◆ コート商会長
私が受けた、コート商会長ジャナハの第一印象は、『胡散臭い』だった。
彼は商会運営の先達として、不動産の仲介や必要書類作成、各種手続き代行を請け負った。
更に、商会立ち上げに伴う登記の際の口添えとして、彼の部下を付き添わせた。
後見と保証はキビシュの組織の仲間が受け持つので、本来口添えなどは必要ない。
だが、私が異国民ということで、わざと書類を通さない可能性があった。
事実、不審な顔をしていた登記官はコート商会の名を聞いた途端に、面倒臭い手続きを省略して審査を通してくれた。
「ここ迄お手伝いしたのは、キビシュ様の御命令があったからだけではありません。
今後、私の為に、役立って下さいね。
…あ、こちらは請求書です。ツケておきますのでね…」
…私の支払い能力が足りない事を解っていて、莫大な請求書を寄越しやがった。
キビシュへの上納と合わせて、最初の数年はかなり厳しかった。
お陰で、ペトラ達には随分と我慢させてしまった。
ジャナハの外見は金髪碧眼、白い肌に整った顔立ち、背は高く、引き締まった身体を持つ生粋の正教国人。
完璧に手入れされた口髭。
年齢不詳な外見。若くも見えるし老けても見える。
高級生地で仕立てられた美しいスーツ。
見せびらかす為に持ち歩いている、宝石で装飾された杖。
常に笑顔を絶やさず、優しく語りかけてくる甘ったるい声と巧みな話術。
これが手入れの行き届いた箱庭に建つ、綺羅びやかな人形の家で育てられた穢れを知らない華ならば、簡単に騙されただろう。
当に『完璧』な男だった。
『完璧』に演じていた。
だが名前は偽名、常に笑顔の仮面を貼り付け、所在も素性も明かさない胡散臭い男。
何を考えているのか、何を企んでいるのか分からない。
…相変わらず鳥肌ヤバいな。
生理的に無理だわ…この詐欺師!!
生憎、幼少期にいきなり誘拐されて奴隷に堕とされ、その境遇から自力で逃れたじゃじゃ馬娘には、この男の『笑顔』は効かなかった。
鞭を片手に、『笑顔』で見下ろす奴隷商。
ジャナハの『笑顔』は、奴隷商と同じ。
そしてなにより…奴の『におい』が耐え難い。
私は『におい』を『嗅ぐ』事で、相手の人となりがある程度解る。体臭ではない。感覚の『におい』。
私は長い期間、貧民街に隠れ、紛れて生き延びた。
何度も騙され、何度も裏切られ、何度も死にかけた。
結果、いつの間にか身に付いた。
『誠実』の匂い。『友情』の匂い。
『報恩』の匂い。『義務』の匂い。
『思慕』の匂い。『執着』の匂い。
『依存』の匂い。『反発』の匂い。
…そして『危険』な臭い。
多種多様、大まかで確実な物ではないが、大体当たる。
商売でも本業でも、とても役立つ私の能力。
不確実な中でも、確実に当たるにおいもある。
私が最も嫌いなもの。
…『見下す』臭い。
私を『異国民』『元奴隷』と見下し、憐れむ奴の発する匂い。
『利用』されるのは構わない。
『見下される』のだけは我慢ならない。
本来の出自を笠に着た傲慢ではない。
そんなモノは、とっくの昔に投げ棄てた。
『見下す』とは、人としての存在価値を無に帰すという、赦されざる『侮辱』。
キビシュは私を『利用』する。
『自己利益』の為に私を『利用』するだけ。
今迄、それ以外の命令を受けた事がない。
だから、…実はキビシュの事は嫌いでは無い。
会った事は無いけども。
だが、コート商会長ジャナハ。
奴は私を…いや、他人全てを自然に『見下す』。
変わらぬ笑顔と優しい言葉の裏で。
キビシュの窓口の一つであり、キビシュ商売網の主要な中継地点を押さえているコート商会。
その商会長の肩書は、幾つかある命令系統の中でも上位の存在。
幹部の中でも、腹心と言っても過言ではないのだろう。
金もある。権力もある。人望もある。
そして何より屈辱なのが、奴が私の直属の上司という立場に居る事。
◆
キビシュの組織に属する前のこと…。
奴隷商から逃げ出し、北区の貧民街に潜り込み、虐げられていた幼い仲間達と共に、私は小さな互助組織を立ち上げた。
生まれつき高い魔力と、小さな頃から子供らしくない大柄な体躯を持っていた私は、貧民街では敵無しだった。
私が十を過ぎた位の齢の頃。
私の弟分を憂さ晴らしに、袋叩きにした大人がいた。
倍以上に年は離れ、体躯も私より大きかったそいつを、私は同じ回数だけ殴り返した。
全身の骨が砕けて動けなくなったそいつは、他のハイエナ共に身包みを剥がされて水路に投げ捨てられていた。
貧民街中に、私の容姿と『白獅子』という二つ名が響き渡り、大人達は私の組織を避けて通った。
ある時、私の妹分を誘拐した大人達がいた。
逃げる馬車を走って追い掛け、勢いのまま殴りつけたら馬車が横転した。
私は怒りに任せて馬車の車軸を引き千切り、誘拐犯の腹に突き立てた。…らしい。記憶が定かではない。
だがそれが問題視され、とある騒動の引き金になった。
殺したこと自体は問題ではない。
殺人犯や誘拐犯から身を守る為に相手を殺す事は、この国では違法では無い。
特に、貧民や犯罪者同士の殺し殺されには、官憲は関わらない。
本当の問題は別にあった。
誘拐犯の1人が、とある貴族の末子だった事が判明したのだ。
貴族からすれば、子が殺された事より、犯罪に加担していた事実を知られた事の方が大きな問題だった。
その貴族は、必死に火消しに走った。
息子が犯罪者というのは嘘だと、デマを拡めた。
養子にする合意の上で幼い娘を迎えに行った馬車を横転させられ、無抵抗だった優しい息子が無残に殺されたのだと訴えた。
現場には、連中の使用した魔道銃やナイフが散乱していたにも関わらず。
挙句、彼を殺した私を快楽殺人鬼だと言い触らした。
貧民のごたごたに関わらない官憲も、平民以上の者に被害が及ぶとなれば黙ってはいない。
ましてや、訴え出たのが貴族ともなれば動かざるを得ない。
私は手配され、互助組織は散り散りとなった。
必死に逃げたが、生来の目立つ容姿の所為で直ぐに見つかった。
だが同時に、生来の身体能力のお陰で幾重もの包囲を突破し、何度も逃げのびる事が出来た。
北区の貧民窟を転々とし、行く先々で包囲網が敷かれ、その度に力尽くでぶち破り、逃げる。
私は『北区を荒らす白い魔獣』『人の皮を被った悪魔』等と紙面を飾り、人々の耳目を集めた。
戦闘下手な官憲達だけでは噂が大きくなるばかり。
本当に、こんな少女が殺人鬼なのか?と、疑う噂まで出始めた。
解決しない事に慌てたのか、被害を訴えた貴族は南の犯罪組織に大金をばら撒き、多くの傭兵達を動員した。
当に九死だった。
その時、私はゼファン老に救われた。
『今回の騒動を収める。代わりに私の組織の為に働くこと』
私はキビシュの契約書にサインした。
キビシュの隠し屋敷の一つに匿われ、ゼファン老が世話係、兼、師匠として就いた。
一通りの基礎教育と基礎武術。
一通りの経済教育と経営指南。
全てを修めた頃には、世間の噂も鎮火した。
いつの間にか、手配も取り下げられていた。
生き残った仲間達とも再会出来た。
私はキビシュとの契約に従い、商会立ち上げの準備に入った。
その際ゼファン老から紹介されたのが、この詐欺師だった。




