警戒はまるで無い。

 背後に回り込んだ俺は、木製ポールを勢い良く床に突き立て、跳んだ。

 棒の反動を使い、普段よりも高く飛び上がる。

 目指すは、砕けたテーブルの突き刺さっている天井。そこから突き出たテーブルの脚。

 軽業が得意な俺なら、然程難しくない芸当だった。


 片手でテーブルの脚を掴み、宙に留まる。

 そして、もう片方の手でナイフを構える。

 真下で暴れているチャプラ姉は俺に気付いていない。

 俺は頬を伝う汗を感じながら、息を吐いて心を鎮めた。


 チャプラ姉(彼女)は目を真っ赤にしながら、両手に絡みついた男達を振り解こうとして振り回している。

 その視線の先には小鼠の様な男。

 彼は暖炉の陰に(うずくま)り、子供の様にシクシク泣きながら震えている。

 チャプラ姉が吠える度、男は目を大きく見開き耳を両手で押さえながら、恐怖を掻き消す様に泣き叫んだ。


 「…ごめん、姉ちゃん!」

 俺は狙い澄まして豹の爪(ナイフ)を放った。



 『豹の爪』。ペトラの投げるナイフは、そう呼ばれていた。


 投げた手が見えない。加えて、速い。

 下手な銃撃よりも狙いが正確。且つ、静か。

 僅かな風切り音しかしない。

 そして何より、切り口が鋭利。


 昼日中、正面から相対するなら兎も角、闇に紛れたり、不意打ちで放たれれば、避けることは非常に難しい。

 痛みも少なく、気付けば深くて鋭い切傷が身体に刻まれている。

 まるで、肉食獣の爪で抉られたかの様な、細くて鋭い一直線の傷跡。なので、『豹の爪』。

 彼は、この投擲技術だけで『黒豹』と呼ばれるまでに至った。


 ある意味、騎士団の使用する魔道銃よりも厄介だというのが、相対した者達の評価。

 官憲を見ても怯まない犯罪者連中も、ペトラを見ると道を避け、過ぎるまで引きこもる。

 そう言われるくらいに、彼のナイフは警戒されていた。


 裏の組織(スラム)の世界では、時折、大規模な縄張り争いが勃発する。

 利益の高い地域、人の多い地域、物流の多い地域等。皆が欲しがる場所は、誰もが支配したがる。

 金や取引、約定等で支配地域の振り分けが行われる事もあるが、大抵の場合は『力こそ正義』。

 集団戦闘を行い、生き残った方が支配する。

 負けた方は殺されるか、頭を下げて傘下に入る。


 ペトラが参加した戦闘(たたかい)での敵側の死者は、ほとんど居ない。

 なのに、ペトラが参加する事を喜ぶ(あいて)は居ない。


 戦闘では殆どの敵が、気付かない内に手脚の腱を切られて動けなくなる。

 特に夜、明かりのない屋内での戦闘では、ペトラの姿を一度も見つけられないまま終わる事も、ままある。

 いつ、何処から飛んでくるか判らないナイフに対し、闘いの最中に反応出来る者は、ほぼ居ない。


 ペトラは人体構造を良く理解している。

 何処にどの位の傷を負わせれば、相手の行動をどこ迄制限掛けられるか…等。

 薬師であり医者でもあるドロシーから教わって、人の急所を熟知している。

 そして、元々人殺しを嫌う性格故に、相手を殺さずに一撃で動きを止める事を優先して攻撃する。

 結果、ペトラの傷によって負傷した者は、魔道銃での撃ち合いで負傷した者達よりも後遺症が残り易い。

 彼は、重要な筋繊維や腱、筋や神経等を正確に狙うから。

 それこそが、彼が嫌われる最大の理由。


 ペトラと敵対し生き残り、その結果後遺症が残ると、その敵対者には地獄が待っている。

 今迄、虐げてきた被害者や部下達に(なぶ)られるからだ。

 なので、評判の悪い連中や人望の少ない者程、ペトラとの戦闘を避ける。

 一息に殺されない未来(こと)は、何よりも恐ろしい。


 そんなペトラだが、負けないという事は無い。

 寧ろ、相性の悪い相手にはとことん勝てない。


 グリの様に、痛みや後遺症を負う事に対する恐怖心が欠如している者。若しくは、負っても瞬時に治療出来る(なおせる)程の術者。


 達人並み(クラス)の剣士で、闇の中、飛んでくるナイフすらも叩き落とせるぐらいの技術(わざ)を持つ者。


 ペトラ以上の潜伏や暗殺の腕を持つ者。例えば先日の『蒐集家』。

 ペトラが先に発見出来なければ、いつもの戦闘方法(やりかた)では戦えない。

 だが、お互いが接触を避ける為、そもそも戦闘に発展する事が稀。


 そして極端に強力な身体強化魔術式の使い手。

 並の強化魔術式の使い手ならば、彼の投げる鋭利な豹の爪(ナイフ)は防げない。

 しかし……



 

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