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The Law of the World  作者: k2taka
第2部
71/93

ロックホールの住人達

惑星エアルス。神々が作り上げた光天歴は1000年を迎えて終わり、新たな時代は悪魔たちによる魔天歴へと変った。

そしてワオリたちの活躍によってシュラハティニア大陸が解放され、世界は悪魔や亜人たちを倒そうと動き始める。

そして1007年。


ワオリたちはライディンの町に戻り、悪魔に対抗する集団【ナチュラルフロンティア】としてナハトイデアール大陸を平定するために動き時始めた。

 穏やかな海。日がまだ上っていない薄暗い時間にその上空を東へ向かう一つの影があった。黒い翼を広げてかなりの速さで飛行するその影は、有翼であるバーデュンが翼の無いヒトを連れて飛んでいる姿だった。

 それはライディンから東へと飛んでいるヤーグとゼフィルートの姿であった。飛行姿勢で身体を寝かせたヤーグが、手を取り合ってゼフィルートを運んでいる。ゼフィルートはぶら下がった姿の状態だ。

 実はゼフィルートも攻殻をまとえば飛ぶことは出来る。そして戦闘での素早さはヤーグよりも速い。だけどそれは戦闘での話であり、長距離移動に関してはバーデュンに敵わない。なので今はヤーグに連れて行ってもらっているのだ。

 細かい事を言うと、もちろんゼフィルート分の重量は重くなる。しかしそこは鍛錬の甲斐があってそれほど速度を落とさず飛行できている。

 薄暗い空でゼフィルートが尋ねる。

「ダークエルフの集落はどれくらいかかるんだ?」

「飛んで行くならば明日の朝には着けます。」

 即答のヤーグ。空を飛べる利点は遠い距離も短時間で迎える事だ。実際にダークエルフの集落までは歩いて5日はかかる距離である。

「いや、海上のみ飛んで後は地上を駆けよう。悪魔たちがどこから見ているか分からない。だから出来る限り姿を隠して行こう。」

「分かりました。だったら多分明後日の昼には着けるはずです。あくまで途中に何も無い場合ですけどね。」

「分かった。」

 そう会話しながら海を渡る二人。向かうはかつて懇意にしていたダークエルフの集落で、ヤーグは何度か荷物運びなどで向かった事があった。

 距離にして50kmを飛んで向かいの陸地に降り立った二人は、そのまま東に向かって駆ける。ヤーグは飛んだ方が早いため、低空でゼフィルートの後を追っていく。

 途中森があるが、翼を畳んで枝を跳ねながら渡っていくヤーグ。ゼフィルートもまた枝を跳躍しながら森を抜ける。流石は偵察として鍛えられただけあってヤーグはゼフィルートに遅れずついていく。

 途中木の上で休息をとり、1時間後には再び森の中を進む。ダークエルフの集落までは森がしばらく続き、そして荒野へと変わる。ダークエルフは大地を崇める種族だが、エルフの名残か森へと狩りに向かったりする。そうした習性から荒野と森の境界に彼らは住んでいた。


 夜中は木の上で交代に仮眠し、薄暗いうちから移動を再開する。そして適度に休憩をはさみながら走り続け、明日には集落へ辿り着けるところまでやって来た二人。

「明日には着く予定です。」

 ヤーグが携帯用の干し肉を啄む。木の上で夜食を摂る中での会話だ。

「あぁ、特に問題なくここまで来れて僥倖だな。」

 同じく干し肉を齧るゼフィルート。ナッチョン特製のボア肉を香草などで燻製させたものだ。塩味がどうしても強いが、長い距離を移動して疲れた体には丁度良い。

「…ゼロさんは誰か生きていると思いますか?」

 ヤーグが尋ねた。それを確かめる為にも向かっているのだが、気持ちとしては数名でもいいから生きていてほしいと願っている。

「分からないな。悪魔たちがはびこって7年。その間この大陸を生き続けるのは難しい事だ。単に悪魔たちに見つかるなどという問題だけじゃなく、生活をするにしてもこれだけの瘴気を浴びながら生きるのは精神的に厳しいだろう。」

 瘴気という毒気はヒトに発熱などの症状を起こさせる。それだけでなく、精神的に衰弱させて悪寒を引き起こしたりする。酷い場合など、瘴気を浴び続けた事で発狂してしまう場合もあるのだ。

 それを聞いて言葉が出なくなるヤーグ。分かってはいたが、改めて認識してしまった。

「しかしそんな中で生き続けているとしたらかなりの強者だろう。是非とも仲間になってほしい所だな。」

 がっかりとなりかけたヤーグだったが、その言葉にうんうんと頷く。

「そ、そうですね。仲間となって貰えるなら心強い。」

 落ち込みかけた心を奮い立たせるかのように願う。そんなヤーグに耳に、怪しい物音がした。ゼフィルートも直ちにそれを感じ取り、気を引き締める。

「ゼロさん…。」

 小声で呼びかけるヤーグにゼフィルートは神経を尖らせる。

「危険と思ったらお前は高く飛べ。」

 同じく声を抑えて伝える。用心の為に灯りなどは一切付けておらず、暗い中でもヤーグは夜目が利くし、ゼフィルートも気配察知などで苦にはしていない。そんな気配察知に迫り来る人影が感じられた。

(一体だけか…、ならば俺が取り押える)

 そう思った瞬間、ゼフィルートはその人影に向かって跳び掛かった。すると向こうは驚いた様子ですかさず臨戦態勢をとる。跳び掛かったゼフィルートの繰り出した拳を躱すと、すかさず拳で攻撃を返す相手。鋭い突きをゼフィルートは左手で受けると、そのまま掴み獲ろうとする大きく毛深い手だ。それを察知して相手を見ようとするが、夜の森でその姿は判別しにくい。その間に相手は突きや蹴りを繰り出してくる。ただがむしゃらに繰り出すのではなく、緩急つけた攻撃にかなりの手練れだと予想する。

 情報収集の為に捕えようと考えていたが、手を抜いている余裕はないなと感じたゼフィルートは殺気を纏った。途端に相手もまたそれまでとは違う雰囲気を纏う。互いにただでは済まない状況になって、ヤーグが声を出してそれを止める。

「ゼロさん、待って!獣人族です。」

 枝の上からようやくその姿を捉えたヤーグの夜目には、獣の耳と大きな肉球の付いた手が見えた。その姿から一人の名前が思い浮かぶ。

「マフモフか?」

 ヤーグの問いかけにビクッと身を震わせた人影。そして構えた姿のまま上にいるヤーグに声をかけて来た。

「ヤーグ君?」

 聞き覚えのある声。それに確信してヤーグは返答する。

「やっぱりマフモフか!生きていたのか。」

 そう言って木から下りて来ると、ゼフィルートの隣に立った。その会話を聞いてゼフィルートも構えを解いて様子を見る。

「ヤーグ君ニャのかニャ?」

 ようやくマフモフも構えを解くと、その大きな瞳を潤ませた。

「あぁ、そうだぞ。」

 そして二人は自ずと近づき合い、そしてどちらからともなく抱き合った。


 少ししてゼフィルートとヤーグはマフモフの後ろをついて移動していた。マフモフの口には干し肉が咥えられており、それをちびちびと齧りながら移動している。

 猫の獣人族キャッティアの少女『マフモフ』。かつて幼い時に人攫いに遭い、人身売買の行われていたライディンのオークション会場で晒されていた所をレイラたちにより助けられた少女だ。その後、ライディンで育てられて一人前の武闘士と成長した。

 そんな彼女は以前のライディンが攻め込まれる数日前に、グランデュシュテルン王朝の要請で、僅かばかりの仲間たちとランヴァステリー城の防衛に向かっていた。そこを破られれば亜人たちがライディンに押し掛けて来るのは目に見えていた為の援軍だった。

 だがその援軍は無駄となる。辿り着いた時点で敗戦の色が濃い状況で、3柱の悪魔が現れた途端に城は落ちてしまったのだ。

 更にその悪魔たちは南へと飛び去っていき、その後ライディンは落とされた訳である。

 敗れたと知った時点でライディン援軍部隊は急いで我が町へと急行する。しかし飛んで行った悪魔たちに到底追いつけるわけも無く、彼らが戻った時にはライディンは既に滅ぼされていた。

 その時はまだワオリ達は南の隠れ家にいたのだが、マフモフ達がそれを知る訳も無く、ライディン周辺にいた亜人たちを避けながらダークエルフの集落へと向かったのだった。

 そしてそのダークエルフの集落も攻め落とされ、現在は残った者たちだけでひっそりと暮らしているとの事だった。

 今回マフモフがやって来たのは、彼らが食べていた干し肉のにおいを嗅ぎつけたのが原因だ。満足に食事のとれない中、久々に嗅いだ美味しそうな香りに釣られて確認に来たのが理由である。

 新しい干し肉を受け取ると丸々1個をぺろりと平らげてしまう。塩辛いのも構わない食べっぷりに呆れるが、そこまで苦しい生活を余儀なくされているのが現状なのである。ユズナの清浄や、ナッチョンの料理スキルのおかげでどれほど恵まれているかを感じた二人であった。


 そして今3人は彼女らが暮らす隠れ家へと向かっている。遭遇した場所から南下し、森の中へと入っていく。

「あのまま行っていたら無駄足になっていたな。」

 ゼフィルートの言葉にヤーグが頷く。

「本当ですね。あそこでマフモフに出会っていなかったら徒労に終わっていたでしょうね。」

「まぁ、その時は集落にいる亜人たちを倒してしまったら良いだけだったがな。」

「ハハハ、それもありですね。」

 そんなゼフィルートとヤーグの会話を聞いて、マフモフが不思議そうにゼフィルートを見た。

「どうかしたか?」

 その問いかけにマフモフは器用に木を避けながらゼフィルートの顔をまじまじ見て言った。

「あニャたも亜人に恨みがあるのかニャ?」

「恨み?…いや、恨みというのは特にないな。ただし倒さなければならない存在と思っている。」

「そうかニャ…。」

 少しがっかりした感じに見えたマフモフ。ヤーグがそれを問う。

「どうした?」

「うん、よくミムジーさんが話してたトーマスさんを思い出したニャ。」

「あぁ、なるほど。」

 ライディンの町の西側にある平野。かつてライディンに迫る亜人たちの大軍をたった一人で挑んだ勇者の名前を称えて『トーマス平原』と呼んでいる。そのトーマスの良き相棒であったキャッティアのミムジアナ。彼女もかつての悪魔王討伐に参戦し帰って来なかった。

 マフモフはミムジアナに懐いており、彼女に様々な事を教えて貰った。

キャッティアの習慣で、彼女が亡くなる前に武闘を教えて貰ったマフモフは、ワオリ達とさほど年齢は離れていなくてもすでに戦いに出たりしていた。そんな彼女だからこそミムジアナやトーマスを崇めている。

「そうか…。」

 ゼフィルートはふと戦いを教えてくれたリオンの事を思い出した。

(俺にとって、倒すべきはただ一人だ…)

 ゼフィルートは自分の命を救ってくれた人々に感謝している。ユズナに対してもそうだが、リオンとシーニャへは自分を助けるために世界を駆け巡ってくれたため、特に恩を感じている。

 だけど彼らはもういない。リオンは悪魔王によって殺され、そしてその深い悲しみからシーニャは…。

 自分に様々な戦闘術を教えてくれたリオンが敵わなかった。だからこそ更に己を鍛え続けた。その目的はただ一つ。この手でリオンの仇をとる事だ。


「着いたニャ。」

 そう思いに更けていると、前から声が掛かった。それを合図にピタリと足を止めると、目の前に岩山があり、そこに小さな洞穴が空いている。

四つ這いならば入られるような高さの穴だ。

「狭いから気を付けてニャ。」

 そう告げてマフモフが洞穴へと四つ足で入っていく。ゼフィルートとヤーグは互いに顔を見合わせた後、頷き合ってついて行った。

 先にくぐったゼフィルート。マフモフより体が大きいため、更に身を伏せた状態で入る。続くヤーグも翼を小さくたたみ込んで四つ這いで進む。

 その状態で10mほど進んだところで前方に灯りが見えた。先を行くマフモフが立ち上がり「ただいまニャン」と告げている。

 そしてゼフィルートが姿を現し立ち上がろうとすると、突然目の前に槍の先が付きつけられた。

「待て!何者だ。」

 するとマフモフが慌ててその槍を押し退ける。

「やめるニャ!あたしの仲間ニャ。」

「本当か?」

「疑うのかニャ?」

 いきなり剣呑とした空気が漂う中、ゼフィルートは突きつけられた槍先を抓み立ち上がった。

「疑うのも仕方ないが、せめて共にいる仲間くらいは信じたらどうだ?」

 鋭い視線を向けると、そこにいたのはダークエルフの男が二名が怯む。

「は、離せっ!」

 槍を引こうとするが、ゼフィルートに抓まれた槍はビクともしない。それで更に力を込めて引くダークエルフは二人がかりで奪い返そうと必死に引いた。

「放してあげて欲しいニャ。」

 マフモフに言われて指先を広げると、勢い余って二人のダークエルフがよろけて尻もちを付いた。そこでヤーグもようやく入ってくる。

「このぉ!」

 怒り任せにダークエルフが襲い掛かろうとしたが、そこに奥から声が掛かって止められた。

「やめろっ!」

 威厳ある声にピタリと動きが止まる。そして不満そうに振り向くが、上司なのだろう。その睨みつける視線に唸りながら俯いてしまった。

 そして黙った部下を一瞥してやって来たダークエルフが視線を向けた。

「マフモフおかえり。それと客人か?」

 ダークエルフ特有の精悍な顔つきながら、歳を重ねて身に付ける貫録を漂わせる姿に、ゼフィルートは手練れだと感じ取った。

「そうニャ。お友達のヤーグ君とゼフィルートさんニャ。」

 ニコニコ顔のマフモフから視線を移し、その上官は二人をじっと見つめる。ここは相手の住処だからこそ、先にこちらが素性を明かすべきとゼフィルートは一礼して語る。

「失礼する。俺はゼフィルート。ライディンよりヤーグと共に探索に来た所でこちらのマフモフ殿に会った。彼女の話を聞き、ここまで案内してもらった所だ。」

「ライディン?!…ウム、挨拶をまずは返そう。私はこの『ロックホール』の衛兵隊長をしている『アルツェン』という。先ほどは部下が失礼をしてしまったが、職務上の行為ゆえ許してほしい。」

 その言葉にアルツェンの後ろで控えていた二人のダークエルフが頭を下げた。納得はしていないと言う顔だが、ゼフィルートは気にも止めない。

「こちらも目の前に突き付けられて思わず抵抗してしまった所だ。互いにこれで無かった事として欲しい。」

 その申し出にアルツェンは微笑を見せた。

「ならばそれでお願いする。さて、先程ライディンという言葉を耳にしたのだが、聞かせて貰ってもよろしいかな?」

「あぁ、もちろん話させて貰おう。後でそちらの話も聞かせて貰えるか?」

 普段の寡黙な印象とは違って、饒舌に語るゼフィルート。ヤーグは畏まりながらも、その外交話術に驚きを持っていた。

「了解した。ならば長老たちと共にお聞かせ願おう。奥へ案内する。」

 そう言ってアルツェンは門番お二人に労いの言葉をかけ、そのまま奥へと向かう。ゼフィルートはマフモフとヤーグに視線を向けてからその後を続く。その後を並んで向かうヤーグとマフモフ。

「ゼフィルートさんは強いニャンね。二人がかりを指だけで勝っちゃうニャンて。」

 耳打ちするようにひそひそとヤーグに言うマフモフ。

「そりゃそうだよ。ゼロさんはうちで一番強いんだぞ。」

「うちって事は、ライディンに戻ったのかニャ?」

「ああ。ワオリ様がリーダーになって俺たちは今、ナチュラルフロンティアって集団で活動している。」

「ワオちゃん元気ニャの!」

 マフモフが一番の驚きを見せた。

「もちろんだ。今はリーダーとして立派になられてるよ。」

「あぁ…良かったニャ…。会いたいニャァ…。」

 ライディンでは一番仲良く遊んだのがワオリだった。その無事を知って涙が溢れて止まらなくなる。

「あぁ、ワオリ様も無事だと知れば喜んでくれるはずだ。」

 思わず貰い泣きするヤーグ。今でもすぐに飛んで無事を知らせたいと思ったのだった。

 

 ロックホールと呼ばれるこの住処は、入り口を抜けると円の形をした通路が続く。通路の左右に部屋があり、数名がその中で共に暮らしていた。また、円の真ん中は皆が集まる集会場の様な大部屋がある。

 入り口から最奥の部屋に長老が住んでおり、アルツェンは部屋の前で名乗りを入れると中に入り、やがてゼフィルート達は招かれた。

 部屋に入ると、そこは岩肌に囲まれた少し広めの空洞と言った場所だった。その壁にロウソクの光が多く灯っており、部屋の中は明るい。ベッドの上に髭の生えたダークエルフが座っており、その手前にテーブルが置いてある。そのテーブルを挟み込むように一人ずつダークエルフがいる。つまり3人が中央のテーブルを囲うように座っており、その前にアルツェンとゼフィルート達が入って来たのだった。

 入って来るなり、中央に座る髭のダークエルフが言った。

「よく来たな客人。ワシがこのロックホールの長をしておる『ブダネ』じゃ。」

 その言葉にゼフィルートが一礼を返す。

「突然の訪問、失礼した。俺はゼフィルート。現在はナチュラルフロンティアの戦闘指南及び顧問をしている。こちらは部下のヤーグだ。」

 紹介されてヤーグが一礼する。その横でマフモフがにこやかに手を振っていた。

「はて?ナチュラルフロンティア?聞いた事の無い名じゃのぅ。」

 髭を撫でながら思い出そうとするブダネにマフモフが言った。

「おじーちゃん、ヤーグ君はあたしのお友達ニャ~。」

 そんなマフモフの言葉に、ブダネは「ホッホッホ」と笑って見せた。

「そうかそうか。という事はライディンの者じゃな?」

「その通り。今我々はライディンの町を復興させている所だ。」

 それを聞いてゼフィルートの左側にいるダークエルフが問う。

「待て、ライディンは確か悪魔たちに滅ぼされたんじゃないのか?」

 まだ若い印象で、見た目はゼフィルートとそれほど変わらない年代に感じる。そんな若いダークエルフからの問いかけに、ゼフィルートはさらりと答える。

「だからこそ今復興をしている。」

 それを聞いてそのダークエルフが慌てたように言った。

「だからぁ、悪魔たちに占領されていたのではないのかと聞いているんだ!」

 やや興奮気味な口調は自分の聞きたいことを答えない事への苛立ちだ。そんなダークエルフにゼフィルートは端的に答える。

「されていたな。」

「ならばどうやって復興などできると言うんだ!」

「取り戻したからに決まってるだろう。」

「バカな事を言うな!悪魔に太刀打ちするなど出来るはずないだろっ。」

 興奮した挙句に怒鳴り散らすダークエルフ。そんな態度にゼフィルートは鋭い視線を向けると、「ウッ」と唸って身を退いた。

「お前は黙っておれ。」

 そこにブダネの一喝が入って、若いダークエルフは不満そうな表情でおとなくしくなった。

「すまんな。若いのが話を折ってしまった。だが俄かに信じがたい言葉を耳にした。今一度、説明をして貰えるかな?」

 ブダネの頼みに、ゼフィルートは頷いて語った。

 詳細は特に語らず、シュラハティニア大陸で四大公の一人パルドスを倒したこと。そして大陸全土を平定した事。それからこちらに戻り、悪魔たちを追い払ってライディンを取り戻したことを大まかに話した。

 先ほどのように淡々と行った事とその結果だけを語ると、聞いていた者たちが皆同じように信じられないと言う表情で固まっていた。それは後ろにいるマフモフも同じであった。

「そして今後もこの大陸を解放するつもりだが、やはり人手が欲しい。それでこちらに寄らせて貰ったと言う訳だ。」

 最後にそう付け加えてゼフィルートの話は終わった。そこから少し静かな時間が流れ、それぞれが話を理解しようとしていた。

「なんとも豪気な事だ。まさかあの悪魔の一角を倒したとは…。ならばその流れに乗るのも定めという事かもしれんな。」

 ブダネが呟く。それに右側でいたダークエルフも頷いた。

「左様ですな。ここでこのまま居てもやがて朽ち果てるだけでしょう。」

 眼鏡をかけたダークエルフだ。長老ほどではないが歳はとっており、後で聞いた話ではこのロックホールのやりくりを任されているとの事だった。

「お主がそう言うならば、今がその時だったという事だな。アルツェン、お主はどう思う?」

 ゼフィルートの隣で立っている精悍なダークエルフが返事を返した。

「ハイ、私と致しましても奴らに一矢報いる機会が頂ければと願います。ですから賛成致します。」

 そう言うと、ゼフィルートたちに顔を向けて頷いた。その顔は戦士の顔であった。ここまで苦汁を飲まされてきた悔しさを晴らしてやると言う意気込みが感じられた。

「あたいたちはもちろん行くニャン。」

 マフモフ達元ライディンのメンバーはもちろん戻る予定だ。マフモフ含め10名の者がここで生活しているとの事だ。

 そんな賛成の意見の中で、先程叱られた若いダークエルフが待ったをかける。

「ちょっと待ってくれ。それじゃあの集落に捕われた奴らは捨てていくって事か?」

 その言葉にブダネ達は黙り込む。

「なぁ、あいつらは今でも助けを待ってるかもしれねぇのに、見捨てていくのかよ。」

 先程もそうだったが直情的な性格なのだろう。若さゆえ言葉に熱が籠る。

「あれからどれだけ時間が経っていると思っておる…。万が一生きていたとて、救えるならば救いに行っておる…。」

 ブダネの説き伏せるような言葉に再び言い返そうとした若いダークエルフ。口を開くが、それ以上の言葉は続かず苛立ち露わに俯いてしまった。

「どういう事なんだ?」

 ヤーグが隣のマフモフにこそっと尋ねる。するといつもは元気いっぱいな感じの表情が悲しげになり、その耳が少し垂れ下がった。

「実は10日ほど前ニャン。食材を探しに森の中を何班かのグループで出かけたんだニャ。その内の一班が亜人たちに襲われて、連れ去られてしまったんだニャ。」

 それを聞いて来客である二人は納得する。

「何人いたんだ?」

「男女3人ずつの6人だったニャ。でも男のヒトは殺されてしまったんだニャ…。」

 ヤーグの質問に答えるマフモフ。すると前でいた若いダークエルフが自らの拳を床に叩きつける。その音に皆が視線を向けた。

「クソッ、俺に力があればあいつを…ディアを…。」

 俯いたまま肩を震わせる若いダークエルフ。その姿にブダネは悲しそうな目で見つめる。そこにマフモフがこそっと二人に教えた。

「あの若い子はおじーちゃんの孫で「プダラ」君て言うニャ。本当はいい子ニャンだニャ。でも、さっき言った連れ去られた中に恋仲の「ディア」ちゃんがいたんだニャ。何とか取り戻そうと行ったけど、悪魔がいて諦めたんだニャ。」

 その説明で納得したヤーグ。そして続けて聞く。

「悪魔ってどれだけいるんだ?」

「1体だニャ。後はゴブリンがほとんどだニャ。」

 そこまで聞いてヤーグはゼフィルートを見た。このヒトであればきっと倒せると期待して。

 しかしゼフィルートは何も言わない。皆が悲しんでいる中、表情を変える事無く長老の姿を見ている。

 そのまま少しして、プダラが何か気付いたようにゼフィルートへ顔を向けた。

「なぁ、あんたら強いんだろ?あいつら倒してくれよ。」

 突然の申し出。しかしゼフィルートは首を傾げる。

「なぜだ?」

「なぜって、ディアたちを救うためにだよ。」

「ならば自分が助けに行くべきじゃないか?」

「行けるなら行ってるさ!でも出来ないから言ってるんだよ。」

「なぜ出来ないんだ?」

 そう返されて口を紡ぐプダラ。あの時、集落へ連れて行かれたディア達を追って自分たちの元集落まで向かったプダラ達。

 だが、そこで待ち構えていたのは赤い身体の悪魔だった。その禍々しい顔にプダラ達は怖気づき、更には悪魔によって衣服を剥がされたディアたちの哀れな姿を目にしながら、プダラは何も出来ぬまま仲間に連れ帰されてしまったのだった。

 その事を思い出し、目に涙を溜めながら若いダークエルフは奥歯を噛み締めた。そこにブダネが口を開く。

「何にせよ、時間が経ってしまっておる。今の我らでは何も出来ぬし、お二人だけで危険を冒してここまで来て貰えたんじゃ。

 一先ず我らがおもむき、そこで力を貸して貰えるようお願いしてみようじゃないか。」

 祖父に慰められても、プダラは何も反応を示さなかった。

 実際、話の中でナチュラルフロンティアがパルドスを倒し、ライディンを取り戻したという説明で終わっている。だからゼフィルートが実際どれほど強いのかは説明を受けていないのだ。

 だからこそブダネはワオリに会って、協力を申し出ることを提案した。もちろん他のヒト達もそれに賛同した。

 しかしここでヤーグだけはゼフィルートの強さを知っているし、きっと助ける事も出来ると信じている。なのに助けない事に疑問を抱いたのだ。

「では我らはこれから支度を始める。故に明日出立という事で良いじゃろうか?」

 ブダネの問いかけにゼフィルートは首肯する。

「うむ。ならばお二人は今夜は部屋を用意するのでゆっくり休んで下され。」

「だったらあたいたちの部屋の空いてるとこに泊まるニャ。みんなヤーグ君に会うと喜ぶはずニャ。」

 旧ライディンでいたヒト達に会わせたいというマフモフの言葉に、ブダネは「ならばお願いする」と言って二人を任せた。

「アルツェン、皆に事情を伝えて移動の準備をさせるのじゃ。」

「了解しました。」

 一礼するアルツェン。そして部屋から出ていくのに、マフモフとゼフィルート、ヤーグは後に続いて部屋を出て行った。

「プロイム、荷支度を任せる。」

「分かりました。」

 眼鏡をかけたダークエルフ『プロイム』は頷くと、部屋を出ていく。そして残ったのは孫のプダラだが、先程から俯いたままだ。

「プダラよ。いつまでそうしておる?」

 敢えて厳しい口調で祖父は言い放つ。すると孫は姿勢を変えずに聞き返した。

「じいちゃんは本気でディアたちを見捨てるのかよ?」

 その言葉に一度深く息を吐いてから、ブダネは諭すように言った。

「見捨てる以前に、わしらは生き延びねばならん。そしてあの者たちの為に今のワシらが向かって行っても太刀打ちなど出来ん。

 その為にもまずはライディンに向かい、救援して貰えるよう願うしかないのじゃ。」

「でもその間にもディアたちは…」

 睨むように訴えるプダラ。しかしそこにいる祖父の視線は冷ややかで言葉を失くす。

「ならばお前一人で助けられるのか?何も出来ず、気持ちばかり吐くお前に誰が手を差し伸べてくれるのじゃ。

 ましてや先ほど客人に対してお前は失礼な態度しかとっておらぬ。

 少し頭を冷やすのじゃ。身支度をしてよく考えるのじゃ。」

 そう言うと、プダラは再び悔しそうに奥歯を噛み締め、そして逃げだすように部屋を出て行った。

 灯りの炎が揺れる様を見ながら、ブダネは長く深いため息を吐いたのだった。


「ゼロさん、何で助けないんですか?」

 部屋を出た後、ヤーグが唐突に尋ねる。それにゼフィルートは視線を向けるだけだ。そのまま先を行くマフモフの後ろをついていく。

「あれじゃ、可愛そうじゃないですか。ゼロさんだったら倒せるんじゃないですか?」

 しつこく食らい付くヤーグ。ゼロは一度おもむろにため息を吐いてヤーグを見る。

「ヤーグ。お前はここに何をしに来たんだ?」

「何って、偵察じゃないですか。ダークエルフの集落に向かい、生きているヒトがいれば勧誘する。」

「そして勧誘して連れて帰るとなった場合、気を付けるべきは?」

「ライディンまでそのヒト達の身を安全に…!」

 ヤーグの言葉が途切れた。

「そういう事だ。この大陸は奴らが占領している。その悪魔を倒すという事は他の悪魔たちにこちらの行動を教えるという事になる。我々よりも狡猾な奴らだ。この場を突き止め、そして移動中も攻撃を仕掛けて来るだろう。そうなった場合に全員を守りながらライディンまで行くのは難しくなる。」

 ゼフィルートの説明を聞いてその考えは理解できた。今回ゼフィルートにこの集落を進言したヤーグは、最初自分だけで行くつもりだった。

 だけど一人では危険と判断され、ゼフィルートがわざわざ付いて来てくれることになったのだ。

 そしてワオリに念を押されている。

「ぜったい無茶はしない様にですよ!」

 折角助かってウミミンによって癒して貰った身体だ。自分の強さは分かっているし、何よりマフモフたちを無事にライディンまで連れて行ってあげなければならない。

「そうですね…。今はマフモフ達を連れて行ってあげなければですね。」

 前を歩くマフモフは振り向くことなく進む。

「仲間を思う気持ちは分かるが、こちらもまた今いる者たちを考えなければならない。我慢だ…。」

 そう締めくくった会話の後、ヤーグは多くの仲間と久々の再開を喜ぶことになった。しかし、その心の中に一抹の悔しさが滲んでいた。


「プダラを見なかったか?」

 再開を喜ぶヤーグ達の部屋へアルツェンがやってきて尋ねる。もちろん長老の部屋を出てからその姿を一切見ていない為、マフモフがきょとんとして聞き返す。

「来てニャいニャ。どうかしたニャンかニャ?」

「姿が見えないのだ。あの後身支度をせよとブダネ様が部屋を出て行かせたが、再度呼びに探しているがどこにも見当たらない。

「ニャンと!」

 驚く部屋の者たちの中、ヤーグはゼフィルートを見る。深刻な表情をしながら頷き返すゼフィルートに、ヤーグは同じ意見だと悟った。

「外に出たのではないのですか?」

「いや、門番をしていた者に聞けば姿は見ていないとの事だ。」

「他にここから外に出る道は?」

 続けざまの質問にマフモフが答える。

「それはニャいはずニャ。だからこそ今まで攻められることなくここは済んでるニャ。」

「だがそれだとどこかに居ようものだが見つからない…。」

 そうヤーグが考え込んでいると、ゼフィルートが尋ねた。

「さっき召集をかけていたが、その時門番は配置していたのか?」

 説明を行うために全員を呼んだ時の事だ。それを指摘されてアルツェンは急いで部下を走らせる。

「直接俺たちが行った方が早い。」

 そう言ってゼフィルートが部屋を出る。それに続いてヤーグやマフモフが続き、アルツェンも入口へと走った。


 門番はやはり召集が掛かってこの場を離れたらしかった。つまりその間は誰もいなかったため、プダラが出て行った事は十分想像できた。

「ヤーグ!」

 ゼフィルートの呼び声にヤーグは岩をくぐり抜ける。ゼフィルートも同じく滑り込んで外に出る。

 すでに日は沈み始めて、薄暗くなり始めた時間。ヤーグは低空に飛び上がると、集落のある方向へ目を凝らす。森の向こう、つまり集落の近くで姿が見えた。

「見つけた!…がもうすぐ集落に着いてしまう。」

「チッ、ヤーグ止められるか?」

 ゼフィルートの言葉にヤーグはその翼をはためかせた。

「行きますっ!」

「すぐに追う!」

 目にも止まらぬ速さでヤーグは飛翔すると、ゼフィルートは今出て来たアルツェンに告げる。

「集落に向かったらしい。ヤーグが止めに向かったが、場合によれば戦闘になる。」

 アルツェンは即断し、後から来た部下へ指示を出した。

「部隊員10名は私に続け。後は守りと長への報告を頼む。」

 その見事な判断力と指示にゼフィルートはアルツェンに対する評価を更に上げた。

「俺も共に行く。急ごう。」

「!頼む。行くぞっ。」

 アルツェンの掛け声に部下たちは駆け出し、ゼフィルートもそれに続いた。薄暗い森の中だが、ダークエルフは見事な速さで木々の間を走り抜けていく。その統率力はパラヤにも学ばせたいと思うほどだ。

 そんなゼフィルートの背後に、四本足で駆けるマフモフが追いかけていた。

「危険だぞ。」

「分かってるニャ。でも、あたいはアルツェンさんの次に強いニャ。だから一緒にがんばるニャ!」

 考えてみれば、単体でこの森の中を狩りしていたのだ。それだけの格闘能力は既に見ているため、ゼフィルートは追従を許す。

「分かった。だが絶対無事でいるんだぞ。」

「もちろんニャ。あたいもワオちゃんに会いたいニャ。」

 その言葉に微笑んだゼフィルートは、その後次第に精神を研ぎ澄まさせていく。

 ここは解放されていない悪魔たちの領地。瘴気の漂う中でいつどんな事があるか分からない。細心の注意を払いながら、奪われたダークエルフの集落へと向かうのだった。


お読み頂きありがとうございます。


気付けば、前回のお話で第2部も20話を超えていたのですね。

短い時もありましたが、まさかここまで書けるとは本人も驚いております。

何より、こうしてお読み下さっている方々がいるという励みが、私自身のやる気に繋がっております。

改めて、心から感謝申し上げます。


さて、ナチュラルフロンティアも準備がかかる間、ゼフィルートとヤーグが活動し、第1部でいたマフモフが再び登場しました。

実は違う人物を入れようかとも思ったのですが、やはりあれだけワオリと仲良かったマフモフがいない訳にいかないなと思い、こうして再登場してもらいました。

ミムジアナはすでにいませんが、彼女の明るさを引き継いで頑張ってもらおうと考えております。


それと次回ですが、少々難儀な問題が起こっております。

突っ走ったプダラ君を追うようになるのですが、問題とは囚われたディアちゃんたちです。

実は今回を書くために、【18禁】として「サキュバスちゃん英雄譚(仮)」を書いてみたのですが、

やはりこちらの内容にするのは、色々と制限させてしまう事になるわけです。(アタリマエダ!)

下手すれば18禁BANになる訳ですが、そうならぬようにと考えながら書いておりますので、

次回は今しばらくお待ちくださいませ。


ついでにサキュバスちゃんの方も、今年中に2話目をお送りしようと考えております。

こちらともども、宜しければよろしくお願い致します。

それでは、また次回まで。

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