魔刀
惑星エアルス。神々が作り上げた光天歴は1000年を迎えて終わり、新たな時代は悪魔たちによる魔天歴へと変わってしまった。
世界のほとんどが亜人たちの闊歩する悪魔の大地と化し、絶望の中に生きる僅かなヒト達。
それから時は過ぎて1005年。
『ジャバルヴァース』にて『精製の炎』を取りに行ったゼフィルートベント。
そこで無事に宝物を手に入れるとともに、ロックワームを仲間にして無事に帰還する。
そして再び皆の待つエスケリト城へと戻って行ったのだった。
【第2章】
歌声が流れている。歌うのはもちろんユズナであり、その手にある竪琴の音と共に、合いの手を打つかのように金槌の音が響く。木の板を打ち付ける音だ。他にも木を切り倒す音や、倒れた丸太を削る音など、ほとんどの者が木工に汗を流している。
ドワーフ達を連れてワオリ達が戻ってから、一月(60日)が経過した。実り多きレリーブの月が終わると、次はフェースティン~ダーマンという寒い時期がやってくる。それに対してデコール達が城を改修し、地下に鍛冶場を設置して、その熱を使って温かく過ごせる様にした。
建物に限らず、武器や防具もこれまで使い古した物を一新させていく。かつてジャバルヴァースにおいてベントとドゥイは最高の武器・防具職人として名を馳せていた。その腕前は少しも衰えておらず、ロックワームの『パックン』(ワオリ命名)が生み出した鉱石類を使って武器や防具を拵えていく。
その武器であるが、相手は悪魔である。並大抵の武器ではダメージを与えられない。だからこそ魔力を帯びた武器が必要であり、その魔力を供給するために、ユズナが歌って地脈と炉を接続させているのだ。
「よし、これで今日は終いだ。」
ベントが打ち終えて冷やした刃を確認してから呟いた。それに応じてユズナも歌に区切りをつける。
「お疲れ様でした。」
竪琴を弾き終えてユズナが笑顔で言う。それにベントとドゥイも笑みを浮かべて応じた。
「おぅ、姉ちゃんもお疲れじゃ。今日も良い声じゃったぞ。」
「フフフ、ありがと~♪」
お礼を言いながらベントの手にある刃を見るユズナ。白銀の刃はうっすらと青白い光を帯びている。魔力を宿した事が分かる逸品だ。それを見てユズナは不思議に思った。
「何だか少し短いですね…?」
今まで打っていた刀身は大体70cm程の片手剣に対し、その刃は明らかに短い50cm刀身である。しかも片刃で湾曲している姿は刀の刃だ。数名のホビット族はいるが、彼らは皆30cm程のナイフを愛用しており、ヒトにしてはそれを扱う者が思いつかない。するとベントはその刀身を見ながら呟いた。
「これはな、ワオリの嬢ちゃん用じゃ。」
「ワオちゃんのですか?」
それを聞いて不思議がる。確か彼女は刀を持っている。しかもそれは亡き母の形見であり、強力な『妖力』を秘めた『妖刀』だ。それを大切にしているワオリに何故新たな武器が必要なのだろうかとユズナは思った。そうした疑問にベントはドゥイに頷く。それが合図なのか、「呼んで来よう」と言ってドゥイは鍛冶場から出ていった。
「ま、一先ず本人が来たら説明しよう。」
そう言ってベントは数度刀を振って水気を飛ばすと、傍にあった革切れで刀身を拭った。
ドゥイが出てすぐに戻ってきた。その後ろにはワオリとゼフィルートが付いて来ていた。今まで修行していたため一緒に来たのだった。
「およびですか~?」
ワオリが尋ねるとベントは拭った刀身を掴み、予め用意していた柄に填め込む。そして目釘を打ち込むとそれを湿し、ワオリに柄を向けた。
「握ってみろ。」
そう言われて柄を持つワオリ。するとベントが革切れごと手を退けると、白銀は淡い青色の光を灯し始めた。それを縦に持ち上げるワオリ。
「きれいですね~。」
手にした刀を傾けながら眺める。
「振ってみろ。」
再びベントの指示が飛び、ワオリは誰もいない虚空に上段から振り下ろす。青い光が残光しながら美しい軌跡を画いた。
「綺麗だね、ワオちゃん。」
そのきれいなフォームから繰り出された剣筋にユズナが称賛する。ベントやドゥイも、予想以上だったため拍手を送った。
「おおぅ、見事じゃ。用意した甲斐があるぞぃ。」
そうドゥイが言うと、ワオリがその刀を両手で持ちながら視線を向けた。
「これ、あたしのですか~?」
「そうじゃよ。嬢ちゃんの為に拵えた一振りじゃ。」
それを聞くなりワオリが首を傾げる。
「でも~、あたしには夜叉丸があるですよ?」
そう言うと右手を新しい刃から離し、虚空から一本の黒刀を取りだした。『黒天夜叉丸』…亡き母の愛刀で、別れの時に託された母の形見だ。
この刀を使い熟せるようになろうと、これまでずっと振り続けてきた。だからこそ、もう一本刀が増える必要など感じていない。傍らにいるユズナもまた、そう思っている。
そんな思いを知りながら、ベントは語り始めた。
「そうじゃな。その黒刀は凄まじい力を持っておる。そしてどれほど嬢ちゃんが大事にしているかも分かっているつもりじゃ。じゃがな、嬢ちゃんはその刀を使い熟せておるか?」
そう言われて絶句するワオリ。分かっている。まだまだ自分には扱えていない事は…。しかし!
「でもっ…」
「努力しておるのは知っておる。」
言い返しかけた矢先に言葉を重ねられて黙る。ベント自身、それを言うのが如何に酷か知りながらも伝えなければならなかった。
「嬢ちゃんが毎日がんばっているのはここにいる皆が認めるじゃろう。ワシとて出来ればその刀を使い熟せるようにしてやりたい。じゃがどうしてもその刀に対して、嬢ちゃんの身体はまだ小さいのじゃ。」
黒点夜叉丸の刀身は90cmを超す。更に鍔や柄を含めれば1m以上にもなる。これはワオリの130cmの身長には長すぎる。自分の背丈ほどもある刀を巧みに扱う様は、どれほどの努力をしてきたことかと誰もが疑う事など無い。だが基本的にワオリはその小柄な体に合った武器を使う方が幅広い攻め方をする事が出来る。そう思って、用意されたのがこの魔力を帯びた刀である。
俯くワオリに傍で見ていたゼフィルートが声をかける。
「ワオリ、その刀を用意することを提案したのは俺だ。」
そう言われて驚きの顔を向けるワオリとユズナ。視線を確認して言葉は続く。
「ベントも言ったが、黒刀を見事なまでに扱っているのは認める。だが、その体では振りが大振りになって見切られてしまうんだ。強力な妖刀であるが、当たらなければどうしようもない。逆に隙を突かれることだってある。
だから体がもう少し大きくなるまでは、その刀を使う方がいい。」
そう言われて黒刀を見るワオリ。言われたことはよく理解できる。自分自身その事は百も承知だ。一度だけ見せて貰ったが、背の高かった母は黒刀を自在に扱っていた。その流れるような動きにどれほど憧れたことか…。
だからこれを託された時に、自分もそうなろうと頑張った。だけど、この身体ではまともに振る事も出来ず、最初は泣きながら刀を振る事から始めた。
毎日振り続けて、おかげで3年したらメンバー達と模擬できるほどになっていた。だけどダンガにはどうしても勝てなかった…。振りが大きすぎて、素早いダンガに掠る事も出来なかったからだ。
そしてあの上級悪魔バーロンと戦って自分の未熟さを痛感した。
(そうです…もう、あんな悔しい思いはしたくないですよ…)
そう思ってワオリは魔力の刀を見つめる。うっすらと淡く青色に光る刀。それにワオリは自分の妖力を注いでみた。
途端に魔力の刃は青さを増し、しかも長くなる。ワオリの妖力が刀身を伸ばしたのだ。
それを見てバントとドゥイが驚き目を瞠った。
「なんじゃと!」
切れ味を増すために刀に魔力を与える事はある。だが、それによって刀身自体が伸びるなど、今まで見た事も聞いた事も無い。
叫び声にワオリが力を抜くと、刀はまた元の長さで淡く光る刃と戻った。何かいけない事をしたのかと不安がるワオリにユズナが優しく語りかける。
「ねぇワオちゃん。一先ずその刀も使ってみたらどうかしら?そして将来を見据えて、お母様の形見の黒刀もゼロとの修行では扱ってみないかな?」
ユズナが妥当な提案をあげた。せっかくの強力な刀で、ベントが心を込めて打った一振りだ。そして自分も思いを込めて歌い魔力を注いでいる。ワオリの為に作られた刀だからこそ、それを使ってほしいと思う。
その一方で大事な母に託された黒刀も大事にして欲しいと願う。そんな思いを上手くまとめた提案に、ワオリは「うん」と頷く。
「わかったですよ。あたしのために作ってくれた刀ですから、まずはこの刀を使い熟せるようにするですよ。そしていつか母様の黒刀を使えるように頑張るですよ。」
ワオリは黒刀を虚空に仕舞い込むと、魔力の刀を両手で掴んで新たな決意をしたのだった。
一先ず魔力の刀はベントに返して、完成したら渡して貰うことになった。そして鍛冶場から皆のいる広場にやって来たワオリ達。すでに日は暮れてたいまつが赤々と灯り、皆で机や椅子を運び込んでいた。そこに、元気な声が響き渡る。
「さぁ皆お待たせぇー!ごはんだよー。」
ナッチョンの声に歓声が沸き、ナッチョン達調理班が鍋や皿を持って広間に出て来る。すると手透きの者たちが厨房から残りの皿や食器を持った来ると、皆で一斉にテーブルへお膳立てしていく。
「食事は皆で食べよう!」そう決めたのはドワーフ達から聞いたワオリの発案で、夜は皆で楽しく食事したいという思いから今では定例となったのだった。
天気が悪い時は工事を終えた城の中で集まり、皆で用意して皆で片付ける。こうした連帯感が大事だとデコールがワオリに教えたのだった。
そして各自が皿を持って配膳係に並ぶ。調理班の者たちが分かれて皆の更に料理を盛っていく。
やがて配膳係の者たちも自分たちの分を用意すると、一同が席に着く。
「それではみんなで頂きますですよー!」
ワオリが元気よく声をかけると、各自が食事の祈りを捧げて夕食が始まるのだった。
「今日はバオちゃん特製スパイシースープだよん。あ、ワオちゃんのは甘口ね。」
ナッチョンが自慢げに語る。その横で一心にスプーンで掬っては口に入れるワオリ。
「ちょっとワオちゃん、ちゃんと感想言わなきゃダメだよ!」
同じテーブルにいるバオへの配慮を求めるナッチョン。するとワオリは目を大きく開きながら親指を立ててみせた。
「しゅっごくおいちぃーでしゅよ!」
口に含んだままなので、少し舌足らずな言葉になったワオリ。それを見てニコニコと嬉しそうなバオ。4人テーブルの上座にバオが座り、ワオリとナッチョン、ユズナとゼフィルートの5人で食事をするのが通例となっている。同じドワーフの者たちは、ダンガやレイラたちと幾つものテーブルを連ねて座り、共にジョッキを持って楽しく騒いでいる。
こちらに来たドワーフの男たちが喜んだのがやはり酒であった。そして豊富な食材を知り、鍛冶場で作った第一号が蒸留器だった。
思わずナッチョンが「なに作っとんじゃぁ~!」とツッコんだものの、ドワーフ達の「酒は心の潤滑油じゃ!酒の無い生活などもう嫌じゃ!」と年甲斐も無く駄々をこね、それに酒好きのレイラやダンガも賛同したことから、果物を蒸留発酵させた果実酒や麦を発酵させたエールが少しずつだが生産できるようになった。決して上等な酒とは言えずとも、酒精の味に綻ぶ笑顔が絶えない事は良い事であった。
「さてと、食べながらだけどワオちゃんこれからのお話させてね。」
ユズナがスプーンを置いて語りかける。一心にスプーンでスープを掬っては口に流し込むワオリが視線だけをそちらに向ける。
「バオちゃん達が来てからここもしっかりとした拠点として活動できるようになりました。みんなも以前に比べて力も付けて来てる。証拠に周辺の亜人や下級悪魔程度なら問題なく倒せるようになっているわ。」
ユズナの言うとおり、この城周辺を巣食っていたゴブリンたちはおろか、周辺をうろつく下級悪魔たちをダンガ達はいとも簡単に倒してしまうほどになっていた。
「それでね、そろそろこちらから討って出ても良いかと思うんだ。目的地は敵の拠点『ダーケルハイト城』。」
それを聞いてワオリはスプーンを止める。それを確認してユズナの顔は引き締まった。
「でも、やはり問題はある訳で、その一番が人手不足ね。
ナッチョンちゃん達非戦闘員は30名。他にここの防衛などを任せるとして100名、それから船を扱うためには海賊さんたちは居て貰わなければならない。
そう考えてみたら、攻めるのは50名でいっぱいだと思うの。だけど相手は数万はいるであろう亜人たちと、強力な力を持つ悪魔たち。更には悪魔王の側近の誰かがいるかもしれない。決して楽な相手じゃないわ。それどころか死んでしまう危険だってある…。」
その言葉にナッチョンやバオの顔は蒼褪め、心配そうにワオリを見る。
「だけど、今この大陸で味方になってくれそうなヒトたちがいるとは限らない。逆にここで敵の根城を落す事で、この大陸の味方が立ち上がってくれることを期待しようと思うの。
かなり危険な作戦だけど、どうする?」
僅か50名でこの大陸における悪魔たちの拠点を攻めるという無謀な作戦。まともであればそんな作戦に乗る事などしないであろう。
ワオリは周囲に目を向ける。それまで楽しげに食事していた皆がこちらに視線を向けていた。不安そうな顔や真剣な顔がワオリを見つめていた。ダンガに至っては僅かに口元がにやけている。レイラもまた強い意思を持っており、視線が合うとはっきり頷いて見せた。皆同じ思いだと思ったワオリはユズナに笑みを浮かべて言った。
「迷うことなど無いですよ。あたしたちは味方がいなかったらあたしたちだけで戦い続けるつもりでした。でも、バオちゃん達のおかげで前より強くなれてるです。それにユズナおねえちゃまやゼロおにぃちゃまが居てくれるですから、これ程心強い事は無いですよ。
おねぇちゃまが行けると思うなら、それに乗っかるのが一番でしゅ!
行きましょう。行ってまずはこの大陸を取り戻すですよっ!」
「オォ―――――!!!」
スプーンを握りしめた腕を天へ突き上げると、ワオリは高々と宣言した。それに乗じて皆が歓声を上げる。互いに顔を向け合って意気込む者たちの中、不安げに皆を心配する者もいる。でも、この地を目指した時にすでに皆覚悟はしていたのだ。
待ちに待ったという様子で湧く広場。こうして僅か50名からなるダーケルハイト城攻略が決行されることになった。
お読み頂きありがとうございます。
忙しさと体調不良のため遅くなり申し訳ありませんでした。
第2章になりましたが、次回は一気に決戦が始まります。
そしていよいよみんなの力が発揮される訳ですが、
そこはまた次回をお読み頂ければと思います。
どうぞよろしくお願いします。
それではまた次回まで。




