”タナバタ”・絶望
どうやら”タナバタ”を繰り返しているらしいが出来ることはなにもなく昨日とほぼ変わらずに家を出た。一つ違うのは折りたたみ傘を持って出かけたって事ぐらいだ。
「なあ、天夫」
このループをどう生かそうか考えていたら後ろから声をかけられた。
「ああ…… おはよう」
「なんか体調悪そうだな。それより、サドルペローンやばいな。ここ半年ぐらいああいう手合いが出ないと思ったら来たな」
昨日の朝と変わらない話題のヨウゾウに少し苛つきながら切り出した。
「なあ、俺が今日を繰り返してるって言ったら信じるか?」
「えっ、なんだよそれ。じゃあ、俺がお前に話そうとしていた受験生が聞いたら嫌になりそうな名前のなろう作家を答えられたら信じてやる」
それは確か…… ベガルタイル襲撃直前話していた内容だ。だけど、ベガルタイルが来たことによりそのなろう作家の名前は聞けていない。
「知らない。だけど、その人が七月になってもひな祭りの話を続けているのは知っている」
「え、マジで? なんで分かったの? まさか天夫、お前本当にループしている?」
「最初からそう言ってるだろ」
「じゃあ、何で名前が分からなかったの?」
「名前を聞く直前に魔物に襲われたんだよ」
「魔物ってどんな?」
「ベガルタイルって呼ばれている白鳥と鷲が混ざったみたいな」
「なるほど。それってあんなの?」
ヨウゾウが指さした先にはまごうことなきベガルタイルが飛んでいた。
「このタイミングで来るなんて知らない」
俺はそう言いながらベガルタイルに能力を使った。
「やっぱスゴいな。天夫の能力」
「うるさいから黙っててくれ」
そう言いながらベガルタイルを見ながら瞬き続けた。
「あっ、あれは美少女侍ロボットのアンカタだ」
ヨウゾウがそう言うと俺は能力をベガルタイルにかけるのを止め鞄から折りたたみ傘を取り出した。
アンカタは前と同じく一太刀でベガルタイルを殺した。
そしてベガルタイルの体液がこちらへ向かってくるのも前と同じ。
それを折りたたみ傘でガード。俺もヨウゾウもノーダメージ!
「あなたは何者?」
アンカタが俺に刀を向けながら言った。
「ソイツは……」
俺を庇おうとしたヨウゾウを手で制する。
「俺は未登録の能力者だ。瞬きすると相手を一瞬放心状態に出来る」
「ウソ、それだけであそこで傘を開こうとは考えない」
そう言うアンカタはとても可愛かった。
「ああ、俺は今日が二回目なんだ。それで前もベガルタイルを俺が止めてアンカタが倒した。だけど、俺は血を浴びて病院で7時間待たされたから対策として傘を持ってきた」
「ウソ、7時間も待つわけない。ベガルタイルによる死者は出ておらず怪我人もわずかなのよ」
「前より数十分ぐらいベガルタイルが死ぬのが早かった。その数十分で119人か」
「その数字は?」
「前にベガルタイルに殺された人の数」
「天夫、お前スゴいところで戦ってたんだな」
「なるほど、あなたの能力はどんな物なのですか? ベガルタイルに有効なら私にも有効なはずです。私に使ってください。分析しますから」
動いていない相手に使っても対して危なくないのは知っていたのでアンカタに言われるまま俺は遠慮なく能力を使った。
アンカタは困ったような表情を浮かべその後、興奮した様子で口を開いた。
「厳密にはこの能力は瞬いたときに発動するものではありません。眼をつぶり開くという一連の動作で発動するものです。それも右目と左目で全く違う能力です」
「へっ、そうだったのか天夫?」
「いや、俺も初耳」
「しかるべき専門機関で調べれば分かったかもしれません。右目の能力は記憶干渉、左目の能力は温度干渉です」
アンカタは信じられないとでも言いたげな口振りて言った。
「えっ、温度操れたの、天夫」
「いや、知らなかった」
「左目をつぶっている間、強く意識した物の温度が保たれます。有効活用しようとしたら億単位の利益を生むか、不便な魔法瓶程度にしか使えないピーキーな能力です」
「なるほど、実はスゴいし生かそうと思えばヤバいけど、素人の浅知恵じゃ大したことには使えないってことか」
「俺に、そんな隠された能力が? でもなんか、どうでもいいや」
そう、この能力は日常生活じゃ不便な魔法瓶以上の使い道が思いつかない。
「そして右目の能力は開けた瞬間、閉じていた間の記憶を奪うというものなんです」
アンカタの説明はいまいちピンとこなかったそれがループにどう繋がるかも分からない。
「では、もう一回説明しますね。天夫さんが右目をつぶると任意の相手が状態Aになります。状態Aでは特に何も起きません。そして天夫さんが右目を開くとその相手が状態Bになります。状態Bになると状態Aの間のことを忘れてしまいます。副次効果としてイメージするポーズと実際のポーズのギャップでバランスを崩すことがあります」
今度のアンカタの説明で俺の能力はとても面倒くさいことが分かった。
「なんかよく分からない力を持っていたんだな。天夫。それで『リア充に天バツ』なんて倒してしまえ」
「ムチャ言うな。これでどうやって戦えって言うんだよ?」
「そして、もっと大変な事実があります。これにより『リア充に天バツ』の危険度は7倍以上に引き上がりました」
「そんなに?」
「天夫の能力が分かったから何だってんだよ」
「天夫さんの能力でループの様なことが起きる理由は想像できます。そしてそれは『リア充に天バツ』の恐るべき力を丸裸にするものです」
「もったいつけないで早く教えてよ、アンカタ」
「まず、おそらく天夫さんは就寝前に無意識的に自分に能力を使っています。別に寝ている間の事を忘れるとしても見た夢ぐらいのものです。ですが、おそらく『リア充に天バツ』の連中が私を含む世界中の人間に何らかの能力を使い”タナバタ”を繰り返しているのです。ですが、その能力は天夫さんの能力でリセットできるんです。システム上、一人しか繰り返せませんが」
「繰り返す? いったい何のために?」
「有識者の間ではそもそも『リア充に天バツ』がテレビで語っていた計画をあまり信じていなかったんです。というのも”タナバタ”の特別な魔力なら確かに恋人を一年に一度しか接触できなくする呪いは格段にかけやすくなります。ですが、日本全体に用いるには”タナバタ”を三回繰り返しでもしないと無理なんです。しかし奴らがループして”タナバタ”の魔力を集めているというのなら話は別です」
なっ、なんだって、もしそれが事実ならこの俺は『リア充に天バツ』への弱点になる能力を持っているってことじゃないか。
「俺は何をすればいい?」
俺は期待した眼でアンカタを見た。
「連絡先を教えてください」
アンカタがそう言うので俺はスマホのSNSアプリを起動してスマホを振った。
{それで何をすればいい?}
俺は早速アンカタにメッセージを送った。
{何もしないでください}
アンカタからの返信は素っ気なかった。
アンカタは馬のロボットに乗ってどこかへ去っていった。
「俺、学校休むわ。次のループに備えて情報収集するわ」
「じゃあ、手伝うぜ。天夫」
「いや、お前はアンカタが『リア充に天バツ』を倒した場合、俺が休んだ授業のノートを取ってくるという使命がある」
「なんか納得できないけど、俺は天夫の欠席日数が一日増えることを信じてるぜ」
そうして俺はヨウゾウと別れた。
家からネット中継で『リア充に天バツ』のメンバーの暴れっぷりを見た。
惨憺たる光景を数多く見た。
市街地でエスパーポリスが一人の男を包囲していた。
「ふはははは、エスパーポリスどもトカウノミコン様の力を思い知るがいい」
トカウノミコンと名乗った男はエスパーポリスから一斉にエスパービームを撃たれた。エスパービームはエスパー専用のエスパービームガンあら放たれる光線で従来の拳銃の百倍の威力がある。
「雑魚みたいだな、エスパーポリス。人と違ってちょっと特別な力があるからって調子に乗った結果がこれとは救えないな」
トカウノミコンは傷一つついていなかった。そしてトカウノミコンはエスパーポリスを蹴り飛ばした。蹴られたエスパーポリスは悶絶して倒れた。
「オレはさ、ちょっと前まで無能力者だったんだ。それで、いっつも能力者からバカにされててさ嫌な気分になってる奴いるだろ? それだったらサドルペローン様の部下になれムカつく奴らを合法的にイタブレるぜ!」
トカウノミコンは怪しげに笑いながら悶絶するエスパーポリスの頭を踏みつけた。
無敵の肉体を持つヤバい男。こんなのにどうやって勝てばいいんだ?
オレはトカウノミコンの対策を考えるのをやめて他の『リア充に天バツ』メンバーを調べた。動画が出てきた。
「近距離恋愛などクソである。遠距離恋愛こそ真実の愛の形なのだ。それが分からぬ貴様等もクソなのだ。このマートーキの弾を浴びて思い知れ」
マートーキと名乗った男は全身に銃火気を装備していた。それも両手を使う兵装はごく僅かで肩や足など全身から同時に敵を攻撃できるような装備方法だった。
そしてマートーキは先人のキセキと戦っていた。
先人のキセキはその名の通り道の支配者で道の上では無敵に近い力を持っていることで有名だ。
「愛し合う者達の恋路を引き裂こうなど、地獄の悪鬼も可愛く思える所行。許すわけにはいかぬわ」
先人のキセキは必殺のラリアットロードを繰り出す。これは道路の力で最高に高めたスピードでラリアットを繰り出す技で当たれば並大抵の相手は粉砕される。
マートーキは負けじと全身に装備した銃火気を先人のキセキに向けて放った。
銃火気の衝撃に道路が耐えきれず先人のキセキも倒れてしまった。
「貴様の弱点は道路だ。それが分からぬマートーキではないわ」
マートーキは勝ち誇った。
この動画を見ていても気が滅入るだけなので他の『リア充に天バツ』の部下を調べようと思った。動画が出てきた。
「私はギリスと言います。早速ですが、この世界には天罰が落ちるべきなのです」
ギリスと名乗った美人な緑のドレスの女はそう言って手をかざすと植物のツタを操りエスパーポリスを攻撃し始めた。
「いいですか、こんな異常な能力者であふれる社会になったのは人間が自然を捨てたのが原因だ。だが、超能力に寄り添う社会を作り始めた。まだ、罰が足らないのだ」
そう言ってギリスは街を破壊していった。
ギリスの強さは分かったがろくに対策を取れる気がしない。
次だ次。
次の動画では牛が暴れていた。と言ってもただの牛じゃない。ざっと40メートルはある巨大な牛だった。それが街を踏みつぶしていた。
だが、その巨大な牛と戦う集団がいた。
彼らは牛乳軍団戦闘員。彼らはこの日本で牛乳こそ至高の飲料なので上水道、下水道に続いて牛乳水道を作るべきだと出張している集団でエスパーポリスの次に戦力を持った軍団だ。
そして彼らの活動は牛による被害をわずかでも減らし、牛に対する風評被害を少しでも食い止めようとする熱意にあふれていた。だが、その熱意だけでは巨大な牛にはかなわなかった。
俺は次の動画を探した。
次の動画は『リア充に天バツ』側から投稿されたこれまでの物とは違い、世界を救わんとする勇者の息子が生配信しているものだった。
「僕は優厳。勇者の息子だ。今から『リア充に天バツ』の幹部の一人。文 フミ江と戦います」
優厳は十一歳ながら異世界から転移してきた勇者の息子で強力な魔法を使えるらしい。
「ようこそ、よそ者のおぼっちゃま」
文 フミ江はそう言って優厳を迎え入れた。文 フミ江はちょっとした有名人で少し前まで日本をやたらと持ち上げ日本人の褒められたい欲望を満たしていたのだが、いつのまにか海外の悪いところを攻撃的に非難する面倒なおばさんコメンテーターになった熱狂的なファンがいる面倒くさいおばさんだった。
「へえ、意外だよ。僕の事は異世界からやってきた汚れたよそ者の息子、クソ詰まらせて窒息死してまだ見ぬ故郷に帰んなぐらいのことは言われると思っていたよ」
「実は、今日は気分が良くてね。だってあの憎き異教徒の祭りであるクリスマスをつぶし日本の伝統である"”タナバタ”"を恋人の夜にできるんだ」
「ごめんね。意味が分からないや」
優厳はそう言いながら魔法を放った。
「属性複合・暴雨」
優厳の必殺技だ。複数の属性をの弾丸を暴雨のように放つ、恐ろしい技だ。
「私はね、日本を起源にしない攻撃は効かないの。それになんだい、その動画サイトは多国籍企業の運営しているものじゃないか。海外のを使いなさい」
文 フミ江がそう言うと映像が途切れた。
文 フミ江、なんて強さだ。
これで部下は全てか…… 勝てるビジョンが見えない。だけど、こんな時に親父は……
携帯電話が鳴った。アンカタさんからだ。
「ごめんなさい。天夫さん。最後の希望はあなたです。というか、あなた以外にサドルペローンに勝てる人がいません。ループしたら私の公式SNSに月を見ろと送ってください。それが唯一の希望です」
一方的に電話を切られた。
これって、つまり、どういうことだ?
何気なくニュースサイトを見ると犠牲者が77770人にも上ると報道されていた。
つまりこれは前回の”タナバタ”より被害が広がっているという事だ。相手はループして有利属性の敵と戦わせるように調整したのではないか? そんな疑念が浮かんだ。
とりあえず、今の俺にできることは寝ることだけだ。次の日に戦うために!