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36.決裂

 即位五周年の祭りで一晩中賑やかだった帝都も、一夜明ければ元の厳かな城下町へと姿を戻していた。

 この日、クロスは他用で帝都を離れている養父の代わりにグレカムに呼ばれていた。赤銅色の髪が映える濃紺のマントを身に着け、クロスは執務室の扉を叩いた。すぐに返事が聞こえ、静かに扉を開く。


「失礼いたします。クロスです」

「ああ。父親の代わりに悪いな」


 その声に顔を上げると、執務机に向かったグレカムがこちらを見つめていた。重いローブを外し本来の姿をあらわにしたグレカム――全てを吸い込むような漆黒の瞳に、瞳と同じ色をした長い髪。


(それに、この顔かたち。何もかもが似ている……)


 セチアの元にいるフォイルという男。なぜか皇帝グレカムに瓜ふたつだった。クロスなりにフォイルの身の上について調べたが、当たり前のように何も出てこない。セチアが王国の孤児と言ったのも、きっとあの男が告げた偽の情報だ。


(セチアは騙されている。あの男、いったい何者なんだ……)


 まるで存在自体が消されたように、世界からすっぽりと抜け落ちたフォイルの存在。セチアはどうしてそんな危険な人物と出会ってしまったのか。それにセチアもなぜあんな辺鄙な所で生活しているのか……。セチアの事についても調べようと思ったものの、幼馴染の過去を調べることへの後ろめたさがクロスの足を止めていた。


(まさかセチアに限って世間に顔向けできないような真似はしていないだろうし。きっとあそこにいるのも理由があるんだろう。別に調べることもないはずだよな……)


 その時、がたっとグレカムが立ち上がる音にクロスは意識を引き戻された。


「今日は何のために呼ばれたか、わかっているな?」

「はっ。父からも、くれぐれも陛下の身を守るようにと申しつけられて参りました」


 グレカムの確認はもっともだ。なぜなら今からこの場所にやってくるのは聖司祭ジュダス。 数日前、オレア帝国からの書簡を確認すると同時に、ジュダスの来訪の意が伝えられた。 それもそのはず、書簡には帝国は今後一切聖教会に力を貸さないと記されていたのだから。


「いいか、クロス。これから帝国は争いの中心になるかもしれない。外務卿であるお前の父、そして後継者であるお前に多大な迷惑をかける」

「……私たちは陛下と共にありますゆえ」


 クロスはなぜグレカムがそのように判断したのか知らない。いや、グレカムの本心を知る者はこの国には存在しない。


(このお方は誰も信じていない。だからこそ皆、グレカム様のカリスマ性に惹かれ、圧倒的な指導力に心酔する。俺もまたその一人だが)


 グレカムは不思議な人間だと思っている。だが一方で同じ顔を持つフォイルは弱々しく頼りない。吹けば飛ぶような印象の男だった。


(なぜあんな男が側に……。セチアには絶対にふさわしくない)


 それが嫉妬混じりの感情であることはクロスも理解している。だからこそフォイルの正体を暴かねばと思うのだ。



 謁見の間に待つジュダスは、空の玉座を前に明らかに苛立っているようだった。一方、ジュダスの側に立つ騎士――聖騎士団団長ザモは苛立つ主の様子を見ながらそわそわとしている。

 

 その二人の前にグレカムがゆっくりと姿を現した。グレカムはなぜかもう着る必要のない黒のローブに身を包んでいる。グレカムが腰を下ろすなり、ジュダスが怒りをあらわに口を開いた。

 

「あの書簡どういう意味ですかな?」


 あまりに不敬すぎる行動にクロスが一歩踏み出そうとするのをグレカムが手で制する。


「そのままの意味だ。貴様らにもう手は貸すつもりはない。あいつがいなくなったというのに、よくも平気な顔をしていたものだ」

「――っ!」


 あいつ……?

 グレカムと聖教会の間になんからかの駆け引きがあったのだろう。しかし何もかも初耳のクロスは顔色に出すことなく、様子を見守った。


「しらばっくれるのか? 自ら追放しておいて冷たいものだ」


 グレカムが立ち上がり、ジュダスのすぐ側まで歩み寄った。側に控えるザモがピクリと反応するも、グレカムの威圧するような雰囲気にすぐ視線を足元へ落としていた。


「 “呪い”……だそうだな。侵されれば必ず死に至る病だと」


 ――“呪い”。

 クロスもその恐ろしい病の存在は聞いたことがある。グレカムが駆け引きに使っていた人物はどうやらその病に侵されたらしい。

 だが開き直ったのかジュダスは落ち着いていた。無機質な眼差しを後ろに控えるザモに向ける。


「ザモ、そうだったのか? 私は何も聞いていないぞ」

「――っ?! も、申し訳ありませんでした。部下が報告を怠っており……」


 急に話を振られたザモが責任をなすりつけられたということは、そこにいた誰しもがわかることだった。しかし鋭いジュダスの視線に青い顔をしたザモは頭を下げた。


「申し訳ございません、皇帝陛下。そういうことだそうで――」

「はい! あの男が勝手に呪物に触れたせいで、 “呪い”に侵されることとなり……。感染を恐れ、自ら聖騎士団を離れると――」

「ザモ!」


 ジュダスの言葉に、自分の回答が正解だったと思ったのだろう。ザモは急に饒舌になった。慌ててジュダスが諫めるも後の祭りだ。


「……やはりな。トランカート王妃を殺したのも貴様らだったか」


(トランカート王妃? なぜ今その話が?)


 クロスの知る話ではトランカート王妃はリージア王女を生んですぐに亡くなっている。死因が“呪い”だとは聞いたことがない。次々に出て来る情報に頭の中が激しく混乱する。もちろんジュダスはすぐに否定した。


「お言葉にお気をつけください、陛下。どんな根拠があってそのような――」

「トランカート王妃は王女の誕生祝いに触れたことがきっかけで “呪い”に侵されたそうだな。 その誕生祝い自体は消えてしまったが、消えた祝いの品がどこから贈られたものかくらいわかると思わないか?」


 クロスは後に知ることになるが、かつて王女の誕生祝いに聖教会から贈られたものは美しいクリスタルで作られたボンボニエールだったそうだ。なぜか女官たちの検品を潜り抜け、生まれたばかりの王女の元にたどり着いたそれに王妃は触れてしまった。王妃の叫び声を聞いた侍女が駆け付けた時には、ボンボニエールは跡形もなく消え去っていたらしい。追放された医師が遺していた日記には、当時の混乱の様子が事細かに記されていた。


「 “呪い”は必ず死に至り、 “呪い”を感染させる呪物は消え去る。どんな術を使っているのか知らぬが、恐ろしい病で人を殺めるような教えなど、はたから見ればただの邪教だ。邪教を信仰する者どもを到底認めることはできん。あの土地は我が国で治める」

「邪教、ですと……?」


 グレカムの言葉にジュダスの唇がわなめなと震えているのが、離れた所にいるクロスにもはっきりと見てとれた。


「 “忌み子”として皇子を捨てる国が何を言うか! どちらが邪教か、民に判断してもらおうではないか!」

「我欲のために人を死に至らしめ、さらには変えようのないもので人間を“不浄の者”として扱う貴様らが言えた筋合いか」


 その瞬間、グレカムは被っていたローブを脱ぎ去る。二人の前に現れたのはグレカムの本来の姿。だがその姿にジュダス、そしてザモが固まった。


「フォイル……!」

「まさか……生きていたのか?」

「……そうか」


 真っ青な顔の二人を前に、思わず声を上げたのはクロスだ。しかしすぐにクロスの中ですべてが噛み合うように音が鳴った。


(そういう、ことだったのか……)


 なぜ気づかなかったのだろう。気づくきっかけはあちこちに落ちていたはずだ。いや、無意識のうちにクロス自身がこの答えに行きつくのを避けていたのだ。

 グレカムは漆黒の双眸をきゅうっと細め、驚く二人を嘲笑うかのように見下ろした。


「そう驚くこともあるまい、俺たちは双子だ。お前らが“不浄の者”と虐げた男も、こんな顔かたちをしていただろう?」

「っ……こんな汚らわしい“不浄の者”に私は――」


 ジュダスの顔が怒りに赤黒く染まっていく。ザモはまるで吐き気を堪えるような顔をしながら、グレカムを見つめ続けていた。


「貴様らに選ばせてやろう。これまでの罪を全て明らかにするか、それともこれからも“不浄の者”に従い続けるか、だ」


 それはグレカムからの最後の通告だった。だがジュダスは返事の代わりに高らかな笑い声を響かせた。


「はっはっは……! ああ愉快、愉快! ははは……っ!」


 しかしジュダスの顔は全く笑っていない。凍り付いたような無表情に異様さが際立っている。しばらくの後、声が止むと謁見の間には静寂が訪れた。


「ははは……はぁ」


 ため息とともに俯いたジュダスだったが、次に顔を上げた彼の瞳に宿っていたのは、グレカムへの激しい憎悪――


「……まったく何と馬鹿なことをお聞きになるものだ。ええ、もちろん答えは『否』ですとも」



 二人の姿が完全に見えなくなると同時に、グレカムが口を開く。


「クロス、全大臣に告げろ。『今この時から聖教国は我が領土を不当に占拠している敵国となった。各自対応をするように』と」

「はっ……!」


 張りつめた空気の中、グレカムの表情にはわずかな憔悴の色が浮かんでいた。それは新たに争いを生んでしまったことへの罪悪なのか、それとも――。


 気が付くとクロスはグレカムの名を呼んでいた。


「その前に陛下……。実はひとつ、お話が――」

次話、皇帝グレカムの話です。明日18時更新ですので、どうぞまたお越しください。

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