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第15話 死んだ……?



 ◇


 暗い水底から、意識が浮き上がる。


 ”最後の最後で油断した。”


 思考が形を結んでいく。


 ”横腹への一撃で決まったと思ったのに……。”


 眼を開ける。

 何も見えない。真っ暗闇である。

 なにも聞こえない。


 ”いや、おのれの吐息は聞こえる。”


 いったいどこに戻ってきたのか、光乃は必死で記憶をさかのぼる。

 これまで数えきれないほど死んでは戻りを繰り返してきた。

 最初は、狐を取り逃した後の河原に。

 その次は夜更け過ぎ、信乃を抑え込んだところに戻ってきた。

 ならば今度は信乃を抑え込んだ後のどこかに戻ってきたということなのか。

 直近意識を失ったところまで戻ってくるのでは、というのが光乃の考えだった。


 だが、何度思い返しても、館の母屋で源建法師と信乃を抑え込んだ後、意識を失った覚えはない。

 ましてやこんなにまっくらなところは記憶にない。



 それとも、やり直すことのできない本当の死が訪れたのだろうか。

 ここが法師たちがいうところの、極楽やら奈落やらか。


 ”極楽にはみえないけれども、奈落に落ちるようなことはなにもしていないはず。”


 指先を動かしてみる。動く。

 足を動かしてみる。動く。


 背中に固い、ごつごつしたものが押し付けられているような感覚がある。


 ”鎧を着て横たわっているのか?”


 そのとき、ふっと灯火ともしびがともるように周囲が明るくなった。

 だがそれは、あたたかい熱をはなつ橙の光ではなく、神力が放つ冷たい青白い光であった。


 光乃はがばっと身を起こした。


 古めかしい直衣のうし(上級貴族のオフィスカジュアル)姿の、端正な顔立ちの少年がいた。


「ふむ、やっと起きたか」


 年のころは十二、三の幼さの残る少年である。

 あまり衣服に詳しくない光乃から見ても、古めかしい流行おくれの文様、色使いである。


 ”ここはどこだ?”

 光乃の心の内を読んだかのように、童が口を開く。


「おまえは『ここはどこだ?』と思っているだから答えてやろう。ここは現世うつしよ幽世かくりよの狭間だ」


 幼い容貌ににあう、やや高い声だ、と光乃は思った。

 だが「現世うつしよ幽世かくりよの狭間」と言われても、結局ここがどこだか全く見当がつかない。


 ここはどこで、お前はだれで、いまはいったいいつで……。問いがぐるぐると光乃の中でうずまく。

 なににせよ、すこしでもこの状況を把握するために会話を続けなくては、とおもいながら光乃は口を開く。

「お前はなにものだ」


 そう問いながら眼だけはぐるりと周囲を見渡す。


「オレの名を問うたか。我はここ天原国あまがはらのくにが生まれるよりもさらに千年もの前、外つ国に生まれ、長じてからは紂王、斑足王、幽王の王国を滅ぼしたる大大大妖にして、妲己だっき華陽かよう褒似ほうじ、滅ぼしたる王国の数だけの名を持つものなり」


 あたりは見えないが、屋外ではないようだ。まったく月明かりが見えないからだ。

 明かりはおそらく少年の灯したであろう、青白い炎しかない。だが手や尻に伝わる地面の感触は土っぽい、と光乃は思った。現世と幽世の狭間というのは洞窟か何かなのだろうか。


「また十干じっかんと十二支の一回りするよりも前(=60年以上前)に、この国をあわや滅ぼさんというところまで追いつめたこともある。その時は玉藻御前たまもごぜんという名でよばれておったな」


 予想を超えた名に「うう」と光乃がうめく。

 玉藻御前といえば年老いたつわものたちから寝物語に聞く伝説の大大妖である。

 甚大な被害をもたらしながらも最後には霊峰不知山のふもとで討ち滅ぼされたという。

 本当にこいつが玉藻御前だとしたら、たしかにここは奈落なのかもしれない。

 自分は本当の終わりをむかえてしまったのだろうか、と光乃は不安になる。


「あやかしも奈落に落ちるのか。玉藻御前は討ち取られたはずじゃない」


「ここが奈落なもんか。それに我は討ち取られてなどいない。こうして生きている」

 こころなしか狐の口調がすねたようなものに変わった。


「そもそもあなたは男の子なの、女の子なの。玉藻御前は絶世の美女と聞いたけれども」


「男さ。あまりにも美しいもんだから、時の王がかってに絶世の美女だと勘違いしたのさ」

 これが素の口調で、さっきまでのいかめしい口調はつくりものだったのではないか、と光乃は思った。


 ”あの口調だったのも、なめられないように虚勢を張るために違いない。”

 年頃の少年少女が、年上に見られんとして大人ぶりの口調をつかうことはよくある。


「だいいち本当にあなたが玉藻御前だというなら証拠を見せてみなさいよ。玉藻御前は九本もの尾をもっていたと聞くわ。でもあなたには一本も生えていないように見えるけど」


「そりゃ今は人間に化けているからな。人間には尾は生えてないだろ」


「じゃあ、狐の姿にもどってみなさいよ。というかもしかして、あなたってさっきまで私と戦っていた狐なんじゃないの? あれは尾が二本しかなかったけど」


「三本だっ!」


「あら、そうだったかしら。二本しかなかったように見えたけど」


「くそっ!お前らがちぎりとばしたんだろうがっ!」

 少年は苦虫をかみつぶしたような表情になる。

 2000年もの時をいきてきた、というわりにはずいぶんと挑発に乗りやすい性格のようだ。


「さっきまで戦ってた狐なのはたしかってことね。玉藻御前とよばれた九尾の狐ではなさそうだけど」


「ゆえあって今は尾が三本しかなかったのだ。本当は九尾ある」


「ふーん。それで、三尾の狐さんはいったい私に何の用があってここに連れてきたの。用事があるから早く戻りたいんだけど」


 最後、吹き飛ばされた割には体のどこかが痛い、ということもない。これならすぐに起き上がることもできそうだ。

 もしここが現世と幽世の狭間だとかいう所だとしても、狐のやつが連れてきたのであれば、狐を倒せば戻れるのではないか。

 あるいは狐のやつに再び殺されれば、再びあの夜更けすぎに戻れるのではないか。


 光乃はどこか挑発するように顎を上げながらも、油断なく周囲を見回す。


 狐のやつは少しだけ考えこむように沈黙している。

「ふむ、それよりもおぬしの名はなんという。名前がわからなければ会話もできまい」


「光乃よ。星輪王せいりんおうより数えること四代の後胤こういんにして、武者の中の武者、武門の上にたちこれらを統べる武門であるところの織路氏おりじのうじ棟梁、摂州長官、満道みつみちが長女、光乃よ!」


「ほほう、光乃か。しかし織路の氏というのは聞いたことがないな。ちょっと前にひと暴れしたときはそんな武門あったかな……。おい、武門といえば魚名うおな氏の里奈りなとか日出洲ひいす氏の貞森さだもりとかはどうしてるんだ。奴が若い頃は一緒にやんちゃしたこともあったが」


魚名うおな氏は滅んだとは言わないけれど、かつてほどの勢いはないわね。父上が十年ほど前に徹底的につぶしたのよ。日出洲ひいす氏は今も天原国の随一の武門ね。それより、ちょっと前にひと暴れって、何十年も前に討伐されたときの話をしてる? 魚名うおなの里奈も、日出洲ひいすの貞森も、玉藻御前討伐の功労者よね。どっちもとうの昔に死んでるわ」


「見ての通り、討伐なんかされちゃいないが、なかなか手ごわい敵だったのは覚えているな。そうか、里奈のやつの子孫は滅んだか。あれから60年以上たっているものなあ。うらみはあるから弔いはしないぜ。人の一生は短い。それにしても、あの洟垂れの貞森のやつの子孫が、いまやこの国で随一の武門とはな。里奈のやつがきいたら腹の皮がつるほど笑うだろうな」

 話しているうちに懐かしくなってきたのであろうか、狐はどこか遠いところを見つめるように目を細めている。


「そういえば当時はうちも織路の氏を名乗ってなかったかも。たしか経基親王となのってたんじゃないかしら。ねえ、経基親王なら聞き覚えはない?」

 思わず興味を惹かれた光乃は、油断を探るのを一瞬忘れ、狐に尋ねる。


「つねもと、つねもと。うーん」

 しばし思い出すように狐は宙を見つめる。


「あ、そうだ! オレと出くわして真っ先に逃げ出したのが経基つねもととか呼ばれてたやつじゃなかったかな。名を名乗ることも矢を射ることもしなかったからすっかり忘れていたが」


「あ、そう。やっぱりそうだったのね」

 落胆する光乃。


「あれ、怒らないのか」


「真っ先に逃げた、ということで悪い意味で名を知られているのよ。本当にそうだったのね、と思っただけだわ」


「ははあ、なるほどね。いやー、しかし俺を見てわき目も振らず逃げ出したあの男から、そんな大層な武門に育つもんなのかね。武者の中の武者、ってのはちいとばかし話を盛りすぎなんじゃないのか。おまえら武者ってのは、そもそも名乗りを上げるときに勢いよく盛りすぎなんだよな」


 あざ笑うように狐が言う。


「ものしらずね。あなたが死にそこなってから何をしていたのかは知らないけど、いまや織路の氏といえば日出洲の氏にならぶ武門よ。朱雀大路で遊んでいる童だってそれくらい知ってるわ」


 光乃はムッとした。

 隙をつこうと考えていたのもすっかり忘れて反論する。


「第一、あなたの格好こそなんなの。いまどきそんな色や文様の取り合わせで人前にでるなんて普通だったらできないわね。新しい衣を用意できなくて、祖父から借りてる貧乏貴族みたいよ」


 馬鹿にするように光乃がいうと、恥ずかしさだろうか、狐の頬が紅潮する。

 わざわざ凝った文様の直衣を着ているくらいだから、洒落好きなのだろうが、いかんせん感性が古臭すぎるのだ。


 何ごとか反論しようというふうに少年姿の狐は口をパクパク開くが、何も言葉が出てこない。


「本当にあなたが玉藻御前なのかはしらないけど、数十年前で知識も装いも止まってるってことだけは分かったわ。そんなことより、なんで私をこんなよくわからないところに連れてきたのか、答えてよ」


 狐も怒りでカンカンになったとみえる。

 しばらく何か言おうとしてプルプル震えていたが、やがて青白い光の中でなお顔を真っ赤にして、

「このやろう!」

 と、叫び、掴みかかってきた。


 技もへったくれもない、隙をつくわけでもない攻撃だが、よもや攻撃されるとも思っていなかった光乃は不意を突かれてもんどりうつ。


 攻防というべき攻防もない。

 馬乗りになった少年姿の狐が光乃の髪の毛を引っ張ろうとする。


「っつ!痛いじゃないの!」

 髪を引っ張られた光乃が狐の顔面をひっぱたいたかと思えば、


「このくそアマ!」

 鼻血を垂らした少年が頭突きをする。


 まったく、寺の稚児の喧嘩のような争い方をしていて、およそ武門の姫と、自称大大妖の戦いには見えぬ。


 狐のほうは明らかに武の手ほどきを受けたことがない、という立ち回り方だが、光乃のほうもいかんせん大鎧が重くておもうように動けない。


 だが、さすがに組み打ちとなれば武者としての訓練を受けている光乃に有利である。

 特に馬乗りからの逃げ方など、体にしみこむまで叩き込まれている。

 途中で戦い方を思い出したのだろう。

 光乃は素早く少年の腕をつかんで固めるや、腰を跳ね上げるようにしてくるりと体勢を入れ替え、少年の上にまたがる。


「い、いてええ! いていて!」

 姿かたちを化けているだけではなく、体の構造まで人と同じになっているらしい。

 背中から押さえつけながら固めている腕をひねり上げると、狐が叫び声をあげる。


「いったい俺がなにしたってんだ! こんなひどい真似しやがって! やい! はなせ!」


 なにがなんだかわからないが、どうやらこれで狐を仕留めてまるく収まりそうだ、と狐を押さえつける腕に力が入る。

「なにしたか、ですって! 身に覚えがないとは言わせないわ! さっさと信乃の呪いを解除しなさい! さもなくば首の骨をへし折るわよ!」

 そのまま体重をかけて腕の骨をへし折るや、蛇のように少年の首に腕を回して力をかける。


「誰だよ信乃って! 呪いなんかかけてねーよ!」


「しらを切るつもり! 呪いを解きなさい! このまま殺すわ!!」

狐が叫ぶのを無視して、光乃は首をぐいぐいと絞めつけていく。







すみません。予約投稿忘れてました!本日はもう1話更新します。

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