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The Law of the World  作者: k2taka
第2部
72/93

愛するが故に

惑星エアルス。神々が作り上げた光天歴は1000年を迎えて終わり、新たな時代は悪魔たちによる魔天歴へと変った。

そしてワオリたちの活躍によってシュラハティニア大陸が解放され、世界は悪魔や亜人たちを倒そうと動き始める。

そして1007年。


ワオリたちはライディンの町が復興活動を行う中、ゼフィルートとヤーグは東に合ったダークエルフの集落へ偵察に向かった。

その途中でかつてライディンにいた『マフモフ』と再会し、彼女によってダークエルフたちと無事に会合を果たし、ナチュラルフロンティアへの加入を取り次いだ。

その後で、10日前に攫われた仲間を救いたいと、若きダークエルフ『プダラ』が単身で悪魔のいる元集落へと向かってしまう。

共に暮らそうと約束した『ディア』を思っての行動だが、それに気付いたヤーグたちは慌てて追う。

しかしプダラはすでに集落の前まで行ってしまっていたのだった。

 荒々しい息遣い。それによって血流は体内を激流のように巡り、心臓は破れそうな程に激しく鼓動する。体温は上昇して体中汗でびっしょりだ。

 森の中で若きダークエルフは、必死に手にある剣と盾を操る。迫り来る刃を盾で受け止める。ガシッという鈍い音がして、盾を持つ左手が少し痺れる。だけどそれに構う時間は無い。攻撃を防いだら直ちに反撃だ。 

 右手にある剣で相手の喉元に突き入れる。それだけで相手は呻くことさえなく地面へ倒れ落ち、やがて黒い霧と化す。

 すかさず次に迫るゴブリンが叩き込んできた手斧を盾で逸らし、体勢を崩させてがら空きの横顔を剣の柄で殴りつける。こちらは悲鳴を上げながら顔が潰れ、そのまま地面に伏せた。

 トドメに頭を踏み潰すと、今度は2匹が左右より同時にかかってきた。流石に慌ててバックステップ。それによって左右から振り下ろされた刃を躱す。しかし僅かに対応が遅れて剣の嶺側が当たり、そのショックで武器を手放してしまう。

「しまった。」

 そう叫んで拾おうとするが、そこは素早いゴブリンだけに拾う隙など与えてくれやしない。更に間合いを詰めるゴブリンに再度引いて距離をとる。

 その間に落とした剣をもう一匹のゴブリンが持ち上げて眺める。

「返せっ!」

 思わず叫んだが、ゴブリンはプダラと剣を交互に見つめた後、にたぁ~っと笑みを浮かべてその剣を握り襲い掛かって来ようとした。

「このぉっ!」

 自分の武器を目の前で奪われる。若いダークエルフであるプダラにしたら許し難い事であり、憎々しげにそのゴブリンを睨みつける。しかし自分の右手は何も無いのだ。盾で防いでも武器がなければ応戦も出来ない。苛立たしげに思いながらも盾を構えて防戦する構えをとった。

 そんな姿をゴブリンは嘲笑する。

「ほら、お前の武器はここだぞ」

 そう言った小馬鹿にした態度はゴブリン語を知らずとも理解できる。

「一人で何しに来たんだ?」

「かかって来てみろ」

 口々に罵られているのが分かるが、その挑発に乗ってしまう程プダラは馬鹿ではなかった。本来ならここで退く事も出来たかもしれない。だけど今の彼には、愛するディアを救うために来たという思いがあり、それが成されぬ限りは退けないという己に対する責任感を持っていた。

 やがて焦れて来たゴブリンが再び襲い掛かる。3体が一斉に襲い掛かったのだ。

 迫る刃にグッと奥歯を噛み締めるプダラ。そして次の瞬間、しゃがみ込んで貯めていた魔力を地面に投じた。

「ランドゲイザー!」

 プダラの目の前で突如地面が盛り上がった。その大地の突き上げに3体のゴブリンは情けない声をあげながら空へと打ち上げられる。そして体勢も整わぬまま地面に叩きつけられて絶命した。

 プダラはダークエルフだけに魔法を使う事が出来る。いざという奥の手としてこのランドゲイザーを習得している。それが見事に決まって再び自分の剣を取り戻したプダラは集落へと進んだ。見張りのゴブリンは全て倒したことで、集落への侵入は難なく出来た。


「ディアーッ!」

 集落に入って愛する者の名を叫んだ。彼の中では囚われてどこか牢に入れられていると思った。だからこうして呼べば向こうが気付いてくれると思い、その名を叫びながら集落の中を進む。

 途中で数匹のゴブリンが襲い掛かってきたが、予めそうなることを想像していた事で難なく対処していく。

 そして集落の広場に辿り着いたプダラは、ようやく愛しき者の姿を発見した。だが、己の想像とあまりにかけ離れた現実に言葉を失ってしまう。

「ほぅ、来たか。」

 悪魔から掛けられた言葉。だがそんな言葉などプダラには聞こえていなかった。

 目の前に愛する女性がいる。また、他の二名もそこにいる。

 衣服は一切身に付けておらず、全身が汗ばんでいる。そしてその悪魔に抱きついて、その体に舌を這わせていた。

「ディ…ア…?」

 信じられない顔で呟く。しかしそれに気付かずダークエルフ3人は、恍惚とした表情でだらしなく、そして淫らに悪魔の身体へ戯れる。

 そんな姿を認めたくないプダラは剣を正眼に構えて怒鳴った。

「貴様ぁーッ!ディアに何をした。」

 その言葉に、悪魔はほくそ笑む。

「何もしておらん…、いや、愛してやっただけだな。」

 その悪魔の全身は緑。頭部はタコが乗っているようであり、髭のようにタコ足が蠢き、ギョロッとした目がプダラを見る。首から下はヒトの姿で、両手は2名のダークエルフの胸や臀部に触れている。そして腰から下は長いタコの足が8本ある。更に、その足の他にも細い触手が無数にあり、それらは三人のダークエルフの身体へ纏わりついている。

「ふざけるなっ!ディアたちを離せ。」

「フム、せっかくの心地良い感触なのだが…」

 そう言って悪魔は手や触手を三人から離した。

「ディア、助けに来たぞ!早くこっちに来い!」

 今だと思って叫んだプダラ。だが、恍惚とした娘たちの表情が突然悲しげに変わると、悪魔の身体に自ら抱き付いていく。

「あぁん、触ってください。放さないでぇ。」

「もっとぉ、もっと~。」

 二人のダークエルフが甘えるように悪魔へ願う。そしてディアはその両手を悪魔の首に回し、

「焦らさないで下さいませ。もう我慢が出来ませんわ。」

 そう言って自ら悪魔へ口づけする。それを見てプダラは彼女の名を叫んだ。

 流石に憐れんだのか、悪魔は群がる3人に囁きかける。

「ふっふっふ、可愛い奴らだ。だがいいのか?仲間が迎えにやってきているぞ?」

 そう言われて初めて3人の瞳がプダラへと向けられた。

 ここで呼びかけなければとプダラは再度口を開くが、開いたまま言葉は発せられなかった。

 悪魔が何かした訳ではない。それは愛するディアの唇からもたらされた言葉によって閉ざされたのだ。

「…今更何かしら?」

 かつて結婚しようと誓った愛する女性から、まるで穢れた物でも見るかのような視線を向けられながらの言葉。プダラは何を言われたか一瞬、理解できなかった。

「え?…な、何を言ってるんだ…。お前たちを救いに来たに決まってるだろ…。」

 何とか震えながらも言葉を告げる。だが、それに対してディアは視線を悪魔に戻すと甘える様に言った。

「ねぇ、早くお情けを下さいませ。」

 そう言って再び口づけたあと、自分の身体を相手に押し付ける。

 そんな態度を見せられても、信じたくないプダラは叫んだ。

「目を覚ませディアッ!共に生きようって誓ったじゃないか!」

 空にした右手を突き出す。だけど足は震えて動けない。そこにディアが唇を放して憎らしげに言った。

「この方の前でバカな事を言わないで。それは子どもの時の事でしょう。もう、あなたの事なんか愛しておりませんの。」

 それを聞いて絶望に陥るプダラ。悲愴な面持ちで次第に身体の力が抜ける。立っていられなくなって膝からがくんと地面に座り込み、頭は下へと垂れ、突き出した右手は落ちた。

 そこへディアの甘えた様な悲鳴が上がる。同時に二人のダークエルフからも悦びの泣き声が漏れた。

「クックック、さぞ辛かろうなぁ。今の会話でようやく理解できた。

 この者たちは捕えてここに連れて来てから、休みなく絶えずこの肉体を蹂躙し続けた。初めは泣き喚きながら抵抗を試みていたが、一人堕ち、二人目も間もなく堕ちた所でこの者はまだ抵抗して見せた。

 だからじっくりといたぶりながら、言葉で説き伏せてやったのだ。もう少しお前が早く来ておれば、せめてこの者だけは助けられたかもしれぬがな。」

 3人の甘い泣き声の中で悪魔が語る。それを聞いてプダラは更に己を憎んだ。

 もっと早く助けてやればよかった。

 もっと自分が強かったらこんな事にならずに済んだのに。

 そうした思いがぐるぐると頭の中を渦巻き続ける。決して解決などしない後悔の言葉ばかりが。

 悔しさに涙が流れていた。どうしようもないという現実に苛立った。

 認めたくないという思い。夢なら醒めてくれと願う気持ち。

 やがて彼は立ち上がる。地面に落としていた剣を握りしめて。

「最早、やれることは一つ…。お前を倒す!」

 プダラは両手で剣を握りしめると、悪魔に向かって駆け出した。

「うわあぁぁぁぁーーー!」

 叫びながら駆けていくプダラ。その瞳にうっとりと恍惚に惚けるディアの顔が映る。

(ごめんな、もっと早く助けに来たら・・・)

 例え愛していないと言われても、共に生きて来た思い出の彼女はプダラに素敵な笑顔を見せてくれる。共に笑い、時にはケンカもしながらずっと一緒に生きて来た。

 だからそんな宝物の様な思い出を大切にしながら、剣を突き出す。

「フッ、最早用は無い。」

 悪魔が呟く。そしてその一本の足が地面からプダラの腹へと襲い掛かった。

「グハッ!」

 太いタコ足が硬質化し、プダラの腹を突き抜けた。そしてプダラは青い血を吐血する。

「貴様の惨めさは愉しめた。せめて愛した女の乱れる姿を見ながら死するがいい。」

 そう言って足を持ち上げると、貫いたプダラの身体をディアの目の前まで連れて行った。


 体中を触手で絡まされ、上下に振動し続けるディア。悦に満ちたその目の前に苦しそうなプダラの姿が映る。

「あ、ぁ…まだいましたの?」

 甘い声の合間でディアが冷たくあしらう。するとプダラはニコッと笑顔を見せた。その笑顔にディアは行為を忘れて怪訝に思う。

 そんな中で、プダラは言った。

「ディア…、ごめんな。すぐ助けに来なくて。

 それと、今までありがとうな。一緒にいられて楽しかったよ。」

 別れの挨拶に来たのかと最早呆れた感じでその言葉を聞いた。

「でも、このまま悪魔に弄ばれてる様なお前は見たくない。だから最後に…、最後にお前の心に伝えさせて貰うよ。」

 そう言ってプダラは右手に持つ剣を持ち上げた。そして、

「ディア、死んでもずっと愛しているぜ。」

 告げたと同時に剣を逆さにし、プダラは自らの胸に剣を突き立てた。そして引き抜くと同時に貫いた胸からおびただしい程の青い鮮血が噴き出す。その熱い血がディアの頭から浴びせられた。

「さよなら。」

 最後の別れを告げて、プダラは自らの首に刃を通した。動脈を斬った事で更に大量の血が噴き上がる。それらは目の前の惚けた顔をしたディアを更に塗らした。

「ククク、はっはっはー。見ておれずに自ら自害したか!それもまた一向だ。」

 悪魔はそう言いながら力なく項垂れたプダラの死骸を地面に叩きつけるように捨てた。それによって壊れた人形のように転がるダークエルフの死骸。青く染まる視界の中、ディアの瞳にその亡骸が映り込む。

 自ら傷つけた事で首と胸からは今も血が流れ出ている。しかもその腹には大きな穴が開いており、それは今自らの身体に纏わりつく悪魔の足一本にべったりと青い血が付いている。

 そう…、最早動く事などしないダークエルフの…、自分の幼馴染の無惨な体がそこにある。

 そしてディアは表情を失くした顔で自分の顔を拭う。その手にはべったりと蒼い血が付いた。熱を帯びた蒼い血。しかしその熱は次第に冷めていく…。

「・・・・・・・・・・・。」

 下から突き上げられる振動で身体は揺り動かされている。だけど、それだけだ。今、ディアの心にあるのは己に掛かった幼馴染の血。その熱が冷めていく様子が、彼の生命が消えていく様に感じられる。

 そんなディアに悪魔は楽しげな声をかける。

「どうした?最早未練も無い邪魔者はいなくなったのだ。狂うように愛し合おうぞ。」

 そう言って悪魔の手がディアの腕を掴もうとした。

 しかし、触れた途端にそれは払われた。

「むぅ?」

 悪魔が怪訝に見つめた先で、ディアが震えた。先ほどまでの震えではない。そして開かれた口から熱のこもった悲しげな叫びがあがる。

「いやぁあああ、プダラァーーーッ!」

両手で血に塗れた頭を抱える。そして力いっぱい触手を振りほどくが、悪魔は執拗に絡んで離そうとしない。

「ほぅ、我が淫毒が解けたか。だが今一度与えてやればよい事だ。」

 そう言った瞬間、ダークエルフ3人に淫毒が放たれた。それによって極度の快感が3人を襲う。

 この悪魔『イクプタス』は体内に複数の毒を持っている。その内の一つ【淫毒】とは相手に興奮と自分を惚れさせる成分を持っている。これによってダークエルフたちはイクプタスの僕となっているのだ。

 だがどれほど毒に掛かろうと、どれほど欲に溺れようと己の意思が強ければ掛かることはない。

 ましてや自分にとって心から大事な存在が命を懸けて目を覚まさせてくれたのだ。

 2人が恍惚とした表情で悲鳴を上げる中、ディアは歯を食いしばり涙を流す。

「ほほぅ、耐えるか?」

 イクプタスの問いにディアは怒り顔で睨みつける。

「もう、絶対にお前になど屈しません。私の愚かさがプダラを殺してしまった…。絶対にお前を許しません!」

 その決意の表情をイクプタスは興味深げに眺め、そして嗤う。

「お前が言う通り愚かだな。今そうした所であれは死んだ。そしてお前は我が手中にある。抵抗など無駄だぞ?」

 ディアは悔しさを滲ませながら、更に強く悪魔を睨んで言った。

「例え…例えどれほどこの身体を汚されようと、心はもうお前に屈したり致しません。」

「ほほぅ、ぬかしおったな。ならばその通りお前を蹂躙してやろう。どこまで堪えるか見物だな。」

 嘲笑う姿にディアは態度を変えなかった。触手に両腕両足を縛られ、身体中を這うように弄ばれようとも、その怒りが消える事など無い。

「ゼアナ、リプスッ、しっかりなさい。目を覚まして!」

 他の二名に呼びかける。長い紫の髪の「ゼアナ」は共にプダラと遊んだ仲だ。そして妹の様な白いボブカットの「リプス」はプダラを兄のように慕っていた。

「プダラが死んじゃったのよ!彼の為にも目を覚ましてっ!」

 そんな叫びにも、恍惚とした二人の表情は変わらない。最早手遅れかと諦め、己自身を強く自制する。

「クックックッ、安心しろ。そこ2人は大事に大事に遊んで、飽きたら食ってやる。だがお前は死するまでずっと遊び続けてやろう。」

 このまま全滅する事が悔しかった。悪魔の思い通りになってしまう事が許せなかった。

 だからせめて、せめてこの心だけは絶対に抵抗し続けてやろうと誓った。

「私は、絶対に負けません!…プダラの思いを、無駄になんて致しません!」

 奥歯を噛み締め、瞳を閉じるディア。これから長い寿命を、どれほど嬲られようとも、どれだけ辱められようとも決して負けないと誓った。


「クソッ、間に合わなかった!」

 ヤーグが呟いた。もうあと少しで辿り着くという時にタコのような悪魔にプダラが貫かれた。そしてあろうことか、自らの剣で自分を貫き、首に刃を斬り付けて死んでしまった。

 信じがたいプダラの行動を見て、最早行く必要がなくなったと感じたが、その後プダラの目の前で辱めを受けていた、長いパールホワイトの髪のダークエルフが態度を変えたのに気付いた。

 頬を染めてしまうような淫らな状況なのだが、死んだプダラの返り血で青く染まったその女性は、他の二人に比べて耐える様な態度に変わっている。

「まさかあれがあいつの彼女か?」

 急ぐ中で見ていた限り、女性たちは自ら悪魔に抱き付いていたと思った。だけど今は身体の自由を奪われて、悪魔の所業をじっと耐える様な態度から、プダラの死が何かを成したのだと思えた。

「命を賭して彼女を救おうとしたのか。その心意気、嫌いじゃないぜ。」

 さっき知ったばかりの奴だが、男が惚れた女の為に命を懸けた。その代償に悪魔の呪縛から彼女を救ったのだと信じたかった。

「なら、悪魔を倒して本当に助けないとな。」

 そう思ったヤーグは一度後方を確認した。ゼフィルート達の姿は早くても5分かかるだろう。

「ゼロさんが着くまでは牽制するか。」

 そう考えて再び悪魔へと向かう。出来ればあの遺体も回収してやりたいと思う。無駄な死などと思いたくないため、ヤーグは斥候らしからぬ戦いへと赴いた。

 ヤーグは腰から短弓を取り出す。そして矢を番えると速度を上げて悪魔へと接近する。

 当然空からの接近に気付くイクプタスは、新手だと気付くと3人を盾のように向ける。

 その淫らな状況にヤーグは「ウオッ」と唸って頬を染めるが、すぐに気持ちを切り替えてそのまま突っ込む。長弓でならば長距離での射手が可能だが、そこまで弓術の腕は良くない。ましてや自分の力量では悪魔に傷など付けられないと知っている。

 だからこその短弓であり、距離は自分が素早く飛ぶことで稼ぐことにした。そして今の状況で、その選択が正解であった。

 肉の盾によって矢は放てないと考えるイクプタスに対し、恐れなく飛翔するヤーグはそのまま低空飛行でダークエルフ達はおろかイクプタスの頭上を通過する。頭上通過と同時に矢を放つと、矢はイクプタスの柔らかな頭へとぷすりと刺さった。

「グアァァ!」

 思わぬ攻撃によって負傷するイクプタスが痛みに叫んだ。その瞬間ダークエルフたちへの動きは止まり、自身に抱き付いていたダークエルフを振りほどく。それによってゼアナとリプスは地面へと解放された。

 ディアは突如現れた黒い翼のバーデュンを見ていたが、介抱された二人の身を案じる。

「ゼアナ、リプス!」

 そうしている間にもヤーグは、矢継ぎ早に2射3射と放ち、イクプタスの腕や胴に攻撃を繰り返した。胴に攻撃を受けて、ようやくディアも触手からの戒めから解放される。

 ばたりと地面に落とされ背中を打ち付けるが、ようやく自由になった事で死んだプダラの元へと這って行く。

「プ、プダラァ…」

 何とかその冷たくなった体に寄り添うと、その顔を見つめる。

「プダラ、プダラァ~。ごめんなさい…。」

 その体を抱き締め、涙を流す。ゴブリンたちに捕まり、連れて来られたこの場所で3人は悪魔から恥辱を受けた。

 きっと救いに来てくれると願って3人で抵抗を試みたが、眠る暇も無く注ぎ込まれる淫毒に、最も年下のリプスが堕ちてしまった。そして気丈なゼアナも淫毒に堕ちたが、自分はプダラを思って抗い続けた。

 だけど繰り返される恥辱と快楽、そして救いに来てくれない状況での優しい言葉に負けてしまった。

 それからは苦しみから解放された思いから快楽の溺れていた。そしてさっき救いに来てくれたプダラを見た時、今更もう引き返せないと自分で壁を作ったのだ。

 冷たくあしらう事でプダラは帰るものだと考えていた。

 だけど、それは自分の大きな誤りだった。同時に、彼の愛を疑っていた自分が愚かであったと気付かされた。

 まさか自分の為に死ぬなんて考えてもいなかった。そして頭からかぶった彼の熱い血。その熱に自分の心に温かいものが蘇った。

 彼の最期の言葉ははっきりと頭に残っている。

「私だって、私だって愛しておりますの…。」

 死んだことで改めて気付かされた愛情に、今更どう応えてあげられるのか。

 一しきり泣き、ディアは冷たくなった彼のその唇に自分の唇を重ねた。

 そして離れると、涙に濡れた顔に怒りが満ちた。

「一緒に参りましょう。ですが、先にやるべきことを…。」

 ここで共に死ぬよりも、せめてこの悔しさや怒りを晴らしてやろうと、その瞳に彼の剣が目に映った。


「貴様ぁーッ!」

 空からの攻撃に怒り心頭のイクプタス。足を硬質化させて伸ばすが、ヤーグへ全く届かない。更には自分の体内にあるもう一つの毒【痺れ毒】を飛ばすが、それもまた当たるはずなど無かった。

 代わりに空から矢は放たれる。注視しているから今はもう当たらないが、その鬱陶しさは我慢できるものではない。今すぐにでもその翼をもいで喰らい尽くしてやりたいほどに怒りを見せている。

 一方のヤーグは冷静にそして慎重に事を運ぶ。今こうして怒りをこちらに向けさせることで、解放されたダークエルフたちから少しずつ悪魔を遠ざけているのだ。あのままでは戦いに巻き込んで危険だと判断したための行動だが、流石に矢が効かないとなればこちらも攻撃手段がない。

 あの足に近づけば瞬く間に囚われてしまう事は容易に想像できるため、近距離へは近づかない様にしている。

 互いに手詰まりという中、ヤーグはふとそれに気づいた。

「オイオイ、止めろって!」

 せっかく解放していた二人のダークエルフが、這いながらイクプタスへと向かっているのだ。その顔は熱に侵されており、未だその淫毒の効果が抜けていないのである。

 せっかく離しているのにと残念がるヤーグはより距離を身近くして悪魔を遠ざける作戦に出た。

 とその時だった。

「ハァアアアアァァ―!」

 突如気合の叫びが聞こえると、二人のダークエルフと違う方向から残る一人が悪魔へ跳び掛かった。ディアである。

 しかも両手でプダラの剣を握りしめ、勢いよくそのタコの頭に剣を振り下ろした。

 その刃は鋭く美しい弧を画きながら悪魔の頭を斬り付けた。

「グワッ!…貴様ぁー!!」

 緑色の血が吹き出すイクプタス。直に修復が掛けられ傷は消える。そして振り返りながら剣を持つダークエルフを睨んだ。

「良かろう、今すぐ殺してやるぞ。」

 硬質化した足が2本、ディアに襲い掛かった。それなのに笑みを浮かべて見つめるディア。もう、立っているのが精一杯だった。残る力を一振りに込め、そして傷を付けられただけで十分だった。

「倒せませんでしたか…、ですが一矢報いましたよ。」

 思いヒトに対して報告したディア。これで彼の後を追えると思った。

 そんな彼女を横からヤーグが抱き攫う。そして誰もいない大地に2本の硬質化した足が突き立つ。

「何やってるんだ!死ぬ気か?」

 抱きしめるディアに怒鳴り付けるヤーグ。するとハッとしたダークエルフがヤーグに叫んだ。

「放して!プダラと一緒に死なせて下さいまし!」

 大きな声と共にじたばたと腕を動かす。空を飛んでいる為落とさない様その体を抱き締めながらヤーグは言う。

「大人しくしろって。それにバカな事を言うな!なんで救ってくれたその命を粗末にするんだ。助けたお前が死ぬのをあいつが願っていると思うのか!」

 それは自分たちのリーダーであるワオリを救った尊敬するマドカの言葉だ。あのワオリが姿を消して戻った時、みんなを前にしてワオリ自身から聞かされた言葉である。救ったヒトが願うのは、そのヒトの無事であって、自分たちの分も生きてほしいという願い。

 だからこそ、今のこのダークエルフに聞かせるべき言葉であった。

 それを聞いて動きを止めたディアはヤーグの顔を見つめる。青い血に塗れているが、ダークエルフは美しい顔立ちをしている。その瞳に見られてヤーグは頬を赤らめた。更には裸で、さっき抱き締めた際に左手が彼女の左のふくらみを鷲掴みしていることに気付く。

(で、デケェし柔らけぇっ!って、いかん、うん、落とさない為に今は不可抗力だぞ!)

 思わず視線を逸らして飛ぶことに専念するが、どうしても抱き締める柔らかな感触に気が行ってしまう。

 やがてディアの瞳が潤みだすと、そのまま泣き出してしまった。

「あ、あわわ、な、泣かないでくれ。つい揉ん…じゃなかった、戦闘中だから苦情は後で聞くから少し我慢してくれ。」

 その涙の理由は別なのだが、生涯初めて触れる女性の裸に、ヤーグは慌てるしかなかった。

 実際、今もイクプタスからの攻撃は続いており、ヒトを抱いている分動きも制限される。痺れ毒が飛ばされてあわやという状況でもあるのだ。

 気を抜く訳にいかない中、ようやく待ちに待った援軍が訪れた。


「ゼアナちゃん、リプスちゃん!無事だったニャンね!」

 やって来たマフモフが這う二人のダークエルフを見つけて寄り添う。しかしその様子からおかしいと判断したため、その首筋に肉球掌底を当てて気を失わせる。

「ごめんニャン。少し眠っててニャン。」

 そして見つめる先でヤーグがディアを抱いて飛んでいるのを見た。近づいていた際にヤーグが戦っているのは分かっていたが、ディアの姿が見えた事でマフモフは一安心する。しかしその鼻にはまだ新しい血の臭いがあり、姿の見えないプダラの身を案じた。

「ヤーグ君、ディアちゃん、大丈夫かニャ?」

 その声に二人の視線がマフモフやゼフィルートたちに向かう。

 辿り着いた瞬間、アルツェンが指揮してダークエルフたちが陣形を組んだ。

「盾、構えっ!同時に各自魔力を高めろ。」

 並みの攻撃では悪魔に通用しない事は分かっている。その為全員の魔法をぶつけて脱出を試みる事にしたのだが、その作戦は不発に終わる。

「よくやったな、ヤーグ。」

 突如ヤーグの横を駆け抜けたゼロが、イクプタスの正面に飛び掛かる。

「そのまま逝け。流星脚!」

 脚部のみを攻殻で纏うと、そのまま悪魔へ跳び蹴りを食らわせる。イクプタスの下腹部に入った蹴りの勢いは悪魔の体内を貫通し、その背中側を衝撃が爆砕させた。

「ウギャアアァァァァー!」

 爆砕と同時にイクプタスのコアが砕けた。それに連なってイクプタス自身も次第にその姿がひび割れ消えていく。

 そんな中で悪魔がぼそぼそと呟くのをゼフィルートは耳にした。

「この身は朽ちるが、まだ手はある…」

「何?」

 そしてタコの悪魔は跡形も無く消え去った。そこに残された言葉をゼフィルートは不穏に感じる。

(最後の言葉、どう言う意味だ?)

 そう思う後ろで、マフモフが声をかけて来た。

「あニャたはすごいニャンね。悪魔を殺しちゃうニャンて!」

 驚きの声だ。同時に賞賛も含まれ、ニコニコした顔で見つめて来る。

「大したことじゃないさ。あれ位の悪魔ならワオリも倒せる。」

「ニャッ!ワオちゃんそんなに強くニャッたのかニャ。それは会うのが楽しみニャン。」

 親しみを込めた言葉に仲がいいのだなと納得するゼフィルート。その向こうでは呆気にとられたダークエルフたちが見つめていた。

「悪魔を瞬殺だって?」

「なんて強さだ!」

「あぁ、希望が見えて来たぞ。」

 やがて口々に話し始める彼らを見て、どれほど不安な中で生活していたのかが伺えた。それを尻目に、向こうでいるヤーグに目を向ける。未だにダークエルフの女性を抱きかかえたまま動こうとしない様子に、何かあったのかと心配で寄っていく。その後ろにマフモフも付いてくる。

「ヤーグ、大丈夫なのか?」

 近づきながら尋ねると、ヤーグはハッとした様子でゼフィルートを見た。

「あ、ゼロさん、お疲れ様っス!」

 妙に緊張した様子。それを怪訝に見るゼフィルート。

「どうした?何か緊張しているようだが?」

 その言葉にギクッとしたヤーグは顔を真っ赤にして視線を逸らす。その間にマフモフが胸に抱かれるディアに声をかけた。

「ディアちゃん、おかえりニャン。無事でよかったニャン。」

「マフモフ…、うぅっ」

 マフモフの顔をみて泣き出したディア。それに慌てるマフモフ。

「どうしたニャン?どこかケガしてるニャンか?」

 するとその口から悲しみの事実が漏れた。

「プダラが、プダラが…。」

「プダラ君がどうかしたニャンか?」

 問いかけには泣き声しか帰って来ない。そこでヤーグが居た堪れない表情で説明を行った。

「あいつは勇敢に戦ったんだ。この子達を取り戻そうと戦い、そして…。」

「そんニャ~…。」

 マフモフの瞳に涙が溢れる。そこへアルツェンがやって来た。

「今向こうでプダラの遺体を発見した。腹に穴があり、胸と首は剣による傷があった…。」

 そう報告するように言うと、視線をディアへと向ける。それに涙いっぱいの顔を向けると、

「お父さま…。」

「えぇっ!」

 抱いたままのヤーグが慌てふためく。それまでの真っ赤な顔が明らかに蒼褪めていく。

「良く生きていてくれたディア。遅くなってすまん。」

「お父さまぁ…」

 そっとヤーグはアルツェンに差し出す。裸のままなので何か言われるかと思ったが、アルツェンは娘の姿から全てを把握したようで、

「娘を助けて貰った事、心から感謝する。」

 そう言って自分のマントを外してディアに掛けると、そのまま抱き受け取った。

 父の胸にやっと落ち着けたのか、再び泣くディア。それを優しげに見つめた後、アルツェンは地面で倒れた二人の保護と、周辺の巡視警戒を部下に命令した。

 一方で腕が軽くなったヤーグは、何かを思い至る様に左手を見つめて軽く握ったり開いたりを繰り返した。

「心配していたが、どうやらこの悪魔は野良だな。だが早めにここを離れよう。」

 ゼフィルートの提案にアルツェンは頷くと、一行は西へと移動を始めた。

 


お読み頂きありがとうございます。


内容的には15禁で収められたかとは思うのですが、ちょっと重いお話になったなと感じております。

逆にヤーグがなんか頑張ってくれたのですが、彼の独り身の悲しみもまた何とも言えないお話になってしまいました…。


今回出した悪魔に関しては、大して強くはない上級悪魔でした。ゴブリン数匹を連れて、女を襲うのが好きなエッチな悪魔を考えた末、何故かタコを出してしまった限りです。

ただ、ゼフィルートはじめナチュラルフロンティアの面々が強くなったために弱い感じですが、実際は悪魔だけに強い種族で、ダークエルフも第1部の時では強い種族です。

その辺りはお含み頂ければと思います。


それとプダラは残すことも考えておりました。

またディアたちも死んでしまう選択肢もありました。

様々な選択肢を考えた末にこの結末だったこと、後に活かせられればと考えています。


一先ず、次回に続きます。ダークエルフも長い寿命を持っておりますが、こうした出来事とどう向き合っていくかを考えながら、お話は続けていくつもりです。

基本長い寿命を持つヒトばっかりなので、なかなか思うようにはいかない物です(笑)


次回は連休中にあげられたらと思っております。

これからもどうぞよろしくお願いします。

ではまた次回まで。

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