39.生き別れの弟
目の前に立つのはフォイルと全く同じ顔立ちをした青年だった。違う所といえば髪型、見るからに高級そうな服、そして堂々と威厳に満ち溢れた表情くらいで……。
「どういうこと……?」
「セチア、膝をつけ――」
「おい、この無礼者! 頭を下げろ!」
あっけに取られ立ちすくむセチアにクロスが焦ったように呼び掛ける。しかし同時に青年の後ろから現れた護衛らしき男が怒声を投げつける。
「こちらはオレア帝国第十六代皇帝グレカム陛下にあらせられるぞ!」
「皇帝、陛下……」
その言葉を聞いても意味が理解できないほど、目の前の光景はあまりにも現実離れしていた。
だがいつまでたっても動く気配のないセチアに業を煮やしたのか、護衛が飛び出そうとするのをグレカムは手で制した。
「構わん。それより赤ん坊が驚くだろう、大きな声を出すんじゃない」
「は、はい……」
グレカムの一言で護衛は慌てて引き下がった。
周囲が静かになるとグレカムはフォイルに近づき、おもむろに手を伸ばすとペタペタと頬を触り始める。セチアとフォイルにしか見えないその表情には、抑え切れない喜びがあふれ出していた。
「うんうん……面白いくらいよく似ている。俺が髪を切ったらどっちがどっちかわからんな」
「あ、あの……」
「声も似ているのか。ははっ、なんだか不思議な気分だな」
フォイルをうっとりと見つめるグレカムの眼差しは、そのままとろりと蕩けてしまいそうなほどだ。一方でされるがままのフォイル。異様な光景にセチアは何も言えず、グレカムが手を放すまで見ていることしかできなかった。
ひとしきり眺めて満足したのか、グレカムがようやく手を放す頃にはセチアの頭の中も落ち着きを取り戻していた。
セチアも薬師として人体についての知識を身に着けてきた。その上でグレカムとフォイルを見れば、二人は同じ親から生まれた双子もしくは兄弟なのだろうということは予想がついた。
(二人とも無事に生まれるのが稀なせいで双子はあまり目にしないけれど、こんなに似ているものなのね。前にクロスが『この国では双子は生まれてすぐに離される』って教えてくれた“忌み子”の風習。もしかしてフォイルは……でも、まさかそんな――)
セチアの予想の答えはすぐに明らかになった。
グレカムは今度はフォイルの腕を取り、ペタペタと触りながら機嫌よく話し始めた。
「お前は俺の生き別れの弟だ。帝国に伝わる悪習のせいで生まれてすぐに城を出されたが、紛れもなく王家の血を引く者だ」
「そう、でしたか」
「驚かないのか!?」
思いもよらぬ事実にフォイルは驚くものと思っていた。しかし当の本人は意外なほど落ち着いており、逆にグレカムが驚く。目を丸くしたグレカムをフォイルは冷静に見つめ返す。
「ここまで似ていれば驚く必要はないかと」
「……くくっ、さすが俺の弟だ」
フォイルの返答にグレカムは嬉しそうに笑った。だがすぐに表情が曇る。フォイルの腕を触っていたグレカムは、袖裾からのぞく腕の痣に気づいたのだ。その視線に気づいたフォイルはスッと手を引いた。
「お前、これは――」
「見苦しいものを申し訳ありません……」
「……なるほど、やはり “呪い”に勝ったか」
ぽつりとつぶやくグレカムの声はセチアにも届いた。
次の瞬間、グレカムの視線がセチアに向けられる。全てを見透かすような鋭い瞳。その一瞬できっと彼は全て悟ったのだろう。グレカムはすぐにセチアから目を逸らした。
(気づかれた……)
セチアの心臓が跳ねる。言葉以上に物語る視線。一国の皇帝が“呪い”という恐ろしい病、そして唯一効果があるとされる解呪薬の存在を知らないはずはない。セチアが解呪薬を作れる特級薬師だったことは王城を出て以来フォイル以外には告げていない。しかしこの一瞬向けられた眼差しだけで過去が全て暴かれたような、そんな恐ろしさがセチアを襲った。
だがグレカムの視線の意味に気づいたのはセチアだけではなかったようだ。クロスが信じられないようなものを見る目を向ける。
「セチア、おまえもしかして……」
「……っ」
クロスが驚くのも当然だ。トランカート王国の記録をいくら調べても直近の特級薬師の記録が出てこなかったのだから。
セチアの記録を王城内部に入り込んだ聖教会関係者が消したのか、王妃崩御を受け入れられない国王が命じて消させたのか、それはわからない。だがそれはセチアの知るところではない。今、セチアは無意識に震えそうになる体を、アイリスを抱きしめて紛らわすことで必死だった。
「つらかっただろうに、よく生き延びたな……」
「……」
続くグレカムの言葉にフォイルは答えなかった。だがそれでも十分だとばかりに頷き、跪くクロスに声をかける。
「クロス」
「はっ」
「その娘はお前に任せた。俺は先にフォイルと帝都に戻る」
グレカムはまるで確定事項だと言わんばかりに告げた。その一言に、外で控えていた兵士たちが一斉に動き出す。皇帝の移動に付き従う兵士たちだ、きっと精鋭揃いなのだろう。セチアは兵士たちの統制の取れた行動にただ圧倒されるだけだった。
「さあ行くか。お前の生まれた地へ」
そう言いながらグレカムはフォイルへ手を差し出した。
自信にあふれた表情は顔立ちこそ瓜二つなものの、グレカムとフォイルが全くの別人だとはっきりと示していた。
◇
「そうか、医者の記録が残っていたのか……」
「はい。見逃した者どもはしっかりと処分いたしました」
玉座の上でジュダスはザモの報告を受けていた。全て消したはずの王妃の記録が残っていたとは……。当時、王妃の死で乱心し疑心暗鬼になった国王が、王妃の死に関わった全てを排除したこともあり安心していたが、その残骸を見逃していたのだろう。
「まったく……手を煩わせるな。これから忙しくなるというのに」
フォイルの死が明らかとなり、一転、敵国となったオレア帝国。しかし正面から争えば聖教国に勝ち目がないのは明らかだ。
「争いなど野蛮な真似はしない。女神様に、私に跪かぬ者は“呪い”の力を思い知ればいいのだ……」
“呪い”の力はすさまじい。
必ず死に至る病を生む秘術は代々聖司祭にのみ伝えられている。女神に祈りを捧げることで生まれる“呪い”――それは全て、教えに背くものに死を与えよという女神の御心なのだろう。
(人智をはるかに超える女神様の力の前には誰もかなわない。唯一、解呪薬がなければ“呪い”の力で世界をもこの手に収められるのだが……)
「解呪薬……?」
トランカート王国の特級薬師のみが作れるという、 “呪い”に唯一対抗できるもの。その存在は秘匿とされ、どの記録にも残っていない。だがどの王の御代も、必ず一人は特級薬師を置いていたはずだ。ぞわっと嫌な予感がジュダスの背中を走る。
「おい、特級薬師はどこに行った?」
「と、特級薬師ですか?」
「ちっ! 使えん奴め!」
突然、問われたザモは首をかしげている。言われたことしかできない使えない男だと苛立ちながら、ジュダスは勢いよく立ち上がった。もしジュダスの予感が正しければ、帝国が向かうは間違いなくそこだ。
「トランカートの特級薬師を探せ! フォイルも生きているかもしれん! 帝国より先に見つけ、殺すんだ!」
※6日更新予定だった40話も同時に更新されてしまったので一旦削除しました。申し訳ありませんでした。
改めて次話は明日18時に更新します。




