◆ どれも大切なお仕事です
ピオニー助祭の視点
小さな部屋には小さな兄弟。
いつも威張ってる、大お兄ちゃん。
いつも頑張ってる、小お兄ちゃん。
いつも泣いてる、末の弟。
大きなお兄ちゃんが弟をからかう。
小さなお兄ちゃんがそれを諌める。
小さな小さな弟は、大きいお兄ちゃんに噛みついて、取っ組み合いの大喧嘩。
いつも仲良し。時々喧嘩。
同じ人を見て怒り、同じ話を聞いて哀しみ、同じ物を食べて喜ぶ。
小さな小さな部屋の中、今日も楽しい子供達。
遊び歌う子供の声が、今日も外まで聞こえて来るよ。
◆
窓から差し込む昼の光が、取り囲む子供達と私に優しく降り注ぎます。
日に照らされた可愛い子供達が私の周りで膝を抱え、私の発する言葉に耳を傾けてくれています。
私は一言一句を丁寧に、難しい言葉を簡単に、小さな子供でも理解しやすい様に、ゆっくりと神話を読み進めました。
彼等は、怖い話には怯えた顔で、哀しい話には鼻をすすり、楽しい話には顔を崩して喜んでくれます。
それ程広くない石造りの小部屋に、子供達の楽しそうな笑い声が響きます。
とてもやり甲斐を感じるひと時です。
お話に飽きてきた子供達には、一緒にお歌を歌ったり、指遊びなどをして一休み。
幼い子に長いお話を最後まで聞かせるのは、中々に大変なお仕事です。
でも、私達の信仰する女神マイアのお話を子供達に聴かせて理解させる、これは私達聖職者にとって、最も大切なお仕事です。
私がいつもの様に子供達の真ん中で本を読んでいると、部屋の扉が叩かれました。
「ああ…此処に居たのか…ピオニー助祭」
息を切らしながら、私の上司であるアルトゥール=シメオン司祭がいらっしゃいました。
私は読み上げていた言葉を止めて、本から顔を上げます。
聴いていた周りの子供達が本の続きをせがむ中、私は彼等を宥めながら立ち上がりました。
「如何なさいました?アルトゥール。
礼拝の後片付けならば、ジョーグに頼みましたけれど…?」
私が首を傾げると、アルトゥールは息を整えてから口を開きました。
「それは承知しているさ。その事ではないのだ。
今朝アカビア伯から献納された品を、君の集会所に届けて欲しいのだよ」
「献納された品をそのままでしょうか?振り分けもせずに?」
私は再び首を傾げました。
貴族や富豪の中には、教会の為に成るのならと、食品や金品を寄付して下さる篤志家の方々がいらっしゃいます。
その献納品を、私達の教会が管理する各集会所へと振り分けて届けるのも、私達の大切なお仕事です。
ただその際も、品の内容を細かく精査して記録し、必要な所に必要な物を必要な分だけ仕分けしてから、届けます。
今回の様に献納品をそのまま…というのは、とても珍しい事なのです。
「それがなぁ…」
アルトゥール司祭は少し不満そうにしながらも、説明して下さいました。
料理をするにも暖を取るにも火が要ります。
普通は組んだ薪に『魔素圧縮魔術式』を使用し、熱を加えて種火とします。
大気中の魔素を無理矢理一箇所に集める事で熱を生み出す…そうです。
原理は…良くわかりませんけど。
簡単な魔術式なので、小さい熱くらいなら平民の子供達でも扱う事が出来ます。
しかし平民の中には、己の魔力が弱過ぎて自分の魔術式だけでは火を熾せない人々も存在します。
その様な人々の為に、簡単な操作で種火を点けられる『火熾しの魔導具』が存在します。
私が届ける様に頼まれた集会所周辺の家では、その魔導具が不足しているそうです。
それで、もし余っている火熾しの魔導具があったら、困っている近所の人達に配りたいから…と、住民の方が近隣の公共施設に聞いて回っているとの事。
信徒経由でその様な依頼が出されている事を耳にしたアカビア家の伯爵令嬢が、「我が家で使っていた中古品で良ければ、是非、教会経由で直接依頼者に…」と言って、今朝、いきなり教会に持ち込んだ物なのだそうです。
「教会は郵便屋では無い…とは言ったのだがな…」
…成る程。
郵便屋に頼むと、高い手間賃と運び賃を取られ、時々荷物も盗られます。
それを防ぐ為に、教会を中継させようというのでしょう。
どうせ礼拝で行くのなら、ついでに渡せば丁度良い…と考えた、というところでしょうか?
なかなかケチ臭…いえ…ちゃっかりさんですね。
ついでに他の信徒達の前で渡す事で、教会に対して喜捨の心を示す事も出来ますし。
運賃を節約した上に、徳も積めるし名声も得られる…と言う事でしょうか。
ちゃっかりしている所が少々引っ掛かりますが、結果的には人の為になりますし…善い事ですよね?
しかし…私の地元なのに、それらが不足して困っている人達が居ることを知りませんでした。
私の不徳の致すところです。
教会や集会所の外にも目を向けるべきでした。
猛省しなければいけませんね。
「集会所に荷を届けたら、今日は院に帰るだろう?
ついでで悪いのだがな…帰り道、彼の所にも寄ってくれないか?
いつもの医薬品が手に入ったのだ。届けて欲しい」
彼の言葉を聞いて、私は思わず顔を綻ばせました。
それはとても喜ばしい事です。
医薬品は高価で貴重なので、中々手に入りません。
アカビア伯爵からの寄進のおかげで購入出来たそうです。
素晴らしい信仰心です。
信仰心が元ならば、ちゃっかりさんも赦されるのです。
「ああ…勿論、その読み語りを終えた後で構わないよ。
荷は、いつもの所に置いておくから。
結構重いから、ジョーグにも手伝ってもらうと良いだろう」
「承りました。
ちゃんと届けてきますわ」
私はニコリと微笑んで頷きました。
アルトゥール司祭は満足そうに頷き返すと、忙しそうに部屋を出て行きました。
彼はいつも走り回っていますね。
この教会を含む、大小、十を超える信仰所の管理責任者でもあるので仕方ないのでしょうけれど。
「ピオニー姉ちゃん!早く!」
「続き読んで!」
アルトゥール司祭との話が終わると同時に、子供達がせがみ始めました。
私は再び座り直し、皆を見渡してから本を広げます。
こちらを見つめるキラキラとした瞳を見ながら、私は静かに息を吸い込みました。
…本当に、子供達は可愛いですね。
魔道具…自分自身の魔力と魔術式を使用して効果を発揮させる道具の一般名称。
魔導具…魔石と回路を組み合わせて効果を発揮させる機械や道具の事。
使用者自身の魔力は必要としないもの。