勇者パーティーから追放されたが、何故か勇者がついて来た
誰しもが神より加護とスキルを与えられる世界ツーノーヴァ。
神が人々に加護とスキルを与える理由は、この世界に魔物がいるからだ。
そして、時に強大な力を持つ魔物の王――”魔王”が現れ、人類を脅かした。
これに対し、人類の間からは時折”勇者”と呼ばれる超常的な加護を持って生まれた者が出現し、歴代の魔王を討伐していった。
そして現在もまた、魔王が現れ、世界に恐怖と混乱を巻き起こしていた。
1年前、その神――女神マルグリットを信奉する女神教と、とある国の王に神からの神託が齎された。
「エアリム村に今代の”勇者”たる加護を与えた者がいる。名を――リオン・エルムッド」
と。
そして神の神託の通り、”勇者”は教会と国王によって捜索され、同じく神託で選ばれた仲間と共に旅立った。
それが1年前の話。
”勇者”リオン・エルムッドが率いるパーティーは、魔王との戦いの最前線に近い、ドネアラの街の酒場にいた。
「なぁリオン、コイツクビにしようぜ? いつまで足手まといをパーティーに入れとくつもりだ?」
そう声を荒げたのは重厚な鎧を纏った赤髪の青年だ。
名をマグナス・キールフェルト。
貴族の子息であるが、”暴風”の異名を持つ優秀な冒険者で、パーティーの前衛を務めている。
「そうッスよ。神託だからって我慢してましたけど、ゴミみたいなスキルしか持ってない奴と冒険するのはこれ以上無理ッスよ」
マグナスに同意するシーフのエドゥー。
神託を受けた冒険者の1人だ。
いかにも下っ端の様な喋り方ではあるが、神託に選ばれる程優秀な斥候役である。
「ダメだよマグナス、エドゥー。……ウィルも君達と同じ神託で選ばれたんだ。パーティーからの離脱は許されない」
そう首を横に振ったのは、”勇者”リオン・エルムッドだ。
中性的な顔立ちの、爽やかな細身の金髪の少年である。
「そうですよ。神の神託はお導き。彼もまた必要なのです」
そうリオンに続いてマグナスを諫めたのは神託によって選ばれ、女神教より派遣された神官のジリアンである。
仲間達の会話の中、クビにしようと言われた当の本人、ウィルはというと……
(だよなぁ……)
と、心の中でマグナス達に同意しながら、事の成り行きを見守っていた。
ウィル・タウンゼントは勇者パーティーに参加するまでは、”勇者”の故郷エアリム村に近い街ホーファーを拠点としていた、ただの冒険者であった。
それも最も低位の赤銅の、だ。
その理由は単純明快で、神より与えられたスキルのせいである。
ウィルが神から与えられたスキル。その名も【魔力放出】。
大層な名前が付けられているが、実際にはただ掌から魔力を放出するだけのスキルだ。
その放出される魔力に威力は無く、ウィル自身それを長所に出来る程の魔力量もない、ただ相手の注意を少し引く程度の代物だ。
目くらましや注意を引く程度にしか使えない。
その程度のスキルだ。
そして剣術も並、索敵も本職には及ばず、魔術も才能がない。
女神の神託がなければ、彼は辺境で人生を過ごしていただろう。
現に、”勇者”パーティーを知っている者達から陰で言われているのが、”漂う幽霊”である。
何もしないかと思いきや、突然相手を驚かせる幽霊みたいな奴。
そう言われているのを、ウィルも知っていた。
とはいえ、神託を迷惑がったかと言えばそうでもない。
彼等についていけば、自分も”勇者”達と肩を並べて戦える。
それは”勇者”に憧れて冒険者になったウィルにとって僥倖だった。
お荷物になる事は分かっていた。甘えだとわかっていた。場違いであると、神託だろうと断るべきだと何度も思った。
それでも、自分は”勇者の一員”になりたかったのだ。
功名心、野心。そういった類のモノだと自覚はしているが、それでも――
「だがよぉ、これから戦いも厳しくなるってのに、いつまでもお荷物なんか抱えてられねぇだろ?」
「君も彼に助けられた事があるじゃないか。あの時ウィルが注意を反らしてなかったら、死ぬまではいかぬとも怪我をしていたよ?」
「そ、それはそうだが……」
リオンに諭され、マグナスが言葉に詰まる。
幸いな事にというべきか。
ウィルは持ち前の前向きさと、度胸があった。
仲間が危険に晒された時、身を挺して庇ったり、【魔力放出】で注意を反らしたりと、出来うる限りの事はしてきた。
荷物持ちもしたし、馬車での移動が必要ならそれも担った。
それをリオンが見てくれていたと知り、ウィルは内心嬉しくなった。
「リオン様の言う通りですよマグナス」
ジリアンもマグナスを説得する。
(お似合いのカップルだな)
とウィルは思う。
ここ1年、彼等と冒険をしてきて見て来たのだが、リオンとジリアンは仲が良かった。
”勇者”リオンの身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いている姿はいつもの光景だった
それこそ、ウィル的には男女の仲――恋人であると推察している。
嫉妬の気持ちなんて湧く筈がない。
こんな自分にも優しくしてくれる好い奴等である。
ジリアンの説得に、いつもなら「仕方ねぇな」と納得するマグナスだが、今日は違った。
「だけどよ、コイツはこれ以上ついて来たら死ぬぜ? 守るにしてもいつまでも出来る訳じゃねぇだろ? そんなの哀れじゃねぇか。別の奴を雇おうぜ? な?」
(とうとう同情を誘う作戦に出たか。……ま、妥当だけどな)
ウィルとしても、正直これ以上ついていくのは難しいと薄々思っていた。
魔王軍との戦いは過激さを増す一方だ。
今日は生きれた。だが、明日も生き残れるという確証はない。
元より、実力的に白金以上に該当する”勇者”パーティーの中に、赤銅が混ざっても足手まといだ。
生き残ってこれたのは、リオン達が助けてくれたお陰である。
”勇者”と共に戦い”英雄”になる事を諦めたくはない。
だが、迷惑はかけたくなかった。
(……潮時か)
ウィルは意を決して口を開いた。
「……俺が抜ければ良いんだろ? マグナス」
「あ、あぁ。手前じゃ実力不足だ。……俺達は人類の希望。”勇者”パーティーだ。”勇者”の仲間に弱者はいらねぇ」
「……わかった」
ウィルは席を立つ。
これ以上やれば、パーティーが瓦解しかねない。
リオンとジリアンは、まだ自分の肩を持ってくれている。
だが、マグナスとエドゥーはウィルを嫌っている。
なら、自分さえいなければ、
「待ってくれウィル!」
「お待ち下さいウィル!」
リオンとジリアンの静止の言葉を振り切り、ウィルは走り出した。
「じゃあな。……今まで有難うジリアン、リオン。”勇者”との旅は夢みたいだったぜ」
「……はぁ、はぁ」
街の一角、人気の無い薄暗い路地で、ウィルは息を吐いていた。
情けない。
諦めていないと言いつつも、限界だと思ってしまった自分が。
だが、クビになったのは事実だ。
青銅には青銅らしい冒険譚がお似合いである。
「あー……ホーファーにでも戻ろうかなぁ……」
そんな事を考えていると、
「じゃ、私も行こっかな」
背後から女性の、声が聞こえた。
「……え?」
ウィルが後ろを向くと、そこにいたのはリオンだった。
「リオン?」
「うん、そうだよ」
容貌はリオンだ。だが、その声は、
「……なんでお前がここに」
「君が出てくなら、私もついてく。君のいないパーティーにいる意味なんてない。いいかな?」
「えっと……?」
リオンが近付いてくる。
何がなんだかわからない。
状況が上手く飲み込めない。
何で”勇者”がここに?
というか《私》?
お前がついて来たら意味が……。
そんな事がウィルの頭の中をぐるぐる回る。
「どうして?」
「ん? ……あー。そっか、そうだよね」
リオンは何かを納得したかの様な表情で数回頷き、ウィルに近寄って来て手を掴むと、
「――なっ?!」
自分の胸に触らせた。
ふよん。
確かな感触が伝わって来て、
「……え? ……え?!」
「正真正銘、私は女だよ?」
「――はぁ?!」
ウィルの驚愕の声が、路地に木霊した。
「どこから話せば良いのかな。……”勇者”って今まで男しかいなかった事って知ってるね?」
「あ……あぁ」
ウィルが落ち着いた頃、リオンは語り出した。
「私はそんなのどうでも良いと思うんだけど、一部厄介な連中もいるだろう? 伝統がどーだこーだとか。それで王様とか教会の偉い人と話し合って、男装する事にしてたんだ」
「……そうなのか」
正直、その厄介な連中の事はどうでも良かった。
それより、気になる事があった。
「お前……なんでついて来たんだよ? 役立たずな俺よりアイツ等といた方が――」
そこまでウィルが言うと、リオンがウィルの口に指をあてて来た。
「君が女心に鈍感だっていうのは知ってるけど、それ以上は私への侮辱だよ? 好きな人といたいのは当たり前じゃないか」
「好き?! ……俺を? でもお前はてっきりジリアンと――」
「あー! 漸く見つけましたよ!」
そこに割って入ってくる声があった。
当のジリアンである。
「悪いねジリアン。こんな事になって」
「べ、つ……に、構い……ません、よ。……ふぅ。神もお許しになるでしょうし」
肩で息をするジリアンは呼吸を整えると、
「すいませんウィル。今まで黙っていましたが、リオン様は女性です。私は、それを隠すお手伝いをする為にパーティーに参加しました」
「じゃあ身の回りの世話を焼いてたのは……」
「あぁ、はい。いつかバレるんじゃないかとヒヤヒヤしましたが、女性である事を隠す為です」
「私はジリアンと付き合ってないよ。……私が好きなのは君だ」
「……なんで俺なんだよ?」
素直な疑問が口から出た。
ウィルにとって、リオンは――”勇者”は憧れだった。
強い彼を尊敬していた。
勇者の助けになるならと自分なりに様々な事をやって来た。
だからこそ、何故役立たずなのか。
「君は……この1年、ずっと私を助けてくれた。戦闘だけじゃない。ほら、毒キノコを食べそうになった事もあったよね。あの時も君がいち早く気付いてくれた。それ以外にも、色々と君は僕を助けてくれた」
「そんな事で……」
「私にとっては”そんな事”じゃなかったんだよ」
リオンは穏やかな笑みを浮かべて続ける。
「まぁ、君を好きになった理由はそれだけじゃないけどね」
「……はぁ」
「それで……私は告白したつもりなんだけど?」
「え?」
「答えてくれないのかい?」
コクリと首を傾げる様は、爽やかなイケメンというより格好良い女性だ。
こうして改めて見ると、今の彼女は外見は其の儘なのに女性に見えて来た。
勿論、リオンに対して好意はある。
同性だと思っていたから恋愛感情は無かったのは事実だ。
だが、確かに好意があった。
「……えっと、その……」
何より、”勇者”が――リオンが自分を選んでくれた事が存外に嬉しかった。
女性に好かれた経験のないウィルである。
正直言って、舞い上がっていた。
そして、ウィルは健全な男子である。
据え膳食わぬは男の恥だと言う名目で、女性からの告白を断れる程出来ていない。
「えっと……宜しく、お願いします?」
おずおずと言ったウィルに、
「――っ!!」
「ちょ!!」
リオンは抱き着いた。
少し躊躇って、ウィルは腕をリオンの背に回した瞬間、
「うおっ!!」
「っと」
体勢を崩したウィルを、リオンが支え――ずにリオンが押し倒す形となった。
「……」
「えっと……あの……」
互いの視線が交わり、
「なぁウィル」
「……ん?」
「此の儘襲って良いかい?」
ポツリと呟いたリオンの眼は――本気だった。
本気で、此の儘襲われそうだった。
気分は蛇に睨まれた蛙である。
「ちょっと待ったーーーーーー!!」
それを止めたのは、ジリアンだった。
ウィルは、止められて複雑な心持ちだった。
それから暫く経って、リオンが正気になってから、
「で、アイツ等と別れるのは賛成なんだが……ホントに良いのか? 神託だろ?」
ウィルの疑問に、リオンとジリアンは訳知り顔で顔を見合う。
そして頷き合うと、
「神託には、ちょっと違う所があってね」
「……え?」
「王様や教会が君とマグナス、エドゥーを含めた人々に伝えた神託は、神様が下さった内容とは少し違うって事だよ」
そんな事しても良いのだろうか?
そんな風にウィルは思う。
「神託で選ばれていたのは、私と君だけなんだ」
「……は?!」
訳がわからない。
性格はあれだが、冒険者として優秀なマグナスが書かれているのならば納得するが、何故自分なのか。
「教会から派遣された人間として肯定します。リオン様の言う話は本当です。神託にて名前があったのは御2人だけです」
「神託に俺の名が? どういう事なんだ?」
ジリアンに尋ねるが、ジリアンは首を横に振った。
「私にもわかりません。ですが、神は貴方に何かの役目を御与え下さったのは間違いないかと」
「じゃあマグナスとエドゥーは……」
「無駄な混乱を避ける為に教会と王とで決めました。彼等が選ばれたのは偶然です」
「ジリアンもなのか?」
「はい。私も、神託に選ばれたという訳ではありません」
「……そう、なのか」
神は何故自分の名を出したのか。
こんな弱いスキルを与えておいて。
だが、これで諦めなくて良いのだ。
「足手まといになるけど……それでも一緒にいて良いか?」
「君はなんの心配もしなくて良い。”勇者”は私だし、私と君だけが神託に書かれている以上教会も王様も何も言わないさ」
「だと思います」
2人の肯定に、ウィルは安堵した。
「……これからどうする?」
「君の言った通り、一度ホーファーに戻ろうか。そこで気分転換しよう」
リオンの提案に、ウィルは眼を見開く。
「え? 良いのか?」
「うん。1年間戦いっぱなしだったし、少しの休み位許されるでしょ。ね、ジリアン」
「……ハイ。ソウデスネ」
「ほら、ジリアンもこう言ってるし」
ジリアンの表情が死んでいるのが気にはなるが、ウィルはそれも良いと思った。
「じゃ、今日は宿を取って、明朝出発しよう」
「うん。そうだね」
「私もついていって宜しいのですか?」
「? ……お前がいなきゃ、誰が支援役を担ってくれるんだ?」
1年間、共に旅をしてきた仲間だ。
マグナスとエドゥーは別として、ジリアンまで遠ざける理由はない。
リオンは回復魔術や支援魔術も使えるが、それでは前衛に集中できないだろう。
「そうだね。それに、教会との繋がりは断ちたくないから」
教会は”勇者”であるリオンにとても協力的だ。
何せ女性である事を隠す為にジリアンを派遣する程だ。
それ以外にも”勇者”パーティーは旅の道中何かと世話になっていた。
「有難う御座います。それでは同行させて頂きます」
「さ、宿探そう。アイツ等に見つかる前にさ」
恐らく、今頃マグナスとエドゥーがリオンを探しているだろう。
「そうだね」
「では、私にお任せを。宿ではマグナス達に見つかるかもしれませんし、この街の教会に泊めて貰える様にします。勿論、マグナス達が来ても追い返して貰える様にします」
「そりゃ有難いな」
これからはマグナスやエドゥーの愚痴や悪態を聞かずに済むと思うと清々する。
ウィルの足取りは、知らない内に軽くなっていた。
「あ、勿論私とウィルの部屋は一緒にしてね」
「無理です。教会の宿舎を何だと思ってるんですか」
「……そ、そうだよなぁ!! 流石に付き合って直ぐ同じ部屋はなー」
にべもないジリアンの言葉に、少し残念に思ったウィルであった。
それを、見ている者がいた。
「やっぱリオンちゃんはウィルを選ぶよね~」
その人物は、どこもかしこも真っ白な部屋、その真ん中に鎮座するソファに寝転びながら、鏡を使って遠視している。
その鏡には、ウィルの姿がズームされて映っていた。
「ま、ウィルの安全を考えたら、”勇者”がいた方が良いからね。それにしても、積極的だなぁ~。付き合うまではもっと時間が掛かると思ってたけど……。思ったよりリオンちゃんが我慢出来なかったんだねぇ。わかるよー。ウィル、格好良いもんね」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、ウィルの姿を嬉しそうに見つめる。
「僕も早く会いたいなぁ……。でも、まだ会うべき時じゃないからなぁ。……いっそ変装して会いに行こうかなぁ」
ゴロン、と体勢を変え、真っ白な天井を見上げる。
「僕は寛容なんだ。妻の1人や2人、許してあげる。なんたって、神だからね」
そう言って、この世界の神マルグリットは遠視を一旦止めたのだった。
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