泣き虫王子と悪役令嬢
ほのぼのした気持ちで、物語で書き上げました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
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「メアリー・ヒルハーブ公爵令嬢。婚約解消……いや婚約破棄を受け入れてほしい!」
王太子オリヴァー・グリント・ルフト様が、王宮のパーティー会場で気弱そうに宣言されました。
彼は、金髪碧眼の見目麗しい方です。
わたくしメアリーは、ため息をつきました。
いつかはこうなるかもと、わたくしは予想しておりました。
彼は、融通がきかない所があるのです。
彼の後ろには、可愛らしいピンクブロンドの聖女ソフィア・ウィカムが控えています。
「オリヴァー様。それは、今ここでしなければいけないお話でしょうか?」
「ああ。そうだ。誰が正しいのかを皆に知ってもらわなければいけない。ぐすっ」
「困った方……」
オリヴァー様は、緊張されて涙ぐんでおられます。
彼は人前が苦手なのです。
ソフィア様が、一生懸命オリヴァー様を励ましています。
「王太子様なら言いたいことを言えますよ! 応援しています!」
「ソフィア嬢! ありがとう……!」
わたくしは、扇子を広げました。
こちらの感情を教えないことは貴族の嗜みですから。
「ここに、君が嫉妬に狂って、影でソフィア嬢に酷い虐めを行なっていた証拠がある」
「まあ。全く身に覚えがございません」
宰相閣下のご令息が、書類を抱えて前に出てきました。
書類には、私が行なったとされる事が書かれているんでしょう。
オリヴァー様は青ざめて声が震えてます。
「確かに僕は、このソフィア嬢が次々に起こすトラブルで奔走していた。君とのことがおろそかになってしまっていたと思う」
「そうでしたわ。本当に大変そうでした」
「テヘッ」
ソフィア嬢が腕で胸を寄せて、可愛く笑っています。
それで騙される女性はいませんよ。
希少な聖女ということで、世話係をオリヴァー様がまかされたのです。
いつも野生児のように叫んで、学園の備品を壊し、希少な光の力の練習から逃げ出してましたね。
オリヴァー様は、彼女を追いかけて先生方に謝罪され弁償されていました。
逃げる彼女をお菓子で釣って、練習させていました。
涙ぐましい程でした。
わたくしは、そのことに嫉妬などいたしません。
「彼女の持ち物を壊し、ドレスを引き裂いて、階段の上から突き落とした証言がある」
「覚えがありません」
わたくしがそんなことをして、何になるというのでしょう。
彼女に嫉妬した誰かの仕業だと思われます。
「多くの証言が出ているから無視はできない。僕の気配りが足りなかったから、君に嫉妬させてしまった。だから僕の有責で婚約破棄を受けてほしいんだ。慰謝料も支払いたい」
「オリヴァー様! なんてことを仰るのですか!?」
わたくしは腹が立って、思わず大きな声をあげてしまいました。
淑女として失敗です。己が情けないです。
「だって、メアリーを傷つけてしまった僕が悪いから……。君はずっと王子妃教育として努力してくれた。公務も手伝ってくれた。学園でも、僕より成績も良くて、社交もできて勇気のある素晴らしい女性だった」
「……そんなことを思われていたんですか」
オリヴァー様の突然のお言葉に、わたくしは赤面しました。
扇子で顔を覆っていてよかったわ。
「僕は情けないんだ。何をやっても三流だ。弟のハロルドに剣と魔法で勝てたことがない」
「それは違うんです! 俺は兄上を守りたくて強くあろうとしていたんです!」
第2王子のハロルド様が、会場の奥から出てこられました。
彼は、背も高く筋骨隆々の美丈夫です。
母親が平民で後ろ盾がありません。
彼は慌てて、オリヴァー様に訴えました。
「兄上は、いつも暖かく優しかった。俺のために、同じ教育を受けられるように取り計らってくれたでしょう。いつも笑顔で話しかけてくれた。嬉しかったんです。ずっと兄上のお役に立ちたかった。おっとりした兄上をお守りしたくて鍛練に励んだのです! 平民の母をもつ俺を、兄上は分け隔てなく可愛がってくださった。俺を馬鹿にする貴族達へ、いつも兄上は注意をしてくれた。俺は全て覚えています!」
「……ありがとう。ハロルド!」
ハロルド様のお言葉に、オリヴァー様の気持ちが浮上したようです。
涙ぐんでおられます。
良かったわ。
「でも僕は、成績はソフィア嬢にも敵わないし……」
「そ、それはですね! 前世チートというか。試験の内容を知っていたわけで。全然凄くないですよー。むしろ、学業と公務と私の世話もしてて凄いです! 助かりました! ありがとうございます!」
ソフィア様が、過激な告白をされました。
試験の内容を知っていたとは、どういうことでしょうか。不正ですか?
後できっちり聞き出さないといけません。
前世チートとやらも、調べあげましょう。きなくさいですわ。
「公務で土砂崩れの現場へ行った時も、失敗してしまった。私が復興作業を手伝い始めると、見ていた侍女長が悲鳴をあげて気絶してしまった! 私がなにか至らなかったからだろう。……僕は王太子に向いていないんだと思う」
オリヴァー様は、どうも自信をすっかり無くされておられたようです。
今度は侍女長が、前に飛び出してきました。青ざめています。
「あ、あの時は、殿下が最高級シルクのオーダーメイドで仕立てられたお洋服を着たままだったのです。それで泥だらけになられました。つい、頭が真っ白になってしまったのです。その節は申し訳ありませんでした。あの時は王太子はじめ現場の皆様に介抱していただきました。大変感謝しています!」
「え、そうだったのか。驚かせてすまなかった。服は全部任せてあるから、知らなかったんだ」
青ざめて震えている侍女長のために、わたくしは殿下にお伝えしました。
「それはノブリス・オブリージュです。オリヴァー様」
「うん?」
「身分の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるのです」
「そうなんだ」
「ええ。人は己より立場の低い者に対して本性が現れるといいます。ノブリス・オブリージュを行わない者は、人間性に問題があるとみなされます。こちらが困った時に、助ける気持ちや余裕がないと思われるからです」
「そんな意味があったのか……」
「ですから、オリヴァー様はたくさんの方に慕われているのですわ。自信をお持ちになって」
「あ、ああ……」
わたくしへの断罪は、始まりませんでした。
オリヴァー様が、ご自分の有責を申し出たためです。
書類を持った宰相のご令息も、困った様子で固まっています。
オリヴァー様は、わたくしを真っ直ぐ見つめられました。
この方の真っ直ぐな所は、嫌いじゃありません。照れてしまいます。
「メアリー。君を苦しませてしまった。すまなかった」
「いいえ。オリヴァー様。婚約破棄はお受けしません。オリヴァー様は、公爵家で孤立していたわたくしの為に、何度も我が家に来てくださいました。その度に、家族や家令や侍女達にお話されましたね。わたくしが、どんなに素晴らしい女性かと。おかげで皆に認められましたの。今は仲良し家族ですわ! 気恥ずかしいくらいです!」
本当に困ったお方です。
婚約破棄などしたら、オリヴァー様がどれ程困った立場になることか。
廃嫡もあるかもしれません。
こんなことを言い出したのは、わたくしが悪役令嬢と言われているから?
……こんなに愛されていますのに。
こんなにもお慕いしておりますのに。
他の殿方のことなんて考えられないと、どうして分かってくださらないのですか!
まったくもう……。
この泣き虫王子め!
私はオリヴァー様の前まで歩いていきます。
彼の手を握りしめました。
「オリヴァー様が私の夫になるのです。逃げられませんよ!」
「に、逃げるとかそういうんじゃなくて……」
「まだ言いますか」
わたくしは、殿下の頬に軽いキスをしました。
オリヴァー様は真っ赤になって硬直されたのでした。
会場中から、歓声とあたたかい拍手が巻き起こりました。
ハロルド殿下は、いい笑顔で見守ってくれています。
ソフィア様も、満面の笑みで胸を撫で下ろされています。
王族には、王家の影がいつもついています。
もちろん、準王族である婚約者であるわたくしにもついているのです。
わたくしは手を叩きました。
事前に指示を受けていた影の者達が、報告書を持って現れます。
会場中がどよめきます。
彼らを動かす許可は、国王様からいただいています。
オリヴァー様を苦しめた者達の罪を、わたくしは決して許しません。
きっとずっと悩まれていて、婚約破棄を言い出したのでしょう。
犯人は反王権派? オリヴァー様を貶めて成り代わりたい者達?
報告書を手に取って、わたくしは宣言します。
「さあ。本当の断罪劇を始めましょう」
その後、私達は無事に結婚式をあげました。
オリヴァー様を追い詰めた一派は、じっくりと炙り出して対処いたしました。
オリヴァー様は、質素で身内だけの結婚式を挙げたいと申していました。
しかし、まるっと無視させていただきました。
こんなにも国外からのお祝いが届いているのです。
身内だけなんて無理なのですよ。
結婚式の時のオリヴァー様は、困ったお顔が子犬のようで可愛いと評判でした。
オリヴァー王太子とメアリー王太子妃は、男女の双子に恵まれました。
生涯、周りが砂糖を吐くほど仲睦まじい夫婦だったと伝えられました。
慈悲深い王と賢妃として、永く民に語りつがれたのです。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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