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7.仲間入り

「というわけで彼がこの子の行き先が決まるまで、うちで面倒を見ることになったフォイルさんです」


 この日、村のグリン婆の家にセチアはアイリスとフォイルを連れて来ていた。セチアの家にいてもらうことになったが、ただで置いておくわけにはいかない。ここに居ろとは言ったものの、自分の食い扶持は自分で稼いでほしいのが本音だ。

 幸いにもフォイルの体調は回復し、もう以前と同じように動けるようになっているらしい。村長であるグリン婆の所なら、彼に任せられる仕事が何か見つかるかもしれないと思ったのだ。


 連れて行ったフォイルに真っ先に反応したのは、グリン婆の娘であるリップだ。


「あらぁ~! あらあらあらぁ~っ! セチアちゃん、やってくれたわねぇ!」

「――っいた、いたいっ?! なんでっ?」


 リップはフォイルを一目見るなり、目を輝かせてセリアの肩をバシバシと叩き始めた。


「ほう、こりゃぁかなりの色男を捕まえたもんだ。のう、アイリス?」

「んまんまんま……」


 いつの間にかセチアの腕からアイリスを取り上げたグリン婆もにやりと笑みを見せる。どうやらフォイルの顔立ちが好みど真ん中だったようだ。少女のように顔を輝かせたリップがにこにことフォイルに話しかける。


「フォイルさん、ここを第二の実家と思ってくれていいからね!」

「は、はぁ……」


 一方、気圧されたのであろうフォイルはすすっと一歩下がり、セチアの後ろに隠れるように移動した。きっと人見知りの気があるのだろう。身長差のせいで隠れられるわけはないが、それでも少しはましらしい。苦笑いしながらセチアは二人に尋ねる。


「あの、今日ディックさんは……? よかったら彼に何か仕事がないかと思って……」


 だがその名を口にした途端、リップの表情が一変した。それまでの笑顔が消え、キッと目を吊り上げると、苛立ちを隠しもせずに話し出す。


「そうなんだよ! まったく、うちの人ったら朝から釣りに出たっきり全然帰ってこないのさ。いったいどこほっつき歩いてるんだか。こっちだって頼みたい仕事が溜まってるっていうのに!」

「あ、そ、そうなのね……」


 その迫力に今度はセチアが気圧される番だった。怒りが再燃したであろうリップにかける言葉を見つけられないでいると、背後からフォイルの声が聞こえて来る。


「……それは、お忙しいところ突然すみません」

「いやだぁ、謝ることないよ! むさくるしい男の空気にまみれて、フォイルさんが汚れたら困るもんね。むしろ外出中で良かったよ」

「リップ、あんた自分の旦那だろうが……。のお、アイリス?」

「あうわうわう」


 フォイルの謝罪にまたまたリップの態度が急変する。呆れたようにため息をつくグリン婆はいつのまにかアイリスを抱いてあやしている。騒々しい光景に、セチアの背後から漂ってくるのは戸惑いの雰囲気。どうやらフォイルはかしましい女性たちに馴染みがないのかもしれない。


(なはは、前途多難そうね……。それにしてもリップさん、仲の良い夫婦だと思っていたけど、ディックさんに散々な良いようね)


 ディックはリップの夫だ。大きな体で力も強く、穏やかな性格で狩りも得意。村人からはグリン婆に次いで頼りにされている。セチアも時折、動物の肝を譲ってもらうことがあり、彼の人柄は知っていた。


(もしできれば彼に森での仕事を教えてもらえないかと思っていたんだけど、一旦出直したほうがよさそうね――)


 また出直そう、そう思い口を開きかけた時だ。


「ただいま……って、なんだ。にぎわってるな」


 ディックが帰宅した。がっしりとした肩には草のつるで編んだかごを下げている。中からしきりに「ビチビチ」と聞こえるのは、今日の釣果だろう。ディックは赤みがかった茶の瞳を細め、フォイルを上から下までじっくり観察すると、


「ほう、あんたが噂のセチアちゃんの旦那か」

「――旦那じゃありませんから! そろそろ怒りますよ」

「ははは、怒られちゃたまらんなぁ」


 セチアは軽口をたたくディックをムッと睨みつけた。もう何度も訂正しているのに、止めてくれないのはこちらが反応するからなのか。妙に楽しそうなディックは今度はフォイルに矛先を向けた。


「いやぁ、それにしても色男だなぁ。……なぁ、あんた、帝国の出身かい?」

「え……いや?」


 突然の質問にセチアも首を傾げた。まだ誰にも明かしてはいないが、フォイルは聖騎士だった人間だ。王国出身に決まっているだろう。

 二人の不思議そうな表情に気づいたのか、ディックはすぐに理由を口にした。


「ああ、いや、その髪の色や目の色は帝都でしか見ないからな」

「帝都?」


 なぜここで帝都の話がでるのだろう。セチアは思わず背後を振り向き、フォイルを見た。フォイルもまた怪訝な表情を浮かべていた。そこで間に入って来たのはリップだ。


「あれ、言ってなかったっけ? この人、帝都の出身なんだよ。若い頃お城の門番やってたところを、遊びに出かけたあたしが一目惚れして釣り上げたってわけ! そん時はかっこよかったんだけどねぇ……」

「昔の話だよ。照れるなぁ」


 「なにおじさんが照れているんだか……」とため息をつくリップの横で、ディックは嬉しそうに頭をかいた。


「ディック。こちらのお嬢様を忘れちゃおらんかね」

「――おっと、そうだったなぁ」


 グリン婆の声がけに慌てて反応したディックは、膝の上で自分のこぶしを舐めまわしているアイリスに近づいていった。アイリスは自分の何倍も大きなディックを、不思議そうにきょとんと見上げている。


「――そんで、こっちがアイリスだな。こんにちは、おじさんにも抱っこさせてくれ」


 手慣れた手つきでアイリスを抱えたディックは、小さな体を天井に向けて持ち上げた。


「ほーら、高い高ーい!」

「はふ、はふっ!」


 さすがは二人の子を育てた父だ。安定感が違う。アイリスも怖がることなく、興奮したように両足を伸ばしたり曲げたりと楽しそうだ。


「おお、元気元気。はっはっは、かわいいなぁ。泣かれなくてよかったぜ」

「おやまあリップ。こりゃもう一人考えなきゃだねぇ」

「やめてよ。もう赤ん坊育てる体力なんてこれっぽっちも残ってないからね」


 アイリスを囲み、にぎやかに語り合う三人。一方で、セチアは顔は微笑んでいるものの、どこか居心地の悪さを感じていた。


(三人も、アイリスも楽しそうね……)


 目の前で繰り広げられるやり取りが不快だとか、そういうわけではない。単にこの温かさに馴染めないだけだ。


(みんなこういうのが好きなんだろうね。私にはちょっと、難しいかな)


 王宮薬師として働いていた時もそうだった。馴れ合いだけじゃ役に立つ仕事はできない。その態度がセチアを今の状況に追いやった一因であることもわかっている。しかしどこか冷めた目で見てしまうのは、なぜなのだろうか……。


 ふと後ろを振り返る。きっとフォイルはにこやかにこの光景を見守っているのだろう――普通なら微笑ましい光景にしか感じないだろうから。


(あれ……?)


 だがセチアの目に映ったのは予想とは異なる表情だった。

 ぼんやりと、まるで夢でも見ているかのようなうつろな表情。思わず声をかけたのは“呪い”の後遺症を心配したからではない。セチアの胸の内をそのまま表したような表情だったからだ。


「ね、ねぇ。大丈夫?」

「……? 大丈夫だが?」

「あ、いえ、別に」


 とはいえフォイルに声をかけるといつもの無表情。不思議そうに問いかけられ、セチアは苦笑いで答えるしかなかったその時、ちょうどよくグリン婆が声をかけてきてくれた。


「活発だねぇ。足もしっかしりてるよ。こりゃ動き出すのも早いんじゃないか」

「動き出す……?」


 いつの間にかグリン婆の元に戻ったアイリスは、膝の上に足をピンと伸ばして立っていた。もちろん脇を支えられているが得意気に辺りを見回している。


「その前にちゃんと準備しとかないと。ねぇ、アイリスちゃん?」

「きゃははは……!」

「え、ええ。そうね」


 リップがアイリスのお腹をくすぐると、アイリスの笑い声が響く。だがセチアはリップの発言の意図がいまいち理解できずにいた。曖昧に返事をしたものの、内心は納得がいっていない。


(……動き出す……準備。赤ん坊が動き出すから危ないってこと? そうだとしても、目を離さなければいいだけよね?)


 動き出した赤ん坊の誤飲やけがが多いのは知っている。気をつけなければいけないとは思うが、大人の目があれば平気だろうに……。もしかしてリップはセチアがそれすらも気をつけられない人間だと思っているのだろうか。


(そんなこと、あるわけないじゃない。孤児院でも子守りはしたことがあるし、赤ん坊の成長や、もしもの時の知識だってあるもの……)


「フォイルには今度狩り場を教えてやるからな。楽しみにしていてくれ」

「……はいっ。よろしくお願いします」


 ディックからの誘いに妙に良い返事のフォイルを横目に、セチアは釈然としない思いを抱えていた。

次話は明日18時更新予定です。

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