バスでの出会い
駅から学校行きの臨時で運行しているバスに乗り込み、最後尾の座席に座る。
無事に入学できることになった俺は地獄の様な両親の忍者修行からおさらばできると喜んだ。
これで少なくとも3年間はあの超人的な両親も手出し出来ないからだ。
「くふふ、ようやく俺は自由だ!」
しかしバスに乗り込んだは良いが、人数がだいぶ少ないな。
今日運行するバスは確か3台……俺が乗ったバスが一番早い時間とは言え、バスに5人しか座ってないのは幾らなんでも少なすぎやしないか?
「すんすんすん」
いきなり前の座席に座っていた女子生徒? と思われる人がこちらの匂いを嗅いでいる。
「あの……なんでしょうか」
「お主手を見せてみよ手を!」
「はぁ?」
いきなり変な人に絡まれたなぁと思いながらも手を前に出すと座席から身を乗り出して右手を凝視する。
「いや、お主左投げじゃろ」
「え? ええ、そうですけど」
「野球は好きか?」
「野球? 好きか嫌いかで言えば好き……ですかね」
「そうかそうか! 良い投手に成れるぞ!」
「はぁ?」
いきなりそんな事を言われてこちらも同反応すれば良いか迷う。
一応ありがとうございますとだけ言っておく。
「うむ! よいよい! 人の子の感謝の言葉! 実に良い!」
なんか喜んでいるが危ない人なんだろう……これ以上近づきたくないが、女子生徒は信号待ちの間にいきなり俺の横に座る。
近い近い、ほのかに香る柑橘系……いや、これは炊きたての米に近いか?
落ち着く匂いがする。
「ワシの名前は甲子魂子じゃ、このバスに乗っているってことは大和有楽川学園の生徒じゃろ? 同じ年じゃと思うし」
「あ、うん、俺は世鬼勝。よろしく」
「よろしくなのじゃ! 勝は野球はやっておったのか? いや、野球の鍛え方じゃないのぉ……ただ球を投げることはしておったな」
「あぁ、手のひらを見ただけでわかるのか?」
「わかるわかる。凄い投げ込みをしてきたのがよーくわかるぞ」
「へぇ、そいつは凄いな。甲子「魂子じゃ!」……魂子も大和有楽川学園に?」
「そうじゃ。いきなり願書が届けられた時は驚いたぞ。でも人の世で生きるのは楽しそうじゃと思ってのぉ」
「人の世? 何言ってるんだ?」
「分からなくても良い。狂言じゃ。気にするな」
「はぁ……」
となりに座ってからも左手をずっとニギニギされており、女子に免疫の無い俺にはだいぶキツイんだけど。
ふわっと真っ黒な髪の毛が靡く。
よく顔を見るとつり目でイケメンにも見える。
しゃべり方は古風であるが、喋らなければ王子様女子と言っても良いかもしれない。
「ちなみに世鬼はどこから来たのじゃ? ワシは群馬じゃ」
「俺は広島から」
「広島か、広島の赤いプロ野球チームが有名じゃな」
「まぁ県民だから多少は知っているが、野球のルールは詳しく知らないぞ。体育の授業程度しか……」
「最初は皆そんなもんじゃ! のぉ! 勝は入る部活とかは決めているか? 決めてないんなら野球をやるのじゃ!」
「野球? 魂子がやらせたいだけだろ」
「勿体ないのじゃ。それだけの身体があれば3年間みっちり鍛えればプロ野球選手にも成れるかも知れんぞ」
「プロ野球選手ねぇ……給料ってどれぐらいなんだ? 結構もらえるって言っても300万くらいだろ?」
「何を言っているんじゃ? プロ野球選手の平均年俸は4700万じゃぞ。最下層の育成選手の最低年俸が300万じゃ」
「へぇ、プロ野球選手ってそんなに貰えるんだな……うちの父さんの年収が300万だから……ってえ! 最低で300万なの?」
「プロ野球選手じゃなくて社会人野球をしている選手は働きながらになるのじゃが、良いところだと800万以上の年俸契約をしてくれる会社もあるのじゃぞ。引退しても会社の社員として面倒見てくれるから失業の心配も無いぞ」
「プロ野球や社会人野球でもそんなに給料貰えるのか……て、野球部とかも無いだろ」
「フッフッフッ……抜かりは無い。野球部を作りたいと学校に問い合わせたところ部活の選択は自由じゃし、校長が熱狂的な虎党であると判明したんじゃ。電話で意気投合して野球の機材は何とかするし、専用グランドも用意すると言われておる! 安心するのじゃ!」
「金持ってるなぁ……全寮制の学校作るだけあるわな……」
「資金の出どころは競馬やギャンブルらしいのじゃがな。聞く所によるとアメリカのカジノで一発当てたと噂じゃが」
「俺は競馬で稼いだって聞いたぞ」
「常人では無いことが分かったのぉ」
「だな……まぁ同じクラスか分からねぇけど一緒だったらよろしくな魂子」
「よろしくなのじゃ勝」
『ご乗車ありがとうございます。まもなく終点大和有楽川学園前、大和有楽川学園前。停車してからの移動をお願いします』
アナウンスが入りスマホを見ていた生徒や本を読んでいた生徒達が荷物をしまい始めて降りる準備をする。
「降りるぞ魂子」
「はーいなのじゃ」
バスの運賃を支払い、バスを降りると目の前にデカい校舎がいきなり現れた。
田舎の所には場違いな程近未来的な建物……ただ気になったのが道の先まで壁に覆われており、壁の上には有刺鉄線が設置されている。
早速この学園大丈夫かと不安になるのだった。