大結界(ライディン奪還作戦)
惑星エアルス。神々が作り上げた光天歴は1000年を迎えて終わり、新たな時代は悪魔たちによる魔天歴へと変った。
そしてワオリたちの活躍によってシュラハティニア大陸が解放され、世界は悪魔や亜人たちを倒そうと動き始める。
そして1007年。
別れと再会によって新しく生まれ変わったワオリたち。
【ナチュラルフロンティア】と名付けたことで、皆は仲間としての意識をより高めるようになった。更には大まかながら役職任命や部隊編成を行い、役割を与えられた事で各々は自分の行動に責任を持つようになった。
そしてナチュラルフロンティアは、ライディン奪還へ向かう。
絶対数の違いや敵の増援など色々不安要素はあるが、ウミミンの策を頼りに皆は戦いに挑むのであった。
太陽が傾き始めた頃、廃墟と化したライディンの周辺では、ゴブリンたちが徘徊している。先日騒動があり、以来そこには数体の悪魔が待機していた。
「この間逃げたばかりだ。そう早くに現れるとは思わんがな。」
町舎前の広場に瓦礫の山が出来ており、その上で腰かける山羊の身体に黒い翼を持つ悪魔が言った。目の前では岩の様なごつごつとした肌の人型の悪魔が腕を組んで西の方角を睨んでいる。
「…いつ来るかなど構わない。それよりも強者と戦いたい…。」
厳ついごつごつした肌の悪魔は重圧のある声で呟くと、そのままじっと西を睨む。
「ホント好きだな。俺は強くなくていい。せっかくの弱く愚かなヒト共を遊んでやれたらそれでいいさ。」
有翼の山羊は長く先の割れた舌をちょろちょろ出して愉悦をうかべる。
「エスペティッカ様の話だと、パルドス様を殺した奴らだろうとの話だ。ならばそれを倒して我が糧とすれば、我は更なる力を得るはず。」
「ほぅ、それは興味深い。ならばパルドス様の魔力を得られるかもしれないという事か。」
「そういう事になるな。」
厳つい悪魔が語ると、それに興味を示す有翼の山羊。巨大な魔力を得て己の力を強化することを悪魔たちは求める。
「なら俺もやる気を出すとしよう。あれだけの魔力を得られるならば、大公と行かずとも将軍にはなれそうだからな。」
そんな山羊の言葉に厳つい悪魔は押し黙った。互いに主観が違う以上、言い合っても無駄な事だ。そして崇拝する悪魔将軍エスペティッカの命令でこの地を守護している以上、その命を忠実に守るだけである。
そこにもう一体の悪魔がやって来た。緑色の緩いウェーブがかった長い髪で右目を覆い隠し、暗い肌をしたヒトの女性の姿をしている。肉欲的な体付きで青いレオタードとブーツだけを身に纏ってゆっくりと腰を振りながらしなやかに歩いてくる。
「どぅ?変わった事は無い?」
そう言いながら厳つい顔の悪魔の隣に立つ女性型悪魔。それに山羊の悪魔が答える。
「相変わらずだよ。全く来る様子はないさ。」
「あらそぅ…、それは残念ね。せっかく遊んであげようと思ったのに…。」
組んだ腕で胸を強調しつつ、人差し指で唇をなぞる。その扇情的な仕草に山羊の悪魔が身を起こした。
「だったら俺と遊ぶかい?」
誘いの言葉に女性型悪魔は品定めをするように眺める。
「遠慮しておくわ。」
「そいつは残念だ。」
互いにクスっと笑って視線を外す。そして女性型悪魔は厳つい悪魔に視線を送る。
「あなただったら楽しそうね。遊ばない?」
そう言って寄り添い、身体を密着させる。だが、厳つい悪魔は微動だにしない。暫くはそのまま這うように、ごつごつした脚へ自らの女性的な部分を当てていたが、反応しない事に少し怒り気味の嘆息を吐くと
「もぅ、つまらないわね。」
と言って離れた。山羊の悪魔がそれを見て笑う。
「そいつは無理だよ。ずっとそのまま西を見つめているんだ。来るかどうかも分からないのにな。」
そんな時だ。厳つい悪魔が突然女性型悪魔に視線をやる。驚きながらすぐに色気を漂わせながら
「あら?その気になった?」
と尋ねてみると、厳つい悪魔は呟くように言った。
「来たぞ。」
それを聞いて山羊の悪魔が翼を羽ばたかせて上空に舞う。そして西の方を見ると、ゴブリンたちが戦闘を開始していた。
「おぉ、本当に来やがった。」
楽しそうに叫ぶ声に女性型悪魔もにんまりと笑みを浮かべた。
「それじゃ、増援を呼んでおくわね。」
「頼む。ただし無駄になるかもしれないがな。」
厳つい悪魔の言葉に微笑むと、女性型悪魔は手から一羽の黒い鳥を生み出す。
「ほらお行き。」
空に向かって放つと、その鳥は北東の方角へと飛び去った。
「それでは少し待ってから行くか。」
厳つい悪魔は腕を組んで西を見つめる。
「あら?戦いに行くかと思ったわ。」
「ゴブリン共に敗れるようでは相手する必要は無い。ここまで来た時、その力を試してやるとしよう。」
それを聞いて女性型悪魔も近くの崩れた壁に腰を下ろして待つことにした。上空では黒い翼を羽ばたかせる山羊の悪魔が北を眺め、
「お、向こうにも集団があるからそっちに行ってくる。」
と言い残して飛んで行ってしまった。
攻めて来たと言うのに悪魔たちは焦りなどなかった。神たちに比べたら随分と劣った存在だ。身体能力も魔力も断然上の自分たちが敗れる事など無いと驕っていたからだ。しかも前回敗れて敗走した者たちだ。悪足掻きに来ただけだと舐めていた。
そんな悪魔たちは直に思い知らされるだろう。ヒトは大きな壁を乗り越える事で強くなるという事を。そして自分たちが如何に思い上がっていたかという事を。
「ちぇいやぁー!」
幼くも勇ましい声が響き、その青き魔刀の刃がゴブリンを斬り裂いた。更に鋭く振り込まれたことで、魔力の刃が後続のゴブリンを斬り倒していく。以前では繰り出す事など出来なかったワオリだが、マドカから得た思いによって様々な力を操れるようになっていた。マドカ自身は扇子で繰り出していた真空の刃を、ワオリは魔刀で繰り出す。さらにその魔力を加えている事で、30m先のゴブリンたちを一気に斬り裂いた。
その横でパラヤとバンたち守備部隊が3人一組となって戦線を押していく。単独で進むワオリをカバーしつつ、襲い来るゴブリンたちを盾で押し込み、道を開いていく。
そんな前線を横から回り込んで来ようとする亜人たちがいるが、ユズナの弓が集まっている亜人たちをまとめて蹴散らしていく。近くに集まったゴブリンたちを、真ん中の弦を弾いて真空刃を生み出し斬り裂く。
さらに今回は2つ目の弦を弾く事で、炎の矢がユズナの左右に5本ずつ合計10本の矢が現れる。矢と言ってもその大きさは投擲槍ほどもあり燃える槍は再度弦が弾かれる事で発射される。
「燃えつきなさい。」
ユズナが弦を弾くと、10本の炎の矢は弧を描いて広範囲に飛んで行く。そして地面に落ちると、そこから半径10m内に炎の柱が噴き上がる。直径20mの火柱が10か所。その周囲も高熱地帯が発生し、炎の矢が消えた後は焼け野原と化していた。
「あとでちゃんと浄化して元に戻すからね!」
焼いてしまった草などに詫びを入れながらも、今は亜人たちの駆逐に精を出すユズナであった。
ユズナがワオリ達の右側を駆逐していくのに対し、左側はウミミンが受け持った。ウミミンの職業は『ドルイド』といい、大いなる自然に精通した魔導士で、迫る亜人たちの足下の草を絡ませて身動きできない様にさせる。
「痛いけど我慢してねぇ~。」
身動きできなくなったゴブリンたちに向かって、更に呪文を詠唱すると、地面から太い茨が生える。
「やっちゃえー!」
生えた大木ほどもある茨がバタンと倒れ、ゴブリンたちを圧死させると、更にはその鋭い棘が伸びて周囲のゴブリンたちを串刺ししていった。
悲痛な叫びをあげながらドス黒い血を噴き出し、やがて霧となって消えていくゴブリンたち。仲間の泣け叫び消えていく姿を目の当たりにして、亜人の群れは恐慌に陥った。身を翻して逃げて行こうとするが、草によって移動することなど出来やしない。やがて新たな茨が生えると、涙を流すゴブリンたちを覆い尽くしていった。
ワオリたち西側からの襲撃と同時に、北側においてもレンたち攻撃部隊が南に向かって進撃する。こちらは速攻を旨とする攻撃部隊で、戦線を押し上げるというよりは大軍の中を切り裂いていくように突き進んでいく。
「お前らぁ、遅れるなよっ!」
先頭を突っ走るレンが声を掛けると、後方を2列縦隊で追い駆けて行く。攻撃力と速度に特化させたこちらの部隊は、戦場のかく乱を目的としている。押し上げるワオリたち本体が着実に町の中へと向かう一方で、その突破力で先に町の中へ入って敵の陣地をかき乱すと同時に、それぞれの配置などを捜索している。
「悪魔はいねぇな。」
ゴブリンやブラックゴブリンは相手していても、悪魔らしき姿はまだ見ていない。
そんな時、前方上空から圧力を感じて視線を上げる。そこには黒い翼を広げたヒトのような姿の山羊が飛んでいた。ゆっくりと移動しているのを見れば、どうやらこちらを観察でもしているようである。
「来やがったか!…野郎、こっちが空を飛べないと思って調子に乗ってやがるな…。」
別に空を飛べないという事ではないが、レンたちを自分より下等な生物だと見下しているのは確かだ。それが雰囲気で分かってレンは気に入らない。
やがて翼を持つ山羊は、レンたちを見下ろす形で声を掛けた。
「ゴブリンたちの中を突き進むヒトたちよ。よくぞまぁそれだけの数で攻めてきたものだな。」
呆れたという響きを感じさせる言葉。それを聞いてレンはより一層その悪魔を嫌いになる。
「上から偉そうにっ!テメェら如きこれで十分だってことだよっ。」
ケンカ腰の叫び。レンは口を動かしつつ迫るゴブリンを爪で切り裂いていく。すると頭上の山羊が不機嫌に問いかけた。
「貴様、俺を愚弄するのか?」
「だったら下りてきて勝負しろっ!」
基本悪魔は自尊心が高く誇り高い。それが自分よりも下の存在と思っている者から挑発されて、まっしぐらに上空から急降下していく。流石は上級悪魔と言えるだけの速度でレンの目の前まで下りてきた有翼の山羊。
しかしその挑発はレン達の作戦だった。目の前に来た山羊の正面から黒い影が襲い掛かると、その顔に拳が突き刺さる。そして、
「魔壊拳!」
そう呟くと同時に山羊の悪魔は跡形も無く霧と化した。それを気にもせずにレン達は前へと突き進んでいく。
「さすがはゼロさんだな。」
技を繰り出して悪魔を屠ったゼロがレンの横に下りて来た。
「あの程度ならレンも倒せただろう。だが今は時間が惜しい。このまま突っ込む。」
「了解、お前たち行くぜぇーっ!」
「「「オォーッ!」」」
悪魔を瞬く間に葬った事で部隊員たちのテンションが上がる。一方でゴブリンたちは、自分より強い悪魔が一瞬で倒されたことに恐怖し、次第に浮き足立って戦線離脱を始めたのだった。
恐怖は伝染し、ゴブリンたちは北の森へと逃げていく。本当はここで討ち倒しておきたいが、人手の足りない状況では仕方がない。こうしてレン達北側の部隊は町の中へと侵入していったのだった。
「やられたみたいだな。」
中央の広場にいる厳つい悪魔が北へ顔を向けて呟く。それに女性型悪魔はクスリと笑う。
「口ほどにもないわね。まぁパルドス様を倒したほどの者たちですもの。あの子は見下していたけど、4大公の一角になられるほどの力があったお方。少なくとも我々より魔力は高かったわ…。」
髪を掻き上げながら女性型悪魔は言ってのける。それを聞いて厳つい悪魔は嘆息する。
「巨人という身体能力も踏まえて強き方であった。ただ、己を鍛えると言う事を好まれなかった。その結果だろう。」
悪魔には上下関係がある。しかし自分の直系に対しては服従するが、それ以外には形だけの態度しか見せない。パルドスという悪魔は生まれながらに高い魔力と巨人という体格に恵まれていた。それだけで4大公の一角に選ばれるほどではあったが、それに胡坐をかいて楽な事ばかりやっていた。だからその態度に直系ではない悪魔たちは冷静な分析を行いながらいつかその座を奪おうと模索していた。それが2年前ヒト達に敗れた事で更に評価を落している。
「フフフッ、まぁせっかく来てくれたんですもの。せいぜい楽しませて欲しいわね。」
舌なめずりして笑みを浮かべる女性型悪魔。そして右手を北の方面に向けると火球が掌の中に灯った。
「さぁ、まずはこれでもてなしてあげるわ。」
火球が次第に大きくなって1mほどにまでなる。すると女性型悪魔は「行きなさい」と言って撃ち出した。真っ赤に燃える大きな火球が物凄い勢いで北入口へと飛翔する。途中で掠める壊れた壁が熱によって溶け、中には高温によってガラスのように輝いていた。
そして町を抜けて外に出ると、そこに先頭を行くレンが火球に気付く。
「うわっ、デッケェ!」
避けようにも、避けてしまうと続く者に直撃することが分かっている。かと言ってこのままでは火傷だけでは済まない。そう思った矢先、ゼフィルートが飛び出し、火球を拳で殴りつける。それによって火球は分解され、みるみるうちに消えてしまった。
「スッゲェ~。」
感嘆するレン達。そこに戻って来たゼフィルートが指示した。
「このまま中に入ったら西へ向かえ。」
「ゼロさんは?」
「今のを撃ってきた奴ともう一人悪魔がいる。そいつらを相手する。」
そう言い残してゼフィルートは走って行く。レン達の速度は決して遅くはないが、ゼフィルートは更に倍の速さで目の前のゴブリンたちを倒しながら駆けて行った。
「くっそぉ、やっぱ敵わねぇな!よし、このまま門に付いたら頼まれた物を置いて本体合流するぞ。」
レンの声に部隊員たちは返事する。既にゼフィルートによって前方は大きく開いており、速度を上げて走った攻撃部隊は北の入り口でウミミンから預かった物を置くと、そのまま西へと移動していった。
崩れた家屋。荒れた道。先日来た時よりも荒廃は進んでいるライディンという名であった廃墟。ゼフィルートは一気に駆け抜けると広場へと踊り出る。
「あら、来たみたいね。」
女の声がした。見ると暗い肌の女と、ごつごつした岩の様な体の人型が立っている。その体から放たれる魔力を感じれば悪魔であることは分かる。
両者が歩いてくるゼフィルートの姿を見た時、驚きの表情を浮かべ、それから納得したように笑みを浮かべた。
「その姿、インセクティアだったら納得よね。」
女の悪魔が言う。納得とはパルドスと先程の山羊の悪魔を倒した事だ。そして岩の悪魔は大きな拳を握りしめながら喜ぶ。
「ならば我が相手だな。面白い…。」
ゼフィルートの攻殻を見てそれぞれに対応を見せる。
「そうね。奴らインセクティアの攻殻は魔法が効かない…。つまり私は不利だからあなたに任せるしかないわ。一応サポートはするわよ?」
「あぁ、強き者のオーラを感じる…。協力を頼む。」
素直に協力を申し出たことに「あら?」と思いながらも、自分では何も感じられない目の前の存在に恐怖を感じる。
「…そうね。初めてだわ、ここまで来て魔力を一切感じない存在だなんて。パルドス様を倒したでしょうに吸収しなかったのかしら?」
「わからん。だがもうすぐ間合いに入る。気を付けろ。」
警戒する悪魔たちにゼフィルートは歩み寄っていく。迫る毎にその重圧感は強くなり、魔力を感じさえないその圧力に女の悪魔は冷たい汗をかく。一方の岩の悪魔も緊張を高めていく。
やがて10m少しの位置になって足が止まる。いつでも対応できるように構えてみせる悪魔たち。だが、ゼフィルートは話しかけた。
「お前たちがここを守る者か?」
その問いかけに面食らって見せるが、代表して女の悪魔が答える。
「あら良い声してるのね。そうよ、私たちがここを守っているわ。」
「そうか。」
そう頷き返すと、逆に女の悪魔が問いかけた。
「こちらからも聞くけど、あなた達はパルドス様を殺した者たちかしら?」
「あぁ、俺が滅ぼした。」
その答えに合点がいく。特級悪魔2柱を前にして落ち着いた態度は余裕を感じさせる。それが癪に障るが実際に感じる強者の圧力に、文句を唱えるつもりはない。
「もう一つ聞くわ。この世界を手中に収めた時、インセクティアは尽く殺したはず。しかもあなたからは魔力を一切感じない…。何者なのかしら?」
最もな疑問を投げかける。悪魔からすれば魔法が効かない相手は厄介であり、中でも強力な戦闘力を持つインセクティアは危険な種族だった。だからこそ真っ先に見つけ出し、攻殻が纏えなくなるタイミングを計って虐殺した。そのため、生き残っているインセクティアなどいないはずなのだ。
しかも目の前の黒い攻殻はずっと纏ったままでいる。普通であれば攻殻に喰われて自我が崩壊するか、己から纏いを解く筈なのである。そうした事からも相手が普通のインセクティアではないと判断する訳だ。
その問いに対してゼフィルートの答えはいつもの如く端的だ。
「俺はヒトだ。それ以上でも以下でもない。」
「バカな!攻殻を纏うヒトなど聞いた事ないわ。」
「ならば初めて見ると言うだけだ。」
「クッ…?」
その態度に怒りを見せたが、岩の悪魔が手を向けて制した事で押し黙る。
「問答は無用だ。敵が現れた。故に殺す。ただそれだけだ。」
「…そうね…。私としたことがアツくなってしまったわ。」
一度瞳を閉じた後、落ち着き払った女の悪魔は虚空から白く長い杖を取りだす。それに魔力を通すと、杖の先端から魔力の刃が現れ、杖は大鎌へと変形した。
今の悪魔もまた、身体に力を込めると肩と前腕部分が盛り上がった。肩の盛り上がりに比例して胸の辺りも盛り上がると、さっきまでよりも大きな体に変貌した。
「全力で叩かせて貰う。」
本来であれば迎え撃つ筈の悪魔たち。しかしゼフィルートの強大な圧力を前にして、挑む者のように振る舞ってしまっていることに気付いていなかった。
「ああ、戦士としての矜持だ。相手しよう。」
悪魔にしては潔い態度に好感を受け、ゼフィルートも戦士として迎え討つ事にした。
「行くぞ。」
互いにぶつかり合うように前進を始める。歩き出すゼフィルートに対してドスンと重い足音を立てて岩の悪魔が駆け出す。その一歩目につられ、二歩目にはスピードが上がった岩の悪魔。右拳を構えて5歩目には射程距離に入る。そして歩み来るゼフィルートの顔目掛けて右拳を突き込んだ。
ごつごつとした岩の塊が物凄い勢いで襲い掛かる。だがその攻撃をゼフィルートは易々と身を翻して躱し、拳の外側に回り込むと足を引っかける様に岩の悪魔の右足前に左足を置いた。
そのまま相手の足首を狩る様に足を引っかけると、突き出された右拳を横から右手で払い落とし、左拳で空いた岩の悪魔の胴に突き入れる。
「グオォォ」
右脇腹に穴が開き、更には足を引っかけられて前方へと突き入れた拳を下方向へと往なされた為、大きな岩の悪魔の身体はその場で一回転して地面へと背中から落とされた。
「ガッハアァーッ!」
投げによって岩の悪魔は背中から全身へのダメージを受ける。そこへ更に掴まれたままの右腕を、ゼフィルートは捻らせ、肘の部分を反対方向へ曲げてへし折った。
「グワァアァァ―!」
立て続けに受けたダメージに痛みが蓄積する。更に言えば、今まで受けた事も無い投げによるダメージに思考が追い付かず、そこから3秒ほど動けなくなった。
3秒もあれば殺されるには十分な時間だ。へし折った腕をそのまま持ってその頭を踏みつけようとするゼフィルート。だけどそれは迫ってきた鎌によって邪魔される。ゼフィルートの首を狙おうと背後から迫る女の悪魔の刃。鎌の鋭い先端が首を刈り取ろうと迫ったが、持っていた岩の右腕を女の悪魔に放ちながら上体を大きく傾かせる。それで刃の軌道から抜けると、大質量の右腕を正面から受けた女の悪魔は悲鳴を上げて後ろに倒れ込んだ。
「キャッ!」
倒れて腹の上に岩の塊が乗って身動きが取れない。そして倒れた際に来ていたレオタードがずれて、豊満な胸が零れ出た。そんな女の悪魔にゼフィルートが歩み寄る。
女の悪魔は鎌を手放すと、自分の胸を挟み込むように持ち誘惑した。
「待って!ほら、良いカラダでしょ?好きにさせてあげるから殺さないでよ。」
隠れていた右目でゼフィルートを見つめる。その右目は誘惑の瞳で、見つめた相手を幻覚状態に陥れ、自分の意のままにさせる効果を持つ。
そしてゼフィルートは傍にしゃがみ込むと、じっとその胸を見つめた。
「ほら、触ってもいいのよ。」
艶やかに誘う声。そしてこの身体に触れた途端に、その首を鎌で刈り取ってやろうと画策する。
やがてゼフィルートの手が女の左胸に伸びる。同時に胸から手を離した女の悪魔は鎌へと手を伸ばした。
(フフフッ頂くわよ)
ほくそ笑む女の悪魔。だが、次の瞬間その唇からドス黒い血が噴き出す。伸ばされたゼフィルートの右手は女の悪魔の左胸を貫き、その中にあるコアを握っていた。
「な…なぜ…?」
右目が効かない事に蒼白の表情を浮かべる女の悪魔。ゼフィルートはただ一言、
「戦いの最中に色事を持ち込むな!魔壊拳。」
そう言いながらコアを握り潰した。女の悪魔が断末魔を叫び、やがて少しずつ霧と化して消えていく。その間、睨み続ける女を見下ろしながら、ゼフィルートは小さく呟いた。
「お前より、ユズナの方が何倍も魅力的だ。」
そう言って岩の悪魔へ振り向く。その背を見ながら、女の悪魔は悲しげに消えて行った。
「我は…、気を失っていたのか…?」
振り向いたゼフィルートの先、岩の悪魔が倒れたまま呟いた。
「あぁ、今もう片方を消させて貰った。」
感情無く言ったゼフィルートの言葉に岩の悪魔は瞳を閉じた。
「そうか。ならばこのまま我も討つが良い。どう足掻いても貴様には勝てそうにない。」
潔い姿にゼフィルートが驚いた。
「やけに潔いな。何かあるのか?」
「我には無い。幾度もの戦いを重ねて練り上げて来た我が力だが、ここまで歯が立たぬとは思いもしなかった。最後に強き者と戦えたのだ。これ以上望みは無い。」
「そうか…、分かった。」
ゼフィルートは倒れたその体に寄り添い、その首にあるコアへ拳を下ろそうとした。そこで岩の悪魔は最後の言葉を告げる。
「されど心せよ。今我が崇拝するエスペティッカ様が大軍を送って下さっている。直にここは悪魔たちの軍勢に晒されるだろう。」
そう告げられて、ゼフィルートは少し考えた後、
「分かった…魔壊拳。」
そのコアを掴み、握り潰した。岩の悪魔は何も言わず、只静かに霧と化して消えて行った。
「見事な最後だ。だがすでに来ることは想定済みだ。そして準備も進めている。」
そう言って握り潰した魔力を解放せずに静かにそこで佇んだ。
西の門にワオリ達が辿り着いたのは、ちょうどゼフィルートが悪魔たちを屠った時と同じだった。強力な攻撃にゴブリンたちは消え去り、遠くでそれを見ていた亜人たちは恐怖で逃げ去った。
「よし、みんな中に入るですよ!」
ワオリが叫び、パラヤ達が奥へと向かっていく。ちょうどそこへレン達が合流すると、ウミミンに報告する。
「言われた通り、北入口に置いて来たぜ。」
「は~い、ご苦労様ぁ~。」
それから10名の守備部隊の者が残り、他のメンバーは南の港や東側へと探索に向かった。
そして町に入ったウミミンは懐から白い石を取りだす。ウミミンの手のひらにすっぽり納まるほどの石で、よく磨かれた真珠のように輝いている。それを西の入り口門に置くと、杖を空へと振り翳した。
「それじゃやるよ!ユズナちゃん地脈補助お願い。」
「わかったわ。」
言われて弓から竪琴に戻したユズナ。その全ての弦を一気に奏でてウミミンへ地脈を解放する。
「地脈解放!」
サークル状に地面が光り、その中でウミミンは小さく舞う。
「森羅万象よ
今ここにありし邪なる闇を祓い
清浄なる光満ちて
彷徨いし御霊を母なる地に還さん 」
そう謡いながら舞う事で、入口に置いた白い石が輝き、空の彼方へと光の柱が伸びた。同時に町の四方角にも同様に光の柱が立つ。それぞれの光の柱は同じように置かれた白い石から発せられていた。
北に関しては町に入った際に攻撃部隊が置いた訳であるが、東と南に関しては、ウミミンの猫たちが昨日の内に置いていたのだった。
光の柱が伸びると、それぞれが結び合うように光が地面の上を走って行く。壁など関係なく地面の上をまっすぐに光の柱へ向かって伸びる。それらがちょうど中間地点で結び合うと、そこで更に光の柱が出現した。
4点を結んだ中間地点で更に4つの柱が立ち、中央は4か所全ての光が集結したことで一際大きな光の柱が立つ。
「無垢なる魂たちよ、今こそ輝く星々の元へと誘わん。」
舞の中で大きく弧を描き振り下ろされた杖が、ウミミンの奏上と共に空へと振り上げられる。それに倣って町中の至る場所から光が浮かび上がる。そしてゆっくりとそれらは宙へと浮かんでいく。
そんな中だった。一人の仲間が叫んだ。
「かあさん!」
パラヤ達と港へ向かう中、光の柱の出現に自分の家がある方向を見たのだった。舞い上がっていく光の中で見知った姿を見つけた。それを目を擦りながら凝視すると、それは自分の母の姿だった。それに続いて隣にいた獣人が驚きの表情で空を見上げる。
「父上、母上!」
その獣人の両親の姿が浮かび上がって行く。同じくメンバーたちは口々に家族を見つけて叫んだ。
それら光はこの地で亡くなった町の住人たちだ。攻め込んだメンバーたちの家族や知人、友人たちが光る姿で空に上っていく。
その中で、ワオリは見つける。
「ダンガおじちゃん!」
町の中央にある広場でいくつかの光が上る中、一層強い光を放つ虎の獣人の姿。ダンガの魂はワオリに親指を立てて笑顔を送る。
「ありがとですよ、お空の上で元気でいるですよ。」
そう言って手を振ったワオリ。やがて光る住民たちがワオリの姿を見て微笑を浮かべ、そして空へ向かって上って行った。皆この廃墟と化したライディンで囚われていたのだ。それが今、ウミミンの術によって呪縛から解き放たれ、安らかな気持ちになれた。次代を担う者たちへ思いを巡らせて祝福の笑みを送った死者の魂たちは、光の柱によって開かれた蒼天の彼方へと消えて行ったのだった。
それは中央の広場に佇むゼフィルートにも見えた。町の真ん中であるため、すぐ隣に一際大きい光の柱が立っている。
「ダンガ、後は任せてくれ。じゃあな…」
共に戦い過ごした日々を思いながら、ダンガの姿を見つめる。それに気づいたのか、とびっきりの笑顔を見せるダンガの魂。そのまま光は空の蒼へ溶ける様に消える。そんな消えて行った光たちを暫く見上げていた。そこへ、ワオリ達がやってくる。
「ゼロおにぃちゃまー」
「ゼロ、大丈夫?」
ワオリの呼びかけの後、心配そうにユズナが声をかけて来た。
「問題ない。悪魔は全て片づけた。」
そう言って右手に掴む瘴気を見せる。
「それじゃ浄化を…」
「ゼロさん、その光の柱に手を入れて。」
ユズナが浄化を唄おうとすると、ウミミンが光りに触れるよう指示する。それにゼフィルートは問いかけるが、ウミミンは笑みを浮かべる。
「何かあるのか?」
「その柱は浄化作用があるよ。」
そう言われて手を入れるゼフィルート。するとその光の中で、手にあった魔力が光りに同化していく。
「この光の柱は【精霊石】の力を使ってるから、自然を司る4元素(地・水・火・風)に光を加えているから綺麗に浄化されるよ。」
「ほぅ、それは凄いな。」
光に触れた手を引っ込めて眺めるゼフィルート。その光りに包まれたことでその手が綺麗に見えた。
「どうしたの?」
じっと右手を見ているので、ユズナが寄ってきて尋ねる。そのまま右手を見ながらゼフィルートは左手も掲げて見せた。
「細かな傷が無くなっている。」
それを聞いて身を乗り出して比べ見るユズナ。言うとおり、左手の攻殻には今までの戦いによる細かな傷が付いているが、右手の攻殻…先ほど光りを浴びた部分は一切の傷がない。
「本当だわ…。」
驚くユズナにワオリがピョンピョント跳ねながらその手を見る。
「見せて下さいです。」
手を下ろして見せる傍ら、ユズナはウミミンに顔を向けた。
「どうなってるの?」
同じ浄化の光だが、今までユズナが歌で行った浄化はゼフィルートの攻殻を癒すことは出来なかった。そもそもゼフィルートの攻殻は治すことは出来ない物だ。魔力を通さない攻殻はエルフの薬を与えても、単に液体を与えただけに過ぎず、そのエルフの薬は魔力を含むためにゼフィルートは飲むことも出来ない。ついでに言えば、攻殻はその者の皮膚の様なモノであり、取り外すことは出来ない。如何なる魔法も受け付けない頑丈さを誇っているのだが、どうしても肉弾戦になれば戦いの中で細かな傷は付いてしまうものだ。
その傷が跡形も無く消え、しかもゼフィルートは気付いていないが、度重なる戦いで魔壊拳を繰り出すたびに痛めている右手が完全治癒しているのである。体力の回復や止血などはクスリや治療によって可能である。だけどゼフィルートはクスリが効かず、自分の自然治癒のみが頼りだ。だから大量の食事が必要なのだ。非常に強力な力を持っている半面、治療や回復が出来ないと言う弱点を持った戦士。それがゼフィルートの実態である。
なのに今目の前にいる笑顔のウサ耳少女はゼフィルートを癒して見せたのだ。知りたいと思うのは当たり前である。
「これはね、この光の柱だからできるんだよ。」
そう言われてそこにいるみんなが大きな光の柱を見た。
「ユズナちゃんに作って貰った地脈路に、さっき言った光を加えた5元素が加わったよね。死した人々を星へ戻す力を持ったこの光の柱は、この世の全ての源が詰まっているというわけ。だから普通では治せないものも綺麗に治す事が出来るよ。あ、蘇生はダメだけどね!」
そしてウミミンはゼフィルートの手を掴むと、光の中へと誘う。先ほどの説明を試してみようと光の中へと入った黒い攻殻は、みるみるうちに細かな傷が消え、しかもゼフィルートの身体自体も癒された。
「何だか体が温もりに包まれて…気持ちが良いもんだな。」
そう感想を述べたゼフィルート。ウミミンは真剣な目でそれを見ていたが、傷が綺麗に癒えたのを見定めて出てくるように言った。
「必要以上に入ると、身体の形が壊れちゃうからほどほどでね。」
そう言われて光から出てくるゼフィルート。その体は傷のない美しい光沢を放っていた。明らかに変化したその姿をユズナが回りながら見つめると、ウミミンはワオリにも入るよう勧める。
「あたちは大丈夫ですよ?」
形が壊れると聞いて恐怖心を持つワオリ。でもウミミンは笑顔で更に勧める。
「中を歩いて通って来るだけでいいよ。」
姉の笑顔の薦めに抵抗し続けることは出来ず、ワオリは浮かない顔のまま光の中を通った。
「ふわわぁ~!」
ふわふわした感覚が体の中を通り過ぎていく。柔らかく温かな感覚に知らずと微笑みを浮かべ、ワオリは光を抜ける。
「すごいですよ!なんかふわふわのぬくぬくですよ。」
そう興奮したワオリを見て、ユズナは驚いた。
「ワオちゃん、体内の妖力が凄く大きくなってる…。体から溢れそうなほど大きいのに、見事に安定してる…。」
「うんうん、予想以上の結果だね。」
初めからわかっていたような発言に、ユズナは再びウミミンへ顔を向ける。何も言わなくても、「説明して!」と言いたいのがよく分かる表情だ。
「ワオちゃんはマドカさんから力を受け継いだんだよ。」
「受け継いだって…、あ、あの時?」
ユズナはマドカを弔った時の事を思い出す。
「そうだよ、あの時、ワオちゃんの中にマドカさんの【想い】が送られて、その力がワオちゃんに加わったわけ。でもあの時はまだそれが体に馴染んでなかったの。でもこの柱によってワオちゃんの身体とマドカさんの力が融和されたって訳だね。」
ワオリの身体にマドカの力が溶け込み、ワオリは更にパワーアップしたのである。それらを聞いてユズナは納得し、それから少し肩を落とした。
「すごいなぁ、ウミミンちゃんは。私にそれが出来ていたら、もっとみんな楽になれただろうに…。」
悔しがると言うより力の無さを痛感した思いと、ウミミンと自分を比較して劣等感を感じてしまうユズナ。でも、それをウミミンは腰に左手を、右手は人差し指を立てて注意する。
「何を言ってるの?ユズナちゃんはユズナちゃんで出来る事をしてるじゃない。この光の柱だって、ユズナちゃんがいてくれなかったら出来やしなかったし、今までユズナちゃんに助けられたヒトはいっぱいいるはずだよ!」
「その通りですよ。ユズナおねぇちゃまがいなかったら、あたちたちはあの最初の悪魔に殺されていたですよ!」
ワオリが寄ってきてその背中に届かず、お尻に手を当てて言う。
「ワオちゃん…。」
顔をその円らな瞳に向けて呟く。すると反対からも声が掛けられた。
「全くだ。お前がいなかったら俺はとっくに死んでいたんだ。そして今はお前がいないと困るんだから、自分を卑下するのは止めろ。」
ゼフィルートが攻殻を解いて真剣な顔で言う。そんな言葉に慰められて、一息入れたユズナはワオリを抱き上げて言った。
「ありがとうね、ワオちゃん。ゼロも。それにウミミンちゃん、感謝と共に謝罪を。勝手な事言ってごめんね。」
「謝らなくていいよ。ウミミだって最初はそんな気持ちでやって来たから分かるもん。でも努力すれば可能性は広がっていくんだから、これから教えられることは教えるよ。」
「うん、よろしくお願いします。」
そう言って互いに微笑み合う二人。そうしている間に大きな柱は消えて行き、蒼天にあった魂の光たちは星に還って行った。
「それじゃここからが本番だよ。」
ウミミンが再び杖を両手に構える。そして消えた大きい光の柱の位置に立つと、南・西・北・東の順に右手人差し指と中指を揃えて指示していく。するとその指示された順に精霊石から出ている光の柱が朱・白・紫・翠の順に色付き輝きを増す。
「四象招来 四方を護りし神獣たちよ その大いなる力を持って この地を遍く禍より護り給え!」
そう唱えあげると飛び跳ねて体を回転させる。その際、杖を突き出しながら回転させ、着地時には杖の柄で地面を数度叩いた。
「森羅万象よ
今ここ四象が護りし地において
清浄なる恵み在らん事を願い奉る
代は恩恵にて賜りし豊穣より捧げん
我が願い聞き届けたるならば光満ちて祝福あれ」
そう唱え終ると杖を地面に突き刺し、その前で両手を広げ、空を眺めながら回る。
すると空から光の粒が雪のように降って来て、ライディンの町に降り懸かっていく。その様子に皆が驚き、ワオリは笑みを浮かべてウミミンと同じように両手を広げて回りはしゃぐ。
そして降り懸かった場所から大地が肥え、次第に枯れた大地に緑が生える。
「みんな離れて。」
ウミミンの言葉に促されて、ワオリ達は広場中央から端へと下がる。
するとウミミンが地面に突き刺した杖が根を張り、みるみるうちに巨大な大樹へと変貌を遂げていく。
「ふわぁ~!」
それを見上げながらワオリが驚きの声を漏らす。高さ30mまで伸びた巨大な大樹。その樹を見てユズナが呟いた。
「これって神樹?」
「うん。それじゃユズナちゃん、地脈をこの樹に繋げてあげて。」
そう言われて竪琴を奏で、先程開いた地脈を神樹の根に繋げる。すると神樹の至る場所から枝が伸び、そこから新緑の葉が付いていった。
青々とした巨大な樹が、一気に周囲を清涼感ある爽やかな空気に換えた。それによってライディンの町はかつての世界のように美しい自然あふれる土地へと蘇った。
そしてようやくウミミンは安堵の息を吐き、額に浮き出た汗を腕で拭った。
「終わったですか?」
「うん。これでこの土地は大自然の加護によって、瘴気の無い清らかな地へと戻ったよ。」
「ありがとうです、ウミミおねぇちゃま~。」
満面の笑顔で抱き付くワオリ。それを抱き返して微笑んだウミミンに、ユズナが尋ねる。
「神樹って、確かもう無くなっているって聞いたけど…?」
エルフの郷で暮らしていた時にそこにあったのが最後の一本で、悪魔の瘴気に脅かされた為に枯れ、それが理由でエルフたちは郷を閉じたのだ。だから神樹がそこに生えた事が信じられないユズナ。でもウミミンは微笑んでその種明かしをする。
「実はね、ワオちゃんがマドカさんを連れて行ったあの木が神樹だったんだ。ウミミはそれを見つけてあの場所を調べていたら、丁度ワオちゃんが現れたってワケだよ。」
あの時はワオリを探すのに夢中で、しかも日が落ちて薄暗い夜の森だったため、ユズナはそれに気付かなかったのだった。
するとそれを聞いていたワオリがウミミンの顔を下から見上げて尋ねる。
「それじゃ、もしかしてこの樹って?」
「そうだよ。マドカさんを送ったあの木の苗木を分けて貰ったんだよ。それを御神木としてここに植えた訳だから、ワオちゃんはお水とお供えをちゃんとしてね。」
「あい、ちゃんとするですよ!」
母を送った際に使われた木。その一部という事は母が宿っているとワオリは信じた。だからウミミンから離れたワオリは、神樹に触れて語りかけた。
「おかあしゃま、ここでみんなを見守ってあげて下さいですよ。」
その言葉に風のない中で神樹の枝が揺れ、葉が擦れる音がした。それを見上げながらワオリは、母が返事をしてくれたと思って笑顔を送った。
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