◆ 応接室で待つ者達
「やぁ…久し振りですね。白獅子殿。
貴女の活躍の噂は、かねがね……」
相変わらずの完璧な笑顔。優しくて、いやらしい。
会うのは数年ぶりだというのに、外見に変化が無い。
「お久しぶりで御座います。コート商会長ジャナハ様。
ご壮健のことと拝察いたし……」
私は心を無にして膝をつき、挨拶の定型文を機械の如く口にした。
頭を垂れる私の様子に、愉悦している奴のにおいが鼻につく。
一通り述べ終わり、ゆっくりと立ち上がる。私は応接室の中をサッと見回した。
玄関ホール程では無いが、室内は見渡す程度に広く、天井も見上げる程度に高い。
楽団でも入れれば、ダンスホールになるかと思うくらいに。
綺羅びやかな額縁で切取られた巨大な群像画が、奥の壁の中央に飾られている。
群像の瞳は無機質。顔は無表情。
少し高い位置から入口扉前を見下ろす様に立ち並ぶ。
来客を威圧する意図なのだろう。
見上げると、遠くの空に浮かぶ方舟と、そこから見下ろす神々の天井画。
そして、その舟を下り、地上に向けて手を差し伸べる女神マイアの神画。
彼女の手の示す先、部屋の中央の床には、毛羽立った深紅の絨毯が炎の様に輝いている。
絨毯の中央には黒檀よりも深い黒。硬質の魔木から削り出した、巨大で重厚な応接テーブル。太く短い四脚が重そうな天板を支えている。
そして、そのテーブルを囲む様に四台のソファ。
見る角度によって虹色にも見える魔蟲蚕糸をふんだんに使用し、織り合わせたベルベットで表面を覆ってある。
その滑るような、なのに吸い付く様な肌触りは、貴族や富豪達にとっても垂涎の品。
このソファ1台で、恐らく高級馬車1台に匹敵する値段。平民の家なら数棟買える。
…目がチカチカする。成金趣味。
私には性に合わないな…。
そしてテーブルの向こう側、上座には嫌な奴。
入口から最も遠い席から、感情を読まれない様に目を細めながら優しく微笑みつつ、私を見下ろしている。
その彼の左隣には初めて見る男。
ジャナハよりも、…そのジャナハより背の高い私よりも巨躯の男。
ソファに深く腰を掛け、大きな身体に似合わない小さなカップを二本の指で摘み、小さくくゆらせながら茶の薫りを楽しんでいる。
筋骨隆々。太い上腕筋と僧帽筋。
ジャナハと同じ様な高級な衣装を纏ってはいるが、はち切れんばかりの筋肉のせいで布地が破けそう。
…巨躯ではあるのだが、何故か威圧感は薄い。
そして、ジャナハの背後に若い男が二人。
黒い髪に黒い瞳。
変わった顔立ちの異民族。
二人はジャナハ達を護衛するかの様な位置に立ち、感情を感じさせない冷たい目で私を見つめている。
まるで常在戦場の武人の様。
…彼等は恐らく……
私の視線に気付いたジャナハはニコリと微笑み、三人を横目でチラリと見た。
「失礼。先に紹介しないと礼儀に反するね」
そう言って彼は先ず、左隣の大男を指差した。
「彼は私の甥でね。
名を…ウルベルトという」
「…?何言ってんだ?叔父貴…俺は…」
「お前は、ウルベルト!…だよなぁ?」
突然彼は声を張り上げ、ウルベルトと呼んだ男に顔を寄せた。
怒鳴りながらも、その表情は笑顔のまま。それが何より気持ち悪い。
大男は目を丸くして、無言で何度も頷いていた。
「…コホン!失礼した。彼はウルベルト。
今は私の護衛。今後、商会の一つを任せる予定だ」
ウルベルトは何か言いたげな顔をしたが、また怒鳴られる事が怖かったらしい。黙ったまま彼から目を逸らし、カップを口に運んでいる。
「そして背後の二人は…、察しているとは思うがね。彼等は『蒐集家』だ」
紹介された二人は相変わらず無言。
「無愛想なのが玉に瑕でね。挨拶も冗句も言わないんだ。
つまらん連中なのだがな…使える。
そうだな…、置物…とでも思っておいてくれ」
彼の言葉にも反応しない。微動だにしない。
視線は動かないが、常に私の一挙手一投足を警戒している事だけは判る。
「さぁさぁ…立ち話は品がない。お座りなさい」
彼は向かいの下座を指差し、着席しろと勧めた。
私は嫌悪感が顔に出ない様に微笑みを顔に貼り付け、彼に礼を言って席に着いた。
◆
私が席に着くと、扉の外から小さな鈴の音が聞こえた。
ゼファン老が入口の扉を開くと、黒髪の女中がカートを押しながら姿を現した。私を玄関で出迎えてくれた少女だ。
彼女は、注ぎ口から湯気の立ち昇るポットと、来客用の茶器を運んで来てくれたらしい。
それをゼファン老が受け取り、彼女は扉を閉めた。
「大切なお話しの前には、大切なお茶が必要」
ジャナハが目配せすると、彼等は無言で準備を始めた。
静かな空間に、カチャカチャと磁器の触れる音だけが響く。
茶の準備を行う際に発せられる気持ちの良いリズムが、彼等の手際の良さを物語っている。
ゼファン師匠よりかは拙い…この音色は黒髪女中の手際だろうか。
私は背後で奏でられている茶の準備に、静かに耳を傾けた。
…とはいえ、ペトラより格段に良い腕をしてるな。
見た目は幼かった。ペトラと同い年くらいか?
ああ…あの子にも、もう少ししっかりと教え込んだ方が良かったな…。
彼女の腕前を聴きながら、私は、私に懐いている黒い少年の事を思い出していた。
暖かい音がカップに注がれていく。
ソーサーと銀スプーンが触れ合う楽を肌で感じる。
小さな足音がゆっくりと近付いて来ると、高級な茶葉の良い香りが私の鼻腔をくすぐった。
洗練された動作と訓練された足運びは匂いで解る。
この女中、ゼファン老から手解きを受けている。
訓練中かな?…昔を思い出すな。
静かに目の前に並べられていく茶器一式。
目の端にチラリと映る女中の黒髪からは、気持ちの良いかおりが漂ってきた。
師匠と同じ匂いだ…懐かしいな。
…ジャナハとは対極にいる様な二人だ。
私はそんな事を考えながら、軽くカップを持ち上げて茶の薫りを愉しんだ。
「では、お話しを伺いましょうか?白獅子」
その瞬間、より強く、より嫌な臭いが、ニコリと微笑む彼から漂ってきた。
私の背後に立つ二人とは真逆のかおり。
私は、上向いていた感情が突然奈落の底まで突き落された様に感じ、思わず目頭を押さえた。




