第六話 敵
俺が異変に気づいてしばらくだった頃、魔狼が吠えた。
誰かが、群れのボスを殺ったのか…?いや、恐らくはそうだろう。無尽蔵に湧いてでたのはボスの存在からか?
俺のそんな思考を裏付けるかのように魔狼が弱体化し、数もだんだん減ってきた。
よし、これなら行けるな。どんどん狩って早く終わらせようかな。しかし…あの鳴き声、初めの方のと比べるとだいぶ感情がこもっていた気がする。何故最後の鳴き声だけあんな称えるような声だったんだ?
俺はそんなことを考えていたが、次第に魔狼の数も少なくなり、残り数十匹まで来た。そのタイミングを見計らい、俺は戦場を離脱する。他の人にも殺らせないと、今後に支障をきたす可能性があったからだ。
「あ、おかえり!剣人!どうだった?楽しそうに剣を振り回してたけど。」
小晴がそんなことを聞いてくる。失礼な、そんな言い方をしたら俺が考え無しに剣を振り回してたみたいじゃないか。あれはれっきとした技である。【隙見】のおかげでパワーアップもしていた。
「楽しかったが、ただ剣を振り回してただけじゃねぇぞ?あれはちゃんとした技でなぁ…」
「ハイハイ、わかりましたよぉだ。まったく、これだから剣術バカは。剣道と間違えるだけで怒るし…」
当たり前だ。俺だって八重島流には誇りを持っている。八重島流は剣術であって剣道ではないのだ。
「あ、あと数十匹はいると思うからあと適当に片しといてくれ。実戦積んでる方がいい。」
「「わ、分かりました」」
小晴を除くクラスメイトが俺の言葉に反応する。呆れ半分感心半分って感じだ。敬語だし。
「みんな、進もうとしてるのね…私も進んでいかなくちゃ。」
小晴がそう呟いて、クラスメイト達と共に残りの魔狼を蹴散らして行ったーーー
翌日、朝起きると…そこには、呪術によって動けなくなった小晴が見つかった。
ーーーーーーーーーーー藤崎 翔ーーーーーーーーーーーー
「小晴に…呪術がかけられた?」
クラスメイトの報告を聞いた僕は、信じられないといった感じで聞き返していた。その様子がつたわったのであろう。クラスメイトは「本当なの!信じて!」と言っていたが理解が追いつけない。何があった?小晴の身に一体何が?
(マリ、呪術は人類種以外にも使えるか?)
《可能ですが、その可能性は低いかと。まず第一魔族が来ていたとしても小晴さんはギフトを受け取っており、抵抗力が強い。なので犯人はギフトによって力を増幅させていると考えるのが自然であり、魔族側のギフトを受け取った者が今日昨日でこちらへ到着しているのは可能性が低い。そうなると、裏切り者がいる可能性が高くなっています。》
マリがそう答える。裏切り者…考えたくもないが、マリが言うんだ。その可能性が高いのは確かだろう。
「そ、そう言えば、朝から西塔君の姿が見えないの!」
…西塔君が…居ない?まさか裏切り者に?いや、むしろ…
僕はそうと考えると一直線に剣人の元へと向かって行った。
ーーーーーーーーーー八重島 剣人ーーーーーーーーーーー
「小晴が…」
俺は小晴がいる場所を聞き出すと、真っ直ぐ向かった。
「小晴!!無事…か…?」
小晴は保健室のベットに横たわっており、安らかな表情で眠っていた。俺の言葉に返事が届くことは無かった。俺は必死に頭を回す。
「小晴ちゃんは…呪術をかけられたみたい。それも、とびきり強力な。治療魔法を使える人に頼んでみたのだけれど、ダメだった。上村先生が呪術を使えるのだけど、ここまで強力な物となると解呪も出来ないらしいわ。」
小晴の友達だった池崎美恵が俺に言ってくる。
なんだ?何がこんなことを…魔物?いや、そんな気配はねぇ。新しく手に入れた固有能力【敵感知】にもそれらしい気配はない。なら、魔族か?ギフトには単純なステータスだけでなく自身の呪術などに対する耐性が着くと聞いた。なら、同じギフト持ち?いや、4日で来るような奴らなのか?なら…答えは
「裏切り者がいるってこと…なのか?」
俺の独り言に反応する者は居ない。みんな、認めたくないのだ。自分達にそんなことをする人がいて、クラスメイトに被害者がいるってことを認めたくないのだ。
「あ、あの…」
クラスメイトである竹島美玖がおずおずと俺に話しかけてくる。そんなに怖い顔をしていたのだろうか。
「朝から西塔さんがいません。彼も…どこかに連れていかれてしまったんでしょうか?」
西塔がいない?マジかよ…被害者が多い。それに…西塔はともかく小晴に手を出したんだ。ただじゃ済まさねぇぞ。
俺は決意を胸に、犯人を暴こうとした。しかし、それは翔に止められてしまった。
「いこう、犯人を…西塔君を止めに。」
翔は言った。俺はしばらく理解が追いつかなかった。犯人が西塔?裏切り者が西塔ってことか?なんであいつが裏切る?あいつは、少なくとも初めは協力的だった。初めからな。裏切りにしては西塔は早すぎる。あいつに裏切りを考えて実行する度胸も、覚悟も、その裏切りの気持ちを固める時間もなかったはずだ。だから被害者だと仮定していた。
「信じ難いと思うが、信じてくれ。親友の頼みだ。事態は一刻を争う。」
翔がいつになく真剣な表情で言ってくる。うーん…カッコイイんだよなぁ。
てか、その髪どしたん?なんかすげぇ綺麗なんやけど。元々の黒髪とエメラルドグリーンっての?が混じった髪だ。は?かっこよすぎやろ主人公ですかコノヤロウ。
俺がこんな緊張感のないことを思いながらも、親友の言葉に頷き翔を追う。
「レビアス、聞こえるか!直ぐに来てくれ!!」
「了解です~翔君!」
翔がレビアスを呼ぶと、空間にヒビが入りレビアスが現れる。
「剣人に今回の事件のことを教えてやってくれ!あっちで斬る敵に迷ったら困る!」
「了解しましたよっ!翔君!!」
レビアスが元気な声で返事をしている。あれ?召喚の時こんなキャラだっけ?なんか…普通に女の子って感じがするな。うん、恋する乙女の顔だ。あれれー?翔君モテモテやんけ。
「何ニマニマしてるんですか、ちゃっちゃと説明しますよ?」
若干冷たい声でレビアスが言ってくる。怖っ!何?こいつ翔以外にはこんな感じなん?それとも俺だけ?それだったら泣くぜ?俺だって、泣きたい時ぐらいある。
「まず、恐らくですがあなたのクラスメイトは戦闘中深い憎悪を抱いてしまい、魔族に感知され唆されたのだと思われます。」
「唆されたのか?洗脳とかじゃなく?」
「ええ、あくまで決めたのは自分だと思いますよ。」
「根拠は?」
「魔法による通信の痕跡が見つかりました。【通信魔法】を使えるほどの人はあなたの学校には居ないですし、何より使用されている魔力から魔族に近い魔力が検知されました。」
「おーけー、じゃあ西塔は見つけ次第斬ってもいいんだな?」
「ダメに決まってるだろ!?何言ってんだよ!唆されたんだって!」
「でも、自分で決めたことだぜ?」
「約束してくれ、相手がどうしようも無くならない限りは、救う方向で動くことを。」
「……どうしようもなくなったら斬るぞ」
正直人を斬るのは初めてだ。その時どんな感情を抱くのかはやってみないと分からないが、恐らく俺は…何も思わないだろう。魔狼を斬った時とおなじ、ただただ自分が斬っていることには無関心、だが技を放っている時は高揚感が湧き上がってきて抑えられなくなる。
俺はそういう風に育てられた。もちろんじいちゃんとかは反発していたらしいが、俺の父親がそれを許さなかった。
俺のじいちゃんは…実の息子、つまり俺の父親の手によって、殺された。俺は典型的なおじいちゃんっ子で、相当なショックだった。表向きにはおじいちゃんは事故死したってことにされてて、俺にもそう伝えられていた。だから…クソ親父に従ってしまった。クソ親父に従い、剣術を極め、感情を捨てた。考えることを放棄した。そんな中、小晴と出逢った。
8歳、小学二年生の時だった。小晴はクソッタレな世界から俺を連れ出してくれた。希薄になっていた感情を呼び起こしてくれた。小晴がいたから今ここに俺はいる。そう言っても過言じゃないほどに、俺の中で小晴は恩人だった。
その後、翔とも出逢った。翔は初め大人しく自分の意見がはっきり言えないやつだと思っていたけど、全然そんなことは無く芯を持っていて折れないやつだった。翔は俺の話を聞き流さず真摯に聞いてくれて、当時中学一年生だった俺にはすごく助かった。
俺は5歳から9歳まで親父に、9歳からはじいちゃんの一番弟子だった金村師匠に剣術を教わった。金村師匠は優しく、俺の感情を守り抜くような指導をしてくれた。今俺が八重島流を使えるのはこの人のおかげだ。
俺の日常は2人がいたから出来たものだ。2人がいなければ俺は家を出ず、ずっと父親の元で剣術を磨き続けて金村師匠にも出会えなかったし、感情を持たずただ件を振り続ける人形になっていただろう。
だから救わなくてはならない。何があっても、小晴だけは。俺を、作ってくれた人なのだから。
「ここに西塔がいるのか!?」
俺は翔に聞く。なぜなら、そこは…校長室だった。なぜ西塔は校長室に?と疑問に思ったからだ。
「あ、あぁ。土魔法【待人の道しるべ】によると、ここだな。」
どうやら、居場所は魔法で暴いていたらしい。なら、問題ないな。
「よし、行くぞ!」
「ああ、【精霊融合】…!」
翔にレビアスの光の粒子が取り込まれていき、やがて翔に翼が生えた。あの時感じていた変な波動は翔のだったのか。これが魔力ってやつなのかな。
ドアを開けるとそこには西塔と校長、あと一人見慣れない男がいた。よく見ると男には2本のツノが生えていた。
「ふむ、ここがよく分かったな。しかし、わかった所でもう手遅れである。」
「てめぇは誰だ?」
「ふん、我はギフトを受け取りし者が1人、裁きのグレイアである。其方らの名前は?」
「お前なんぞに名乗る名前はねぇなぁ、小物。」
翔が驚いていたが、直ぐに建て直したようだ。俺はすかさず名前を聞き出し、2つ名から能力を想像する。
「ふむ…自分から聞いておいて失礼なやつだ。偉大な我がわざわざ出向いてやった上に名前まで教えてやったというのに。まぁ良い、戦う気満々なのだな。では場所を変えよう。ここは少々手狭なのでな。おい、校長とやら。ここらで1番広いのはどこだ?」
「は、ハヒッ!ぐ、グラウンドがあります!」
「ではグラウンドとやらに行こうか」
こいつ…隙がねぇ。【隙見】を発動してんのに見つけられん。とりあえず今は従ってグラウンドへ行くか。さっき一言も喋らなかった西塔の状態も気になる。
「ふむ、ここなら広くて良いな。さて、貴様らが気になっているであろう事を教えてやるかな…」
グレイアが言う。気になっている事、か。西塔の状態か?ぶっちゃけ気になるのはそこぐらいだ。あ、小晴に呪術をかけたやつが誰なのかも気になるな。
「あの小娘、キノミヤ・コハルと言ったかな?彼奴はそこのサイトウ・リョウマが殺った。そして彼は…我らの仲間となったのだよ。」
おっと、2つの答えがどっちとも教えて貰えたな。手間が省ける。
「そして今から戦うのはサイトウだよ。さぁ、貴様が憎んだ相手を殺してやれ、サイトウ。」
「…あぁ。了解だ。」
西塔が答える。すると学生服のポケットから注射器のようなものを取り出し、首元に当てた。
「西塔君!まだ間に合うから、もうやめてくれ!!」
翔が呼びかける。でもな、もうダメなんだよ。あいつは昔の俺と同じ顔をしている。もう、自分のやったことに罪悪感と後悔を感じて、押しつぶされるのを避けるため本能が考えることをやめたんだよ。そうなったらもう…ダメなんだよ。
「俺は…もう戻れない。」
静かな声で西塔が告げる。そして注射器の中身を一気に体内へと注入した。
「クソっ!2人でやろう!剣人!!」
「いやいや、1人ずつだよ?あまり急くな。」
グレイアがそう言うと、翔の後ろに巨大な扉が出現した。
その扉が開くと中から無数の半透明な鎖が飛び出てきて翔を拘束していく。
「ぐぁぁ!く、風生成魔法【カマイタチ】!」
しかし、何も起こらない。翔が明らかに狼狽しているし、昨日聞いたヘルプにも分からないのか、魔法の性質のみしか判明しないのだろう。
「くくく…それは特殊魔法【裁きの門】だ。その鎖に捕まったが最後、魔法が封じられ門へと引きずり込まれる。おっと、鎖を断ち切ろうなんて考えるなよ?そうなれば鎖の量が増え、力も増加する。」
ご丁寧に説明してくる。
「1人ずつだと、言ったであろう?まずはそこの坊主、お前からだ。」
「…西塔。」
「なんだ?さっさと来いよ…」
「お前は…後悔してないか?戻ってきたりはしないのか?」
「戻ってきて欲しいのか?こんな馬鹿を?それに、もう引き返せないんだよ。」
もう、西塔は戻ることは無いだろう。戻ってこれもしないし、戻るつもりもないから。
こんな話をしている間にも、西塔の体はぐむぐむと禍々しいオーラを放ちながら肥大化して行く。恐らく、理性を保つのもやっとなのだろう。時々頭を抑えている。もしかしたらただ頭痛がするだけなのかもしれないが。
「分かるよ。俺もそんなことがあった。でも、それで戻らない理由にはならないと思うぜ?お前は、償って小晴を元に戻さなきゃ行けないんだよ。」
「ア゛…う゛…っはぁ!おま゛え゛に何が!わ゛が、るんだ!みくだじでだおまえがちやほやざれて、どんな゛感情だっだのか!」
そんなことを考えていたのか。だが、行動に移すのが早すぎる。唆したって言っていたが、ギフトの力か?
…どうしようも無い状態…だよなぁダメなんだよな。
「西塔…もう一回だけ聞く。お前は、戻る気があるか?」
「な゛い゛」
「そう、か」
俺はグローブの宝石を抑え、空間魔法を発動。〈纏丸(仮)〉を取り出す。名前、まだ決まんないっす。その姿をみて、グレイアが嗤ったきがした。
八重島流 攻撃特化 【紫電一閃】
纏丸を居合の容量で構える。翔はその様子を、これから起こることの全てを目に焼き付けるかのようにこっちを悲愴な目で見ていた。
俺は、限界まで力を足に込め、刀に魔力を込める。そして、一気に踏み込んだ。西塔が目の前へとくる。その目は憎悪に染まっていて、正気じゃなかった。
刀を引き抜き雷を纏わせ、斬る。俺は、斬った。初めて、人を。俺は…何も感じなかった。
「くくく…ふは…ふはははは!!!斬ったなぁ!あれを!まだ正気に戻すことは出来たというのに!仲間を!」
あいつの言葉が聞こえる。まだ出来た?
「あいつは我が最高神様より承ったギフト、【感情増幅】によって憎悪の感情が増加していただけである!つぅまぁりぃ…我を殺していれば解けたのだ!あやつの呪縛はな!!」
「そうか…悪ぃことをしたな、そりゃ」
「ふぅん!強がりはやめるのだよ!貴様はあれを救うチャンスを失ったと同時に我を殺すチャンスをも失ったのだ!!!」
そう言って、グレイアは右手の甲をこっちへと向けて裁きくる。そこには十字架が彫られており、左手の人差し指と中指をそこに当てた。
「刮目せよ、第二のギフトを!!【裁き】!!!」
…何も起こらない。
「ッ!?発動…しない、だと?馬鹿な、そんなはずは!【裁き】!【裁き】!!【裁き】!!!なんなんだ、この男は一体!罪悪感が無いとでも言うのか!?」
「へぇ…発動条件に罪悪感、か。俺以外だったら効いただろうなぁ。ま、自分の運のなさを呪え。」
罪悪感を条件とした能力が発動しない。つまり、俺は人、それもクラスメイトを殺しても罪悪感を感じていないという事だ。まったく、嫌になる。罪悪感?人殺しを前提とした剣術を習うのに捨てたさ。いや、捨てさせられたと表現すべきかな。
親父は俺に剣術を教える時、まず人や動物を殺しても罪悪感を感じないようにした。これは多分洗脳だ。だって、そんな訓練受けてないのだから。
いくら小晴が俺を助けてくれたからと言ってもそれは失った感情を取り戻すのは不可能だった。
いや、確かに1部は戻ってきたさ。恋愛感情や嫉妬心、憧れとか、あっても支障がない範囲は消され方が弱かったらしい。案外すんなり戻ってきたよ。
だが、罪悪感や動揺、死への恐怖だけは戻ってこなかった。罪悪感と言ってもやってしまったことへの感情はあるのだが、生き物を殺した時にだけはピッタリと起きない。
可哀想とは思う。いや、それすらも偽物で後付けの感情なのかもしれない。俺には分からないんだ、人が何を持って罪悪感とか言っているのか。可哀想だとか人殺しはダメだとかいう気持ちが、理屈では理解出来ても論理的には分からない。なんで人が死んで悲しむのかも、人が生きたいと思うのも、何故なのかが全くわからない。
「すまんな。欠落してるんだよ…そう言う感情が。」
俺は再び構える。
八重島流 対人剣術 【紫電一閃】
「くっ!しょうがない、セリキッド!」
グレイアが何かを叫ぶ。だが俺の【紫電一閃】の方が早い…!
だが、俺の刀がグレイアを斬り裂くことはなかった。空間に裂け目が入り、グレイアが消えた。
「また来るぞ!!!ヤエジマ・ケント!!!」
そう、捨て台詞を残して
次回は明日の正午を更新予定としています