◆ 何が起きてる?
「じゃあ、ペトラはアッチ周りで確認を。
私達はコッチから行くわ。
チャプラ、若しくは重要そうな人を見つけたら、いつもの合図。
良いわね?ルー、ペトラ」
「わかった」
「余所見して、足滑らして落っこちるなよ?ティア」
「アンタじゃあるまいし…」
ディルーティアがテキパキと指示を出す。
トルートも俺も異存はない。
俺達は合図と共に別れ、屋根の上を駆け出した。
下の飲屋街では、酔っ払い達の喧騒が狭い路地中に反響し、こだまする。
近所迷惑甚だしいが、お陰で俺達の足音は紛れた。
「さて…チャプラ姉ちゃんは何処かな…」
足音を隠して端の窓から順番に、気配を消しながらそっと中を覗く。
「…キビシュの屋敷に間違い無い筈だよな…?」
俺は、建物内の人の少なさに首を傾げた。
「護衛さえ居ない…ってあるか?…となると、此処は普段使わないセカンドハウス…?
密会用の家なのか?こんなに豪華なのに?」
覗く部屋は何処も空。
廊下にも誰も居ない。
そもそも、灯りの点いている部屋の方が少ない。
「……こんなに豪華な屋敷を、キビシュは幾つ持ってるんだ…」
金は在る所に在る…自分の家と比べて溜息がでた。
つまらない事を考えながら中を確認していたら、別の方向から建物の中を覗いていたディルーティアが、手旗で合図を送ってきた。
「見つけたか!?」
俺は踵を返し、彼女達の方へ向けて駆け出した。
◆
チャプラ姉がボロ宿の中に消えてからすぐの事。
俺達は、宿の裏側に隠される様に建っている建物を見つけた。
正教国法では、建物は一定量の光と空気の流れを確保する為、区画毎に決まった広さの中庭を設けなければならないとされている。
最初に建物を建てる際、登記前に完了検査が入り、中庭の面積までもが細かく調査される。
ただ、中庭を造る余裕の無い家も当然在る。
此処の様な平民〜貧民の多い区画等が当にそうだ。
一つの建物だけで中庭を確保出来ない場合、区画の周囲を取り囲む建物が区画中心部を中庭とし、互いに共有の占有権を持ち、中庭の必要面積を確保した事にする救済措置がある。
なので見渡せば、どんなに狭い区画でも割合に応じた面積の中庭がある。
正教国人ならば、表通りから見える建物の裏側は必ず中庭になっていると思い込む。
それを悪用した隠し屋敷だった。
「屋敷を隠すなら、密集した建物の裏側に隠せ…ってことよねぇ…」
中庭の屋敷は、周囲の建物より少し低い。
遠目から見ると、丁度、屋根が隠れる高さになっていた。
「合理的だけどねぇ…。
これをやる為には、この区画内の建物を全部買い取らないと出来ないよねぇ…」
「改めて、キビシュの財力を実感するな…」
俺達は、隠し屋敷を見下ろしながら身震いした。
◆
「ペトラ、こっちこっち。
あの部屋、怪しくない?」
ディルーティアの指し示す部屋は煌々と明かりが灯され、中に数人の男達が居た。
見るからに高級そうな椅子にもたれ掛かり、ふんぞり返っている大男。
その隣で葉巻をくゆらせているキザっぽい男。
遠目でも判る。とても高級な服を纏っている。
「あれがキビシュかな…?」
「……かもな…」
そして、彼の背中を護る様に立つ二人。
全員入口の方を向いていて、此処からでは顔が見えない。
誰かを待っている様だ。
背後の二人を見た時、俺は奇妙な既視感を感じていた。
「ペトラも気付いた?あいつら、怖くない?」
「すっごく警戒してるね。
…あの二人とは戦いたくないねぇ」
「…多分あいつら、『蒐集家』だ」
ただ立っているだけなのに、一切の隙が無い。
俺が闇の中から奇襲しても、傷付けられる予感がしない。
アズマに会った時と似た緊張感。
「あれがキビシュの懐刀、『蒐集家』かぁ…」
「出来る限り気配を消さないとねぇ…」
「この距離が限界だな…。これ以上近付くと気付かれる」
俺達は屋根の陰に潜み、気配を消した。
暫くすると、ソファに座りながら談笑していた男達の様子が変わった。
持っていた葉巻を置いて、部屋の入り口の方向を見つめている。
誰か来る様だ。
「ビンゴ…!チャプラ来たよ…!」
「あのチャプラが、貴族式の挨拶してる…!」
扉から入って来たチャプラは、ソファの男に対して膝をつき、何かを話している。
ただ、窓が閉じてる為に、何を言っているのか分からない。
「流石に、聴こえないか…」
「「聴こえないねー」」
「凄腕の波形魔術式の使い手だと、窓の振動から中の会話を読み取れる人も居るらしいけど…、わたしは無理〜」
「せめて窓が開けばね〜。多少聴こえるかも知れないけど…」
今はただ、彼等の動きを見る事しか出来なかった。
「…ん?」
「こっちに近付いて来るよ?」
『蒐集家』のひとりが、俺達が見ている窓に近付いて来た。
「まずい…気配を隠せ…!」
いくら離れた屋根に居るとはいえ、蒐集家なら視える。
咄嗟に姿勢を低くし、ドーマー屋根の陰に潜む。
丁度、雲が星明かりを隠し、周囲は完全な闇。
俺達は意識を夜に紛れ込ませる。
思考を凪にする。
殺気はもとより、感情全てを無に変えた。
虫の様に…植物の様に…。
カチャカチャ…ガタン……
鍵が外され、窓が開かれる。
男は少し外を警戒した後、窓を開けたまま元の位置へと戻って行った。
「………ふぅ…」
双子達と目を合わせ、軽く息を吐いた。
もう大丈夫。
「………貴女の口から直接…、」
部屋の中から会話の断片が聴こえてくる。
「窓を開けてくれたお陰だねぇ…」
「なんで開けてくれたのかなぁ…」
「偶然…か?」
モヤモヤしたものを抱えながらも、俺は幸運に感謝した。
部屋の中、ソファに座っている男達の口元は見えないが、僅かな言葉だけが風に乗って聴こえてくる。
どうやらチャプラ姉ちゃんを労っている様子。
…心配してくれている?
俺はそっと胸をなで下ろした。
「あれがキビシュなのかなぁ?」
トルートがぽつりと呟いた。
「全然強くなさそうだけどねぇ」
「ルーは馬鹿ねぇ。キビシュが強い必要なんて無いじゃない。
取り巻きが強ければ良いのだから」
ディルーティアは、いつもの調子でトルートと無駄口を叩き始めた。
一応は周りを気にしているらしく、小声で。
…まぁ、そうだな。キビシュ本人が強い必要は無い。
組織の要を握っていれば良いだけだしな…。
そんな、余計な事を考え始める程度に弛緩していた。
激しい怒鳴り合いも、叱咤も罵りも無い部屋の様子に、安堵し始めていた。
その空気が一瞬で弾けた。
ソファの男の口から「解体」の言葉が聴こえた時、チャプラ姉の様子が一瞬暗くなった。
周囲の男達は彼女の機微に気付いていない。
…この感じは、覚えている!!
「やばい…、二人とも…」
俺は警戒を最大級まで引き上げた。
双子はキョトンとした顔をしている。
チャプラ姉の様子を注視する。
彼女の様子がどんどん可怪しくなっていっているのに、ソファの男は嬉々として何かを話し続けていた。
…誰も気付いていないのか…!?
「これって、チャプラの…うちらの組織を解体するって…話しじゃない?」
「マジ?…もし解体されたら、チャプラはどうなる…?」
「…チャプラもそうだけど、私達もマズイ事になるわよ。
あんな家に戻されたら、今度こそアイツら殺してしまう」
双子達は、普段とは違い本気で焦っている様子。
…俺も焦ってる。双子とは別の理由で…だけどな。
警戒を引き上げて間もなく、チャプラ姉がソファの男に飛び掛かった。
「「…えっ?」」
双子達は何が起きたか理解っていない様だった。
「チャプラ姉を止めてくる。
あの男がキビシュか幹部か判らないけど、どちらにしろ殺しちゃマズイ」
俺は双子達に告げ、すぐさま手持ちの武器を確認した。
俺専用ナイフと…アレ…
俺は手の中で握って確認した。
万が一の為に、常に携帯しておいて良かった。
とはいえ、果たして姉ちゃんにコレが効くのか?
ぶっつけ本番。その前に俺が殺されるかもな…。
「じゃあ、行ってくる。
二人は引き続き監視。気付かれない様に隠れておいてくれ」
そう言って、俺は夜の空に跳び出した。




