作戦開始の前に
惑星エアルス。神々が作り上げた光天歴は1000年を迎えて終わり、新たな時代は悪魔たちによる魔天歴へと変わってしまった。
世界のほとんどが亜人たちの闊歩する悪魔の大地と化し、絶望の中に生きる僅かなヒト達。
それから時は過ぎて1005年。
シュラハティニア大陸東部にある「エスケリト城」を攻め落としたワオリたち。
そこに現れた上級悪魔『バーロン』によって壊滅のピンチに陥ったが、
『ユズナ』と『ゼフィルート』によって助けられ、しかも倒す事が出来た。
しかも仲間になってくれたことで、希望の光が見えたワオリたちであった。
第1章
一組の男女だけがいる空間がある。
「ほぅ…。」
突然、男が感嘆を漏らした。それは気まぐれに世界を見ていた中でのことだった。見ているといっても実際に目で見る訳ではなく、魔力や霊力などエネルギーの急激な変化を察知したということである。
「どうかなさいましたか?」
滅多に見せない男の様子に、傍にいた女性が様子を伺う。
「ああ、今上級悪魔が一体消えたようだ。」
男の言葉に女が驚く。悪魔は互いに戦い合うと死ぬまで戦いは終わらない。だが、死ぬことはさほど問題ではない。魔力の核さえ無事ならば時間をかけて復活できるからだ。
しかし消えるということはその核が壊されたということ。つまりもう復活出来ず、存在しなくなるということだ。
「誰かに消されたということですか?」
「そうだよ。近くに強大な霊力があった。それによるものだろう。」
男はそう言うと傍らにあるテーブルからワイングラスを持ち上げ、そして一口飲んだ。
「如何いたしますか?」
緊張した女の言葉。だが男はワイングラスを元の場所に置くと微笑んだまま座っている椅子の背に体を預けた。
「放っておいて構わないさ。それに構うより奴の所在を見つけなければな。」
そう言った瞬間、それまで柔和だった男の表情が険しくなる。憎しみや怒りが渦巻き、脇にあるワイングラスがカタカタと音を立てて震えだす。そして次第に周囲の空気が震えを増していく。
だけどそれは突然収まった。椅子の肘掛けにあった男の左手に女の両手が重ねられたからだ。それに気づいて男が女を見ると、そこには優しそうな笑顔があった。そして男は表情を和らげる。周囲も落ち着きを取り戻したように静かになった。
「すまないね。気持ちが昂ってしまった。」
「お気になさらず。」
すっかり落ち着いた様子に女は手を引く。そして男は再びワイングラスを手にした。
「急ぐことは無い。時間はあるのだから必ず見つけ出してやるとしようか。」
「…はい…。」
自分に言い聞かせるような男の言葉に、女は笑顔で応じた。
そして二人の時間はまた流れていく。男は復讐を遂げる瞬間を待ち、女は願いが叶う時を待つのだった。
シュラハティニア大陸東の城を落としたワオリ達。上級悪魔の突然な襲撃も「ユズナ」と「ゼフィルート」という強力な助っ人のおかげで無事に撃退し、二人を仲間に迎えていよいよ反抗作戦に進む筈であった。
「よし、そこまでにしよう。」
男の渋い声が青空の下で広がった。その言葉にその場にいた者たちは一斉に地面に寝転がる。息を切らせ、身体は汗まみれだ。
「休む前にケアが先だ。いつ何があるか分からないんだ。ケアしたら休め!」
倒れた者たちに喝を入れるゼフィルート。その言葉に倒れていた者たちはゆっくりと起き上がりながら、全身のストレッチを行う。筋肉の疲労を溜めない為だ。
それを確認してゼフィルートは振り返る。そこでは黒い刀を前に胡坐をかいて座るワオリの姿があった。背筋を伸ばし瞳は閉じられているが、決して眠っている訳ではない。そんな少女にゼフィルートは声をかける。
「ワオリ、終わりだ。」
腹に力を込めた太い声。それを聞いて少女はゆっくりと瞳を開いた。
「はぁ~、やっぱりむずかしいですよ~。」
足を投げ出し、大きくため息を吐くワオリ。そんな姿にゼフィルートは微笑む。
「ほら、気を抜きすぎだ。常に一定の妖力を維持するよう言っただろ。」
「はいです!」
慌てて姿勢を正すワオリ。それに頷いて見せたゼフィルートは踵を返した。
「部屋に戻ったらゆっくり休め。それまではもう少し我慢だ。」
そう言い残して他の者たちの方へと歩いて行った。
あの日から2カ月が過ぎた。レリーブという森の実り多き季節。逸る気持ちを抑えてワオリ達が行っているのは修行の日々であった。
悪魔相手に何もできずに全滅寸前だった一同。このままでは二の舞だと感じてユズナとゼフィルートに相談した所、悪魔対策としてそれぞれの体内にあるマナを高める訓練を提案された。
悪魔と戦うにはその魔力による障壁を破る必要がある。上位になればなるほど様々な障壁効果を持つが、今のままでは下級にすら敵わないと判断された。
そこで個々の体内にある『マナ』をコントロールすることから始めることになる。
『マナ』とはそれぞれ生きる者たちの体内にあるエネルギーだ。基本これが『魔力』と呼ばれ、ヒトやエルフはそれによって魔法を扱える。獣人はその『マナ』という存在に疎く、己の体躯を駆使した戦いを行う。だからこそ悪魔に攻撃が効かなかったのだ。
中には『マナ』が魔力でない者もいる。ゼフィルートがそうであるように、実は亡きマドカも『妖力』という特別な力であった。そしてその娘であるワオリもまた、妖力を持っていた。
まずはユズナによってその辺りの勉強から始められた。彼女の薬によって動けても、体の傷や不調は回復されていない一同。当然体に負担をかけないためにも、まずはそのコントロールを覚えることに徹底された。『マナ』をコントロールできるということは自分の回復能力を向上させられる。その為、獣人たちにとっては苦痛の訓練が続いた。
やがてそれぞれが体内のマナを感じ取って、それを膨らませたりするようになると体の傷はみるみるうちに塞がり、以前よりも体の動きが良くなる。
そして実戦訓練として今度はゼフィルートによる訓練を始めたのだが、これがまた大変な内容だった。
実はゼフィルートの戦闘はリオンが最初に教え込んでいる。霊力を操作する為にもそれを『闘気』として戦う術を徹底的に教え込まれたのだ。以降は自分で高めていった訳であるが、リオン自身もレッドドラゴンによって鍛えられたわけである。つまりゼフィルートに教えられた訓練はレッドドラゴン方式であり、世界最強による壮絶な訓練は死と隣り合わせの過酷さであった。特にゼフィルート相手の組手は、一瞬の気の緩みが死に繋がる。そんな中で必死に熟していくダンガ達が強くならない訳がなかった。
そんな訓練の日々で最も活躍したのがナッチョンだった。疲れた身体にしっかりとした栄養と睡眠を与えることが体力作りには欠かせない。そんな皆の食事を用意するのがナッチョンの役目であり、更にユズナと一緒に食事していたのがきっかけで新たなスキルを身に付けたのであった。
そのきっかけとは…、
「ゼロっちはよく食べるけど、ユズナッちもよく食べるねー。」
ナッチョンとワオリが並んで食べる向かい席に、ゼフィルートとユズナが並んで食事をとる。そんな中でナッチョンが感心して言った。
「ええ、エルフは小食なんだけど、混血のためか私は結構食べると思う。」
美味しそうに咀嚼し終えてから語るユズナ。それを聞いてナッチョンが悪戯っぽく言う。
「そんなに食べちゃうと、太っちゃわない?」
おデブな姿のユズナを想像して言うのだが、ユズナは朗らかに返す。
「それなんだけど、私いくら食べても太らないみたいなのよ。エルフの血のおかげかしら。」
「ぬあぁぁぁ~!何て憎い羨ましさ~。」
思わぬ返しにナッチョンの女としての怒りが沸き立つ。
「そんなことないよ。やっぱり体が大きい方が声音強いからね。」
ナッチョンの羨ましさなど少しも感じず答えるユズナ。エルフの血の影響で美しい容姿なうえ、細身ながら胸などはしっかり主張するほどに大きい。対して自分の身体を俯いて眺めると、何ともいえない虚無感に襲われるナッチョン。
「私だって、私だって―!」
そう言いながら器に取り分けた自分の分を掻っ込み始めた。
「あ~、そんなに慌てたら喉詰まらせるよ~。」
ユズナの心配などよそに、ナッチョンは掻っ込み続けた。その傍らでワオリは黙々とご飯を食べている。一心不乱に器に盛った自分の取り分を見つめながら、懸命に食べる姿はユズナの心をキュンキュンさせる。
「それにしてもワオちゃんが食べる姿ってかわいいね。」
それに気づいて視線を向けるワオリ。口いっぱいに頬張ってまぐまぐと食べる姿が、これまたかわいい。
やがて咀嚼し終えて飲み込むと、首をひねって応じる。
「そうですか?」
「うんうん。集中してしっかり食べてる感じがすごくいいよ。」
するとワオリはニコッと笑って言う。
「おかあさまが教えてくれました。ご飯を食べる時にその一口ごとに感謝しながら食べる事。それを意識することで大きくなるんだよって言われたですよ。」
「なるほどね。素晴らしいおかあさまだね。」
「あい!」
母を褒められてより一層嬉しそうに笑うワオリ。そしてまた器に集中して食べ始める。
「単に食べるだけじゃなく、身体を大きくするために食べるかぁ。そう言う発想は無かったわね…。」
ユズナは考える。さっきのワオリの言葉に何かヒントがあった事を。そしてふと閃くと、喉を詰まらせ必死に胸を叩くナッチョンに声をかける。
「ナッチョン、一つ思いついたんだけど…って!だから言ったじゃない。」
慌てて水の入った木のコップを渡す。それを掴んでガバーッと流し込んだナッチョンはようやく楽になって息を切らす。
「ハァー、ハァー、死ぬかと思った…。ユズナッチありがとね。
ところで何を思いついたの?」
「うん、料理にね色々な薬効を与えられないかと思ったんだよ。」
「薬効?」
不思議がるナッチョンにユズナがエルフの食事に関して話す。
「エルフは果物や木の実を基本食べる訳だけど、実はそうした食べ物には魔力を高めたり、身体の状態を治したりする効果があるの。エルフは火を使わずそのままを食べるけど、こうして料理することで様々な効果を得られるんじゃないかと思ってね。」
本来食べ物には様々な栄養分が含まれており、それらを上手に摂取する事が体作りには大事である。だがこの世界は単に「腹が減るから食べる」という理由だけで食事をしていた。『栄養学』という考えがなかったわけである。
「なるほど!それが出来たらみんなの身体がもっと強く大きくなれるよね。」
「うんうん。料理上手なナッチョンだから、きっとみんなをより強くしてくれると思うんだけど?」
そう尋ねる様に言われてナッチョンはニヤリと笑う。
「ふっふっふ~、このナッチョン様にかかればみんなを今よりもっともっと強くしてあげるよー!よし、早速今から研究だ―!!」
そう言って食事を終わらせると調理場へ駈け込んでいくナッチョン。ユズナもまた、知識でサポートしようと後に続く。
そしてテーブルには一心不乱に器を見ながら食事するワオリとゼフィルートの姿だけが残ったのだった。
そうした経緯から何度かの失敗を重ねた結果、ナッチョンは様々な効力を見つけ出し、元々上手だったことで美味しく身体を強くさせる料理をマスターしたのだった。
おかげで彼らの身体は二回り以上も大きくなり、力や魔力も増大したのだった。
余談ではあるが、同じものを食べていたナッチョンの身体は、料理することで腕や肩周り中心に引き締まった筋肉が付き、女性的な部分は特に変化が表れなかったのだった…。
「それではいよいよ次の作戦に移るですよ。」
ワオリがみんなを集めて話し始めた。場所は城の外。272名全員が集まれる場所で今後の方針が決まる。
「ダンガおじさん、お願いするです。」
そう振られて脇にいたダンガが説明を始める。
「まずは我らの命を救い、そして強くしてくれたユズナとゼフィルートに感謝を述べたい。おかげで我らは目標に向かって進むことが出来る。心より感謝する。」
そう言って頭を下げると、他の皆もユズナとゼフィルートに一礼した。それを両手を振りながら照れるユズナとじっと見つめるゼフィルート。
「そして今回は偵察任務を行う。どこへ行くかというと、かつてドワーフの栄えた地底国『ジャバルヴァース』へ向かう。」
すると一同の中で話し声が起こる。ダンガはそれらに手を挙げて制すると言葉を続けた。
「静かにしろ。いいか、我々はこれから世界の悪魔や亜人と戦って行かなければならない。だが奴らと戦うには戦力が足らん。仲間や装備、それに情報も無い状態だ。
だからまずジャバルヴァースへ向かい、ドワーフ達がいれば解放し仲間になって貰う。」
ここまで話すと、一同は再び隣同士で話し合う。ダンガの話を確認するため、または自分の考えなどをまとめるために、少しの時間ざわついた。
やがて自然とざわつきは治まり、ここで再びワオリが声を発した。
「今回行くのはあたしと、ユズナさん、ゼロさんにお願いするです。ダンガおじさんは皆をまとめて貰い、この地の守りをお願いするです。
もしも相手がどうしようもないと分かった場合は、レイラさん船でみんなを逃がして下さいです。」
その発言にダンガとレイラは頷くが、他の面々から危険だと声があがる。ユズナとゼフィルートは心配はないだろうが、リーダーであるワオリにもしもの事があればと心配でならない。
しかしその心配をユズナが説明した。
「それについてですが、この偵察には少数で向かう方が速くて済みます。それとワオちゃんは私やゼロが抱いて移動できますから、いざという時は緊急回避できますよ。」
そしてワオリは言う。
「こうしてみんなにお話する前に、ダンガおじさんとレイラさんにも反対されたです。でも、お二人だけにお願いする訳にはいかないですし、あたしは大変な思いをしてるヒト達を救ってあげたいですよ。
だから行かせてくださいです。これから皆で楽しかったあの世界を取り戻すためにも・・・。」
自分たち以上に心配する二人が送り出すと聞いて、皆は押し黙った。ワオリの母から託されたダンガを思えば、我々以上に反対したと思われる。だけどそれを承諾したと言いうこと。それを思えば、これ以上反対は出来なかった。
だけど友であるナッチョンは言うべきことを伝える。
「ワオちゃん、…本当は居てほしいけど、これ以上は言わない。でもね、必ず元気に帰って来て。絶対に帰って来て。約束だよ!」
その言葉に皆も同じ思いでワオリを見た。それに対して、
「あい。必ず帰ってくるです。そしてまたみんなで頑張って行きましょー!」
その宣言によってワオリとユズナ、ゼフィルートの偵察作戦が決行されることになった。
お読み頂きありがとうございます。
第1章が始まりました。
これから進むにあたって、第2部用の資料を用意することにします。
今回出て来た『マナ』はあまり第1部で触れませんでしたが、
これがヒトが魔法を使うための原動力になります。
前回の資料には書いていると思いますが、より詳しく書いたものが必要になりそうなので、
近々、シュラハティニア大陸の地図と共に用意いたします。
今後もまたどうぞまたよろしくお願いします。
それではまた次回まで。




