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第28話 別れ


 ◇


 ――若藻視点――


 明けぬかとおもわれた夜が明け、昼が過ぎ、日が西の空に落ちて、再び夜が来ようとしている。

 長い夜の後の、ごくごく短い昼だったが、そのわりにはいろいろなことがあったのだと思う。

 といっても、オレはあんまり太陽の下をうろうろするのが好きじゃないから、オレが精力的に動き回ったというわけではない。

 オレは夜明けを迎えるとともに、あれこれ小娘に指示を出すと、崩れ落ちた母屋の、いちばん崩れていない部分――要するにいちばん日差しの当たらない部分――で、可愛らしい子狐の姿で丸くなっていたのだった。


 日の暮れだ。

 春のうすいぱらぱらとしたような雲に夕日が反射して空全体がほのかに橙に色づいている。

 旅立ちの時だ。

 オレは「うーん!」と前足を投げ出して伸びをすると庭に飛び出すと、光乃に近づいて行った。


 モレイをうち倒した武者――どうも光乃のやつの親父らしい――は見当たらない。


「あのひげもじゃの武者はどこに行ったんだ?」

 ふぁあ、とあくびをかましながら、オレは光乃に尋ねた。

 光乃は疲労と心労だろう、死人すれすれの青白い顔をしている。


「ああ、父上ね。もう都に戻ったみたい。なんでも都でのあやかし退治の後始末があるんだって。」


「へえ、後始末をほっぽりだしてこっちに来たってワケか。熱い家族愛じゃないか。」


 光乃のやつは少しだけ複雑な表情を浮かべる。オレ、なんか違うこと言っちゃったか……?

 

「十一郎が、あ、十一郎ってのは若藻が最初に出くわした武者のことね。」


「あー。あいつか。」

 いたいけなイノシシに化けて身を隠していたオレに攻撃してきたやつのことだろう。


「そうそう、その十一郎が、都に陰陽師を呼びに行ったときに、父上に伝言をしておいたんだって。『赤名荘で異変あり、都の妖を討伐し次第、戻られたし』ってね。」


「そうか、その十一郎ってやつのおかげで助かったのか。十一郎ってやつには悪いことしたな……」

オレがそう言うと、光乃のやつは、きょとんとした顔でオレを見下ろしてきた。

やがて得心が言ったという風にすこし微笑む。


「ああ、十一郎ね。死んでなかったみたいよ。若藻の攻撃が直撃したんだけど、間一髪、当たり所がよかったのか、腕の骨を折ったくらいで済んだんだって。」


「……そりゃよかった! しかし、もっと早くお前の親父さんが来られていればもっと……。」


「そうね……。言っても詮無いわ。本当にね……。父上もモレイ姉を取り押さえようとしたけど無理だったんだって。なんど腕を斬り落としてもまたつながっちゃうし、手加減できる相手でもないし、結局、モレイ姉の頭を吹き飛ばして終わりにせざるを得なかったみたい。」


 沈黙がうまれた。

 手持ち無沙汰なのか、光乃は崩れ落ちて燃え残ったなんかの柱をなでている。

 なんか思い出でもあるのかもしれない。

 夕焼けが小娘のくっきりとした顔の輪郭に陰影をつけている。


「……まあ、その、なんだ。オレも見てたからその感じは分かるよ。」


「斬り飛ばしたはずのモレイの腕……。父上も、あんなふうにヒトの腕がくっつくのは見たことないって言ってたわ。多分なんかの邪法なんだろうけど。若藻は何か知ってる?」


「いや、さっぱりわからないね。あんな不自然なものは見たことない。」


「あれが何なのかわかれば、モレイ姉を裏切らせた黒幕の手掛かりにもなるんだけど……。」


 小娘はずいぶん深刻な顔をして考え込んでいる。

 眉間によったしわのせいで数歳は老けて見えちまう。


 まあ、むかつく小娘だが、同じ夜を過ごした仲間ではある。

 オレは奴を慰めてやることにした。

「……まあそんな顔しなさんな。終わったこととか、死んだやつのことは気にしないほうがいいと思うけどな。なんせ終わってるし死んじまってるんだから。そんなことよりも、今日あった楽しいこととか、明日あるだろう幸せとかを大事に生きていった方がいいぜ。」


 きっ、となって光乃が顔を真っ赤にする。

「そんな風にできるわけないでしょ。モレイ姉は私の家族で……。」


「で、お前たちを裏切って、お前の親父に殺されちまったのさ。それでいいじゃねえか」


「裏切ってない!」

 光乃が叫ぶ。

 大声を恥じるように、光乃は深呼吸している。


 慰めるつもりが怒らせてしまった。

 結果として元気になったみたいだしいいだろう。


 大きく溜息をついて、光乃は言った。

「わすれてたけど、若藻はあやかしだからね……」


「……オレもヒトって生き物のことを忘れてたぜ。すまんな」


 少しだけきまりの悪い沈黙が続く。


 オレはいつもわからなくなる。

 いったいぜんたい、なんでヒトはそんなに過去にとらわれて生きているのか。

 オレからすると、ヒトはほんの瞬きほどの時しか生きない。

 なのに、そのわずかな生を、後悔で無駄にするやつのなんとおおいことか。


 オレが庭の端の焦げた草木をながめ、光乃がひび割れた蔀戸しとみどをみつめて、しばらく時間がながれたあと、光乃が口を開いた。


「……それで、若藻におねがいされたことはちゃんと言っておいたわ。父上も、問題ないって。織路の家が、あなたに敵対することはないって。あなたがこの家に危害を加えない限りはね。郎党たちにも周知しておいたから」


「そうか。そりゃ助かるぜ」

 領内を通過したりあちこちを旅したりするのに、今回みたいなのに襲われたらこまる、ということで、オレは一種の不戦条約を提案していた。


「でも、さすがに尾をあなたのために手配するのは無理だって」


「そりゃそうだろうな。そっちはダメもとで聞いただけだ」


「じゃあ……」

 光乃は何かを言いかけてはくちごもる、というように口をなんどかもごもごさせた。

 オレは少しだけ待ってやったが、結局光乃が口を開くことはなかった。


「じゃあ。お別れだな」

 オレは可愛らしい子狐から大鷲の姿へと変化へんげした。


「そうね。お別れね」


 高貴な大鷲の姿になったおれは、そのきりりとした目を光乃に向けて言った。

「お前、つよくなったな。モレイに裏切られて洞窟でめそめそしていたのがうそみたいだ。モレイが親父に殺されてなお、前に進もうってのはいい兆候だと思うぜ。それがたとえ怒りや悔恨のおかげだとしてもな」


 小娘は狐につままれたような顔をした。

「あなたが……」

『あなたが私を褒めるのは初めてじゃない。』

 きっと小娘はそう言おうとしたんだろう。


 だが小娘が言い終わる前に、オレはやつの目の前から去ることにした。

 オレはばさり、ばさりと大きく羽ばたくと、夕日とは反対方向、一足先に夜の訪れている東の空へと飛び去った。


 なんというか、これ以上小娘と会話していると、不思議な引力に引っ張られるんじゃないか、ってそんな気がしたからだ。

 ……決して褒めた後に恥ずかしくなったから、ではないぜ。


 もう二度と死ぬんじゃないぞ。あんな夜はもうまっぴらだ。

 オレのつぶやきは、赤名荘のはるかうえの空に消えていった。




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