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43.乞い願うのは

 グレカムに続き、馬車を降りたフォイルの目の前にそびえていたのは木々に囲まれた大きな屋敷だった。人の気配はあるものの静かで重い雰囲気は、かつて過ごしていた聖教会の地下を思わせた。


「ついて来い」


 グレカムは馬車を降りるとさっさと屋敷へと歩みを進める。フォイルもそれに続くが、不思議なことに護衛は門から中に入ってこなかった。フォイルの疑問に気づいたのだろう、グレカムがにやりと笑って教えてくれる。


「母が長く療養していた屋敷だ。俺以外は入らないようにと命じているんだ」

「療養していた……」


 その一言から様々なことが読み取れる。グレカムの母――つまり前皇后はすでにこの世にはいないこと、そしてグレカムにとってこの屋敷は誰にも触れさせたくない場所だということ……。


 グレカムに付き従い、屋敷に入るとすぐにパタパタと走り寄る足音が聞こえてきた。見ると白髪頭の老人が奥から向かってくるところだった。老人はグレカムの後ろに立つフォイルを一目見るなり驚愕の表情に変わった。


「グレカム様、お久しゅうございます……! もしやそのお方は?!」

「じい、久しいな。詳しいことは後で話す。しばらく二人にしてくれ」


 グレカムは息を切らした老人に一言告げ、そのまま屋敷の奥に進んでいった。だがその間も老人の視線はフォイルに向けられたままだ。居心地の悪さに会釈すると、老人はハッとした顔で深々と頭を下げた。


 廊下を曲がり、老人の姿が見えなくなるとグレカムが再び口を開いた。


「あの男は俺が生まれた頃から母に仕えていた者だ。今はこの屋敷の管理を任せている」

「そうなのですね」

「お前の存在は消されたが、もちろん一方では事情を知っている人間もいる。だからこそお前が生きていたことに驚いたのだろう」


 くくく……と面白そうに笑ったグレカムは、廊下を突きあたった部屋の前で足を止めた。つややかな木製の扉には可憐な花々が精巧に彫られ、まるで芸術品のようだ。他の部屋とは一線を画す雰囲気を放つ扉。それだけでフォイルはこの部屋の主が誰だったのかを悟った


(ここは元皇后陛下の部屋……)


 フォイルは思わず唾を飲み込んだ。妙な緊張感がフォイルを包み込んでいた。

 一方グレカムは扉を見上げるだけで、中に入るわけでもなさそうだ。二人の呼吸音だけが聞こえるような静寂を感じた時、ぽつりとグレカムが呟いた。


「……双子は凶兆と言われてきた。実際は母体を危険に晒すからなのだろうが、二人目が“忌み子”とされ、存在を消されてきたんだ。馬鹿馬鹿しい限りだ」


 それはオレア帝国に伝わる慣習だ。双子のうち、後から生まれた方を“忌み子”として存在を消す。実際はグレカムの語った背景があっての慣習だったのだろうが、今では命を蔑ろにする悪習と評価が変わっていると聞いている。


「お前は俺と同じ日に生まれた。しかしすぐに産婆の手によってどこかに下げ渡されたようだ。だが、事情を知る者もそこまでしか知らない。お前がなぜ聖教会に渡ったのかはわからないんだ」


 グレカムは静かに首を振った。長い黒髪がフォイルによく似た横顔にかかり、柔く揺れる。


「唯一口を挟める立場だった父は何も考えていない人間だった。自分の子が“忌み子”だろうがなんだろうが、とにかく『世継ぎがいればいい』という考えの持ち主だったからな。こうなったのも、何もかもあいつのせいだ」


 ――父、つまり前皇帝の事だ。ちょうどフォイルが聖騎士に任命されると時を同じくして崩御したということは、村の祭りの時に聞いた話で知っている。

 この時のグレカムの吐き捨てるような物言いは、彼と父との間に何らかの確執があったのかと思わせる程だった。だが前皇帝と現皇帝の間の話など、フォイルに手の届かない遠い世界の話だ。


(いったい俺にそんな話を聞かせてどうするつもりなんだ……? それに俺がもし“忌み子”ならそのまま存在を消した方がいいに決まっている……)


 確かに自分の出自が知れるかもしれないという期待はあった。だがグレカムに従ったのは、あの時に断っていたらセチアやアイリス、村にも罪が課せられるのではという不安があったからだ。グレカムにはそうするだけの力がある。

 フォイルの中に疑問と困惑だけが着々と積み上がっていく。しかしグレカムはそんなフォイルの様子に気づく様子もなく、扉を見つめたまま話を続けた。


「でもな、母は違った。母さまは優しすぎたんだ。産後の朦朧とした意識の中、二人産んだはずが気づけば一人しか残っていなかったのだから」


 心臓がどきりと音を立てた。グレカムの「療養していた」という言葉、そして陰鬱とした屋敷の中の雰囲気から皇后の結末は容易に想像がついたからだ。


「長く心を病んでいてな。十年ほど前にこの屋敷で自ら命を絶ったんだ」

「そう、だったのですね……」

「公には『病に倒れた』とされているがな」

「……なぜ俺にそんな話をするのですか? 俺はそんな大事なことを教えてもらっていい身分じゃありません」


 それは皇室が隠している事実だった。国民は知らないであろう皇后の死の秘密を聞かされ、気が付けばフォイルはあふれ出した疑問を口にしていた。だがグレカムは予想外の驚きを見せた。

 フォイルの言葉を聞いた途端、グレカムの目が大きく見開かれる。


「なぜ、って……お前が俺の弟だからに決まっているだろ」


 フォイルを向き直ったグレカムは、フォイルの腕をとった。握られる力の強さに驚きながらもフォイルは続けた。


「殺すならどうぞ。覚悟はできています。ただし俺一人で終わらせてください。村の人たちは何も関係ありませんから」

「殺す? まさか! 誰がそんなことを言った!」

「陛下の話を信じるならば、俺は“忌み子”だったのでしょう? この世には必要のない人間です」

「何を馬鹿な!」


 目の前ではフォイルと同じ顔が激しい動揺の色を隠せずにいた。


「俺はずっと探していたんだ。俺が何よりも信じ、心を許せる唯一の存在を……」


 黒い双眸は忙しく揺れ動き、唇が戦慄いている。


「お前は“呪い”にも打ち勝った、誰よりも強くあれる人間だ」

「っ?!」


 “呪い”の痣が残る腕を掴むグレカムの手の力が一段と強くなり、突然強く引き寄せられた。ハッと顔を上げたフォイルの視界に飛び込んできたのは、鼻先の触れ合う距離にある自分の――いやグレカムの顔だ。


「お前が本当の弟だと証明する証拠はない。しかしこのよく似た顔が、俺たちの関係を証明する動かぬ証……」


 それは深い闇のような瞳だった。そしてグレカムの瞳に映るのは揺れる自分自身の瞳。


「これからはずっと側にいてくれ。お前しかいないんだ」


 鼓膜に流し込まれるのは、かつて死を思うフォイルが最も欲していた存在意義だ。


「俺のために生きろ、フォイル」


 生まれて初めて己を渇望され、フォイルの世界はくらりと揺れた。

次話は明日18時更新です。よろしくお願いします!

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