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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
7/93

初めてのお別れ

 リオンが紹介された時、団長が納得するのは難しかった。

 幼いリオンは戦えるというが、戦闘に役立つとは思えない。しかも、顔に深い傷痕を持つ子供だ。

 普通に考えてどこかから逃げ出しているか、誰かに追われているのではと思い、皆に被害が被ることを恐れて納得できるはずがない。

 でも、ミューの祖母である老婆『プリュフ』が話をしたこと、それとリオンが1,000コイルを運賃として払ったことで同行の許可は下りた。

 聞けばこのキャラバン隊『西風商団』で一番の儲け頭はこの老婆であり、昔からいることで今や長老的存在らしい。プリュフの口添えによって皆が納得した。

 一応、幼い少年が一人で西に向かうのを見捨てていく程薄情な団長ではなかったことも理由にしておく。

 こうしてリオンは集団で旅することになった。


 一般だとキャラバン隊は各商人が大型の荷車を所有しており、その車を馬などの動物に引いてもらって移動する。この西風商団は12台の馬車が移動しており、その周囲は雇われの護衛兵が馬に乗ったりして囲んでいる。

 今、20名の護衛が付いているが、今回リオンが加わって21名となった。でも、幼いリオンは彼らにしては笑いの種にしかならず、リオンはミューたちの馬車に乗せてもらう『居候』という形で加わった。

 昼間は荷車の操作台で運転するミューとプリュフの横に座っている。歩かずともそれより早いスピードで移動する馬車は便利で、同行して良かったとリオンはニコニコと馬車に揺られていた。


 晩になってみんながたき火を囲む。それぞれの食糧を持ち寄り、仲間と分け合って楽しく食事をする。煌々と燃える炎の上に鉄鍋を乗せ、そこに野菜を入れて蒸す。その野菜から出た水分を使って今度は肉類などを入れて煮ていき、具材が良い加減で煮立ったら味付けし、最後は塩コショウで整える。

 一団の中で衣服などを扱う『シャリー』が料理上手で、ミューがそれを手伝う。そして警護兵にも振るわれながらみんなで楽しい夕餉になった。ミューに渡してもらってリオンも嬉しそうに食べ始める。

「あら、何かミューの彼氏みたいだね。」

 並んで食事を摂るリオンとミューの姿を見て、シャリーが自分の器を持ってやって来た。それを聞いてミューが顔を赤くする。

「何言ってるのよシャリーさん!リオンとは友達です。」

 そんなムキになる姿が微笑ましい訳だが、シャリーはリオンの横に座ると、その顔の傷に気付いた。

「え~っと、リオンだったっけ。凄い傷だね。痛くないの?」

 すると咀嚼しながら横を向いたリオンは、口内の物を飲み込んで答えた。

「うん。痛くないです。」

 そうして再び『肉野菜の煮込み』を頬張る。

 まぐまぐと一心不乱に食べる姿にシャリーは自然と微笑む。

「なるほど。この子は食い気が一番か。それじゃあミューが迫ってもダメね。」

「シャリーさんっ!」

 お冠なミュー。その様子にシャリーは妖艶な笑みを浮かべる。

 褐色肌でグラマラスな肢体を持つシャリーは、ミューの両親と親友だった。そのため、二人が亡くなってからはミューを娘の様に見守っている。だからこそミューに近づいて来た(と思った)リオンを見に来たわけだが、全く心配する必要はない様だった。

「シャリー。あまり言ってたらミューが泣き出すぞ。」

 また一人、ミューたちの所にやって来た。

 今度はがっしりした少し浅黒な肌の女性だ。身には革製の胸当てなどを装備しているが、どちらかというと半裸に近い衣装だ。体中の至る所に傷が見受けられる。

「も~、クォースさんはもう少し身なりに気を付けてください。」

 慌てた様子でミューが言う。しかし、そのクォースという女性は落ち着いた口調で応える。

「ん?あぁ、今夜は休憩だから鎧を外してきたんだ。それに見られても減るもんじゃない。」

 そう言ってシャリーの横へドカッと座り込む。そして煮込みを一口含む。

「ん。流石シャリーだ。上手いよ。」

「フフ、ありがと。」

 仲の良い二人が楽しそうに喋る。クォースはこの商団の護衛兵の一人で、女性戦士だ。荒っぽい世界に身を置いていた為か、女性らしさに欠ける部分がある。だが、気は優しくよく女性であるシェリーやミューを大事にしてくれる。特にシェリーとは気が合うためか、今では団でなくシェリー専属の護衛に思える。

「それにしても、良く食べるね?」

 シェリーの両隣は黙々と煮込みを食べている。クォースがそうなのはいつもの事だが、幼いリオンは小さな口に次々と放り込んではマグマグと咀嚼し、再び口に入れる。一生懸命食べてる姿にシェリーが声をかけた。その言葉に、リオンは顔を向けてにっこり笑う。

「うん。すっごくおいしい。」

 そしてまた一心不乱に食事を続ける。作った本人としては最高の賞賛だ。

「ウフフッ、嬉しいわ。そんだけおいしそうに食べてくれたら、作った甲斐があるってものよね。お替りが欲しかったらいくらでも食べてね。」

「うん!ありがとう。おねーちゃん。」

 口に少し残っているが、構わずにっこり笑顔で応えるリオン。

「あら♡嬉しい事言ってくれるのね。ミュー、私この子気に入ったわ。今夜一緒に寝ていい?」

 堪らない様子でシェリーがリオンの頭を撫でる。するとミューが驚いた顔で首を振った。

「ダメです。リオンは家で預かってんですからね。」

「も~、ミューのケチィ~。」

 それ見ていた周囲の人々が笑い出した。賑やかで楽しい食事。今まで味わったことのない素敵な時間に、リオンは楽しくなった。


 就寝時間になり、皆がそれぞれの馬車に入る。それぞれの馬車の中には寝るスぺースがあり、そこを普段は使うのだが、良く晴れた比較的安全と思える場所であれば、地面にシートを重ね、その上で夜空を見上げながら眠る。

 プリュフ、ミュー、リオンの順に眠っていたら、結局シェリーとクォースがやって来た。それで女性達は、幼い少年を真ん中に夜空を見ながら眠る。それまで一人で寝ていたため、久々にシーニャと一緒だった頃を思い出すリオンだった。


 それから三日が経ち、いよいよ平野に入った矢先でキャラバンは緊急事態を迎える。

 早速30匹のゴブリンと遭遇したのだ。前方にゴブリンを発見し、キャラバンは停止する。そして護衛兵は15名が前方に向かい、残り5名が守備陣形を敷く。

 ゴブリンに遭った場合、その数によって対処は異なる。10匹以下ならば護衛兵に相手をさせて、その間に先を急ぐ。無暗に相手して時間の消費を抑えるためだ。

 逆に50匹以上の大軍であれば退却する。命あっての物種だが、商人は商品を見捨てるわけにはいかない。先遣が発見次第に馬車の方向を変えて回避するのである。

 そして今回の中隊程度の数。

 逃げることも考えるが、見つかった以上は相手をするしかない。ゴブリンはしつこく追跡し、馬車に飛び乗ってくることもあるからだ。だからこそ護衛兵が必要なのである。護衛兵は皆それなりのベテラン戦士だ。

 瞬く間に戦闘は開始される。実際は一人で数匹のゴブリンは軽く相手できるのだが、それぞれが役割を持っており、一人の壁役に対してもう二人が順に倒していく3人一組のチーム戦法。

 戦いは速やかで効果的に終えた。護衛兵に深刻な負傷は無かった。そんな戦闘を見てリオンは見事だなと思った。初めて見る『連携』。一人で出来ない事を仲間が補う有効性は今のリオンには出来ない。でも、一方ではそれが必要でないほどリオンは強い。

(そういう戦い方があるんだ)

 そう知っただけでも今回は収穫だった。

「ね、強いでしょ。リオンが戦わなくても大丈夫なのよ。」

 横にいるミューが自慢げに言う。彼女はまだリオンが戦えるという事を信じていない。確かに強そうな感じはあるが、所詮は子供だと思っているからだ。

「うん。あれくらいだったら僕も倒せるよ。」

 リオンは何も考えずに答える。別に意味があって言うのではなく素直に思ったことを口にしているのだ。だが、それがミューの機嫌を損ねる。

「またそんな事言って。リオンも子供なんだから、見栄張らずにいればいいのよ。」

「見栄じゃないよ。何だったらこの次は僕も戦うよ。」

 子供同士の言い合い。でも、それは仕方のないことだ。お互いが言い分を通そうとするのは、大人でも行われること。また、そうしてヒトとの関わりを覚えていくため、隣で聞いていたプリュフは微笑を浮かべていた。


 ミューはこのキャラバン隊で生まれた。そしてこの中で育ち、皆から可愛がられている。だが、数年前の戦争で両親は殺され、それからは親の荷車を引き継いで頑張っている。そんな彼女には同年代の知り合いがいない。だからこそ自分と同い年のリオンに親近感を感じているのだ。

 そう言い合う内にキャラバンは動き出す。そんな騒がしい馬車の隣を、団長の馬車が通り過ぎていく。

「ほらミュー、先に行くぞ。」

 言われてミューが馬車を発車させる。そして西風商団は広大な平野を渡り始め

た。


 変哲のない広い平野。時折小動物がいたり、野牛が群れで移動をしているが、あとはずっと広い草原が続く。見晴らしは良いが、馬車に揺られているとついつい眠気が襲ってくるのは、ヒトとして仕方ないだろう。2時間おきに休憩を挿みながらキャラバンは西へと向かう。

 やがて戦場跡に辿り着く。多くの遺体が生々しく残るその地は異様な臭気を放ち、無惨な光景は見るに堪えない。まっすぐ進みたいが、一行は大きく迂回する。遺体を踏みつけて進む訳にはいかないし、商品に臭気が付いてもいけない。何より、精神的に離れていたいという気分だった。

 そして一行は南に向けて走る。数キロにわたる戦場跡を超え、改めて西へ進路をとる。

 通り過ぎる間、ミューは黙ったままで、顔色も良くなかった。やがて戦場跡を通り過ぎると、皆が安心したようにため息を吐き、まだ緊張が残りつつも笑顔を見せた。

「ふぅ。やっぱり嫌だよね。あんな風に遺体が残されるのって。」

 前方を見ながらミューが呟く。

「う~ん、お墓を作ってあげるべきだよね。」

 リオンはかつてシーニャと行った埋葬を思い出していた。

「…そうよね。上から言われて仕方なく戦って、それで死んだらそのまま放ったらかしにされちゃうなんて。あまりにも酷いよね。」

 本当はちょっと違う意味で呟いたミューだが、リオンの言う言葉に少し反省した。薄気味悪いのには変わりないが、それはこの死んだヒトたちのせいではない。死んだヒトをそのままにしておくヒト達が悪いと考えなおした。

「・・・結局争いは何も生まん。いつになってもヒトは争い、結局罪なきヒトが敢え無い最期を迎えてしまう…。悲しい事じゃよ。」

 神に祈りを捧げるプリュフが語る。それを幼き二人は耳にし、争いが如何なる物かを意識した。


 それから1時間して馬車は止まる。休憩にはまだ早い。だが、前方での争いを目にしては、止まっているしかなかった。

 まだ距離はある。先遣の護衛兵が争いを見つけたために様子を伺っているのだ。ぶつかり合うのはヒトとゴブリン。ヒトはベルグシュタッド兵の様で、背に王家の紋章が入った『幟』を立てている。遠目で分からないが、それなりの数が戦闘を行っているらしい。ミューたちの馬車の横に団長が寄せてくる。

「婆様、少し様子を見るが逃げるべきだな。ゴブリンが生き残れば当然として、ベルグシュタッド兵は性質が悪い。このまま真っ直ぐ行きたいところだが、今度は少し北に迂回しようと思う。」

 プリュフが頷きで応えると、団長は皆にその旨を伝える。そして一行が行き先を北に向け動き出した。

「助けないの?」

 リオンが尋ねる。するとミューが言い出すより先に、プリュフが言う。

「あぁそうだよ。うち等は商人たちだ。あのような争いには無縁な集団。下手に関わったら死人が出てしまう。戦っているのは兵士さんだからね。手伝う事も無いよ。」

「ふ~ん。そっかぁ。」

 リオンは二人を隔てて向こうで行われる争いを見ていた。その間に馬車は移動するが、リオンが何かに気付く。

「あ、終わったみたい…。ゴブリンが残ったよ。」

 かなり遠くの事だが、リオンはドラゴンによってそれらを見る能力を持っている。その目がさっきからの争いを見ていた。「助けないの?」と尋ねたのも、既にヒトの軍勢が劣勢だったからだ。

 その言葉に二人は驚くが、プリュフがいち早く叫ぶ。

「急ぐのじゃ。ゴブリンが来るぞ!」

 それを聞くや否や、団長が全体に指示を出す。馬車の速度が上がり、護衛兵たちも前方と後方に分かれる。最大速度で振り切ろうと、一同は北へと向かった。

 ゴブリンは素早い。小柄な体型がそれを意味するが、馬の速度とスタミナには敵わない。それから10分間走った所で何とか逃げ延びる。だが、馬も全力疾走しただけにくたびれてしまい、休憩を取ることになった。

「あまり長居は出来ない。」

 団長が言う。それもそのはず。さっきの場所から予定より北に逃げたため、野獣の出現ポイントに来てしまっていた。太陽はまだ沈んでいないが、沈むまでには南下して安全な場所に進むべきであった。

 そのため、馬車の連結は解かず馬たちを休ませて、半時間してから進むことにした。そのまま行くにしても、もしも馬が動けなくなったらここで夜を明かす羽目になる。それは夜行性の野獣たちに襲ってくれという様な物だ。

「リオンはさっきの争いが見えてたのかい?」

「うん。」

 馬車で休憩を取るプリュフがリオンに尋ねた。ミューとリオンは馬たちに水とワラ草をやっている。問われて元気よく答える声に、ミューがまたも驚く。

「って君、一体どれだけ目が良いのよ。」

「んっ?え~と、集中するとだいぶ向こうの方までは見えるよ。」

 プリュフが呆気にとられる孫の姿を尻目に、リオンに尋ねた。

「ではリオン、今ここから周囲を見渡して、こちらに襲って来そうな動物はいるかい?」

 そう言われてリオンはぐるりと見渡す。

「え~と、木の陰とか建物の向こうとかは分からないけど、今のところは大丈夫と思う。何か寝てるおっきな猪とかはいるけど。」

「!どこに?」

「ん~と、あっちだね。歩いて5分くらいのとこ。」

 北西の方角だった。多分『ビッグボア』という2メートルの猪だろう。突進力があり、城門さえも破壊する威力だ。馬車なんかひとたまりも無い。

「リオン、すまないが周囲を見ていてくれないかね。もしもこっちに来そうだったら教えておくれ。」

「うん、わかったよ。」

 こうして一行は無事に南下していくのだった。

 リオンの目を知ったことで、一行は安全な道を進むことが出来た。事前に争う場所があれば避け、その際迂回ルートの探索もリオンが行った。時には避けられない場所があるが、護衛兵の働きによって難なく突破していく。


 それから20日が経ち、ウインダーマイルまであと3日で到着できるまでになった。もう目と鼻の先という安心感が生まれる中、ミューは少し暗い表情を見せるようになる。夜の食事であまり喋らないミューにリオンが尋ねる。

「どうしたの?元気ないね。」

 ミューはハッとしてから首を振る。

「えっ?そんな事ないよ。」

「そう?」

 するといつもの様に隣にいたシェリーが意地悪く微笑む。

「ウフフ、そっかぁ。そりゃあ仕方ないよね。」

 シェリーにはその理由が分かっていた。そして笑顔をミューに向けると、ばれたと知った少女は顔を赤くして背ける。

(そりゃあ仕方ないわよね。初めての同い年の子なんだから)

 そう感じて食べているリオンの頭を撫でて語りかける。

「ねぇリオン。もし良かったらこのまま一緒に来ない?毎日おいしいご飯食べさせてあげるわよ。」

 口一杯に頬張って咀嚼するリオンが視線を向ける。そしてそれを飲み込むと、少し申し訳ない顔で言った。

「うん、おねーさんのご飯は食べたいけど、僕、おねぇちゃんを探さなきゃいけないんだよ。」

「・・・そっかぁ…。そうだね。仕方ないよね。ゴメンね、変な事言って。」

「ううん、誘ってくれたのは嬉しいよ。ありがとうおねーさん。」

 そう言ってまた食べ始める少年の頭を撫でるシェリー。だがその視線は彼の向こうに座る、寂しげな少女へ向けられていた。


 そしてウインダーマイル目前にやって来た。目的地へと辿り着く安堵感が漂う中、少女の心は沈む一方だった。せっかく出来た友達との別れ。20日程を共に暮らせば、幼いミューにとって別れは寂しくて悲しいことである。気兼ねなく話せる同年代だからこそ、貴重な存在なのだ。でも、リオン自身を縛る事は出来ない。彼は彼の目標があるのだから。

 昼を過ぎ、あと1時間も走れば到着だ。今日はもう遅いから明日が出立となるだろう。だから、今夜はいっぱいお話して、明日笑顔でお別れしようと思った。

 そんな少女の気持ちを時代は叶えてはくれない。

「止まって!」

 リオンが叫ぶ。その声に隣を走る団長が号令を出した。それによって一団は止まり、先遣は望遠筒を覗く。

「どうしたんだいリオン?」

 プリュフの質問にリオンは直ぐに答えない。だが、その顔は深刻だった。そのうち、先遣が何かを発見し、こちらへ戻ってきた。その血相からも良くない事態であることが伺える。

「ウインダーマイルへ亜人たちが迫っている。」

「何だと!」

 団長が唸る。そこに他の馬車のヒト達がやってくる。そして先遣の兵が状況を説明した。

「この先を亜人の大軍が迫っている。分かる範囲で数は1,000を軽く超えている。中には巨大な亜人の姿もある。」

 その報せに一同は顔を蒼ざめた。何故この時に大軍が押し寄せるのか?しかも『文芸の町 ウインダーマイル』に。


 オルハノコス西部にある不可侵条約に守られた港町。ヒトはこの地を侵してはならないとされ、世界中の知識の宝庫として多くの書物が管理されている。

 その建物が街の真ん中にある『世界図書館』で、城のような建物に多くの書物が収納されている。更にこの地は『書士』がたくさんおり、世界中の様々な情報を仕入れては、未来に遺すための歴史書を作製する『歴史機関』が存在する。そのような文学と共に、音楽や絵画などの美術も盛んである。それによって街自身も華やかで美しいし、流通も盛んである。


 そんな街だからこそ、軍隊という存在は無い。一応街が警備や防衛目的で戦士を雇っているが、今迫り来る亜人の軍勢相手ではどれだけの被害が出るか分からない。

 西風商団も普段ならばその状況を回避する。しかしウインダーマイルには、この商団の拠点となる倉庫が存在しており、街を攻められたりしたら倉庫もタダでは済まないだろう。それどころか、この後向かう『イデアメルカートゥン城塞都市』で売買を行う商品はそこにあるのだ。ここを避けることは、商人としての大きなビジネスチャンスを逃すことになる。

 だけど、命あってのお金である。ましてや女性もいるし、護衛兵たちも『護衛』が専門であって、本格的な大型戦闘ができる訳でもない。1,000以上もの亜人と戦う術など無かった。

「このまま様子を見ることは出来ないしな…。」

 一人の護衛兵が言う。それもそのはず。あれだけの大軍が向かうのだ。後から集まってくる亜人たちがいても不思議はない。

 正直こんな状況だと「どうして亜人の大軍が?」や「なぜあそこを攻めるの?」という疑問が出ても不思議ではない。だがこの商団に至ってはそのような考えは出ない。物事が発生している時点でその言葉は役に立たないからだ。勿論解決のために必要な要因ではあるが、今置かれた状況では「どう行動するか?」が一番重要な問題であり、それを誤れば『死』を迎えることにもなる。大移動を行うキャラバンだからこその考えである。

 しかし、解決の糸口は見つからない。長い旅路の果てに来たため、ここからまたどこかに向かうにも10日以上は必要となる。そこまで備蓄も無かった。大きく回り込むほどの距離も無いし、向こうには弓矢がある。攻撃目標にされるのがオチだ。

 困り果てた一行。

 大人たちが相談する中、一人だけ行動している者がいた。

 リオンである。皆が気付かないうちに馬車の中に入ると、それまで荷物袋に入れていた鎧を身に付けていく。そして盾を持ち、背中に槍を収めて再び外に出る。

「リオン?!…何その格好?」

 帆の中から出てきたリオン。蒼銀に輝く鎧は見た事の無いデザインながら実用性は高く、手にした盾と背中のランスの大きさはとても小柄なリオンには扱えそうにない感じだった。その姿を見てミューは目を見張った。その声に視線を向けた皆も同じような表情を向ける。その視線の中、リオンは馬車を降りて周囲を見渡し、一度頷いてから皆に向いて話す。

「お世話になりました。今、この周辺には何もいないよ。だからここで少しの間待ってて。その間に僕がやっつけるよ。そしたら一斉に町へ向かってね。」

 当たり前のような口調。驚きで何も言いだせない中、彼と共に過ごしてきた少女が大声で言った。

「何言ってんの!そんなの無理よ。」

 ミューは怒りを孕んでいた。でも、リオンは平然とそれに向かって告げる。

「無理じゃないよ。数は大体2,000くらいで、その内大きいのは30体。あと、500は武装を身にまとった『ホブゴブリン』だね。時間は掛かるけど、倒せない相手じゃない。」

 ホブゴブリンとはゴブリンより大きな体をしたゴブリンで、やや青に近い皮膚のゴブリンだ。素早さでなく力強いのが特徴で、重装備に身を固める。勿論ゴブリンだから、集団戦闘は得意である。

「ばっ、馬鹿な事言わないのっ!そんなの人じゃ無理よ。ましてや君は子供じゃない。ここに座っていなさい!!」

 ミューがさっきまで彼が座っていた場所を指差す。

 だが、リオンは首を左右に振るだけだ。そしてそのまま横にいるプリュフに目を向ける。

「婆ちゃん、色々ありがとうね。団長さんたちも。おねーさん、ご飯おいしかったよ。」

 そう言いながらみんなに話しかける。流石に皆が彼の名を呼ぶ。

「おいリオン、馬鹿な事言うんじゃない。」

「そうだぜ、もう少しみんなで考えよう。」

「リオン、早まった事言わないで。ね。」

 誰もが彼を心配してくれていた。その様子にリオンはこのヒト達に会えてよかったと思った。

 だからこそ、その恩に報いる必要がある。そう決心したら遂行するのがリオンという少年なのだ。

「みんなに会えてよかった。でも、ここでお別れするね。

 師匠に言われたんだ。戦ったら、ヒトに嫌われるって。

 だから、皆を巻き込む訳にいかないんだよ。」

 そう言ってこれから向かう先を見据える。そこで少女が今までで一番大きな声を発した。

「バカァーッ!リオンのバカっ、行ったらダメだよ。行かないでよ。

 せっかく仲良くなれたのに、どうして言う事聞いてくれないのよー!」

 感情を露わにした声。この声に同じ団員たちが驚いた。

  今まで子供らしい一面など見せた事の無いミュー。両親が亡くなって、それから祖母とがんばろうと一生懸命大人の様に振る舞っていた。それが子供らしく泣き叫び、我が儘を言う。そんなミューを見てシェリーが涙ぐむ。

「ミュー、我が儘を言っちゃいけない。」

 そんな傍らにいたプリュフが言葉をかけた。珍しく威厳ある言葉にミューが涙を流しながら黙る。

「いいかい?皆も良くお聞き。リオンは子供だけど一人の戦士なんだ。レッドドラゴンに育てられた大陸でも指折りの戦士なんだ。そんなヒトが決意した。それを止める権利なんて、誰にもないんだよ。」

 強い口調。ミューは何か言いたげに「だって」と小声で繰り返す。

 でも、祖母の見えない圧力に言葉が出ない。そして目を瞑るとぽろぽろと大粒の涙を零し、祖母に泣きついた。そんな孫を優しく抱きながら、プリュフは少年の背に向かって語る。

「リオン。すまないね。私たちはあんたに大きな世話をかけてしまう。なのに何も返せない。」

 するとリオンは背中を向けたまま言った。

「うん、僕こそお世話になったもん。それに、ここまですっごい楽しかった。だから、皆が困ってるのは見たくないよ。そのお返しにこれ位させてよ。」

「これくらいって・・・。」

 誰かが呟いた。少女の泣き声が響く中、リオンは一呼吸入れる。

 彼自身、初めて感じる別れの寂しさだった。でも、何時までもそうは出来ない。前方では町を壊そうとする悪い奴らがいるから…。


「ちょっとお待ちよリオン。」

 そうプリュフが呼び止める。それで顔だけ振り向くと、プリュフがミューに何かを言った。グズるミューだが二言ほど話をされて、馬車の中に入って行く。そして出て来ると、馬車を降りてリオンのとこまでやって来た。その手にリュックを抱いて。

 そして前まで来ると、凄く恨めしそうな顔で睨みつける。そのまま胸に抱いていたリュックを突き出した。それに目を向けるリオン。すると、

「前に買った干し肉と乾燥パン。これに詰めといたから背負っても大丈夫でしょ。」

 初めて会った時を思い出し、正面に向いて受け取るリオン。だが、最後にミューがカバンを掴んで離さない。不思議がるリオンに、ミューが俯いて言った。

「もう、どうせ言ってもきかないんだから、勝手に戦いに行けばいいのよ。」

「・・・うん。」

「そしてそのまま大好きなおねぇさんの所に行っちゃえばいいのよ。」

「・・・うん。」

 そこで少し間が空く。わずか数秒。そしてミューが手を離し、リオンは礼を言って受け取る。そのまま背中へ背負う。と、ミューの横にシェリーがやって来て彼女の両肩に手を置いた。

「リオン。元気でね。」

「うん。おねーさんもね。ご飯おいしかったよ。」

 それを最後の挨拶そして、シェリーはミューを揺する。俯いたままのミューに何かを催促した。だけど、変化はない。もう一度催促するシェリーに対し、リオンが声をかけた。

「じゃ、行くよ。向こうは待っててくれないから。それじゃみんな、元気でね。」

 駆け出すリオン。その姿に皆が礼や別れの言葉を叫ぶ。そしてシェリーが再度ミューに囁いた。

「ほら、きちんと挨拶しなさい。言う事言わないと、後で後悔するわよ。」

 かつて少女の母親に言えなかった事がある。その苦い経験をその娘に味わってほしくなかった。すると、ミューが一歩踏み出し、大きな声で叫んだ。

「バカリオンーっ!絶対また会いに来なさいよぉ。死んだら承知しないんだからぁー!!」

 その声に駆けて行くリオンは大きく右手を挙げて応えた。その姿が見えなくなるまで、少女は手を振り続けたのだった。


 この後、西風商団はウインダーマイルを経由し、90日後には無事イデアメルカートゥンへと辿り着く。その先々で竜に育てられた少年の話をして行く。

 そしてこの一団は数年後、大陸でも有数の巨大商団となっていくのでした。


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