46.襲撃
さほど大きくない家の中に、金獅子が描かれた純白のマントを身に着けた騎士が目の前のグリンを見下ろすように立っている。グリンの背後ではリップがアイリスを抱き、警戒心をあらわに騎士を睨みつけていた。
村に乗り込んできた騎士たちは、隣国の玉座を奪った聖教会の騎士たちのようだ。
(聖騎士団、そう名乗ったていたね……。だが、名前のわりにやることは薄汚いもんだ)
突然村に攻め入って来た騎士団は、何かを探しているのだろう。村人の家に乗り込んでは、手当たり次第にひっくり返し始めた。中には抵抗して殴られた村人もいるらしいが、まだ死人は出ていないのが唯一の救いだった。
グリンの所に来たこの男――きょろきょろとせわしなく視線を動かす落ち着きのない男は、どうやら騎士団の団長らしい。「聖騎士団団長ザモ」と名乗った男は、汚らしいものでも見るような視線をグリンに向けると、居丈高に尋ねて来た。
「トランカートの特級薬師を探している。聞くところによれば、この村の近くには薬師がいたそうじゃないか。どこに行ったか教えてもらおうか」
「そんなの知らんね」
直感でザモが探しているのはセチアの事だと気づいた。トランカートの特級薬師と言えば、選ばれた王宮薬師の中でも特に優れた力を持つ者だ。
(もしセチアがそうだとしても、本人はそうとは言っていなかった。それにこんな辺鄙な所に来たってことは、特級薬師を離れなきゃならない理由があるってことだろ。あの子が必死に隠して生きていたものを誰が教えてやるもんか)
グリンはふん、と鼻で笑うと、目の前のザモに挑むように答えた。
「あんたら聖騎士団か。話には聞いていたがこんなにも野蛮な奴らだとは知らんかったよ」
「なんだと?」
「勝手に人の住処を荒らして回るのが聖教会の教えなのかい? 家荒らしを勧めるだなんてねぇ。いったいどんな神様なら犯罪を認めてくれるんだい?」
嘲笑うような物言いに、ザモの顔がみるみる赤く染まっていく。
「貴様、女神様を愚弄するつもりか! 年寄りだからと言って、手加減せぬぞ!」
家の壁を震わせるほどの怒鳴り声を上げながら、ザモは力任せにグリンの肩を突き飛ばした。老女が騎士団団長の力に耐えられるはずがない。グリンの体は与えられた衝撃をそのままに床に倒れ込む。
「うっ……!」
「母さん!!」
「うわぁぁん……っ!」
駆け寄る間もなく床に倒れ込んだグリンにリップが悲鳴を上げた。さらに抱かれていたアイリスが驚き泣き出す。緊迫した空気の中、リップはグリンを助け起こした。
「母さん、大丈夫かい?」
「あ、ああ……こんなの大したことないさ。アイリスも驚かせちまったねぇ」
「わぁぁーんっ!」
リップがグリンの背中をさすっているとギシっと床板がきしんだ。寄り添う三人にザモがニヤニヤと近づいてくる。
「その通り、その程度大したことない。だが、もう少し痛めつければ話す気になるのかもしれないな」
「あんた! 母さんとこの子に手を出したらただじゃすまないよ!」
「ははっ、面白い」
そう言って睨みつけるリップにもザモの表情が変わることはない。
「手を出したらどうなるのか見せてもらおうじゃないか」
「――っ!」
ザモの手がゆっくりと腰に下げられた剣の柄に伸びる。アイリスとグリンを隠すようにリップが二人に覆いかぶさった時――
「――やめろ!」
「ぐっ?!」
外から飛び込んできた大きな黒い影がザモの背を突き飛ばした。だがザモは一、二歩揺らいだだけで、すぐに体勢を立て直す。床をドンと踏みしめたザモが体を捻ると、マントの金獅子がひらめいた。そして今だ背後にいる黒い影に肘をねじ込む。
「ふんっ!」
「ぐぅ……っ」
低く呻き、後ずさったのはディックだった。大きな体を縮めるようにして痛みに耐えている。
「その図体は見せかけだけか」
「あんた!」
「……っ、みんな、大丈夫か? 間に合わなくて済まない」
痛みに顔をしかめながらも、三人の様子を見たディックはホッとしたように眉を下げた。しかし同時に外から騎士が焦った様子で駆け込んできた。
「団長! 村人たちが家を捨て、次々森に逃げ込み始めました!」
「なんだと?」
「村はこの家以外、もぬけの殻です」
「どういう……。っ、貴様ら――」
何かに気づいたらしいザモがグリンを睨みつけた。先ほどまでディックが家にいなかったのは村人を逃がしていたからなのだろう。しかし連れて来た聖騎士たちは精鋭揃い。それでなお逃がしてしまうとは――。
「逃げ道を隠していたな……」
「村人を守るのがあたしたちの役目だからね」
重い瞼の隙間からザモを睨みつけ、グリンはにやりと笑った。非常時の村人の避難経路の確保については、ディックの兵士時代の経験が大いに生かされている。家族のためとは言え、それまでの経験を捨てて来てくれたディックにグリンが頼んだ仕事だ。ちらりと横目で見たディックはどこか誇らしげに見える。
「――団長!」
「なんだ!!」
ところが次いで入って来た騎士がザモに告げた内容は、グリンにとって予想外のものだった。青い顔をして駆け込んできた騎士は、怒りに顔を赤くしているザモに慌てた様子で報告を始めた。
「外れの家にこんなものが!」
外れの家とはセチアの家のことだろう。ザモの前に差し出した騎士の手には白い布が乗せられていた。ザモはおもむろに布を手に取ると目の前に広げた。ちょうど大人の顔が隠れる大きさの純白の布に描かれていたのは金色の獅子――ザモたち聖騎士のマントに描かれていた金獅子と同じものだった。
「それは……」
思わずグリンは呟いていた。
突然セチアの元に現れた青年。まさかその可能性は考えていなかったが、このマントの有様から考えるに聖教会とは関係が切れているのだろう。
答えはすぐにザモが明かしてくれることとなった。
「フォイルか。あの死にぞこないめ――」
ひらっと金獅子を床に落としたザモは憎しみを込めるようにぎりぎりと布を踏みつけた。
「だがこれで確かになったぞ。 “呪い”に侵されたフォイルが生きていたということは、あの家に住んでいた薬師が解呪薬を作れる特級薬師というわけだ」
ニタァ……と笑みを浮かべたザモは再びグリンに目を向けた。手を剣の柄にかけながら――。
「さあ、詳しく教えてもらおうか。外れの家に住んでいた薬師の行き先を……」
「……っ」
「ふぇえええん!」
アイリスの泣き声が響く中、グリンとザモの視線がぶつかり合う。
――キィン……どさっ。
突然甲高い金属音と、地面に何かが落ちる音が家の中に飛び込んできた。
「――団長ぉっ! 帝国兵ですっ!」
「なんだと!?」
開け放たれたままの玄関からは報告に来た騎士が慌てて飛び出していった。
外では怒声と、激しくぶつかる金属の音がだんだんと大きくなっていく。そして騒然とした場にここにいるはずのない人物の声が飛び込んできた。
「アイリス! みんな!」
「セチア、あんたどうして……」
息を切らし、必死の形相でグリンたちの前に現れたのは数刻前に発ったはずのセチアだった。
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