古の兵器(ウェドノ火山の戦い 中編)
惑星エアルス。神々が作り上げた光天歴は1000年を迎えて終わり、新たな時代は悪魔たちによる魔天歴へと変った。
そしてワオリたちの活躍によってシュラハティニア大陸が解放され、世界は悪魔や亜人たちを倒そうと動き始める。
そして時は経ち1008年。
北半球にあるノルズウェッド大陸北部。そのウェドノ火山へアコース族とドワーフ族の連合軍が攻め入った。
目的はドワーフ族のかつての根城であるドワルブ城にある古の兵器。
その城門で待ち構えていたのは悪魔四天王のヴェルフェゴトン。
アコースたちに任せてドワーフ達は入城して行ったのだが、その強力な力の前にアコースたちは成す術もなく全滅したのだった…。
所変わってドワルブ城内部。ドルッセンを含めたドワーフの精鋭20数名がかつて過ごした城を掛けていく。
静まり返った城内にも倒れたドワーフスケルトンが襲い掛かってくるが、数は少なくそれぞれ戦士たちが対応することでドルッセンは目的の場所へと向かって駆ける。
目的地は謁見の間最奥。玉座の後ろに隠し通路があり、その先に兵器がある。そこへドルッセンが辿り着く事が出来れば、悪魔たちを追い払う事は可能だ。
「皆、もう少しの辛抱じゃ。あの部屋に辿り着けばアレを動かす事が出来る。それまでどうかよろしく頼む。」
ドルッセンの言葉に奮起してドワーフ達は彼を庇いながら通路を確保していく。地底で堅固な城内部に太陽の光が入ることはない。しかしドワーフ達の開発によって通路のあちらこちらにランプが設置されており、近くの者がごく僅かな魔力を与える事でそのランプは点灯を開始する。その後は城の底を走る地脈から魔力を受けて光り続ける仕組みだ。
消す時はランプ内の灯りを消せばよい。このような仕組みがこのドワルブ城の至る場所に設置されている。
魔力による灯りは明るく、周囲を眩しく照らす。そんな中、ようやく辿り着いた謁見の間に通ずる重厚な鉄扉を、戦士たちが体当たりで押し開いた。
重い衝突音がして勢いよく鉄扉が開く。その勢いのままドワーフの戦士は入室すると、近くのランプへ魔力を送った。
入り口脇から壁伝いに灯りが灯って行く。入り口から左右へと同じ高さにあるランプが灯り、ある位置まで来ると直角に折れて部屋の奥へとランプが進む。そして奥まで進んだ灯りは次に上へと向かった。
壁から天井へと進む灯り。途中で枝分かれして、今灯っているランプの2m上で同じようにランプが点灯していった。
そうしたランプの枝分かれが3段ほどあり、高い天井の中央部分には白い大きなクリスタルが吊り下げられている。一見すればシャンデリアのようなそのクリスタルに光が灯ると、煌々と部屋全体を照らし出して昼間の地上のように明るくなった。
その灯りの下、玉座へと向かう赤いカーペットの上に佇む人影があった。スラリとした体型で白みがかった肌に青い腰まである青みがかった緑の髪がふわりと揺れている。チャイナドレスに似た黒い衣装を身に纏っているが、袖は無く、胸元も大きく開いていて扇情的である。
ヒトの女性かと思わせるシルエットだが、その頭には捻れた山羊の様な角が生えており、腰には黒い蝙蝠の様な羽が折りたたまれている。美しい顔立ちから見つめてくる切れ長の目は真紅に輝いており、悪魔であることは確かである。
即座にドルッセンの前に戦士たちが5人盾を構え臨戦態勢をとった。
それを見てその女性は呟く。
「アラアラ、乱暴ね。」
美しい声と判断できるが、その声を聴くと背筋がゾクッとした。同時に手のひらや額から冷や汗が流れる。
それまで腕を組んで立っていたその女性の姿をした悪魔が左人差し指を唇の横に添えて語りかけて来た。
「よくここまで来たわね。あの方からすり抜けてここまで来るとは大したものだわ。」
あの方というのがヴェルフェゴトンの事だと理解する。その言葉からあの老紳士を倒したとは思っていない事に気付く。
「今我らの仲間が相手しておる。」
ドルッセンが答えると少し頭を傾けて考える素振りを見せた悪魔は笑みを強めた。
「そぅ…。きっと退屈しのぎをされているのね。では私はこちらで楽しませて頂くとしようかしら。」
そう言うと身体を伸ばす様に両手を頭の上で絡ませそのまま肘を折る。蝙蝠の翼が大きく羽ばたき、胸元が大きく弾けた。そして一息入れるとゆっくりと優雅な動きで両手を下ろす。
「さぁ、自分たちのお家を取りかえしに来たのでしょう?ならば私を倒す事ね。そうすれば、このお城はお返ししてあげますわよ。」
挑発的な笑みを浮かべて悪魔が言う。それを聞いてドワーフ達は武器を握る力を強めた。
「その言葉に偽りはないなッ!」
尋ねるのではなく、その言葉に乗ったと返事を返すドワーフ達。それを微笑んで悪魔は応じる。
「出来たらのお話よ?」
言葉は途切れ、そして戦士たちは飛びかかって行った。
「王よ、今のうちに奥へ。」
戦士たちが悪魔へ掛かって行く後方で、一人のドワーフがドルッセンを誘う。他の者が相手しているうちに兵器を動かそうというのだ。
それを聞いて一瞬迷いを見せたドルッセンだが、すぐにグッと奥歯を噛み締めて頷く。仲間を見殺しにする覚悟と、それと引き換えに必ずアレを動かすという決心を込めて。
そして悪魔へと向かって行く戦士たちの脇を移動し、2名の戦士に先導されてドルッセンは部屋の端を奥へと進んでいく。
王としては部屋の片隅を移動するなど許された行動ではない。しかし今はそのような習いを気にする時ではない。
部屋の中央では仲間たちの気合と悲鳴が入り混じって叫ばれている。やはりあの悪魔相手に仲間たちでは太刀打ちできないのだろうと残念に思う。
だからこそ、少しでも早くアレを動かさねばならないと次第に足は速くなる。
「アラァ~?何をコソコソとしていらっしゃるのかしらぁ?」
重装備のドワーフを片手で持ち上げた悪魔が顔をドルッセンの方へ向けて囁く。見つかったという焦燥感が込み上げるが、今は玉座の後ろへ急ぐ。するとその目の前に突如として何かが飛来し衝突した。
グシャッと言う音と同時に真っ赤な血が大量にまき散らされる。
「ひぃっ!」
横にいる若いドワーフが思わず声を漏らす。それは先ほど悪魔が掴みあげていた重装備のドワーフだった。そのまま壁に投げつけられて重い鎧がへしゃげ、中のドワーフは衝撃と重圧で内臓破裂し、至る部分から血が流れ出している。
だが、ドルッセンと先導するドワーフの戦士は奥歯を噛み締めただけで先を急ぐ。今は仲間を思い哀しむ時ではないのだから。
足を止めない王たちを見て、悪魔の目が攣り上がる。
「私の事を無視するとは許せないわね。」
すでに5人のドワーフを屠った悪魔が踵を返した。するとまだそこに残っている12名の戦士たちが回り込んで行く先を塞ぐ。
「どきなさい。」
冷たい声色に冷や汗は止まらない。しかしドワーフ達は勇気を奮い盾を前に出して気合を込めた。
「絶対に退くものかぁ!」
「ワシらはドワーフの未来のためにここを通さん。」
「王に触れさせるものかぁ!」
それぞれが自分の命を捨てて王を守ろうと鼓舞する。無手でありながらこちらの攻撃をそのまま受け止め、鎧など布を裂くかのように一撃で仕留めて来る。
最早自分たちでは太刀打ちできない事を自覚している。ならばこそ王があの兵器を呼び起こすしか手段はないのだ。そのため自分たちが少しでも時間を稼がなければと防御に徹する。
それらを眺めて悪魔は気付いた。ドワーフの王が向かう先は玉座。それを庇おうとする僕たち。この状況から考えられるのは、何らかの抵抗手段があの先にあるという事だ。
そう思った悪魔は笑った。
「ウフフ、そこに何かあるというのね。」
そう言って右腕を左肩から真横へと大きく振り払った。それによって目の前のドワーフ達は盾を構えたまま後方へと弾かれ、その先にある玉座が悪魔の放った衝撃波によって粉々に弾け飛んだ。
ドルッセン達は驚きの顔で足を止めると、慌てて悪魔を睨みつけた。
「アラ?もしかして壊しちゃったのかしら?せっかくここまで来たというのに、ごめんなさいね。ウフフフフ」
悪びれた様子も無く笑う悪魔。そして右手を前に突き出すと、ぺろりと舌なめずりをした。
「あなた達じゃこれ以上の楽しみを感じないわね。消えなさい。」
その瞬間、右手が弾けるように膨らみ、しなやかだった右手が黒く禍々しい肉の塊に変わる。そしてそこから幾つもの棘が伸びて周囲を襲った。
その棘はドワーフの盾をいとも簡単に貫き、重武装のドワーフ達を刺し貫く。咄嗟に防御陣形をとった12人のドワーフ達は、あっけない程に殺された。
しかし彼らの防御は主を守ろうとして2列横隊で組まれて、棘の侵攻を抑えた結果、その後方にいたドルッセンと2名の戦士は彼らの犠牲によって死を免れた。
「王よ、今のうちに!」
仲間が一瞬でやられるのを目の当たりにした3人であったが、年老いた戦士は盾を構えてドルッセンを先に進ませる。その行動に若い戦士も遅れながらも同じく盾を構える。
叶わないのは百も承知。でも、近衛として命じられたからにはその責務を果たさねばならない。
若いドワーフは震える声で自分の主に言った。
「何とか時間を稼ぎます。先へ行ってください。」
二人の行動にドルッセンは部屋の奥へと急ぐ。その懐から虹色の水晶を取り出し、壁に水晶を当てた。
それによって何も無かった壁の一角が、水晶の色と同じく虹色に染まる。ちょうどドルッセンが入れるほどの大きさに染まり、そのままドルッセンは虹色の中へと消えて行った。
「アラ?そんな所に隠し扉があったのね。」
右手を元の細い腕に戻した悪魔が歩を進める。それを防ごうと二人のドワーフは武器を構えるが、その姿を気にした様子も無くしなやかに悪魔は進む。
「フンッ!」
間合いに入った悪魔へ年老いたドワーフが斧を振った。
それに対して視線を送ることも無く、悪魔は左の指でピンと弾く。斧と爪先が軽い火花を散らすと斧は大きく弾き返され、ドワーフは体勢を大きく崩した。
「邪魔よ。」
何の感情も無い言葉と共に、弾いた左手でよろめいたドワーフの顔を打つ。悪魔にすれば目の前にあるカーテンを捲り上げる様な仕草だったが、ドワーフの兜は大きくへしゃげ、その重そうな身体が宙を舞った。
ガシャンと大きな音を立てて床に落ちた後、年老いたドワーフは動かなかった。
その一連の動作をじっと見ていた若いドワーフは、動かなくなった先輩の姿に肝を冷やし、歩み寄った悪魔を見つめてガタガタと震える。
手足は震え、呼吸は早い。歯がうるさい程にカチカチと鳴っているが、最後に残った近衛として逃げ出す事など出来ない。
そんな姿に悪魔は微笑みを浮かべて見つめて来る。その顔立ちは整っており、ヒトとしては美しい。しかし真紅に輝くその瞳は獰猛な猛獣の様で、目が合った瞬間にドワーフは「ヒッ」と小さく漏らした。
悪魔はその様子を見てほくそ笑む。そしてスッと右手を差し出すと、一瞬の間にドワーフの持つ盾と剣が弾き飛ばされた。
あまりに一瞬の事で気付くのが遅かったドワーフはようやくといった感じで何も持っていない両手を凝視する。
「な、なな・・・何が起こった?」
そんな間の抜けた言葉を発すると、悪魔の手ががっしりとした顎を掴んだ。そのまま自然な動作で持ち上げられたドワーフは宙吊りの状態になった。
驚く間もなく、目の前に妖艶に微笑む悪魔の顔が現れる。赤い目に見つめられて、ドワーフはまた「ヒッ」と小さく漏らしながら震えた。
「ふぅん、ドワーフって言うと髭の年寄りって感じだけど、あなたは若くてイイ顔しているわね。」
成人してから髭を生やし始めるドワーフにおいて、まだ若い青年ドワーフは髭を生やせるほど成熟していない。ずんぐりとした体格ながら、幼さ残る彫りの深い顔立ちの青年に、悪魔は暗い笑みを見せた。
「いただくわね…。」
そんな甘い声を耳にした後、青年ドワーフは気を失った。
時間は少し前に戻り、近衛たちによって城の深部へと辿り着く事の出来たドルッセン。虹色の壁を通り抜けたそこは暗い場所であった。
「まさかこれを使う事になるとは…。」
先代である父親から受け継いだ古の兵器がこの部屋にある。暗く視界は悪くても、そこが広い場所であることは知っている。
「最早、我が血族は潰えた…。しかし、まだ残された者たちはいる。ならばその者たちの為に、ワシはこの命を捧げようぞ。」
そう言って虹色の水晶を掲げる。その瞬間、薄暗かった部屋はパッと照明が付いて明るくなった。玉座の間と同じ広さの空間。黒いな壁や天井の至る場所に照明の四角い水晶が並んでおり、部屋の中を昼間の外のように明るく照らし出す。
そんな部屋の周囲から様々な管やロープが中心へ伸びており、その先に巨大な鉄塊があった。
一見すれば片膝を付いた人の様に見える。その至る個所に様々な管が接続され、両腕は床へ下ろした状態だ。
ドルッセンはその鉄塊の下へと歩み寄る。150㎝程の身長がある彼が立てた片膝の中ほどまでしかない事から、その鉄塊が大きいという事が分かる。
その脚の間辺りに四角の柱があり、てっぺんには窪みのある6角形の金属が据付けられていた。
「我がドワルブに伝わる古の守護神よ。どうか我が願いを聞き入れ給え。」
手にある虹色の水晶をその6角形の中心に挿し込む。「カチッ」と音が鳴ると水晶は輝き始めた。
虹色に輝く水晶に見惚れるドルッセン。その光に照らされる中、自分の体から魔力や生命力が吸い取られていくのを感じる。
息苦しさを感じて顔をしかめた。しかしその苦しみはこの鉄塊が動く為の必要なエネルギーを譲渡しているのだ。
やがて光は弱まると、ドルッセンの身体は床へと伏せた。既に息は無く、静かに永遠の眠りについたドワーフ王の前で、光の消えた虹色水晶は柱の中へと呑み込まれる様に消えた。
そして「ヴォン」という思い音がすると、鉄塊の頭部分に光が灯った。そこから次第に足の方へ流れる様に光が付くと、激しいモーター音が部屋に響き渡る。
それまで明るかった部屋の証明が点滅し、どこかしこにある黄色いパトライトが発光しながら回り、サイレンが激しく鳴り響く。
鉄塊に繋がっていた管が「プシュッ」と音を立てて外れると、片膝を付いていた鉄塊が体を起こし始めた。
凄まじい程の騒音の中、膝を伸ばしつつ俯き加減だった状態が起きる。
騎士兜の様な頭部が見据える前方で、壁が次第に音を立てて開き始めた。
玉座の間で若きドワーフが死ぬ間際の事だった。持ち上げられた体に最早力はなく、女の悪魔に体内の生命力を吸い尽くされようとした時、玉座全体に凄まじい音が鳴り響く。
その音に驚いて悪魔はドワーフから顔を離すと、慌てた様子で周囲を見回した。
「いったい何事?」
響き渡る警報音。やがて玉座の間の床が激しく振動すると、ドルッセンの消えた壁が観音開きの様にゆっくりとスライドしていく。
悪魔は手にしていた若いドワーフを手放すと、臨戦態勢のままそちらに体を向けた。
最早体に力の入らない若きドワーフは、どさりと床に転がる。そして倒れた状態で開く壁を見つめる。次第に開く壁の向こうは目が眩むほどの光が点滅し、黄色い光が回転しているのが見えた。そして光を受けて巨大な人の姿が立ち尽くしている。それは騎士鎧を着たヒトの姿に見えた。
その姿を見て若いドワーフは悟る。何とか古の兵器が動き出した喜びと共に、それによって王がどうなったかを近衛は知らされているために悲しみが渦巻く。
やがて壁が動きを止める。明滅していた照明が昼間の外のような明るさを取り戻した時、視界に映る巨大な兵器の足下でその姿を見つけた若いドワーフは、潤む瞳から涙を流しながらそっと呟いた。
「王よ…、すぐに追います…。」
スッと瞼を閉じた。そしてそのまま動くことはなかった。
「ハテ…?何やら騒がしい音がしたが何事であるか…?」
城門前で佇む老紳士が呟いた。周囲は先ほどまで城内からの騒音が響いていたが、今は再び静まり返っている。
優雅に佇むヴェルフェゴトンがふと城の上階を見上げる。そこから強力な魔力を感じたためだ。
「アンチェシルヴがいたはずだが…?」
ドワーフ達が入場したのを見ていたが、先程始末したアコース達に比べたら取るに足らぬ弱さだと感じて、中にいる大将軍の一人アンチェシルヴに任せた。
彼女は美しい容姿であるが、その内面は虎視眈々と上位者を狙うなかなかクセのある悪魔だ。これまであらゆる手段を以って己の魔力を高め、大将軍の一人についている。
なかなか聡く、良い働きをする事から傍に置いたが、過去に一度だけ圧倒的な力の差を見せ付けて裏切るかどうかを選択させたことがある。
その際、心を折ると同時に絶対服従を契約している。
そんな腹心よりも強力な魔力が現れて不思議に思ったが、その答えは城壁を破壊しながら、中から飛び出してきた白い巨大な騎士の姿を見て納得した。
その右拳が突き出されて城は中から破壊される。その拳を避けつつ焦った様子のアンチェシルヴが叫んだ。
「ヴェルフェゴトン様、お下がり下さい!」
そしてアンチェシルヴは強く右拳を握りしめて魔力を込める。その白い肌が裂けておぞましい赤黒の肉塊に膨れ上がると、白い騎士目掛けて突き出す。
だが大きさも違ううえ、魔力が明らかに上である白い騎士は顔をそちらに向けると、その瞬間に『抗魔力障壁』を発生させる。
そこにアンチェシルヴの拳が当たると、魔力同士の衝突によって強烈な摩擦反応が発生した。
時間にして数秒。互いの魔力が火花のように飛び散り、やがてアンチェシルヴの拳が弾き返された。
体勢を崩したアンチェシルヴに、騎士の左拳が突き出される。完全なカウンター攻撃に避ける事の出来ないアンチェシルヴは黒い羽で身体を覆い尽くし、防御体勢をとった。
「ガンっ!」という鈍い音がして黒い羽に覆われたアンチェシルヴが弾き飛ぶ。
「あぁっ!」
悲鳴を上げる悪魔はそのまま地面へと激突した。周囲の建物を巻き込んで地面に叩き落とされた美しき姿の悪魔。土煙がやがて治まると服が破れて肌が露わとなった女性の姿が見える。
怒りにそれまでの美しい顔が醜く歪んでいる。だが、攻撃に対して回復が間にあっていないのか、左肩から腕全体がズタズタに裂傷しており、未だに修復を続けている。
「よくもぉ、やってくれたなぁっ!」
赤い目が大きく見開いて縦に長い瞳孔が開く。口端が裂け、牙が伸びていく。美しかった顔がみるみる獰猛な表情へと変わり、身体を包んでいたドレスが弾けて、白い肌が黒い鱗で覆われた。それによって左腕に在った傷は消えさった。
「砕けろっ!」
憎しみの篭った言葉と共にアンチェシルヴの右手が突き出された。すると周囲に無数の小さな魔方陣が浮かび上がり、そこから連続で光弾が放出された。一つ一つの光弾は圧縮された魔力の塊である。魔法使いが使う初歩魔法『マジックショット』であるが、その込められた魔力と数は、到底ヒトでは考えられないスキルである。
次々と魔力の弾が巨大な騎士へと襲い掛かる。しかし、それらもまた巨大な障壁が発生して全てを遮断した。障壁に当たってマジックショットは次々と淡い光を発しながら消えていく。
その間に巨大な騎士は左拳を作り、アンチェシルヴへ叩き込む。
上位悪魔さえも凌ぐ強力な悪魔であるアンチェシルヴもまた、様々な障壁を身に纏っている。魔力に対するモノや、直接攻撃を跳ね返す障壁もある訳だが、巨大な騎士はそれらの障壁を貫き破り、拳を大地へと叩きつけた。
マジックショットは消え、騎士の拳が引いた後には、アンチェシルヴが地面にめり込んでいた。苦痛の表情で震え、体のあちこちが傷ついて欠損したように見える。
「ぐあぁぁぁ…」
力なく苦しみを漏らすと、アンチェシルヴの身体は元の女性の姿に戻って行った。傷つき、苦しそうに震える姿は悲愴に感じるが、巨大な騎士は止めを刺そうと再び腕を振り上げた。
その腕に突如爆発が起こる。小さな爆発は白い騎士の腕を少し黒くさせたが、大したダメージは与えられていないらしい。しかしそれによって振り下ろされようとしていた動きは止まり、それまでアンチェシルヴを見ていた騎士の顔が左へ向いた。
「その者はまだ使い勝手が良いのでね、殺さないでくれたまえ。」
老紳士が空中に浮いていた。そして地面に倒れているアンチェシルヴを一瞥する。
「早くどきたまえ。それとも巻き込まれて死にたいのかね?」
その声に労わりや心配はない。逆に呆れとも取れる声は失望を感じさせていた。
「も、申し訳…ありません…。」
ヒトの姿に戻ったアンチェシルヴは翼を羽ばたかせてその場から離れる。傷は次第に治癒しているが、その進行速度は遅く、腕や足は折れた状態でだらりとぶら下がっていた。
(フム…我ら悪魔は魔力によって傷は癒えるのだが、治りが遅いという事は魔力に傷を受けたか…アンチェシルヴが全く太刀打ちできぬ程とは強いな)
そう感じ取ったヴェルフェゴトンは左手の指をパチンと鳴らした。
その動作によってアンチェシルヴの身体を緑色の幕が覆い、一瞬のうちに傷は癒えた。
思わぬ施しにアンチェシルヴは驚きの顔で自分の体を見回し、すぐにヴェルフェゴトンへ向かって恭順の礼を取った。
「ご慈悲に感謝いたします。」
「いいから早く退くのだ。せっかくの楽しみを邪魔するでないぞ。」
巨大な騎士を見る老紳士の顔が愉悦に歪んだ。アンチェシルヴは直ぐに地底都市の天井付近まで離れる。ヴェルフェゴトンの戦いに彼より下にいては危険だからだ。
「さて…、まさか古の巨大兵器があったとは驚きである。『ナイト・オブ・ゴーレム』…その力を試させてもらおう。」
ヴェルフェゴトンが右手の指をパチンと鳴らした。同時に巨大な騎士の顔で爆発が起こる。しかしそれはしっかりと障壁で防がれたことで爆発における煙が発生しただけに過ぎない。
その煙の中から巨大な騎士が突進する。ヘルムのバイザー部分に光が灯り、右拳を繰り出してきた。
自らの身長より大きい拳を左に躱しながら、老紳士は手のひらを騎士に向けた。その掌から自らの身長ほどの魔力弾を放つ。
アンチェシルヴの豪雨の様なマジックショットと違い、その一撃に強力な魔力が込められており、周囲との摩擦でバチバチと火花が散っているほどだ。彼女の全弾を足しても叶わない程の威力を秘めた魔力弾が巨大な騎士の側面を襲う。
だがその魔力弾は、騎士の周囲を覆う抗魔力障壁によって霧散される。それどころかその魔力は巨大な騎士に吸収されていく様にも見えた。
「ムッ?魔力を吸い取るのか。」
驚きの表情で魔力の流れを読み取る。その間に騎士は突き出した右腕を引くと同時に、腰が旋回してヴェルフェゴトンを正面に捕える。そして左腕が下からすくい上げる様に繰り出された。
突進力は予想できたが、各関節部分の回旋速度に驚きを隠せない表情でヴェルフェゴトンは急いで躱す。背中から蝙蝠のような翼を広げ、回避行動をとる。
翼の出現によって移動速度が上がったために、下からの攻撃は逃れたが、追撃の右腕から振り下ろされる攻撃は躱しきれない。
「クッ!」
蝙蝠の羽で体を覆いながら防御姿勢をとった老紳士に、金属の塊が激突する。
「ヴェルフェゴトンさまっ!」
アンチェシルヴが悲鳴のように叫ぶ。その視線の先で羽に包まったヴェルフェゴトンが一直線に地面へと叩き込まれた。
幾つもの建物が崩れ地面に強烈な衝突が起こる。粉塵が舞う前で、巨大な騎士は両腕を腰に据えてどのような行動でもとれるように構えた。
古びた建築物の埃が大きく舞い、視界はなかなか晴れない。視覚的に様子が見えない中、魔力量に変化が感じられないことから死ぬことは想像していない。だがアンチェシルヴは顔を真っ青にして粉塵の中を見つめる。
魔力の質が変わったのだ。その一切の情もないただ破壊のみを求めるような圧倒的魔力に、彼女は自らを抱きながら震える。
悪魔たちの中で王であるデュートは別格の存在である。彼が悪魔となる前のことを考えれば当然のことだが、それに次ぐ四天王の中でもヴェルフェゴトンは四天王最強と認知されている。それは彼が毒に精通しているほどに博識で、様々な術を有していることと、普段の姿からは想像もできないほどの暴虐の存在であることだ。
アンチェシルヴが恐怖するのは、自らの命を捧げた主の真の姿…。
はるか以前に『惨殺の悪魔』と呼ばれる四天王の一人『ジルデミオン』と戦った際に一度だけ遠くから見たことがある。それが今、出現した。
漂う粉塵の中が渦巻き、中からそれらを霧散させるような物体が瞬時に出現した。
巨大な騎士の身長とほぼ同じ大きさのソレは一言で言うと恐竜である。二本足の肉食恐竜のような姿に太く長い尻尾もある。だがその腕は太く、騎士と殴り合えそうな強さを感じる。
更に竜のような鱗に覆われ、大きな翼と頭部に三本の角が生えている。竜にしては首は短く、一言で表すと『怪獣』がそこに現れたのだった。
そして今、閉じられていた瞼が開くと、真っ赤な瞳に巨大な騎士が映った。
お読み頂きありがとうございます。
全開早めにと申しながら、こんなに遅くなってしまったことと、後編のはずがあまりにも長い内容に
なったことで、中編に変更してしまったことに深くお詫び申し上げます。
本当に申し訳ありませんorz
あれから読み返していたら自分で納得がいかない内容に気付き、
そして書き直す中で思い付き機能が働いてしまい、
気付けば怪獣vs巨大ロボットの状態…
次回はきちんと終わらせます。
どうか呆れないでお待ち頂ければと願っております。
ちょうどコロナウィルスの流行っている時期ですので、皆様どうかご自愛くださいませ。
ではまた次回まで。




