忍びの息子 世鬼勝(せき まさる)
俺の名前は世鬼勝至って普通……ではないなうん。
「勝! これをできなければ今日の晩飯抜きよ!」
「やだよ母さん、なんで今どき焙烙玉(火縄爆弾)の投擲なんてやるんだよ。時代考えろ時代」
「いい、勝! 私達世鬼一族は古くは毛利元就公の忍び衆をしていた一族なのよ! 明治維新の時にも奇兵隊で活躍したご先祖様が多かったのよ!」
今どき忍びって……士農工商があった時代から160年以上も昔の話だぞ。
どんだけ時代錯誤の職業の修行をさせてるんだよ。
「いやいや、奇兵隊って武士階級じゃなかった人の部隊じゃねぇか! 俺の家武士ですら無かったのかよ」
「それどころか農民よりも下に見られることが多かったわ!」
農民よりも下なのかーい!
武士より下だとは思ったけど農民よりも下なのかよ!
「おい、誇れるところじゃねぇだろ! 話戻るけどなんでそんな古臭い技術を学ばせてるんだよ。なんだよ力尽きたら焼死確定の焚き火の上で腕立て伏せやら、火縄くぐり、鎧を着て遠泳とか……普通に虐待だろ虐待!」
「私達忍びの一族はね! 表を忍ぶ仮の姿で生活しないといけないの……その本当の姿は……忍びよ!」
知ってるよ。
逆にこんな修行を剳せて忍びじゃなかったら怖いわ。
「忍びを必要とする仕事なんか無いくせに……母さんも普通に主婦だし、父さんも町工場の工員だろ」
「口答えするなら根性注入しなければならないわね」
母さんが闘魂注入と彫られた木製バットをブンブン振っている。
「やめろやめろ! それで叩かれると尻が凄く腫れ上がるんだぞ! わかったわかった! やるから本気でやめろや!」
中学校から帰るとこれだ。
一時期グレて家に帰らなかったが、忍びを自称しているだけあり、隣町に逃げていたのに連れ戻されて【教育】を受けてからは、嫌々ながらも鍛錬を続けていた。
お陰で中学校ではろくに友達とも遊べず、親しいと言える友達が出来なかった。
導火線に火を付けて指定された的に当てていく。
障害物があり直球では当たらない的は父さんから教わった変化球を駆使して当てていく。
ちなみに早く投げないと焙烙玉に着火して爆発し、腕が吹き飛ぶ。
ご丁寧にちゃんと火薬を入れている徹底っぷりである。
的に当てられなかった分だけ鍛錬の時間が伸びるので嫌でも全球的に当てる。
「ほら母さん50球全部的に当てたよ」
「よろしい。じゃあお使い行ってきてちょうだい。15分以内ね。夕食はハンバーグよ」
「商店街まで片道15分かかるぞ!」
「直線で行けば5分で行けるでしょ。くれぐれも見つからないようにね。補導されても助けないから」
「そこは助けろよ親だろ!」
「世間体ってのがあるのよ」
「世間体気にするならそんな無茶を息子にさせるんじゃねえよ!」
「ちなみに時間以内に帰ってこなかったら今日の晩飯は勝だけ兵糧丸よ」
兵糧丸……とにかく栄養と腹持ちだけを考えられて作られた保存食だ。
お腹は膨れるがとにかく不味い。
「あれ食うのはやだよ。不味いじゃん」
「だったら15分以内に買ってくることね。はい、お金とカバン」
「たく、絶対にこんな家でていってやるからな」
金を渡された俺はシュタっと一瞬で着替えると、塀をよじ登り、近所の屋根を伝って商店街へ買い物に行くのだった。
何とか買い物を済ませて、夕食をハンバーグに確定させて、食卓に着く。
父さんもいつの間にか帰ってきて新聞を読んでいた。
キッチンでは母さんが凄い速度で調理を作っている。
野菜を切る音なんかマシンガンの発射音かってぐらいダダダダと音が繋がっている。
「はいよできたわよ」
皿がフリスビーの様に投げられると、父さんは片手で投げられた皿を掴み、食卓に置いていく。
俺は米をよそって普通に準備しているが、母さんも父さんも料理が乗ってるんだから普通に運べやと思うのはこの家では俺だけなのだ。
クソ、常識が通用しねぇ。
何事も無かったかのように料理を食べ始めるが、父さんがいきなり
「勝、進路どうするんだ?」
と聞かれた。
一応勉強は出来るのであるが、母さんからの無茶なお使いで2度補導歴があり、教師からバッチリ内申書にその事を書かれていた。
「父さんの親戚に今度学校始めるって人が居るからそこに行きなさい」
「父さん、ちょっと待て、学校始めるって言ったよな? 学校ってそんなに簡単に初められる物じゃねえだろ?」
「大丈夫だ。資金は競馬で稼いだって言っていたぞ」
「どこに大丈夫な要素があるんだよ。そんな学校に息子を行かせるんじゃねぇよ」
「なに、書類はもう送っておいた。あとはお前を送りつけるだけだ。返事ははいかYESのどちらかだ」
「息子の進路だぞ! 息子に決めさせろや! なんで父さんが勝手に決めてるんだよ……パンフレットとかねぇのか?」
ほらと言われてパンフレットが渡され、どんなやばい場所に送り込まれるのかと思ったが、全寮制ながら都心のホテルのような綺麗な校舎、学生寮も綺麗。
場所は千葉の南端の温暖な気候の土地らしい。
「お、おおお!? どうした父さん! このパンフレット嘘じゃねえよな!」
「嘘なもんか。私の忍びのネットワークを駆使すればこれくらいお茶の子さいさいだ」
「入試とかは?」
「あー、流石に距離があるから各中学校で受けて郵送らしい」
「マジか! 父さんの事見直したわ! こんな学校に行けるかもしれないなんて俄然やる気が出てきた!」
「そうかそうか! じゃあ勉強頑張らないとな」
「おう! 絶対に合格してやるからな!」
この時の俺は知らなかった。
このパンフレットに書かれていた私立大和有楽川学園はとんでもない学校で3年間過ごすことになるなんて……。