とまりすどまりとどのつまり
旅籠屋とまり、17歳、女子高生。
木賃宿すどまり、27歳、コンビニバイト。
境遇も性格も金銭感覚も全く異なる2人が、いま、ひとところに。
居住まいを正し、膝を突き合わせ、見つめ合う。
「……よろしくお願いします」
「あ、いや、うん、こちらこそ」
とまりはすどまりの目を真っ直ぐに見つめる。
すどまりは時折キョロキョロと周りを気にする。
「何を気にしているのですか、すどまりさん。
私とこうして一つの部屋に泊まることは、前々から決まっていた事でしょうに」
「あ、うん。そうなんだけどね。とまりちゃん、や、やっぱり僕、緊張しちゃってね」
とまりは溜息をつく。
「はぁ……、すどまりさん。良いですか?」
「な、なにかな」
挙動不審になりながらも、どうにかすどまりは反応する。
しかしそんな彼にとまりは一切容赦せずに言い切る。
「あなたがそんなだから、父も母も私達の関係に不安を持つのではないですか」
「う、うん。ごめんね」
「謝って欲しいのではありません。ただ堂々と、泰然と、男らしく構えて欲しいだけです」
「あ、あのね、とまりちゃん、昨今ではそういう枠組みに男女の別を押し込めるやり方は」
「だまらっしゃい」
「ごめんなさい」
ぴしゃりと言い捨てられ、すどまりは小ぢんまりと萎縮してしまう。
「私が古式ゆかしい、旧態依然とした、亭主関白良妻賢母の関係を望んで何が悪いと言うのです。
すどまりさんが私の事を憎からず想ってくれるのであれば、こういう時こそ私の価値観に理解を示して下さっても宜しいでしょうに」
「う、うん。そうだね。とまりちゃんの仰る通り。全面的に肯定します。とまりちゃんは正しい!」
「ですからそういう、女性に阿るような発言はやめて下さいと言っているのです」
「ど、どうしろと!?」
いっそ理不尽とも言えるとまりの言に困惑するすどまり。
「すどまりさん、私はあなたに尽くしたい。女性として夫の三歩後を控え目に歩くような、そんな夫婦関係を理想としているのです」
「じ、実際は三歩先を行っているように見えるよ」
「すどまりさんは堂々と余裕を持って私に命じて下されば善いのです。とまり、黙って俺についてこい、と」
「ぜ、絶対僕が言わなさそうな言葉選びだよね。無茶振りにも程があるよね」
「さあ、すどまりさん」
すどまりの言葉を半ば無視するような形で、とまりは言い放つ。
「私と今宵、契りを交わしましょう」
「と、とまりちゃん。言っておくけれど君、まだ高校生だからね?おまわりさんに捕まっちゃうからね?」
毅然として言い返す、とは言い難いけれど、すどまりはとまりに、丁重なお断りをするのであった。
◇
さて、読者諸兄におかれましては、そもそもかようにチグハグな男女がなぜ、ひとところに泊まり、また契りを交わすだの交わさぬだのと問答しているのか、疑問に思っておられるでしょう。
僭越ながらこのわたくし、語り部たるメゾン・アパルトマンがお答えいたしましょう。
この2人、なんと親が決めた許嫁などという、現代における黴の生えた、とすら言える因習でその縁を結んだ関係にございまして。
かたや日本有数の古旅館の跡継ぎ娘、かたや潰れる寸前のビジネスホテルの経営者の息子と、まあ名は体を表すと言いましょうか、旅籠屋と木賃宿の苗字の示す通りでございますな。
本来ならば身分の違い、とまでは言いますまいが、とてもとても出逢う筈のないこの2人。年齢の差もございます。縁もゆかりも生まれそうにございませぬ。
ところがでございます。
古旅館の跡継ぎ娘としてとまり殿が成熟するまでの間、母君が女将として切り盛りしていた処、折悪しくその身を病に侵されましてな。
それでは困る、誰ぞ代わりに旅館の切り盛りを出来るものはおらぬかえ、と、とまり殿の母君の御母堂……即ち、とまり殿の祖母が仰る訳でございます。
そこで白羽の矢が立ちましたるは、古くより旅籠屋家と懇意にしております木賃宿家の1人息子、すどまり殿であったと言うわけでございます。
かくして、旅籠屋家に対する木賃宿家の借金の関係などもございまして、まあこれがとんとん拍子に話が進みまして。
本人らの意志などどこ吹く風で、あっという間に縁談がまとまろうとしている、という有様でございます。
しかし旅籠屋家としてはいかにも頼りなげな木賃宿家の1人息子に大事な大事な1人娘を任せるには、少々体面が悪うござろう、そう言い出したるは木賃宿家の父君でしてな。
いやはや全く、本人不在で好き勝手。
あれよあれよと言うままに、やれ子はいつじゃ、やれ式はいつじゃと騒々しい事この上なし。
遂には見合いですどまり殿に好意的であったとまり殿もいい加減にしてと言うほどの盛り上がりぶりであったとか。
しかしとまり殿としてもすどまり殿の事は憎からず想うておりまするゆえ、契りを交わすに吝かなし。
やがてどちらともなく言い出したるは、一度共にひとところに泊まりましょうやと言う訳でございました。
◇
「た、確かに僕もとまりちゃんと一緒に過ごせたら良いなとは思って一緒に旅行しようかとは言ったけどね、そういう意味じゃなくてね」
「この期に及んでまだ尻込みしますか」
とまりは呆れる。
「据え膳食わぬは男の恥と申します、いい加減、覚悟を決めては如何ですか」
「とまりちゃんの価値観、昭和以前で固定化されているの?」
すどまりはついに吃るのも忘れてしまう程に困惑する。
「はぁ……全く、男らしくない」
「あ、あのねとまりちゃん、その発言マジで昨今色々なコンプライアンスに引っ掛かるから、控えてね?女らしくとか言い出しただけで不思議な棒でぼこぼこに殴られる時代だよ?」
「役割を正しく、公平に分担できれば良いだけの事でしょう。無知蒙昧なる輩の斯様に下らぬ言にあなたは屈するのですか!」
「す、すごく遠回しに揶揄しているようで豪速球ストレートだねとまりちゃん……あと、単純にそういう話だけでもないからね。さっき言ったでしょ」
ここまで互角、とまりが押せばすどまりが引き、とまりが誘えどすどまりは制する。
「つまり私に性的魅力がないと仰るのですか?」
「そ、そんな事言ってないでしょ!話を混ぜ返さないでくれるかな!」
そこでとまりがハッと何かに気付き、真剣な顔で呟く。
「……もしやすどまりさん、男色なのですか?」
「コンプライアンス!」
いちいち言う事に危険を孕むとまりに冷や汗をかくすどまり。
「孕むのは危険ではなく子のほうであるべきでしょうに」
「も、物言いにオブラートがなくなってきたねとまりちゃん。はしたないよ」
「はしたないとはなんですか!好きな男性の子を孕みたいというのは当然の気持ちでしょう!」
「ええ!?」
古式ゆかしい良妻賢母の発言とは思えない。
まあ、2人きりの旅館での会話でそこまで遠慮する必要があるかと言うとそうでもないだろうが、花も恥じらう女子高生ともあろう者が、そうそう孕む孕むと連発しないで頂きたい。
「まあ、少し興奮しすぎましたが」
「す、少しじゃないよ、旅館に来てからもうずっとそんなテンションだよねとまりちゃん。落ち着いて?」
「ひっひっふー」
「使い古された上に重ねてそのボケはやめて」
すどまりも真顔になるレベルのドン引きである。
「冗談はさておき」
やや声を落ち着けてとまりが言い出す。
「どうするんですか、すどまりさん。まあ、婚前交渉は無しにしたいという純情なあなたの気持ちに忖度して、結婚後に契りを交わすというのは私としても特に拒む理由はありませんけれど」
「う、うん」
「この旅行で何もなかったって言って、父や母が納得するとお思いですか」
「ぐっ……」
それは確かにそうだ。
あれだけ本人の気持ちも考えずに盛り上がってた人達を前に、両想いの男女が旅行で何もないなんて聞いたら、多分何かしら変な誤解をされる。
「せめて口裏を合わせておきませんか。何をどこまでしたかの設定を練っておけば、お互い痛くもない腹を探られて面倒を抱える事もないでしょう」
「そうだね……そこはとまりちゃんの言う通りだよ」
「では、すどまりさんはどの辺りまで進んだ設定で話しますか」
「う、うーん……キス?」
途端にとまりの表情が一変する。そして一言。
「小学生か!!」
しかしすどまりは赤面する。
「や、やっぱりちょっと進みすぎかな……」
「いやそっちじゃない」
とまりは呆れ顔で言う。
「すどまりさん、本気で言っているのですか、それは」
「?ほ、本気だけど」
とまりは打つ手なし、といった風に肩をガックリと落とす。
「そうですか……じゃ、もうそれでいいです。はいはい、私達、いい歳して2人きりの温泉旅館にお泊まりして、キスまで済ませちゃいましたー、きゃー恥ずかしー」
「ど、どうしてそんなに棒読みなの……?」
すどまりは困惑顔になるがとまりは無視した。
「まあ、でも旅行終えたら絶対すぐに結婚式の話されますよ。お互い好き同士なんだから変な心配はしてませんけれど、ちゃんと覚悟は決めておいて下さいね」
「う、うん。勿論だよ。とまりちゃんの旦那さんになるために頑張るよ」
「そう言って頂けると安心です」
ついぞ笑みを浮かべなかったとまりも、ここでようやく肩の力を抜き、ふふっと唇の端を上げたのであった。
何でしょうねこれ。
なんかこう、変な名前と喋り方、リズムだけで構成される文章を書いてみたかったのかも。