決戦、悪魔大公パルドス
惑星エアルス。神々が作り上げた光天歴は1000年を迎えて終わり、新たな時代は悪魔たちによる魔天歴へと変わってしまった。
世界のほとんどが亜人たちの闊歩する悪魔の大地と化し、絶望の中に生きる僅かなヒト達。
それから時は過ぎて1005年。
50名という僅かな手勢で、万を超すかつて難攻不落と言われたダーケルハイト城を強襲したワオリたち。ユズナやパックンによってゴブリンたちを殲滅し、城内はメンバーたちが奮闘して突き進んでいく。
ケガを負う者もいたが皆で頑張った結果、パルドスに仕える『超級悪魔 エルキュレム』を撃破したのだった。
ゼフィルートは握り潰した核を解き放つと、周囲を見渡しながら全員に声をかけた。
「少し休憩しよう。どうやら残るは悪魔大公だけのようだ。」
その言葉にワオリは再びコテンッと座り込み、他のメンバー達は安堵のため息を吐く。そして重傷を負った仲間を気遣う一方でダンガが尋ねた。
「それはそうと、何故先の攻撃は通じず、さっきの攻撃は効いたんだ?」
2階の攻撃でその差は明らかだった。それについてゼフィルートが呆れた様な息を吐いてから答える。
「当たり前の事だ。全員手を抜いていたからだろ。」
そう言われてメンバーたちから「そんな事は無いぞ!」という非難があがる。しかし、そう言った言葉にジロリと視線を向けて黙らせると、
「明らかなのは闘気の練り方が違ったからだ。俺の指示に皆2度目の攻撃は精一杯の力を込めていた筈だ。だが先の攻撃では無意識にこの後の戦いを意識して無意識に力を温存しようとしていた…。違うか?」
そう指摘されて黙り込む面々。言われてみれば、今のように立つのもやっとなほど力を出してはいなかった。相手は以前大敗したカエル顔の悪魔よりもさらに強い相手。ならば全力を出してでも倒しに掛からなければならなかった相手なのだ。だけどこの後にまだ敵が控えていると思って力を温存しようとしていた。
ゼフィルートが言う事はもっともだと反省する中、ダンガが口を開いた。
「ゼロの言うとおりだな。今後は注意しよう…。
それはそうと、さっきの核だが、ユズナに清めて貰わなくてもい良かったのか?」
雰囲気を変えるつもりもあって、途中から質問に切り替える。悪魔の溜め込んだ核には、餌食となった者たちのマナが溜めこまれている。それをユズナに清浄化して貰う事で、亡き者たちも安らかに眠れるのだ。
それに対してゼロは一度だけ頷いて答える。
「ああ。この辺りは悪魔大公によって強力な結界が張られている。故に奴を倒さない事には、今解き放った者たちの清浄化は為されない。奴を倒した時、ユズナがまとめて清浄化を行ってくれるはずだ。」
その返答に頷くメンバーたち。するとワオリが心配そうに言った。
「ユズナおねえちゃまは大丈夫ですかね~?」
城門前で残ったユズナを心配していたが、ゼフィルートは全く気にもしていなかった。
「見たと思うがユズナの竪琴は特殊な造りで、弓として攻撃することが出来る。しかも矢は不要で、あの5つの弦はそれぞれが特殊な攻撃手段を有している。それぞれかなりの魔力を必要とするわけだが、地脈と連動できるユズナは無尽蔵にあの弓を連射できるわけだ。
正直、集団戦でユズナに敵う相手はいないだろう。」
この特級悪魔さえも凌駕するゼフィルートが評価する事で、普段の優しく気さくなユズナの印象からは想像しづらい面々だった。
「…ユズナおねえちゃまを怒らせないようにするですよ…。」
ボソッとワオリが漏らした言葉に、皆も思わず頷いたのだった。
「よし、それじゃそろそろ行くか。」
みんなの呼吸が戻ったのを確認してゼフィルートが声をかける。するとみんなの顔つきが引き締まり、互いに装備や容態の確認をし合う。それらが終わって立ち上がるヒト達。いよいよ決戦という事で何人かは緊
張を隠せないでいた。
それも仕方ないことだ。この世界の神たちに復讐し、かつての強者たちを蹂躙した悪魔王。それに次ぐ力の持ち主がいるのだ。
ゼフィルートが先を進み始めると、ワオリとダンガが続き、その後ろを他のメンバーが続く。先ほどまでと同じ城の中を進む訳だが、次第に空気は重く、何とも言えない気味悪さが次第に込み上げて来る。
「呑まれるな。これで気持ちが呑まれる様ならさっきの場所で待機していろ。」
ゼフィルートの言葉に奥歯を噛み締めて付いて行くメンバーたち。今いるのはゼフィルートとワオリとダンガ、それに獣人3名にヒトが2名だ。さっきの戦闘でエルキュレムに蹴りを食らった獣人と槍使いのヒトはダメージが抜けていないために、もう一人の獣人と3人で他のメンバーの下へと戻っている。
一歩踏み出すごとに気持ちの悪さは増していき、その奥にあった階段に辿り着いた時、獣人1名とヒト2人は来た道を引き帰らせた。顔が蒼褪め、とてもではないが戦えると思えない状況だったためだが、当然ここまで来てと付いていこうとする3名。「命を無駄にしてはいけないですよ!」とワオリが説得して渋々ながら3名を退かせたのだった。
残った獣人二人。一人は狼の獣人『レン』と鹿の獣人『パラヤ』の二人は多少の影響は受けつつも、強い意思を持ってワオリに付いて行く。
「お前たち、無理はしようと無茶だけはするでないぞ。」
ライディンにいた頃からの弟子たちに、ダンガが言う。二人は「はい」と返事しつつも、ワオリに向かって宣言する。
「ですが、もしもワオリ様が危険な時は、この身を持ってお守りいたします。」
決意を秘めたパラヤの言葉に、レンも大きく頷く。するとワオリが困った顔を向けていった。
「自分を大事にするですよ。一緒にがんばるですよ。」
そう言われて微笑みを見せる。この二人は幼少期にワオリの母『マドカ』に救われて以来、彼女の役に立ちたいと思いダンガを師事することになった。しかしライディンの町が燃えた日、あれから暫くは失意に陥っていたのだが、皆をまとめようと努力するワオリに心打たれ、今では言っているようにワオリの為ならば死をも厭わぬほどになっていた。
先のバーロン戦で何もできなかった自分たちを恥じ、ゼフィルートの修行に精力的に努める中、こうして残れるほどの強者になっている。
そんな会話をしながら周囲の不穏な空気を振り払い、一行はついに3階へ辿り着いた。階段を登った先に重厚な扉だけがある。そしてその向こうから強力なプレッシャーがひしひしと伝わって来ていた。
「よし、行くぞ。」
ダンガが今一度気持ちを奮い起こして言うと、レンとパラヤが相づちを打つ。そんな中、ゼフィルートはスタスタと扉に歩み寄ると思いっきり蹴飛ばした。
「ぬわぁー!?」
いきなりの行動にレンとパラヤが奇妙な声をあげる。ダンガに至っては渋そうな顔つきで…、
「オイオイ、いきなりかよ。」
と愚痴を漏らすが、ゼフィルートは平然と、
「この地に来るまでに覚悟は決めて来たんだ。さっさとヤルだけだ。」
と言ってズカズカと部屋の中へと歩いて行った。その様子に肩をすくめながら扉をくぐると、前方から巨大な火球が襲い掛かってくる。
「回避っ!」
慌ててダンガ達が避けようとしたが、その大きさは直径3m程もあるため間にあいそうもない。するとゼフィルートは攻殻化した右手を突き出すと、その火球を真正面から受け止め、掻き消した。
「ウルサイナァ…。」
愉快気な言葉の方向に目を向けると、巨大なベッドがあった。そのベッドに横たわり、巨大な枕に埋まることで状態を起こした巨人の姿があった。悪魔大公パルドスである。醜く肥え太った巨人は細い目をしており、鼻は豚のように上を向いて穴も大きい。口は避けた様に大きく、下から上に向かって二本の牙が出ている。肥満体そのものの身体は見るからに嫌悪感を抱くほどである。
そんなパルドスがそ細い双眸の下から真っ赤に光る目を向けながら、憎らしげに言う。
「無粋ナ屑共メッ…、ンン…?…ホゥ、ソノ娘ヲ連レテ来タト言ウナラバ、苦シマズニ殺シテヤッテモ良イゾ。」
大きな口で舌なめずりをしながらイヤラシイ目で見られたワオリは、身体中に悪寒が走って身震いする。
「あたち嫌ですよ。あれは気持ち悪いですよ…。」
身体を抱くように抱えながら、身体や表情いっぱいに嫌悪感を示すワオリにパルドスはウグッと言葉を詰まらせる。
「我ガ傍デ居レバ、欲シイ物ガ何デモ手ニ入ルゾ。ドウダ?」
詰まらせたことを無かったかのように振る舞うパルドスが更に誘う。しかしワオリは首を大きく嫌々と振って断る。
「嫌ですよ。あんな気持ち悪いトコ、絶対に行きたくないですよ!」
完全なる拒絶にパルドスが沈黙する。「もしかしてメンタル弱い?」と言わんばかりに表情から悲しみを感じる事が出来るのだが、相手は悪魔大公だ。油断させるつもりかもしれないとメンバーたちは警戒する。
すると悲しみを見せたパルドスの顔が次第に赤くなり、目を吊り上げさせた。
「オォノォレェェェー!我ヲココマデ侮辱スルトハァーッ!!」
怒りに震えると、それに応じて空気が震える。実際はパルドスの作った空間内の為、彼自身の感情に呼応するのだ。
「来るぞ、気を抜くなよ!」
ゼフィルートが身構えた。それに倣ってワオリ達も戦闘態勢に入ると、それまで寝ていた巨人の身体が、見た目に反してふわりと浮きあがりそのままメンバーたちに襲い掛かってきた。
「避けろっ!」
ゼフィルートが叫び各々がその場から飛び退く。先ほどまでいた場所にパルドスの右拳が突き立てられ、床に巨大な穴が開いた。その勢いで床の断片が巻き上がり、飛び去ったメンバーたちへ無数の礫が襲う。
咄嗟にワオリの身を案じてパラヤが正面に回って防御する。盾を持って礫を遮るが、大小さまざまな礫はせっかくドワーフによって鍛えられた盾をボコボコに壊していった。
そんなパラヤの目の前に、突如としてパルドスが出現する。
「なにっ!」
「邪魔ァー。」
驚きを漏らした時、パルドスがいともつまらなそうに左手でパラヤを掃う。軽く見えるもそうではない右から強力な衝撃を受けて激しく壁に叩きつけられる。その衝撃で呼吸が途切れ、身体が痙攣するパラヤ。
「フンフンフン~、聞キ分ケノ悪イ娘ダ…。少シ痛イ目ニアッテ貰ウトスルカ。」
守ってくれていたパラヤが一瞬で消えて、ワオリの目の前には気味の悪い笑みを浮かべるパルドスの顔が間近にあった。それを見てワオリが怯える。それは戦闘中にあってはならない行為だ。
「ムカッ!マタソンナ目デ我ヲ見タナ!」
巨大な指先がワオリの目の前に現れ、ピンッと弾かれる。デコピンを食らってワオリが後方に吹っ飛ばされた。咄嗟に魔刀でデコピンを防いだが、その体重差から繰り出された衝撃で、このままでは後ろの壁に激突する。そんなワオリをかっさらう様に横からゼフィルートが受け止めた。
「ありがとですよ。」
ワオリが感謝を述べるが、ゼフィルートは厳しく叱咤した。
「気を抜くなッ!あれもまた敵の能力なんだ。戦いの中で怯むなら下がってろ。」
思わずビクッと身を震わせたが、ワオリは直ぐに気を引き締めた。
「ごめんなさい、了解ですよ。」
ゼフィルートに下ろされると、今一度闘気を練る。その一方で倒れたパラヤに気を向けると、ダンガが回復薬を与えて立ち上がっていた。
「パラヤくん、ありがとですよ!」
そう言うとパラヤは面目なさそうにしながらも、パルドスに警戒する。ドーム球場のような巨大な部屋の中、パルドスを中心に囲う位置をとったメンバーたち。
「ホゥ、ココマデ来タダケノ事ハアルトイウワケカ…。」
パルドスは全く脅威を感じずに周囲を見渡す。そんな中でゼフィルートに視線を止めると、その細い目を更に細めて注視する。
「サッキノ動キモソウダガ、ドウモ貴様ハ他ノ者ト違ウナ…。正体ヲ見セロ。」
そう指差しながら言うパルドスを前に、ゼフィルートは不敵に笑みを見せて挑発する。
「何が違うかは知らないが、お前こそ本当に悪魔大公なのか?」
「貴様ッ、無礼ニモホドガアルゾ!」
パルドスは怒り、ゼフィルートに向かって先ほどよりも巨大な炎の球を投げつける。『ファイアボール』の魔法だ。その火球に当たった瞬間大爆発を起こす高度な上級魔法なのだが、ゼフィルートは攻殻化させた右手でそれを殴りつける。自分の背丈を超す火球はその拳によって勢いを失くすと、一瞬にして消え去った。
「コレモ効カナイカ…。ソレニソノ腕、厄介ダナ。」
攻殻化された腕を見て愚痴るパルドス。それに応じてゼフィルートは変身する。
「アサシネイション」
一瞬でその体を漆黒の攻殻が覆い尽くす。シンプルながら調度品の鎧の様なフォルム。その額に一本の角が有り、緑色のバイザーの様な目が悪魔の巨人を睨みつける。その姿を見てパルドスは焦りを見せた。
「バカナッ!『いんせくてぃあ』ハ全テ滅ボシタハズダ!」
その言葉にダンガがピクリと耳を動かしたが、ゼフィルートは静かに構えをとる。
「それがどうした?もう一度言うが、俺はインセクティアではない。」
「ソノ姿ハ紛レモ無クいんせくてぃあダ。偽ルナッ!」
「偽りも何もないが別に構わない。俺は俺であり、ここへは貴様を倒す為にいる。ただそれだけだ。」
「戯言ヲヌカスナァーーーーー!」
怒るパルドスが右手を振り上げて叩きつける。それを難なく躱すと、その手の甲に左拳を打ち込むゼフィルート。幾つもの障壁が邪魔をしようとするが、それらはガラスが割れる様に消えると、拳は深々と右手をえぐった。
「ウギャアァァァァー」
痛みに叫びながら慌てて手を引っ込めるパルドス。そこへ更にダンガやワオリ達が足に攻撃を入れる。左足にダンガとレンが爪で斬りかかり、右足をワオリとパラヤが攻撃を掛ける。ゼフィルート程ではないが幾つもの障壁が割れ、それぞれの刃がその身を斬り付けた。
「痛ッテェーーーー!」
新たに両足を攻撃されて、後ろへひっくり返るように倒れるパルドス。それを躱す様にゼフィルートの傍へと集まるメンバーたち。パルドスは傷を擦ると、次の瞬間には何もなかったように傷が癒えていた。
「あぁっ!」
せっかくの攻撃が瞬時に塞がった事に、ワオリが残念そうに声を漏らす。
「悪魔は魔力を持って身体を構築している。魔力で傷などすぐに癒えるが、その分奴の魔力は削られた訳だ。奴の核を破壊すれば早いのだが、あの体格だけに見つけるまでは長期戦になるぞ。」
「がんばるですよ!」
ゼフィルートの言葉に再び気を引き締めるワオリ。他の3名も今一度気合を入れ直す。そんな襲撃者たちを前に城の主は怒りで細い目が少し大きくなり、鼻息を荒くして怒鳴った。
「ギザマラァーーーー!モゥ赦サンゾォーーーーーッ!」
するとパルドスはその太い大きな両腕を、力いっぱい振り回す。それによって暴風が起こり、中には風の刃が含まれたりしているが、大振りな腕の振りだけに全員が上手く避けていく。しかしそれはパルドスの狙いであり、その避けた先を狙ってプッと唾を吐きだす。
「うわあぁ!汚いですよっ」
ワオリが驚いて大声を発し、他のメンバーもそれを喰わぬがために風の刃で身を斬り付けられる。ダメージを最小限に食い止めようとかすり傷程度だが、無数の刃によって体の表面にたくさんの傷が出来る。レンやパラヤはワオリを守ろうと、余分に傷を負ってしまっている。
「二人とも、あたちは大丈夫ですから自分を大事にするですよ!」
労わる言葉に、二人の獣人は微笑んでみせる。
「ワオリ様、我らの事はお気になさらず!」
「そうだぜお嬢様、女の肌に傷なんか付けさせられねぇってんだ。」
パラヤとレンの言葉に涙ぐみそうになるワオリ。でも、今は戦いの最中だ。自分がもっと集中して避けていけば2人を傷つけさせることは無いんだと決意する。
「ここからあたちは避けることにがんばるですよ。だから二人は隙を見て攻撃してほしいですよ。」
そう言うと魔刀をしまって駆けだすワオリ。低い身長を更に前のめりにして低姿勢で駆けるワオリの速さはパルドスの攻撃を傷を負わずに掻い潜っていく。
「ホウ、コイツハ面白イ。」
元々執着していたせいか、パルドスの攻撃は次第にワオリへと集中し始める。それまでは適当に振っていた腕がワオリに向かって振られる様になると、風の刃も攻撃範囲が限定されていく。それに伴ってダンガ達はその背後を取るチャンスを得た。
せっかくのチャンスに声を出して知らせる様な馬鹿な事はしない。ダンガ達は一気に忍び寄ると、その背中に跳び掛かってその爪や刃を突き出す。
「気付カヌト思ッタカ?」
不意にパルドスが呟くと、その左腕で裏拳を後方に繰り出す。ここぞとばかりに攻撃態勢であったダンガ達はその裏拳を躱す事が出来ず、咄嗟に防御姿勢をとった。その瞬間、激しい衝撃と共に三人は裏拳を食らって部屋の壁へと激しく打ちつけられる。
「ガハっ!」
その衝撃で内臓が動かされて地面に倒れ伏す獣人三人。それを見てワオリは思わず足を止めてしまった。
「ダンガおじちゃん!レンくん、パラヤくんっ!!」
そう叫んだ時ワオリの身体を突風が襲い、体重が軽いために床に転げ倒されてしまう。そこへ更に風の刃が襲い掛かり、魔刀を抜いて防ぐもののワオリの顔や手足に傷が付く。
「うぅぅぅぅ…」
痛みを我慢しつつも呻いてしまう。そして迫り来るパルドスを睨むと、その醜悪な顔が愉悦に浸っていた。
「ヨウヤク手ニスル事ガ出来ル。」
ワオリを掴みあげようとその右手が伸びて来た。
「チャァーッ!」
そんな手を魔刀で斬り付けるワオリ。斬った瞬間に掌に傷が出来るが、先程と同じく直ちに治ってしまう。
「マッタク、悪戯ガ過ギルゾ」
パルドスの手のひらから突風が起こり、再び風の刃によって身を斬り付けられる。魔刀で防ぐも、至近距離からの攻撃にワオリは吹飛ばされて床を転がされた。
「うぅぅ~」
幾つもの斬り傷から血を流しながらも、ワオリは起き上って闘おうとする。
「モウ諦メタラドウダ?貴様ラデハ我ヲ倒ス事ナド不可能ナノダゾ」
床に転がるワオリやダンガ達に、悦びを含んだパルドスの声が降り懸かる。手痛いダメージと、ここまで戦って来た疲労によって、ワオリ達は限界となっていた。
「うるちゃいですよ…、お前たちのいう事なんか聞かないですよ…。」
魔刀を杖代わりにして立ち上がるワオリ。その目は苦しそうながらも悪魔大公を睨みつけていた。
「フン、可愛ゲガ無イ。ナラバソノ体ヲ食ッテ永遠ニ我ノ中デ飼ッテヤロウ。」
欲望に醜さを更に醜悪な笑みで覆う悪魔大公。ゆっくりとワオリに向かって歩き出す。
それを目にしながら、何とか動こうとするワオリ。しかし体はすぐに動けそうになく、歯噛みしながら迫る巨人を睨みつけた。
「くぅ、…ごめんなさいゼロおにいちゃま。あとをお願いするです。」
悔しそうなワオリが呟いた。その瞬間、巨大な闘気が発せられてパルドスの足を止める。
「あぁ、よくがんばった。構わないからゆっくり休んでいろ。」
ワオリの身体を持ち上げる黒い腕。そして抱き上げるとワオリは少し微笑んで気を失った。小さい体ですでに限界だったところをがんばったのだ。事前にワオリから「自分たちで出来るとこまでやりたいです」と願われ、ゼフィルートは極力手出ししない様にしていたのだ。
その結果倒すには至らなかったが、この戦闘は十分な経験になるだろうとワオリ達の頑張りを評価していた。
「静カダッタカラ逃ゲ出シタト思ッテイタゾ」
思い出したかのようにゼフィルートを睨む巨人。せっかくお気に入りが手に入ると思っていた寸前で拒まれたことに腹を立てている。
「逃げる?」
その言葉にあったある単語にゼフィルートは復唱する。そして一瞬にしてダンガ達の傍へ行くとそこでワオリを下ろし、彼らに回復剤を手渡した。
「すまん、ゼロ。」
ダンガが詫びるが、ゼロは頭を左右に振るだけにして再びパルドスに相対する。ゆっくりと間合いを詰める様に歩きながら、ゼフィルートははっきりとした口調で言い返した。
「逃げるといったか?」
「アァ言ッタゾ」
ニンマリと聞き手を挑発するような返答がされた。その言葉にゼフィルートも挑発するように言葉を返す。
「何故逃げねばならないんだ?貴様如きに逃げる理由などある訳ないだろう。」
「ギザマァアアアアアアア!」
誇り高い悪魔は自尊心が強く、大公ともなれば自分のワガママが何でも通るほど超越した存在である。だからこそ超級悪魔であるエルキュレムさえもかしずかせる事が出来た訳である。
「赦サンッ、赦サンゾォーッ!我ノ手ニヨッテソノ存在ヲ塵ト化シテヤルゥー!!」
巨体がゼフィルート目掛けて一足飛びに襲い掛かる。その体重で圧し潰そうと全体重を載せた両足で踏みつけようとした。それをゼフィルートは躱そうともせず、逆に空中にいるパルドス目掛けて跳び上がる。
「ナニッ?」
7mの巨体が跳ねて12m位にいる自分を、一瞬にして超えた位置に現れた黒い襲撃者。ジャンプした姿勢から前転すると、勢いをつけて右跳び蹴りを放つ。
「流星脚!」
右足を前にパルドス目掛けて突撃するゼフィルート。闘気を帯びて蹴りを放つ姿が流れ星の様に落ちて、パルドスのでっぷりとした腹に直撃する。
「グボォエェェェェエエエ――――――」
強烈な蹴りに『く』の字の様に体が折れたパルドスは、裂けた口や鼻の穴から大量の体液を吐き出し、そのまま床に叩き落とされる。その衝撃で床が抜けると、そのまま階下へと落ちる一人のヒトと一柱の悪魔。階下にいたメンバーたちは何事だと目を瞠る中、まだ健在だったブラックゴブリンたちを巻き込んで一階まで墜落する。
広めに造られている城ではあるが、流石に巨人で横幅も大きいパルドスを見れば狭く感じられ、落ちた際に区切られていた内部の壁が崩れていった。そんな瓦礫の上で大の字になって横たわる悪魔大公。その腹の上で黒い攻殻を纏ったヒトが踏みつけている。3倍ものサイズ差からすれば「乗っている」様だと見えなくもないが、それよりも先程繰り出した強力な蹴りで醜く膨らんでいた腹が幾分凹んでいる。顔が体液塗れになったパルドスは、流星脚によるダメージと3階から1階まで叩きつけられたショックとダメージでパニック状態になっていた。
「グヘッ、ブハッ、ウゥゥゥゥゥオブゥエエェェェェェェ」
ゼフィルートの攻撃に障壁は通用しない。そしてそのまま落下していく際に当たった床や壁は自然物であるため、意識しなければ障壁が発生しないのだ。先に強烈な蹴りを食らった事で当然意識する暇も無く、パルドスは前と後ろから挟まれる様に直接攻撃を食らった訳である。今まで味わった事のない痛み、そして次々と溢れ出て来る苦しみによって、パルドスの思考は狂ってしまっていた。
だがそんなパルドスをゼフィルートが放置しておくはずなど無い。
「クレッセントサイス」
そう言ったゼフィルートの両前腕部から肘の方向へ黒い片刃が突き出る。そして握り拳を内側に向けると「シャキン」と音を立てて肘から手首側へと切っ先を向けた。両腕の刃を合わせたらちょうど三日月のような形に見えるほど黒い刃は湾曲している。
そんな刃のある右腕を振り上げたゼフィルートは、上から真下へと一直線に腕を振り抜く。それによってパルドスの腹が縦に裂け、真っ黒な血が噴き上がった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
突然腹を切れ味鋭い刃で斬り裂かれた事で、パルドスが悲鳴をあげた。その悲しげだが醜い叫びに、周囲の者たちが一様に気味悪そうな表情を見せる。
しかしその間にゼフィルートの攻撃は続く。今度は左腕で横一文字に斬り裂いたのだ。再び黒い血が噴き出し、醜い叫びがあがる。
だけど悪魔の回復力は直ぐに修復させようと傷を消していく。だからゼフィルートはその修復力が間に合わぬ程に腕を振るい、パルドスの身体を斬り刻んでいく。噴き上がる黒い血と、パルドスの悲痛な叫び声。例え傷は魔力で修復されようとも、痛みは消せないためにパルドスの戦意はすぐに消えていくのだった。
振い続けられる両腕の黒い刃。まるでカマキリが獲物をカマで薙ぐように、ゼフィルートは巨人を襲い続けた。そのあまりにも凄惨な状況に、味方である襲撃メンバーたちが恐怖し、中には嘔吐する者も出たほどだ。
生まれてから一度も感じた事のない防ぐ手立て無く永遠に続けられる痛みに、最早パルドスは弱者と化していた。
「頼ム、フギィッ…モ、モゥ止メ…クレェェ、ギャァアアアア!」
だけどゼフィルートの攻撃は止まらない。ズタズタとなった腹部から胸部、そして今は顔にまで傷が付けられる。手で払い除けようとしたがその瞬間に切断されて触る事も出来ない。込み上げる痛みに悲鳴を上げ、泣き叫ぶしか許されない現状。そこに悪魔大公という巨大な力を持った存在など既にいなくなっていたのだった。
やがて何も言わなくなった巨人。ゼフィルートはようやくクレッセントサイスを引っ込め、大きな顔面の前に立った。
感情を切り離した事で反応を失くしていたパルドスは、ようやく攻撃が止んだことに気付いて目の前を見る。するとそこに元の黒い攻殻の上から真っ黒な血を浴びた恐怖がいた。
「ヒィイイイイ!」
思わず悲鳴をあげるパルドスに、ゼフィルートは語りかける。
「痛みを知った気分はどうだ?」
だけど恐れて震えるパルドス。ゼフィルートは更に続ける。
「今までやりたい放題だったんだろ?そのツケが回っただけだ。」
生まれ持った強大な魔力で欲望のまま生きたパルドス。しかしここで意外な答えが返された。
「我トテ、痛ミハ知ッテイル。」
「へー、悪魔王にでもやられたか?」
上の存在である悪魔王からダメージを受けたものだと思った。だけどそれもまた予想が外れる返答が来た。
「我ラハ騙サレ裏切ラレタ。」
「…誰に?」
「神タチダ。ソシテアイツラニソウサセタ『あいつ』ヲ絶対ニ赦サナイ!」
「あいつ?」
かつて神と悪魔が戦ったとされる記録がある。悪魔が暴挙を働いたために戦い、そして敗れた悪魔は異次元へと封印されたとされている。
「お前たちが好き勝手やったせいで神と戦ったんじゃないのか?」
「違ウッ!我ラハ仲良ク過ゴシテイタ。ソレナノニ『あいつ』ガ神ヲケシカケ、我ラハ何モ無イアノ世界ヘ追イヤラレタンダ。アノ悔シサ…例エ今トナッテモ赦セルコトデハナイ!クソォ、憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イィィ――!」
思いつめて「憎い」を呪文のように連呼し始めたパルドス。先ほどまでは正気があったが、今は白目をむいて再び怒りの表情を見せている。
そして次の瞬間、ゼフィルートを丸呑みしようとガバッと口を大きく開く。見ていた仲間たちが危険を知らせようと叫んだ瞬間…、
「魔壊拳!」
狙いすましたようにゼフィルートはその口の中に自ら飛び込み、その舌に対して拳を突き出した。パルドスの核、それは舌その物だった。ズブリと埋まった拳。その瞬間パルドスの動きが止まる。
「ハフヘヘフヘ…」
「滅!」
最後に何か言ったようだが舌の動かぬ状態では言葉にならず、魔壊拳によって舌が粉砕された。同時に巨人の身体が表面から少しずつ霧と化していく。亜人たちであればそのまま消えてしまうのだが、悪魔大公という存在は霧となってもそのままそこに漂っているのだった。
そこへ歌声が聞こえて来る。外から竪琴を奏でながら、ユズナが浄化の歌を高らかに歌い現れたのだった。その歌によって黒い霧は光と化し、周囲一帯はおろか、大陸のほとんどが一気に浄化されたのだった。
こうしてワオリたちの奇襲作戦は成功を収めたのだが、悪魔大公の一角が敗れたことによって、世界中で様々な動きが始まるのだった。
「!…瘴気が薄くなった?」
とある深い森の中、俯いていた少女が顔を上げた。そしてその気配を感じた方向に目を向ける。
「どうしましたですニャ?」
隣で眠りについていた獣が尋ねる。すると少女は立ち上がって傍にある大樹に触れた。そして念じると、そのふれた手がほのかに優しい光を発して消える。
「アハッ、すごいなぁ。…ワオちゃん頑張ったんだね…。」
少女の頬がほころぶ。そして振り返ると、傍にいる自分の片割れに声を掛けた。
「世界がざわつき始めるね…。それじゃ行こっか。」
「わかったですニャ!ほら、お前たちも行くニャンよ。」
そう言って隣で寝ていた2匹を叩き起こす三毛の獣。起こされて眠そうに顔を拭う黒と白の獣たち。
「ニャんニャ、ニャんニャ?」
「ニャにかあったニャか?」
すると少女はほころぶ笑顔のまま、仲間たちに言うのだった。
「さ、これから忙しくなるよ。早いうちにアレを見つけ出さないとね。」
そう言って少女がウインクすると、頭の白い2本の耳がウサウサと可愛く揺れるのだった。
お読み頂きありがとうございます。
一先ずですが、パルドス戦無事に終了となります。
何だかやたら弱い感じに思えたかもしれませんが、悪魔大公としては持ち前の強大な魔力によって皆を黙らせてきたワガママな男です。実際に高度な戦闘スキルがあるわけでなく、持って生まれた能力だけでこの地位まで上り詰めました。持ち前の潜在能力などであれば4大公中最強だったのですが、それに甘んじて努力を怠ったが故の結果とみてくださればと思います。
余談ですが、実際パルドスにユズナを戦わせる事も考えていました。しかし、それをするととても恐ろしいことになる(文書化するのも恐ろしい)事が起こりますので、ゼロに倒させた次第です。
さて、次回から新章になり、ワオリたちも新たな戦いが待ち受ける事になります。
未だに強い悪魔に勝てていないワオリですが、これからもどうか見守っていただければと思います。
それでは今回はこれまでです。
今回もどうもありがとうございました。今後もよろしくお願いします。
では、また次回まで。




