第弐拾話 「胡蝶之夢」
「なんだよッ、あれっ!」
ここにいない誰かにそう八つ当たりしながら、俺は走っていた。なぜ走っているのかというと、単純明快。――異形の化け物に追いかけられているからである。
異形とは言っても、体は人の形を保っている。だが、しわくちゃだ。喩えて言うならば、二百五十歳のお婆ちゃんの体だろう。
そして、顔は黒い穴が目と口を示すように三つ空いているだけだ。
さらに、『アイツ』の動きを見ていてわかったことがある。多分、『アイツ』には骨がない。体がグニャグニャ――変幻自在に曲がるのだ。
「クッ、速いな」
かれこれ十分以上走っているが、『アイツ』の速度が弱まることはなかった。一定である。それに比べて俺は――、
「あれ? 俺もあんまり変わってないな……」
それに疲れてもいないし、息が切れてもいない。――おかしい。
そう思った瞬間、世界がひび割れ始めた。比喩抜きで、世界にひびが入り始めたのだ。直後、『アイツ』がいきなり反対側に現れ――
□◆□◆□
「――ッ!!」
声にならない絶叫を上げながら、俺は飛び起きた。そして、理解する。――全て、夢だったのだと。
安堵のため息を吐きながら、俺は服がびしょ濡れなことに気づいた。断じて、お漏らしなどではない。これは――、
「冷や汗……いや、脂汗か?」
まあ、そんなことはどうでもいい。とりあえず、今何時か時間を確かめないと。そう思い――、
「えっ」
振り向いた先には、夢で何度も見た青白い顔があった。