その宝石は二度贈られる
洋子と付き合い始めて、そろそろ半年。もうすぐ彼女の誕生日だから、気持ちのこもったプレゼントを贈りたいと思った。
では、何が喜ばれるだろう……?
そう考えたところで、ふと思い出す。
彼女は淡い青系統の服を着ることが多く、一度それについて尋ねたら、明るい笑顔で答えてくれたのだ。
「私のイメージカラーは水色なの。だって『洋子』だもの!」
なるほど『洋』とは、大海とか水の広がる様子とかを意味する漢字。だから洋子は意識して、水色にこだわっているらしい。
「ならば……。澄んだ水を思わせる、薄い青色。そんな感じのアクセサリーが、洋子には似合うはず!」
自分でも良いアイデアだと思ったが、まだ俺は働き始めたばかり。たいした予算もないし、そもそも男一人で装飾品の店まで買いに行くのは、ちょっと恥ずかしくて気後れもする。
そんなことを考えていた頃、別件で眺めていたフリマアプリで、ちょうど見つけたものがあり……。
――――――――――――
「誕生日おめでとう、洋子」
「ありがとう、筑波さん」
奮発して予約したホテルのレストランで、おしゃれなディナー。
二人で乾杯した後、早速、用意したものを渡す。
「これ、誕生日プレゼント。洋子にピッタリだと思って……」
「あらあら、何かしら?」
冗談っぽい言い方だが、彼女の顔には、明らかに期待の色が表れていた。こちらまでワクワクしてしまうくらいに。
俺がフリマアプリで購入したのは、水色の宝石を飾った指輪だ。
出品者の説明によると、ターコイズという石であり、証明書も付いているという。
宝石に疎い俺でも、ターコイズブルーという言葉は耳にしたことがあった。それくらい有名な宝石ならば、さぞや高価だろうと思いきや、そこはフリマアプリ。値段は出品者次第。気軽に手が出せる金額ではないものの、思い切って腹をくくれば、俺でも何とかなる程度だった。
フリマアプリで宝石を買うなんて、少し危険な気もしたが……。俺が使っているのは、商品の発送までアプリ側で代行してくれるところだ。購入者や出品者の住所も本名も互いに伝わらないよう、個人情報にも気を使っているサービスであり、ここならば高額商品も安心に思えた。
なお購入後に調べて知ったのだが、ターコイズは『空の石』とも呼ばれるらしい。だから厳密には『洋子』の青とは違うけれど、それくらいは些細な点だ。彼女だって怒りはしないだろう。
俺は、そう思っていたのだが……。
「何これ……?」
ラッピングを開いた洋子の顔が、みるみるうちに暗くなっていく。ゾッとするほど、冷たい表情だった。
「何って……。ほら、洋子って、そういう色が好きだから……。あれ? 俺の見立て違いだったかな?」
「……好きとか嫌いとかじゃないの。あなたの判断も理解は出来るわ。前の彼氏も誕生日に、全く同じものをプレゼントしたくらいだからね」
「ああ、かぶっちゃったのか。ごめん……」
洋子にとって、俺は初めての恋人ではない。それは俺にも薄々わかっていた。
しかし、この場でわざわざ明言する必要もないだろう。恋人と二人で誕生日を祝うディナーなのだ。そこで以前の彼氏について持ち出すのは、ちょっとデリカシーに欠けるのではないだろうか……?
そう思いながらも口には出さない俺に対して、洋子は、さらに畳み掛けてきた。
「でもねえ、筑波さん。ポイントは、そこではないのよ。私が腹立つのは……。あなたが私の誕生日プレゼントを、フリマアプリの購入品で済ませようとしたことなの!」
心の中で「あっ!」と叫んでしまう。
その瞬間、俺は思い出したのだ。
出品者の「もらいものですが、もう要らなくなったので、破格の値段で出品します」という一言を。
確かに、彼女の非難にも一理はある。誕生日の記念という大切な贈り物を、安く手に入る中古品で済ませられたら、もらう立場としては良い気はしないだろう。
その点、俺にも非があるのは認めるが……。
しかし、洋子の側はどうなのだ。
恋人からの誕生日プレゼントを、別れてしばらくした頃に、フリマアプリで売り払ってしまう。彼女はそんな女性だったのだ。
ならば……。
もしも俺たちの関係が終わったら、俺との思い出の品々も、全て売られてしまうに違いない!
そう考えると、一気に気持ちが冷めてしまう。
「ねえ、筑波さん。聞いてるの? 私は……」
なおもガミガミと続く彼女の言葉は、もう俺の耳には全く入ってこないのだった。
(「その宝石は二度贈られる」完)