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◆ 決められていた結論




 「どうしました?白獅子殿。随分と顔色が悪い様ですが」

 ジャナハの()()に当てられて目眩を起こし、私は軽く目頭を押さえていた。

 元々白い肌だが、恐らく今はもっと白くなっていると思う。


 …気持ち悪い。


 「申し訳ございません。商会長。

 ここに来る途中に乗った馬車の揺れのせいで、少々酔ってしまいました…」

 咄嗟に嘘をつく。

 彼の『感情の臭い』の所為だと言うわけにはいかない。


 「もしかして乗合馬車を利用しましたか?足が付かない様に?

 成る程、成る程…理解ります。

 揺れが酷い上に、貧民達(かれら)の臭いも籠りますからねぇ…」

 気持ち悪くなるのは当然だと、共感します…と、言葉を並べるジャナハ。

 だが、彼の『共感する』は、ただの文字。

 彼の声音からは、共感の()()を微塵も感じ無い。


 「差し出口、失礼します。ジャナハ様。

 部屋の空気を入れ替えた方が良いかも知れません」

 突然、私の背後に立っていたゼファン老が口を挟んだ。

 「申し訳ございません。白獅子(チャプラ)様。

 万一、当屋敷の床を汚されては困りますので…」

 そう言って彼は、私の足元にある絨毯に目を遣る。

 良く手入れされている深紅のパイルには塵ひとつ無い。


 「ああ…確かに。

 お借りしている御部屋を汚せば、敬愛するキビシュ様に御迷惑をお掛けしてしまいます。叱られてしまいます。

 …私に何の落ち度が無くてもね」

 最後の部分。そこから漂う()()が酷い。これだけは奴の本音だ。

 「それだけは、ご勘弁願いたい」

 彼は背後を振り返り、男に目で合図した。


 背後に立つ『蒐集家』は小さく頷き、黙ったまま動き出す。そっと窓を開けると、すぐに元の位置に戻った。

 その間も、私への警戒は怠らない。


 屋敷を取り囲む家々の所為で、景観は無いに等しい。

 庭も道も無い。

 本来、建築を許されていない中庭に無理矢理建てているのだから仕方がない。

 すぐ目の前が隣家の壁…という程近くは無いが、木々を植えられる程度に広くも無い。

 だが、星を見る事は出来る。

 夜風ぐらいは、十分に窓を通り抜けられる。


 …ああ、有難う御座います。ゼファン師匠(せんせい)


 冷たくなった空気が、部屋に籠るジャナハ(やつ)の臭いを薄めてくれる。

 頬に当たる外の()()()を感じる。

 黒い夜が、私の気分を幾ばくか癒してくれた。


 「では、話を進めましょう。

 …これ迄の経緯は、貴女の手紙により大方把握しております。

 事の詳細に関しましては、貴女の口から直接お聞かせ願えますか?」

 彼は深く腰を掛け、脚を組み、片手にカップを持ちながら、私を()()()

 それらの仕草、ひとつひとつに蔑視のにおい。


 私は嫌な気分が顔に出ない様に気を付けながら、ルブラム邸に封筒を置いた理由から、捜査官に踏み込まれた失態まで、事細かに説明した。

 その際、邸宅への放火や封筒にあった記名には無関係である事を念押しし、自分達の落ち度ではない事を必死に弁明した。


 弁明している最中も、ジャナハ(ヤツ)から香る臭いに変化は無かった。



 「ふむ…。確かに、貴女に落ち度はありませんね。

 ……貴女の言葉に嘘が無ければ…ですがね」

 組んだ膝に手を置きながら、ニコリと微笑むジャナハ。


 「今回の件は、いわゆる事故…とも判じる事が出来ます。

 …そう、例えるならば…、避けようの無い暴走馬車との衝突事故…」

 彼は優しい笑顔と優しい言葉、一切責めない口調で滔々と語る。

 「真に、貴女の不運に同情を禁じ得ません」

 ジャナハは目頭を押さえ、哀しむ仕草(ふり)をする。

 だが、私の緊張が和らぐことは無い。逆に増してくる。

 何故なら、彼から漂い来る()()は、強くなる一方だから。


 予想通り、何かしらの罰則を与えるつもりなのだ。

 その為の呼び出しなのだから。

 言い分を聞くなんて、優しい対応をする様な奴ではない。

 私は最悪を予想していた。


 想定されるのは、罰金として莫大な上納金を負わせる事。若しくは、無料奉仕(とくべつなしごと)を強要する事。

 威力偵察や潜入を命じられるかもしれない。その場合は誰を派遣すべきか…。

 私はどうしても目立つ。潜入が上手いのはペトラだが、子供にだけはやらせたくない危険な仕事。

 誰であれ無事では済まないだろう。

 最悪の場合、中央や南の武闘派連中とぶつけて、捨て駒にされる可能性もある。

 命令が下る前にペトラやシャラ、子供達だけでも逃がしておきたい。

 北区からは出来るだけ離さないと。

 だけれど、面が割れてるあの子らとっては中央も南も危険。

 私が首都外縁外に持ってる廃墟(あばら家)

 あそこならキビシュの追っ手もかからないかも…

 ……等と考えていた。



 ジャナハはパンッと手を叩き、一言。

 「では、()()しましょう」

 「………は?」

 思わず、間の抜けた声が漏れた。

 「…聴こえませんでしたか?

 白獅子(あなた)の商会は解体しましょう」

 笑顔を絶やさず、優しい口調で言葉を続ける。

 私は、彼の言っている意図が理解らず、一瞬、呆けた。


 「新たに別の商会を立ち上げましょう。

 容疑のかかった商会が無くなれば、捜査官達も手を出せません。…でしょう?」

 淡々と、今後の方針について一方的に述べる。

 「待っ…!」

 「貴女の部下も従業員達も、こちらのウルベルトが引き継ぎます。同じ待遇、同じ給金をお約束しますよ。

 彼には部下を丁寧に扱う様に教育してあります。例え異国民や貴族の腫れ物庶子でもね。

 安心して任せて下さい」

 私の言葉を遮り、有無を言わさない。


 「貴女は…そうですね。

 アルカディアを離れて、故郷に帰って余生を送るのでは…いかがですか?

 南の…、ええと、何処でしたかね?

 護衛を付けて、お送りいたしましょう。

 是迄の退職金代わりです。どうぞ、遠慮なく」

 今や、彼から溢れる()()は耐え難い程に。


 ジャナハの臭いが教えてくれる。

 ()()という言葉の中の、()()という意味を。

 そして、私の部下達(かぞく)使()()()()()()()という意図を。


 「貴女も疲れたでしょう。

 今日はこちらでお休みなさい。

 部屋は用意してあります。最高級のを…ね

 是非、堪能して下さい」

 そう言いながら優しく微笑んだ。



 …私から…あの子達を、全てを奪うつもりか…!?




 

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