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その小さな洋館は、よく見れば作りこそ美しいものの、周りの近代的な建物の影に隠れるようにひっそりと建っており、また壁に添うようにびっちりと生えたツタはどこか鬱蒼としていて、暗い。
私がここで働き始めたのは三ヶ月前から。毎日来る客の対応と、店主のスケジュール管理が主な仕事だ。
こんな重苦しい店に客などくるものだろうか?
そう思っていたのは初日だけで、日々途切れることなく来店する客たちの応対や、客同士がバッティングしないようスケジュールを組み立てるのになんだかんだで毎日忙しくしている。
コンコン、と扉が鳴ると同時に、先程の軽やかなノック音と反比例するかのような重苦しい音が聞こえた。
今日一人目のお客様だー・・・そう思うと同時に、重い扉が開き、ひょっこりと背の低いおばあさんが顔を出した。
「予約しておりました、田辺です。」
「田辺様、お待ちしておりました。すぐにお部屋のご用意を致しますので、あちらのお椅子で少々お待ち頂けますか?」
「はい・・・はぁ、今日は暑いねぇ。」
田辺さんは私がここで働き出してから一番の常連さんだ。
「今日もぬるめの緑茶で大丈夫ですか?冷えたのにされますか?」
「ぬるめでお願いできる?いつもありがとうね。」
「とんでもない!用意してきますね。」
田辺さんが椅子へ座るのを確認してから、奥の給湯室へ向かい、緑茶を淹れる。淹れた緑茶を冷蔵庫で冷やしていた緑茶と混ぜ、器を指で触る。
「ぬるめ・・・っと・・・このくらいかな。」
程良い温度になった緑茶を別室へ運び、その奥にある部屋の扉をノックすると、奥からくぐもった声が聞こえてきた。
また寝てるな、そう思ったものの声には出さず、田辺さんが来られたので今から部屋に通すことだけ手短に伝え、待合の方へ向かった。
どうしてあの人はスケジュールを伝えているにも関わらずいつも寝てるのだろうか。仕事内容は難しいものではないし、お給料にも満足している。だが、店主のあの就労態度だけがどうしても気になってしまう・・・まぁあの人のお店だから良いのだけれど。
待合へ戻ると、田辺さんがこちらに気付きにっこり微笑んだ。
「田辺さん、お待たせしました、ではお部屋にご案内しますね。」
「はい、はい、ありがとう、お願いします。」
少しゆっくりとした歩調の田辺さんは、そもそもが小柄で、いつも穏やかな雰囲気をまとった可愛らしいおばあさんだ。
この人の悩みって一体、と一瞬頭によぎったが、私が詮索することではないな、とすぐに頭を切り替え、部屋の扉をノックし、開ける。
「田辺さんお連れしました。」
「はぁい、お通しして。」
扉を開けると、相変わらず良く分からない服を着た店主が椅子に座って待っていた。
「では田辺さん、あちらの椅子へどうぞ」
田辺さんが座り、私が扉を閉めようとするのと同時に、
「そしたらまた店番よろしくねぇ。」
そう言って手のひらをヒラヒラと振ってくる店主ことユンさん。
以前どこ出身か聞いたら、忘れちゃった!と言っていた。とにかく適当な人だ。
こんな人のどこが良いのか分からないが、とにかく彼に話を聞いて欲しいと、スケジュール管理しなくてはいけないほど毎日ひっきりなしに客は訪れる。
ユンさんは確かに背も高く、顔も綺麗な方だと思うし、見た目だけで言えば柔和な雰囲気のイケメンと言っても過言ではないと思う。だが、中身はとにかく適当でちゃらんぽらん、掴みどころが無く飄々としていて、とにかくこの人に話を聞いて欲しい!となるようなタイプの人ではない、と私は個人的に思う。
ちなみに客からは佐藤さんと呼ばれていて、出入りの業者はアレンさん、よく出前を取る店の人からはアンドレイさんと呼ばれている。本当にいい加減な人なのだ。
そう言えば今日で三ヶ月の見習い期間が終わるから閉店後話があると言われていたことをふと思い出す。
すっかり忘れていたが、一体どんなことを話されるのだろうか、正社員登用だと良いなぁ、なんて思いながら、箒を片手に店の扉を開けた。
ゆっくり書いていけたらなぁと思っています。
勢いで書き始めたので、終わりをどうするかまだ決められてません。多分ヒューマンドラマです。