犯罪型劇場
「部長、指示役の人間の目的は本当に金品の強奪だったんでしょうかね」
最近管内で起きた未成年による三件の強盗事件を現場で指揮していた牧本刑事が首をかしげながら、そう言ってきた。
関連性があると思えるこれらの事件は、未だ指示役が分からないものの、実行犯は全員逮捕されており、さらに強奪された宝飾品等も全て回収することができた。
そこで俺はその成果を伝える記者会見を終えて指令室に戻って来たところだったのだ。
「すると君は、これらの事件に違和感を覚えると言うんだな?」
「いえね。この三件の強盗事件は、どう考えても稚拙な計画で実行犯があっけなく逮捕されています。またいずれの事件でも奪われたものが全て回収されています」
「結構なことじゃないか」
「しかしそうなると実行犯の少年たちは勿論、闇バイトで誘って裏で指示していたとみられる人物にも一切儲けがないはずです。それなのにめげもせずに三回も事件を繰り返しますかね」
「やつらにとっては闇バイトで誘い出した少年たちなど使い捨ての駒ということだろう。数打ちゃ当たるで、失敗したらまた次を計画するだけなんだろうよ」
「はあ、そうですね……」
そう言いながらも牧本刑事はまだ腑に落ちない様子だった。
「考えがあるなら言ってみろ。お前が思う指示役の別の目的とは何だ?」
牧本はしばらく言葉を探しているようだった。そして言った言葉は、
「犯罪型劇場です」だった。
「劇場型犯罪という言葉はあるが、犯罪型劇場というのは聞いたことがないぞ」
俺は牧本が言葉を言い間違えたのではないかと軽く茶化してみたが牧本は真剣だった。
「昔、ある有名な劇作家が劇場チケットの代わりに時間と場所だけが記された地図を観客に配ったことがあったんです。で、その地図を買った人が、阿佐ヶ谷だかどこかに行ってみるとミイラ男が現れたり、観客自体が拉致されてどこかに連れ去られてしまったりしたそうです。当然観客はビックリしますよね。しかしそれこそが彼の演出であり、街全体が実験劇場であったということらしいです」
「すると君はあの強盗事件そのものが誰かの演出した劇だったと言うのか? もしそれだったら情報が我々の耳に入ってきても良さそうなものだし、バイトで芝居をすると言って少年たちが集められたなら、やつらもそう供述するはずだが、誰もそんなことは言ってないぞ。しかも三件の事件ともに、初めから大勢の人間が集まって観ていたりしなかったじゃないか」
「それは現代の劇場文化が当時とは違うからではないでしょうか? チケットを買う観客はその場にはおらず、世界中にいるんですよ」
「どういう意味だ?」
「要するにユー〇チューブの視聴者ですよ。それと、衝撃の場面を撮った映像を買う各国のテレビ局が顧客です」
「なんだとー!」
「もちろんユー〇ューブだけだと、再生回数が極端に伸びないと纏まったお金にはならないでしょうが、その映像を各国のテレビ局が買ったら、数十社に売るだけで一億になったりします。この三件の映像をユー〇チューブにあげている人物がいないか調べてみたらどうでしょう?」
「う~む。確かにありそうな話だな。よしやってみろ」
牧本が手当たり次第にユー〇チューブを探っていくと、「何だあれ?」と叫ぶ声が入った後、事件をもっともよく見える位置から捉え、犯人が逃げるまでを完璧に撮影した配信者がいた。しかも三件ともに同一のアカウントだった。
「部長、見つけました。おそらくこいつが指示役だと思われます」
「よし牧本、そのアカウントを追え!」
「わかりました。未成年者を操り、犯罪に巻き込む闇の勢力は決して許しません!」
俺はこの時、以前外国で捕まって日本に送還されてきた男たちを頭の中で描いていた。
しかし、そのアカウントの主は都内に住む女子中学生のものだと判明した。
すると、彼女も闇バイトに騙されたのか?
犯罪に巻き込まれたことでおきる心的外傷後ストレス障害等にならぬよう、記者にも発表せず、慎重に取り調べをしなければ……と、思ったが、
家の中を探ったところ、彼女の口座からいくつもの外国の放送局から送金された数百万単位の金が入金されていたことと、学校の授業中に考えたのであろう、英語の教科書から丸っこい文字で書き込まれた事件のあらすじが見つかったことで、彼女はあっさり白状した。
「なんてことだ。未成年者を操って強盗をさせていたのが女子中学生だったとは……」
おそらく日本中が、その指示役の意外な正体に大騒ぎするだろうと頭を抱える俺に、
「スマホ一つで何でもできる現代社会ならではの犯罪でしたね」
牧本が溜め息をつきながら首を振った。
おしまい