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The Law of the World  作者: k2taka
第2部
83/93

キュウビとワオリ(第2次ライディン防衛戦)

ライディンへと襲い掛かったブラングチュールとジュニュキールという特級悪魔を退けた。

しかし、ブラングチュールを倒したのはワオリではなく、その身体に宿ったキュウビという魂だった。

そしてナチュラルフロンティアに更なる強敵が襲っているのだった。

 北門で突如現れた和服姿の女性。それは母に託された力『キュウビ』によって人格を乗っ取られてしまったワオリである。

 正確には気を失ってしまった隙にキュウビが乗っ取ったわけであるが、これまで眠るなどでワオリの意識がないことは度々あっても、キュウビが現れることはなかった。

 ではなぜ今かというと、マドカが封印を解放したことが一つ。そしてキュウビの欲する力が目の前にあったことが挙げられる。

 キュウビの欲する力…それはブラングチュールという強力なアンデットの有する『負』の魔力であった。

 キュウビ自身が自由になるために必要だった封印解除と己を満たす巨大な魔力。それが同時に手に入ったことで、彼女は悦びに笑っている。


 少し説明すると、魔力にも様々な性質があり、基本として獣人は魔力を持たず、その代わりに『妖力』を所有している。

 魔力とは『魔』に堕ちる力とされており、魔力を身に受けた獣人は『魔獣』となってしまうからだ。故に獣人たちは魔力に強い耐性を有し、魔法を操ることは出来ない。

 しかしながら獣人たちにも魔法に似た術は存在し、『妖力』を使う『妖術』がそれに当たる。

 魔力が「マナ」という変質しやすいもので構成されるのに対し、妖術の根源は「マナ」と「生命力」の混合によって生成される。そのため、魔力の欠乏は意識の剥奪など身体に不調を与える程度で済むが、妖術は生命力に関与するために欠乏は命を落とすことに繋がる。

 だが逆に生命力と直結していることで、妖力によって効率よく身体能力を向上させることも出来る。だから人種的な能力においても、この妖力によって特徴的な能力を有している。


 だけどキュウビは獣人種と違い、類を見ない『幻獣種』という特別な存在である。その強力な力は妖力と同時に魔力を扱うことも出来るのだ。

 故にマドカは強力な身体能力と同時に様々な魔法を行使する事ができた。過去において多くの獣人たち相手に不敗を誇ったマドカ。

 その強力すぎる力を持ったマドカは、いずれその力が仲間たちを害してしまうと感じ恐れた。

 そこで彼女がとった行動とは、己の能力を弱めるために分けてしまう事だった。その手段として彼女は子供を宿したわけである。

 つまり、ワオリを生んだのである。

 ワオリの体内にあるのは妖力と共に魔力も含まれており、見るからにキュウビではないワオリにマドカは生んですぐ封印を施した。

 キュウビでない以上、獣人では魔力によって魔獣と化してしまう。それを恐れたための封印だった。それによってワオリはマドカの娘ながら一人の獣人としてこれまで暮らしてきた。

 しかしワオリの体内にてマドカから授かった『想い』はワオリが単なる獣人ではないことを見抜いていた。そうでなくては、封印を解いた時点でワオリの身体は魔獣と化していたことだろう。

 でもそうならなかった。キュウビによって成長した姿になった彼女は、魔獣ではなくキュウビを宿した体と化した。

 つまりワオリもまた、キュウビと同格の『幻獣種』の一人だったのだ。

 その体に宿ったキュウビは、その能力に酔いしれる。しかもブラングチュールの負の魔力によって、純粋におのれの欲求だけを追い求める最凶の生物となって。


 より強大な力を得ようとキュウビは周囲から魔力を吸う。何とか生きているパラヤやレンたちの身体から妖力が吸われ、苦悩に顔を歪ませた。

 ワオリの身体に宿って間もないため、じわじわといたぶるかの様に妖力を吸い上げられて、パラヤたちは呼吸も困難な状態でもがき苦しむ。

 だが、今もまだ高々と笑うキュウビは目を向けさえもせず笑い続ける。

「ワ…リさ……」

「ガァ……ウゥゥゥ」

 もはやこれまでという苦しみの中、パラヤがキュウビへ手を伸ばす。姿は違えどもそれがワオリであるとパラヤは理解しており、いつもの自分たちを明るく導く少女に戻ってほしいと願った。

 だけどその伸ばした手はキュウビに近づけるほど、彼女の生命力や魔力などを吸い上げる力が強くなり、パラヤの命は風前の灯火のように衰える。パラヤは次第に視界が暗闇に混ざり込み、やがて地面に伏せた。


 北門でただ一人佇む少女。周囲に伏せる獣人たちなど気にも留めず、ただただ愉快に笑う。やがて体に馴染んできたのか、その吸収の力は生物に限らず周囲の木々さえも彩を失い始めた。

 もはや北門一帯が死地へと変わろうとしていたその時、キュウビに向かって炎が飛んできた。

 笑いを止めたキュウビの視線がその炎を捉える。すると炎は次第に火力を弱めフッと消えた。飛んできた先、そこには3体の悪魔たちがいた。

「何だあれは?あんな獣がいたのか?」

 ごつごつとした岩のような体の悪魔が言うと、その横で大きな鎌を持つ小柄な少年が首をかしげる。

「覚えがないね。もしもあんなに強い魔力を持っていたら、すぐにでも気づくはずだよ。」

 そして今炎を飛ばしたと思われる魔術師風の格好をした真っ黒な体の生命体が語る。

「強力な魔力とそれに似た力を持つ獣。ブラングチュールはあ奴にやられたらしいな。」

 キュウビの周囲に転がる青い甲冑。それが自分たちと共にあった槍使いの物であることは明確だ。それを視認して少年は口笛を吹く。

「本当にやられたのか。ま、こっちにしたら目障りなのが消えてありがたいけどね。」

 少年が語るのは、ブラングチュールが自分たちとあまり変わらぬ強さながら上位者であるエスペティッカに気に入られているため、自分たちよりも重宝されていることに対するやっかみである。

 事実、この3体の悪魔はブラングチュールやジュニュキールと同格の力を有する特級悪魔である。

「まぁそう言うな。故に奴を倒せばその地位を得られるわけだ。しかもあれほどの魔力を奪うことも出来るのだ。」

 岩の悪魔が太く大きい腕を回す。まるでゴリラのような体型をしており、見るからに格闘型であることが理解できる。

「それじゃ、とりあえず殺っちゃおうか。倒した奴の手柄でいいね?」

「ああ。」

「無論だ。」

 3体がそれぞれ戦闘態勢に入る。彼らに仲間意識はない。4大公ジルデミオンや直属のエスペティッカの強さに魅せられてから、その元で活動しているだけであり、3体とも自分がより強くなることに貪欲である。

 そうした似た者同士が自分の損益を考えたうえで組んでいるだけであり、仲間意識という感情はないに等しい。

 なんにせよ、今はまだ戦争の真っただ中なのだ。当然のように悪魔たちが襲来し、最前線であるライディン北門は新たな戦いが巻き起こった。



 特級悪魔というと4大公の下にいる悪魔大将軍たちに近い能力を有する強力な者たちを指す。当然普通ならばヒトや獣人たちでは倒すことも出来ないほどの相手である。

 しかしいくら強力であろうともそれ以上の存在が相手では敵わないのが通りであり、相手をよく見ずに見下してしまう悪魔たちであれば、その現状を受け入れられることは出来ない。

「この劣等種がぁーっ!」

 悔しさに思い通りにならない憤りを混ぜながらの叫び。大きな鎌を握り締め、怒り露わに目の前で微笑むイヌ耳の女性へ発した言葉だ。その左腕は消え失せており、体中に切り傷が残っている。

 悪魔ゆえに魔力を持って傷を癒せるはずなのだが、その魔力もすでに尽きかけていた。

 その視線の先にいるイヌ耳の女性の手には、すでに事切れたかのような黒い人の形をしたモノがある。そして鎌を持つ悪魔の右側では、岩のような体の悪魔がぴくぴくと震えながらうつ伏せている。

 開始して数分の間に勝負は一方的となった。

 戦闘開始後、鎌を持つ悪魔と岩のような悪魔が同時に攻め込むとイヌ耳の女性をそれぞれの攻撃が襲った。しかしそれを簡単に躱した女性は一気に黒い魔導士風の悪魔に接近し、その頭部を鷲掴みにした。

 鷲掴みにされてもがくこと数秒すると黒い悪魔の体はぐったりとなって、それから動かなくなった。

 そんな黒いモノを掴んだままの女性は、次に襲い掛かってきた岩の悪魔と近接戦闘に入った。撃ち込まれる無数もの巨大な岩の拳。そのことごとくを躱し切る。時には手にある黒い悪魔を盾にしても、攻守ともにそれを気にすることはない。

 その合間に後方から鎌を持った悪魔が襲い掛かるが、これもまた黒い悪魔も使いながら全攻撃を躱してしまう。

 そんな戦闘においても、イヌ耳の女性の表情は笑みを浮かべており、相手を見下すことに慣れている鎌の悪魔は、必死に攻撃を繰り出しても当てられないことに憤りを覚えて逆上する。

 それで鎌を大きく振り構えたところ、その僅かな隙をイヌ耳の女性によって蹴り飛ばされた。

 後方に弾かれる中、鎌の悪魔は目を見張った。

 こちらを弾いた女性が、すぐさま後ろにいた岩の悪魔の腹を素手で貫いたのだ。

 絶対の自信を持つ硬質な体。その堅い守りの下には大事なものが隠されており、その悪魔にとって大事な魔力核がそこにあった。

 それを女性は引き抜くと、うっとりした目でそれを見つめる。

 弾かれた勢いがなくなって鎌の悪魔はすぐに飛び掛かる。隙が出来たという気持ちと、うまくその核を取り上げられれば、自分が今よりも更にレベルアップできると打算したからだ。

 そうすればすぐにでもこの憎たらしい獣人を殺せると思ったその瞬間、その女性が何か呟くのが見えた。何と言ったのかはわからない。しかしその唇が何かを告げるように動いたのは確認できた。

 途端に鎌の悪魔の体に無数の刃が襲い掛かった。いや、それが刃なのかどうかは可視できない。見えぬ刃に体中を切り裂かれ、左腕が切断された。

 即座に魔力が修復に働く。神や悪魔は魔力によって体の傷を修復する能力があるからだ。

 だが、そうなるはずの修復が一向に始まらない。痛みは治まらず、苦しみと理解できない状況に困惑する。

 答えを求めて見つめた先、そこで佇むイヌ耳の女性は楽しそうに微笑むだけである。

 そして逆上した鎌の悪魔は吠えた。

「この劣等種がぁーっ!」

 そんな怒りを見せる悪魔を、イヌ耳の女性は愉快に笑って見ている。

 その表情に怒り心頭の鎌を持つ悪魔は、己の最大の力をもって襲い掛かった。普通では目に見えることができない速さで、何よりもその踏み込んだ一歩で大地が吹き飛ぶ。

 そして刹那の間に間合いを詰めたあと、右手の鎌が女性の首を刈り取ろうと振るわれる。

 だが、その鎌が女性の首に触れることはなかった。

 その首へ刃が迫った瞬間、その刃は吸い込まれるように女性の手に抓まれる。

 そしてその手が触れた瞬間、その鈍く光っていた刃は灰のような色となり、そしてさらさらと形が崩れていく。

 ただ触れただけで消え去る己の武器に、少年の顔は驚くしか出来なかった。その間にも鎌は姿を無くし、それを握っていた少年もまた崩れていく。手放すことなど出来ない。

 なぜならその鎌こそ本体であり、操られていた少年の体は糸の切れたマリオネット人形のごとく地面へと崩れ落ちる。否、崩れ落ちる頃には全身が砂と化していた。


 圧倒的な勝利。そう言っても過言ではない状況なのだが、ワオリの身体を得たキュウビはただその場で笑うだけだ。

 その心が思うのは「楽しい」という思い。同時に自分の思い通りに動くことが出来る「嬉しい」という感情。

 彼女から離れた場所で横たわるナチュラルフロンティアの戦士たちは、恐怖に体の痛みや苦しみを忘れて震えている。

 何者なのかはわからない。いや、その耳と尻尾はわかっている。

 その顔に面影があるから誰であるかは想像できる。

 だけど、彼女がこんな事をするなど信じられない。

 全くの別人となったその女性に戦士たちは悲しみを覚えた。

(ワオリ様がいなくなった…)

 もしかしたら操られているのではないかと疑念を抱いたりもしたが、その気配は全くの別人である。行動にしても、ワオリであれば傷ついた仲間を大事にしようとする優しい心の持ち主であり、このように倒れた自分たちを見ながら笑うなどしないはずだ。

 さらに言えば、倒れた我々から生命力などを奪うようなことは絶対にしない。

 傷ついた自分たちの身体から、少しずつ妖力が吸い取られていく感覚がある。このままでは自分たちは死んでしまうだろう。

「ワオリ様…お止めください…。」

 他のみんなよりも一番近い位置で倒れ伏せるパラヤは、何とか顔をあげて訴える。ダメージは深刻で何とか言いながら得ている状態なのだが、その生命力さえもキュウビによって徐々に削られている。

 そんな声にキュウビは笑いを止めて振り向いた。きょとんとした様子ながら、その大きな目は切れ長に吊り上がった赤眼である。

 そこから感じられるのは禍々しさ。それがワオリではないことなどパラヤには十分に感じられることだ。

 しかしパラヤは信じる。例え今は何かが乗り移っているのだとしても、その体はワオリのものであり、ワオリは絶対にその中で眠っているはずである。

 自分たちの不甲斐なさから幼いワオリがみんなを立ち上がらせ、ここまで引っ張ってきてくれた。

 偉大なる先代マドカを目の前で亡くすなど、どれだけの悲しみを背負っても、こうして帰ってきて再び自分たちを導いてくれているのだ。

 そんな彼女がそう簡単に体を乗っ取られるわけなどない!

 きっと今も自分の体の中で戦っているはずだと信じる。

 瀕死になりながらもワオリを敬う彼の心が、キュウビに届く。


 そんな死にかけの獣人を見ながら、キュウビの心は不快を感じる。彼女は言葉を知らない。だからあの死にぞこないが何を言っているのか分からない。

 だけど不快な感じを受ける。

あれは自分自身を否定していると感じ取れる。

せっかくこうして自由になれたのに、それを手放せるはずがない。

せっかく楽しくしているのに、楽しくなくなってしまった。

あれは自分を否定しているからだ。

自分を否定するものは消してしまおう。


そう思ったキュウビは右手をパラヤへ向ける。そしてその手に巨大な炎の玉を宿した。

強力な魔力を宿した火の玉に、北門の皆が戦慄した。その巨大な魔力故にどれだけ防御を張っても、最前線で倒れ伏せた戦士たちを助けられない。こちらも何とか防げれば良いというレベルの魔力だ。

そんな火の玉を見ながら、パラヤは訴える。

「ワオリ様、私を焼くというなら抵抗は致しません。この命はワオリ様に救って頂いたもの。故にワオリ様に死ねと言われるならばそれに従います。

 だけど、私の命の代わりに目を覚まして下さい。

 そしてみんなを導いてください。

 まだまだ、我々はワオリ様に引っ張って貰わなければならないのです。

 どうか、どうかっ!わが命を捧げますのでみんなをお願いします。」

 そう言って震える足を何とか踏ん張って立ち上がる。そして両手を広げて火の玉を受け入れる態度を示した。

 それを見て後ろにいた戦士たちがその名を叫び、ダークエルフたちは急いで魔力壁を展開させようと呪文を唱える。

 だけど、キュウビの手から火の玉が放たれた。

 たくさんの悲鳴があがる。パラヤの名を叫ぶ声もある。

だけど不思議と周囲の音が消える。

そして彼の肩をトンと叩くものがあった。

視線を向けると、そこに片眼を伏せたレンが微笑んでいた。

「お前ばっかりかっこつけさせねぇぜ。俺だってワオリ様を信じているんだ。」

 そう告げられた言葉に自然と口元が緩む。ここまでずっと仲良く連れ立った相棒。喧嘩もしたし、共に泣いたり笑ったりしてきた。

 だから今、こうして一緒にいてくれることを嬉しく思った。

 そして巨大な炎を二人して見つめた。


「アイスウォールッ!」

 突如二人の周囲が寒くなったと思った瞬間、叫びと共に氷の壁がすぐ目の前にできた。そして迫った炎を氷の壁が防ぎ、高熱と冷却という相反する物質の衝突で互いに消滅した。

 覚悟をしていた二人の目の前で炎が消え去り、パラヤたちは呆気にとられる。

 それはキュウビにしても同じで、せっかくの楽しみを取られて不機嫌そうに空を見た。

 その視線に気づいてレンが上を見上げた。次第にその顔が驚きを表し、パラヤもまた同じ表情を浮かべる。

 二人の視線が上から下へと移っていく。それは空からゆっくりと降下してくる存在を見つめているからだ。

 それは1メートルほどの小さな体をしていた。真っ白な雪のような肌と髪をしている。だけど日の光を受けてキラキラと輝くその姿は神々しい。

そしてパラヤたちの前に降り立つと、そのまま前へと突き出していた右腕を空へ掲げ、袈裟斬りのように振り下ろす。

そこから冷気がキュウビへと襲い掛かり、目の前で空気が凍てつき始めた。対象を氷の檻に閉じ込めてしまう攻撃魔法『アイスロック』だ。

しかしキュウビはそれを避けようともせず、両手に炎をまとってその氷を溶かしていく。

対して空から舞い降りた少女は立て続けにアイスロックを放つ。

互いに術を使っての攻防が生じる。繰り出す合間に少女は叫ぶ。

「二人とも下がってください!」

 美しくも厳しい声に、二人は見とれていた自分に気づいて下がっていく。そして倒れている仲間たちに北門まで下がる指示を出した。

「全員門前まで後退!」

 もはや戦う事は難しいとわかっている。だけど自分たちは戦う事を任された身だ。だから敵がいる以上は下がることは出来ない。

 厳しい状況に顔をしかめながら、パラヤは術者たちの戦いを見つめていた。


 ユズナが目を覚ましたのはちょうど術者同士の戦いが始まった頃だ。ダークエルフたちによって北門まで運ばれていたユズナは、巨大な魔力を感じて覚醒する。

「何が起きているの?」

 上体を起こすと、周囲を多くのダークエルフたちが門下を眺めている。それ表情は固唾を飲むような真剣さだ。

 そして一人のダークエルフがユズナに気づいて声をかける。

「大丈夫ですか?」

「ええ。傷は大したことないようです。それで、あれからどうなっているのですか?」

 ユズナは意識を失う前にワオリの叫び声を聞いた事を思い出した。今もワオリとブラングチュールが戦っていると思ったが、それにしては感じる魔力が異なっている。

 門の向こうで火と水の聖霊がそれぞれ渦巻くようにして対立しているのが見える。エルフの血がそれを見せてくれているのだ。

 そこでダークエルフが答えた。

「現在まだ戦闘中です。ただ…」

 言い籠る様子に、どう説明すればいいかと迷っている様子が伺える。それでユズナはその様子を見ることにした。

 門壁に移動して見下ろした先で、巨大な氷と炎が放出されていた。互いに衝突し合って対消滅を起こしている。それは互いの相反する力が同じ力であることがわかる。

 どちらかが勝っていれば、当然相手を飲み込んでしまう。互いに反する同等の熱量であるがゆえに起こっている現象だ。

 そしてそれらを操っている存在。こちら側にいるのは小さな女性の姿だ。背を向けているが、見覚えのある姿にその名を叫ぶ。

「パァムちゃん。」

「お知合いですか?」

 ユズナの言葉にダークエルフが尋ねた。

「ええ。昔ライディンで一緒にいた友達です。…それよりあの相手は?…‼」

 懐かしさと嬉しさを感じながらも、今は戦闘中だと割り切って相手を探る。

 着崩した独特の服装はマドカの着ていた物に似ている。長身の女性だ。その頭と腰には耳と尻尾があることで獣人だと知ることは出来る。その耳と尻尾はユズナに驚きを与えるのに十分だった。

 口を押えて目を見張るユズナ。その横でダークエルフは首を横に振った。

「全く状況がわからないのです。ワオリ様が叫んだと思った瞬間、そこにいたのはあの姿の女性で、瞬く間にあのアンデット武者を倒してしまいました。

 更に来た悪魔の増援も一人で倒したのですが、そのあとパラヤ様たちを殺そうとしたのです。」

「何ですって!」

 パラヤを殺そうとしたという言葉に信じられないという表情が向けられる。その表情にダークエルフは半歩下がるが、何とか体裁を立て直して報告を続ける。

「事実です。ですが寸前のところであの小さな女性が空から舞い降りてきて、パラヤ様たちを救い、今に至っています。」

 ユズナはしばらくダークエルフを見つめてから、再び視線を戦闘へ戻した。互いに放出系の魔法を繰り出し、その均衡は守られたままだ。

 だけどもしもどちらかが屈した場合、その魔法は襲い掛かってくるだけに留まらず、対消滅の効果までもが襲い掛かってしまうだろう。

 どちらかが確実に消え去ってしまう状況。それは周囲の者たちと違う緊張感を持たせた。

(当然パァムちゃんが私たちを助けてくれているから勝ってほしい。だけどあれは明らかにワオちゃんだ。もしもワオちゃんにあの対消滅が襲ったらワオちゃんがいなくなっちゃう…)

 奥歯を噛みしめるユズナ。下手な手助けはどちらかを危険に晒してしまう。そんなことが出来るわけがない。

そんな時だった。ユズナを呼ぶ声が聞こえた。

「ユズナちゃん、眠りの歌を歌って!」

 それはユズナにとって最も頼れるヒトの声。即座に竪琴を手にしたユズナは、門から飛び降りると竪琴を奏でた。

「眠れ 眠れ 母の優しさに抱かれて

 眠れ 眠れ 己の心を癒すために

 夢の世界で旅に出よう

 素敵な世界へ誘われよう

 今はからだを休めるとき

 目覚めて再び頑張るために

 眠れ 眠れ 力を抜いて

 眠れ 眠れ 無垢なる者のように♪」

 その歌の効果は即座に働いた。キュウビの顔から笑みが消え、次第に目が閉じられていく。

 同時にパァムもその範囲にいたために眠りの効果が効く。

 互いに眠りに入ることで術は途切れる。

 しかしすでに放たれた魔法は効果が消えず、制御されぬ魔法は衝突せず相手を襲った。

 眠りに落ちた術者たちへ炎と氷が襲い掛かる。

「ディヴィズフィールド!」

 ウミミンが叫び、キュウビとパァムの間で空間が裂ける。その空間に炎と氷が吸い込まれると、裂かれた空間は閉じられた。閉じられる瞬間に空気が摩擦して少し焦げたニオイを発したが、それ以外特に問題なく、魔法は消えた。

 そして地面で横たわる二人。ウミミンと共に来たエフェメルがパァムに寄り添ってその体を抱き上げる。

 その一方で倒れたキュウビの元にウミミンが寄ると、すぐにその頭に手を置く。

「エフィーさん、少しの間よろしくです。」

「はい~、気をつけていってらっしゃ~い。」

 眠るパァムの手を取って「いってらっしゃい」とばかりに手を振らせるエフェメル。そんな茶目っ気に微笑みながら、ウミミンはワオリの深層へと意識を投じた。


 ウミミンが意識を沈めさせた先はワオリの記憶でなく思考領域。そこでまず目にしたのはワオリともう一人。その子はワオリと同じ背格好で、金色の長い髪に狐のような耳をした九本の尻尾を持った子供であった。

 お互いに牽制するような様子で向かい合っており、今すぐにでも戦いが起こりそうな雰囲気だった。

「ワオちゃん」

 ウミミンが呼んだことで、二人が上を見上げる。深層心理へゆっくりと沈んできたウミミンに対し、二人は正反対の態度を取った。

ワオリは当然それが誰であるか知っている。何より自分が母の次に信頼する大事な存在だ。だからこそ嬉しそうな笑顔を見せた。

しかしキュウビはビクッと身を震わせると、敵愾心を露わにウミミンを睨む。当然今現れた存在が何者であるかわからないからだ。

 そしてその場に降り立ったウミミンはワオリのそばに寄り添う。するとより一層キュウビは身を強張らせた。

「ウミミお姉ちゃま、あの子はおかあしゃまのくれたキュウビちゃんですよ。」

 自分個人の意識の中に入られたに関わらず、ワオリはさも普通にウミミンへ語り掛ける。それだけ信頼している証拠だ。そして何より、ウミミンであれば何でも出来ると思っているワオリに疑う気持ちはない。

「うん、マドカさんの中にいたキュウビの力だね。」

 そう言うとウミミンはワオリを見つめていった。

「今、ワオちゃんの身体を使って暴れていたのをみんなで止めてきたところだよ。だから今のうちにワオちゃんはあの子を自分の中に取り入れて。」

「…どうするですか?」

「あの子の体に触れればいいよ。今、ワオチャンの意識がはっきりしているから、今の状態で捕まえればそれで大丈夫。」

「そうなんですか。それじゃ捕まえるですよ。」

 ワオリが一歩踏み出す。するとキュウビはビクッと身を震わせて震える。それを見てワオリは動けなくなった。

「ワオちゃん、早くしないと!」

 催促するウミミン。だけどワオリはキュウビを見つめたまま動こうとしない。

「ウミミお姉ちゃま、さっきからあの子に色々お話しようとしているですが、何も答えてくれないですよ。言葉がわからないですかね?」

 じっと震えているキュウビの姿に、ワオリは視線を動かさずに尋ねる。

「…多分分からないと思うよ。あの子は今までずっとマドカさんの中でいて、マドカさんからワオちゃんの中に移動してきたときは眠っていたの。そしてさっき目を覚ましたばかりだから言葉を理解することも出来ないはずだよ。」

「じゃあ、どうして震えているんですかね?」

「…目が覚めたばかりのあの子は何もわからない状態で、さっき前ワオちゃんの身体を自由に動かしていたの。そして悪魔たちを倒したんだけど、もうちょっとでパラヤ君たちを殺しちゃうところだったんだよ。」

「えぇっ!」

 思わず視線を向けるワオリにウミミンは穏やかな笑みを向ける。

「大丈夫。それは防げたし、今はワオちゃんの身体は眠っているところだよ。だから今のうちにあの子をワオちゃんの力にしてしまうしかないよ。」

 そう言ってワオリを決心させようとウミミンはした。

 マドカより受け継ぐその力は強大で、言わば荒れ狂う嵐のようなものだと聞いた事がある。それが身を持てば当然思うがままに振舞うだろう。それが先ほどまでの大人になったワオリの姿である。

 だからこそ、きちんとその力を受け継がせるためにウミミンはここに来た。

 万が一には自分も手伝ってワオリに力を持たせるつもりだった。

 だけどその心配は杞憂に終わりそうだと思った。ワオリの覚醒に、キュウビは怯えているだけである。

 だからこのままワオリがその力を取り込めばいいとだけ思った。

 そしてワオリがキュウビを見つめる。再び視線を向けられてキュウビはより一層身を強張らせた。

一歩踏み込むとビクッと震える。もう一歩踏み込めば目を瞑る。

その姿にワオリは不思議でならなかった。

そしてあと一歩となってワオリは歩を止めた。そして語り掛ける。

「どうして震えてるですか?」

 その声はいつもの優しい声だった。それによってキュウビの視線が向けられる。まだおっかなそうに身を縮めながら横目でワオリを見る。

「怖いですか?」

 続けざまに語られる言葉に、ようやく震えを止めるキュウビ。それにウミミンがせかせようと口を開きかける。

「ワオちゃ…」

「大丈夫ですよ。あたしはあなたが嫌なことをしたくないですよ。」

 そう告げられた言葉にウミミンは口を開けたまま黙り込む。

「おかあしゃまの中でいたのに、急に一人ぼっちになって寂しかったですかね?それとも、突然の事に驚いちゃったですかね?」

 その言葉を聞いてウミミンは気づかされる。

 ウミミンたちはその力を単なる能力として見ていた。だから当然、そこに意思というものを感じ取ったことはない。

 だけどそこにいるキュウビの力は明らかに意思を表している。

 震えるという事は恐れているという事。迫られることは怯えているという事。

 そんな単純な事を見落としていたことに気づかされた。

 そしてワオリは微笑みかける。

「お話を聞いてくださいですよ。あたちはこれまでたくさんのヒトたちに助けてきてもらったですよ。ウミミお姉ちゃまやユズナお姉ちゃま、ゼロお兄ちゃまやパラヤ君にレン君たち、ナッチョンちゃんたち、ホントいっぱいのヒトたちのおかげでここまで頑張って来れたですよ。

 楽しい時もあったけど、つらい時もありまちた…。」

 マドカのこと思い出して少し涙ぐむワオリ。そしてすぐに腕で目の辺りをこすると笑顔を見せる。

「だけどそれもみんなが一緒になってあたちを助けてくれたですよ。

 だから今度はあたちが、みんなを助けなきゃダメなんですよ。

 だけどあたちはまだ弱いです。みんなを助けるにもまだまだ強くなくちゃいけないです。

 だけどおかあしゃまが言いまちた。あなたが一緒にいてくれたら、今までより強くなってみんなを助けられるです。」

 そう言って手を差し伸べる。その右手は手のひらを向けており、相手の手を取り合おうという気持ちの表れだ。

「だからあたちと一緒に戦ってくれないですか?

 戦うだけじゃなく、あたちと一緒に楽しいこともいっぱいしていってほしいですよ。

 この世界がみんなにとって、そしてあたちたちにとっても素敵な世界になるように、あたちと一緒に生きてほしいですよ!」

 笑みを浮かべるワオリ。その顔を呆然という感じで見上げるキュウビ。


ワオリの想いに真剣に向き合っている姿がある。

 その想いに応えてみようという視線がある。

 今まで見えなかった世界。さっき外に出て自由に動けたが、すぐにみんなから怖い目を向けられていやな気持になった。

 遊んでくれていると思ったのに、嫌な言葉ばかり言われた。

 何が何だか分からないまま、気づけば目の前にいる存在と対峙していた。

 怖かった。二人だけになって、本能がその存在に取り込まれてしまうという事を悟った。

 この世界を楽しむことなく自由が奪われてしまうと思った。

 嫌な気持ちのまま、自由じゃなくなると感じていた。


 それなのにこの存在は自分と共に居ようと手を差し伸べてくれた。

 それが自分の心という部分を温かくしてくれた。

 自分がいてもいいと感じさせてくれた。


 それらによって瞳から熱い液体が流れた。

 それが涙というものであるとキュウビは知らない。

 だけどその涙が嫌なものではないという事は理解できた。

 だから差し出されたその手を掴むことにした。

 本能はそのまま取り込まれてしまう事がわかっている。

 でもそれでいいと思う。だって、こんなに自分を優しく、そして大事にしてくれる存在と一緒になれるなら、自分は嫌な思いをしなくていいはずだから…。

 

 キュウビの手がワオリの手を握り締めた。

 その瞬間、辺りは光に包まれた。でもその光は暖かく、ウミミンは笑みを浮かべながらその場を去った。



 ウミミンが目を覚ました時、目の前に横たわるワオリの姿があった。そして自分たちの周りに仲間たちが心配そうに見守る姿が見えた。

「無事に終わったみたいですね~。」

 ウミミンの様子を見て正面からエフェメルの声がかかる。嬉しそうにじょんじーを抱きかかえているが、当の黒猫はぐったりした様子で成すがままだ。

「ええ、ワオちゃんは直に目を覚まします。エフィーさん、パァムちゃんもありがとうです。」

 エフェメルの横にはみぃちゃんをベッド代わりにしているパァムの姿もあった。さっきの戦いで、魔力をかなり使ってしまったのか疲労が見える。それでも美しい笑顔が答えてくれる。

「いいえ。お役に立てて何よりです。」

 するとエフェメルはもう一度じょんじーに顔をうずめてめいっぱい息を吸うと、その体を開放して立ち上がる。

「さてとぉ、一先ず悪魔たちからこれ以上の進行はないようですね~。」

 そして視線を北の方へと向けた。

「ウミミちゃん、ゼロ君の方に行きますよ~。」

「はい、ワオちゃんが起きたら向かいます。」

 自信に満ちたウミミンの表情。いよいよこの戦いもクライマックスに差し迫っているのだった。

お読み頂きありがとうございます。

今回は何とか時間が取れて短い期間で続きをご覧頂けるようになりました。


さて今回のお話、やはりワオリとキュウビの関係を中心にと考えて書きましたが、

この後のお話で色々説明が必要になりそうですね…というか必要ですね!


まずエフェメルの事から始まって、北の大陸にいたパァムが登場しました。

2幕で北にいたパァムが謎ここに居るのか?

ましてや絶体絶命の状態ではなかったのか?

などといろいろ気になられると思いますが、ちゃんと説明を入れるようにいたしますのでもう少しお待ちくださいませ。


今回は今までで一番長い第2次ライディン防衛戦のお話を続けておりますが、

ようやくクライマックスに入れそうです。

最後に出ましたが、ゼロが今どこで何をしているのかという所が次回のお話になります。

なのでライディンは一先ず守り切ったこととなりますが、まだこの大きな戦いは終わっておりませんので、次回も第2次ライディン防衛戦の続きとなります。


それでは今回はここまでと致します。

次回も出来る限り早く掲載できるよう努めますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。


秋めいて参りました今日この頃、皆様どうぞお風邪など目しませぬようご自愛くださいませ。

それではこれにて失礼いたします。

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