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21.人見知り

 その日、薬を届けるためにリップの元を訪れたセチアは、アイリスの泣き声に薬を数える手を止めた。


「あぶっ?! ……ふ、ふぇ~」

「え、また? もう……」


 見ると座ったまま泣き出しているアイリスがいる。アイリスはセチアの姿を認めると、急いで這い寄り、手を伸ばして抱っこを求めてくる。よっこいしょと抱き上げると、にこにことこちらを見つめるリップと目があった。


「もしかしてアイリスちゃん、立っちの練習してるの?」

「そうみたい。まだ立たなくていいのに」


 そうなのだ。最近アイリスははいはいだけでは飽き足らず、テーブルやいすの足を支えにして。つかまり立ちの練習に励んでいる。まだ尻もちをついて終わる程度だが、立ち始めたら今よりもさらに目が離せなくなるだろう。


「つい最近までごろごろしてばっかりだったのに。赤ん坊の成長って、こんなに早いのね」

「あたしは自分の子しか育てたことないからだけど、この子はわりと早い気がするよ。まあ人それぞれさ。ほら、今日はいつもの婆がいないからね。おばちゃんの所においで」


 リップはそう言ってアイリスに手を伸ばした。しかし……


「ふんっ」

「あらっ?」


 いつも機嫌よく抱かれていたはずのアイリスが、なぜかぷいっと顔を背けてしまった。


「どうしたのアイリス? ほら、抱っこしてくれるって」

「うにゃぁぁーっ!」

「おやぁ。これは人見知りかな?」

「人見知り?」


 セチアがリップにアイリスを渡そうとすると、アイリスは反り返って抵抗する。その態度にセチアの方が焦ってしまったが、リップは落ち着いたものだった。


「そうそう。きっとあたしとセチアちゃんの違いがわかるようになって、ドキドキしちゃうんだよね。ねぇ、アイリスちゃん」

「……っ!」


 顔を寄せるリップに、アイリスはセチアにしがみつくように顔を隠してしまった。いつも世話になっているリップをあからさまに避けるような態度に、セチアは申し訳なさが募ってしまう。


「ちょっとアイリス……なんだかごめんなさい」

「いいんだよ、これも成長の証さ。それにね、ほら、その必死な手をみてごらんよ。それ、セチアちゃんが頑張って世話してるって証拠だよ」


 そう語るリップの視線を追うと、セチアの胸元を固くつかむアイリスの小さな手があった。ぎゅっとしがみつき離れようとしない。まるでセチアに守ってもらえるのが当然だと言わんばかりに――。


「アイリス……」


 セチアは無意識にアイリスの頭に手をやった。小さな頭の金色の髪は初めて見た時よりもかなり伸びて来た。産毛のようだった髪も濃くなり、軽くウエーブがかってきている。撫でるとふわふわと気持ちの良い感触が伝わってくる。


「成長、しているのね……」


 呟くと同時に胸の奥でじんわりと何かがしみ出すような感覚に、セチアはゆっくりと息を吸い込んだ。アイリスからは相変わらず優しいミルクの匂いがした。



「やっぱりそうか。俺も避けられているような気がしていたんだ」


 そう語りながら、フォイルは目線を落とした。

 クロスとの再会の日は様子がおかしいフォイルだったが、次の日にはいつも通りの彼に戻っていた。それまで同様にアイリスの夜泣きには目を覚まし、朝にはディックと共に出かけていく。そんな中、フォイルが「アイリスに避けられている」と思っていたことに驚いたセチアは、床にいたアイリスを抱き上げ、思わずフォイルの元に歩み寄った。


「まさかそんなことないわよ。ほら――」

「うきゃぁーっっ!」


 だがアイリスはまたもや背を逸らし、全身でフォイルを拒絶している。そして上半身を捻り、何が何でもセチアにしがみつこうと必死だ。


「……ほら。やっぱりだ」

「そんな……ほら、アイリス。フォイルよ。いつも背負ってもらってるじゃない」

「ふんやぁぁーっっっ!!」


 セチアはフォイルの方へアイリスを押し出すが、アイリスはじたばたと激しい抵抗を見せた。あまりの嫌がりようにセチアの方へ体を向けると、勢いよくしがみついてくる。


「あらま」

「……」


 あからさまな態度の変化に、さすがのフォイルもショックを受けているようだ。お決まりの無表情がいつもよりも固い。だがアイリスは完全に拒絶しているわけではなさそうだ。ちらちらとフォイルの方を見て、気にしている様子ではある。


「ま、まぁそんなに落ち込むことないわよ。ほら、アイリスだってあなたが気になっているみたいよ。きっと一過性のもの、いつか収まるわ」


 そう言いながらもセチアの中に、密かな嬉しさが生まれていたのは否定できない。アイリスが自分だけを頼ってくれているのは悪い気分ではなかった。これまで必死に世話をしてきた時間が報われるような気すらしていた。

 けれど冷静なフォイルの言葉が現実を突きつける。


「そうかもしれないが、すぐに引き取り手が見つかったらどうするんだ? 懐かないと思われても困るだろう」

「あ……」


 その言葉にセチアはハッとする。


(そっか……。アイリスが嫌がる態度を見せたら、引き取りたいと思ってくれた人も困るわよね。それに――)


 セチアは自分にしがみつくアイリスを抱く手に力を込めた。


(この子はじき、私の手元からいなくなるんだわ……)


 この腕の中の温もりがいずれ消えるものであることを、セチアはすっかり忘れていたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

次話は明日18時更新予定です。

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