ライディン防衛戦
リオン達がエルフの子を救い出して、無事にエルフの郷まで連れて行った頃だった。
西の大陸シュラハティニアで亜人たちの活動が活発となり、ナハトイデアールにまでその影響が及んできた。
それによってライディンの街へと押し寄せる5万の亜人軍。
リオン達が急ぎ戻ってくる間、トーマス達は何とか防ごうと罠を仕掛けていた。
ライディンの町西側には広大な平野がある。町から10km離れた先に木の杭を縄で編んだ柵が並び、所々に物見台のように4m程の高さの足場が組まれている。
そこにいるのはトーマスをリーダーとしたライディンの防衛隊2000名。獣人がいることで陣の形成は思うよりも早く出来上がり、その他周囲に様々な仕掛けを作っていく。
「もう数日もしない間に奴らは来るぞ。」
トーマスが周囲に叫ぶ。防衛隊のリーダーとして過ごした間に随分社交的な面が現れたトーマス。それを見て傍らのネコミミが茶化す。
「トーマスも随分お話するようにニャッたニャ。」
そう言いうのはもちろん自称相方のミムジアナだ。今回は戦力としても参加している。
「俺はちゃんと話くらいできる。」
そう言いかえすトーマスにミムジアナは薄ら笑いを浮かべながら「ハイハイ」と返した。それから西の方を見つめる。向こうからとてつもない数の亜人たちが迫っているのだ。正直、数を聞いてもイマイチ理解しがたいが、とにかくそのままライディンへ向かわせる訳にはいかないと思っている。
「トーマスぅ~、先に言っておくけど絶対に暴走しちゃダメだニャ。もうトーマスには仲間がいるんだニャ。だから仲間の為にも勝手な行動はしちゃ駄目ニャ。」
遠くを見つめながらミムジアナが呟く。それに少し視線を向けたトーマスは何も言わずに先に進む。それに気づいて慌てて追いかけるミムジアナが不機嫌に言い寄った。
「むー、ちゃんとお話聞くニャ!」
「聞いている。言われずともエルディヴァン殿から部隊を任されているんだ。そう無暗に出来る訳がない。」
自分に信頼できる者たちが出来て、トーマスの心境にも変化が出来たのだ。それを嬉しく思いながら、ちゃんと言ってくれない事に拗ねた態度を見せる。
「むー、それニャらそうとちゃんというニャ!」
そんな会話をしているうちに部隊の見回りを終えて見張台の下へと戻ってきた二人。そこには副隊長である熊の獣人ボルたちがいた。
「お、戻ったか。」
「ああ、準備は出来ていた。あとは来るのを待つだけだ。」
「そうか。」
そんな会話の後、ボルはそっとミムジアナを見る。それを不思議そうに見返してくるが、ボルは少し溜息をついた。
「ま、まだ少し時間はあるだろう。それまでは待つとしよう。」
実はボルを始め部隊の皆は、ミムジアナがトーマスと恋仲であると思っていた。しかし実際は長い付き合い故の腐れ縁みたいな感じなので、こうして二人きりの時間を与えながら仲を進展させてやろうと考えたりしていたのだ。
しかしいつまで経っても二人の仲が深まる感じはない。獣人である以上、子孫を残そうと言う本能が働く物だと思うが、それとは無縁な感じのミムジアナに獣人たちはやきもきした思いを抱いていた。こんな差し迫った状況だからこそではあるが、変に意識させてしまうのもいけないと思いから出たセリフだった。
だけど時間は待ってはくれない。物見台に一人のバーデュンが下りて来た。亜人たちの偵察に向かっていた仲間だ。
「あと数時間で来るぞ。ありがたいことに海上で海賊たちが砲撃してくれた。おかげでいくつか数は減っているが、依然として侵攻は続いている。あと悪い知らせだが、オーガーは2体いる。2体のオーガーを確認した。」
「なんだとっ!」
それを聞いて皆が戦慄する。しかしトーマスは頷き返すと、
「分かった。偵察ご苦労だった。しっかり休め。」
そう労わって、バーデュンを天幕へと休みに行かせた。
「くそっ、オーガー2体だと!どうすりゃいいんだ。」
ボルが叫ぶ。同じく他の者たちも戦う前から気落ちしてしまった。知らなければまだ戦意は失われなかっただろう。だけど、知ってしまったから絶望感しかなかった。
実際にオーガーを見た事など無い物ばかりだが、伝え聞くその存在は山のような巨躯に強力な力と魔法さえも操ると言われている。それに加えて5万もの亜人たち。喰い止められるとは到底思えない。無惨に散るだけとなるだろう。
だけど彼らは思った。少なくとも自分たちが頑張れば町の者たちは逃げられる。せっかく築いた町だが、ヒトがいればまた作り直すことは出来るのだ。だからこそ、彼らが逃げる為にがんばろうと皆が奮起した。
そのまま逃げだす者は一人もいなかった。皆が町に想いを残している。それを守るための防衛隊なのだ。そうした思いに皆が闘志を燃やした。
「町に逃げるよう伝えた方が良いな。誰か…」
そうボルが言いかけた時、後ろから声がかけられた。
「その必要はありません。」
その声に皆が振り向くと、そこにはマドカや町にいた獣人族100名とパァムを連れたサーシェスの姿もあった。防衛隊の皆が驚く中でサーシェスが口を開いた。
「あと少しがんばればリオン達が戻って来てくれます。それまで凌げばきっと彼なら私たちを助けてくれるでしょう。それまで私たちも戦います。」
その言葉に防衛隊の皆が沸いた。リオンの強さは皆が知っている。トーマスさえも凌駕するその力。かつて1万の亜人たちを尽く破った彼も加われば、きっとこの困難も覆す事が出来ると期待を込めた。
「サーシェス~。パァム~。」
ミムジアナが嬉しそうに近寄り、パァムを抱き上げる。
「ミムジー、ご苦労様ですね。」
「ミムジーさん、がんばろうね。」
コロプクル二人に労われ、ミムジアナはうんうんと頷いた。
「マフモフはワオちゃんと一緒にいるからね。心配ないよ。
「分かったニャ。マフモフの為にもがんばるニャ!」
そう語り合う一方、マドカを迎えたトーマスとボル。ボルは申し訳なさそうな態度を見せる。
「マドカ様、わざわざお越し下さり申し訳ございません。」
するとマドカはフッと笑みを浮かべる。
「何を言う。まさか2体のオーガー相手に2000名では辛いであろう。だからこそ私たちも来たのだ。」
そのマドカの後ろからダンガが声をかけた。
「なぁに、久々に暴れられるのだ。今から血が滾って堪らんな。」
トルーガという虎の獣人たちは好戦的な性格ゆえ、年老いたといてもダンガもまた今の状況に興奮していた。
「ダンガ、無理はしてはならぬよ。私たちは生きるために戦うのだから。」
「ハハッ。」
マドカに言われて返事を返すダンガ。ボルからすれば獣人族の勇者と言えるほど強いダンガと、それ以上に強いマドカの参戦に不安が消えた。更にあのリオンが向かって来てくれているのだ。これ程心強いことはなかった。
「オーガーも然ることながら、5万の亜人たちも脅威だ。とにかく町へ向かわせぬよう各自奮闘を願う。」
そうトーマスが叫び、皆が頷きを返した。そこで遂に来襲の声が上がる。
「見えたぞー!」
物見台にいた者が叫んだ。そちらを見ると、翠広がる平野の彼方に人影が2つ揺らいでいた。まだ向こうの方とは思うが、随分と大きな印象を受ける。
「あれがオーガーか。確かにデカそうだ。」
手で庇をしながら遠くを眺めるダンガが言う。それから次第にその全貌が見えて来ると、オーガーの足元から黒い波が押し寄せて来た。実際に波ではなく、それだけ地平の彼方を覆うほどの亜人たちが攻めて来たわけである。
その数を目にして、少し表情が引きつる防衛隊たち。多分、1時間ほどでこちらに辿り着く事だろう。
「今のうちに軽く何か食べておけ。そして休める者は休み、1時間後に開戦だ。」
そうトーマスが叫ぶと、恐怖を拭い去るかのようにみんなが大声で呼応した。
やがて亜人たちは10km先に敵がいるのに気付いた。そこで早速考えも無く走り出すのがゴブリンであり、亜人たちのほとんどは陣形も戦略も何も無い状態だった。
そんなゴブリンが勝手に動くと、自分もと向かい始めるゴブリンたち。一番に向かって相手を倒して手柄をせしめようと考えた訳だ。女ならば孕ませ、それ以外は食料や遊び道具にしようと言う欲望から突っ走るのだが、これをオーガー2体は止めようともしない。ゴブリンはあくまで雑兵であり、そんなゴブリンの使い方としては捨て駒が最も適している。
予想通りに我先にと駆けだしたゴブリンたち。まだ距離はあり、駆けて行く間もスタミナは減っていく。長い距離を行軍してきたのだから当然体力は落ちているのだ。それも分からず駆けて行く愚かな者たちを見ながら、オーガーは不敵に笑った。
「さて、どのような罠を張っているかだな。」
そう呟くと、もう一人のオーガーも笑みを浮かべる。
「まぁ、あれしきの数だ。大したものなど無いだろう。」
二体のオーガーはそれぞれ頭に角があり、一方は額に長く鋭い角を、もう片方は左右の耳の上から湾曲した角を生やしている。8m程の身長で一本角は長い柄に槍先と斧が付いた戟を、二本角は金棒を持っている。それ以外は同じ見た目である。
その二体の足下には数百ものラゼットゴブリンがおり、黒い鎧やリザードマン、ホブゴブリンなどが入り乱れて進軍している。ゴブリンとは違い、知能のある者や、オーガーの命令に服従する者たちである。
そしてそれらは5km程の地点で進軍を止める。そこで先行するゴブリンの様子を見ることにした。
その視線の先、ゴブリンたちはあと2kmという地点に迫った。ライディンの警備隊の面々も戦闘準備を終えており、もう少しで先頭の火蓋が切って落とされようとしていた。
先行するゴブリンたちは全部で5000匹。他にもまだいるが、今でているゴブリンたちは若かったり、戦闘経験に乏しい者ばかりだ。他は用心深かったり、単に怠けて行かなかった者が残っている。相手を観察するには丁度良い数だとオーガー達は眺めた。
我先にと駆けるゴブリン。偉そうに命令する奴らよりも先に行けば手柄を独占できると走って行くが、何故か体が重く感じる。息もし辛く苦しいと思うが、長い距離を移動してきて更に走っているのだ。生物であれば当然体は疲労を迎え、呼吸は困難になる。だがそう言う事が分からないゴブリンたちは構わず走る。自分たちの欲望を果たすためにその足は止まらず前へと進ませた。
そんな身体的状況では当然思考や注意力は衰え、日頃は何とも無い事でも出来なくなるものだ。今まさに先頭を走っていたゴブリンが大地を踏んだ瞬間、その身が地中へと消えて行った。深く掘られた落とし穴にまんまとかかったゴブリンは底に仕掛けられた尖った木の杭に刺さり、やがて黒い霧と消えた。
すぐ目の前でそれを見たゴブリンはそれを避ける様に横に避けたが、そこにもまた落とし穴が仕掛けられており、まんまと掛かって死んだ。その辺り一帯は2000名の防衛隊員が時間をかけて作った落とし穴が無数にあり、5000匹もいたゴブリンのほぼ全てが落とし穴にかかって死んでいった。
残った数百のゴブリンは流石に落とし穴にかからなかった。そして穴がない場所を見つけて更に駆けていく。
よし、これで手柄は自分の物だと喜び勇むゴブリンたち。当然それはそこに誘い込むために穴を仕掛けなかったわけであり、逃れたゴブリンたちを待ち受けていたのは待ち構えたトーマスたち100名の戦士たちが一斉に矢を射る。
放物線を描いて落ちて来た雨のような矢を受けて残った数百のゴブリンは瞬く間に絶滅したのだった。
まずは5000匹のゴブリンを向かわせたが、相手と刃も交わさず死んでしまったことに一本角のオーガーは関心した。
「ほぉ~ヒト共め、見事なものだな。」
その言葉に二本角が憎らしげに言う。
「フンッ、あのゴブリン共が愚か過ぎただけだ。あのような穴に落ちるとは情けない。」
「まぁそう言うな。おかげで少しは楽しめそうではないか。」
そう会話すると、一本角は足もとへ声をかける。
「おい、進め。」
そう言うとそれまで止まっていた亜人軍が一斉に前へと進みだした。足並みやそういった統一感など一切お構いなしの進軍。しかしその進行速度は一定に保たれており、突出する種族など一切いなかった。
その様子を見たライディン側の物見が進軍を伝えながら、その統一された進軍スピードを脅威に感じる。
「種族として 体格や歩幅、そして速度が違うと言うのに、どうして揃って移動できるんだ?」
集団が一糸乱れず同じ行動をしていると、よく訓練されていると判断できる。それだけ訓練されている限り、もちろん強い集団である。だが亜人たちにおいては訓練などしているとは到底考えられない。それがかような行動をしているとなれば、それらを率いる者の統率力が優れていると考えられる。
実際この軍を率いるオーガーの一本角は戦略などに長けている。その一本角から一定の範囲で従わせる闘気が発せられており、その範囲にいる下位亜人は一本角の思うように動くようになる。
「構わない。元々あれ全部を倒さなければならないんだ。まとめてやるしかないだろう。」
トーマスがそう言いながら周囲の者たちに視線を配る。いよいよだと言う思い、脅威に怯える思い、絶対に町へは行かせないと言う決意などヒトの様々な思いが見える。
「距離のあるうちは弓や魔法で攻撃。そして間近に迫ったら各自複数で対応。援軍が来るまで何とか耐えるぞ。」
力強く言うと、皆から気合のこもった返事や頷きが返された。
そんなトーマスの後ろでミムジアナは少し嬉しさを感じていた。抱かれたままのパァムはそれに気づいてそっと尋ねる。
「何か嬉しそうだね、ミムジーさん。」
「そうニャンね、あれだけ無愛想でムスッとしてたトーマスがああやって指示できる様になったのを見ると、何とも感慨深いニャン。」
「ミムジーさん、何かお母さんぽいね。」
笑いながら言うパァム。それにミムジアナは「ニャンと!」と言いながら驚いて見せた。
「トーマスはずっと一緒にやって来た仲間だからニャ~。実際あの無愛想をニャンとか治してやりたかったニャン。それがリオンに会って少しずつ変わって、そしてライディンでいっぱいヒトと触れ合えた事が治してくれたんニャ。皆には感謝してるニャよ。」
「それじゃ、これからももっと色んな表情して貰えるように頑張らないとだね。」
「うん、そうだニャン!」
そう笑いあう二人。そんな様子に気付いてトーマスが呆れたように言った。
「おい、余裕持つのはいいがもうすぐ来るぞ。」
「分かったニャ!」「は~い。」
二人そろって返事すると、トーマスは装備を改めながら迫る亜人たちを見た。
それから数時間が経った。まだリオン達は到着しない。
サーシェスからの連絡を受けてからほぼ休みなく走り続けた。馬には悪いが、緊急事態ということで3日間走り続けて貰っている。
早く行かなければと言う焦りの中、手綱を操るエフェメルは後方に声をかける。
「リオン君、私たちはこのまま向かいますが、先にポォム君と向かって下さい。ポォム君は向こうでパァムちゃんがいますから合流して下さい。」
最後の林を抜けてようやくライディンへの草原が広がった時だった。そう言ったエフェメルの視線に大きな人影が映る。
「ッ!あれがオーガーですか…」
エフェメルも見るのは数回である。以前もこうして遠くで見ただけであった。それにしても思った以上に西へと進みこんでいる。戦闘に入ったと最後の通信を行って数時間。どうか無事でいてほしいと願う中でリオンは立ち上がってポォムを抱き上げた。
「リオン、どうか皆を!」
「うん。」
シーニャの言葉に強く返事し、横たわるエイルにも頷きで挨拶すると、馬車の後ろから飛び出したリオンはそのまま翼を展開して南へと一気に飛び立った。
「ポォム、大丈夫かい?」
盾で風圧を防ぎながら抱きかかえるポォムに声をかける。
「うん、大丈夫だよ。それより急ごう。」
「わかった。」
そうしてリオンは更に速度を上げて南へと向かう。
「トォーマスゥー!」
悲痛に叫ぶミムジアナ。涙に濡れた彼女の瞳に身体に幾つもの槍が刺さったトーマスの姿が映る。
あれから迫る亜人軍にサーシェスやパァムが魔法で攻撃したり、防衛隊の弓矢で多くのゴブリンたちを屠った。しかしながら向こうのオーガーもまた炎の弾を撃ち込まれて遂に白兵戦となった。
金色と化したマドカが九尾を展開して戦神の鼓舞を発動し、強化された警備隊たちは次々と迫る45000の大軍を真っ向から受け止める。その中でマドカは黒き愛刀を持ち出して次々と亜人たちを切り刻んでいく。その脇にダンガ達が控えてホブゴブリンや、ラゼットゴブリンを倒していったが、リザードマンが迫った途端にマドカ達は戦いは拮抗する。
リザードマンは単にトカゲが二足歩行するだけだと言われているが、実際はとんでもない戦闘力を有する種族なのだ。柔軟な体に大木を軽々と持ち上げるだけの筋力。その体を固い鱗が覆い、武器なども使い熟す。戦いを好む種族で互いの力比べをしながら己を高めている。そして集団戦にも長けた種族でドワーフの国 ジャバルヴァースはリザードマンの部隊によって落とされたのである。
更にそんなリザードマンの中に希少な幻獣種である「ドラゴニュート」という高位の者がいた。リオンのようなドラゴニクスとは違いドラゴンに属さないが、それに近い者としてリザードマンよりはるかに強い種族なのである。大きな違いは頭に角があること。そしてより鱗が硬質化して鎧のように見える事だ。
そんなドラゴニュート率いるリザード軍相手に、マドカ達はそのまま膠着させるのが精いっぱいな状態となっている。
リザードマン達を何とか抑えるマドカ達の傍ら、黒い鎧の部隊がトーマスたちに襲い掛かった。怪力と強力な装備で警備隊の者たちに被害が出始める。そんな中、サーシェスが広域魔法などで足止めを行うものの、依然としてオーガーからの炎の魔法が飛んできては、パァムと一緒にその相殺に追われていた。
やがて防衛戦が崩れた事で、防衛隊は押され始める。そこをトーマスが単騎で次々と敵を蹴散らせていった。その横でボルが死角になる部分をカバーすることで今一度戦線は維持されていく。
ミムジアナもまた前線で黒い鎧やホブゴブリンを攻撃していった。そんな中、ラゼットゴブリンがミムジアナの一瞬の隙を突いてその足を掴んだ。
「ニャアァァァー!」
叫ぶミムジアナ。それに気づいたトーマスが舌打ちしながらラゼットゴブリンの腕を斬り落としてミムジアナを救う。
「助かったニャ!ありがとうニャン。」
そう言った時だった。トーマスの脇腹に黒い鎧の槍が刺さった。
ラゼットゴブリンの腕を切った瞬間、その開いた脇腹に黒い鎧が槍を突き出し、その攻撃を受けたのだ。
「トォーマスゥー!」
ミムジアナが叫ぶと、その瞬間四方から槍が伸びてトーマスの身体を突き刺した。
「オラァァァッ!」
ボルが慌てて周囲を戦斧で薙ぐ。その中で槍が刺さったままのトーマスが膝を付いた。そこを慌ててミムジアナが寄り添う。
「トーマス、トーマスゥ~」
その体を庇うようにしながら声をかけるミムジアナ。その後ろでボルが叫ぶ。
「ミムジアナ、トーマスを連れて後ろに引けっ。」
そう言われてミムジアナは慌ててトーマスの体を支えながら退こうとした。だけど、そんなミムジアナをトーマスの手が押しのけようとする。
「トーマス駄目ニャン!すぐ治療するニャン。」
叱る様に言うが、トーマスは一度「ゲホッ」っと吐血しながら咳き込むと、刺さったままの槍を引き抜きながらニヤリと笑った。
「まったく、まさかミスるとはな…。」
「喋っちゃ駄目ニャン。」
息を切らしながらトーマスは手に持つ戦斧の握り具合を確認する。
「もう、助からねぇよ…。だったら最後まで戦うだけだ。そう、あの時の様にな…。」
そう言いながらトーマスは自分の中に仕舞い込んでいたあの感覚を思い出す。亜人を恨み憎みそして築き上げた暴走する自分を。
「トーマス、ごめんニャン、あたいのせいで…。」
涙しながら謝るミムジアナ。そんなミムジアナの頬に手をやるトーマス。
地に塗れた手に顔をあげると、そこには今まで見たことのない優しげに笑うトーマスの顔があった。
「気にするな。今まで俺に付き合ってくれたお前だから助けたんだ。
…ミムジー、お前は良いやつだ。だから死ぬなよ…。」
そう言うとトーマスの顔がズイッと迫り、ミムジアナの唇を奪う。
突然の事に目を見開いたミムジアナだが、次の瞬間トーマスによって力いっぱい後方へ突き飛ばされた。
「生きろ、ミムジー!」
それが別れの言葉だった。
そしてトーマスは単身亜人軍の中へと突っ込んで行く。
「ボル、下がって陣形を立て直せ。ここは俺がやる!」
そう叫んだトーマスが目の前の黒い鎧を戦斧で断ち切る。そのまま体を捻らせその周囲の亜人たちを巻き込んでいった。その身に再び攻撃を受けようとも怯みもせず、ただ目の前にいる亜人を殺すことだけのために動く。傷口からは血が流れようともそれを厭わず、力の限りに暴れ続ける。
正に我を忘れた狂戦士だった。目に入る動く物を全て手にある戦斧と剣で斬り倒し、野獣の如く叫びながら暴れに暴れた。
そんなトーマスによって亜人軍の前線は崩れ、ボルは言われた通り警備隊を後退させる。
その姿を見ながらボルたちに引き摺られながら下がっていくミムジアナ。何度もその名を呼ぶが、その狂戦士は黒い鎧はおろかリザードマン達をも斬り伏せていく。それによってマドカたちもボルたちの後に続いて下がって行った。
「嫌ニャ、トーマスぅ、行っちゃダメニャ、トーマス、トーマスゥゥー!」
泣き叫ぶミムジアナの声を聞きながら、狂戦士は口元に笑みを作りながら突き進んでいく。
その脳裏に思い浮かぶのはかつて平和に暮らした村での生活。
突然ゴブリンの襲撃に遭い、両親と姉が必死になって自分を逃がしてくれた。
あの時、ゴブリンたちを憎む一方で、一緒にいてくれなかった姉たちを憎んだりもした。
苦しかった日々。やがてミムジアナに出会って色んな経験を積んでこれた。
特にリオンと出会ったことは一番の驚きだった。
その後も様々な出会いを繰り返して、自分の中でヒトとしての感情が戻ってきた。
でもやはりミムジアナは自分を気遣ってくれていた。それがなんとも言えない感情だった。
そして先ほど、ミムジアナを助けようと体が勝手に動いてしまった。その結果がこれだ。
だけど後悔はない。
そしてあの時の姉たちの気持ちがわかった気がした。
(ありがとう、とうさん、かあさん、ねえさん。そしてミムジー…)
総数1万以上の亜人を殺したトーマス。最早立っているのも信じられない姿だった。
そして最後はオーガーの炎に焼かれ跡形もなく消えたのだった。
「ヒトにしてはなかなかの者だったな。」
トーマスに炎の魔法を唱えた一本角のオーガーが呟く。このまま押し込んで行けると思った時に突如として凶暴化したヒトの戦士。それによって戦線は一気に潰された。
単に強いだけでなく、如何なる攻撃を受けても倒れぬその姿。その身をどれだけ傷つけられようと変わらず、最後は両腕も片目も無く、ただ立って叫ぶだけであったのに、その気迫に勇ましいリザードマンや無頓着なバンデッドゴブリンまでもが恐怖に動けなくなったのだった。
亜人でありながら恐怖を与えられる。それはある意味敗北であり、軍に恐怖が蔓延しないようにオーガーが魔法で消し去ったのだった。
「そうだな。聞いた事があった狂戦士、噂に違わぬ強者だった。」
二本角もまたその気迫を褒めた。
「5万もいたが、もう2万しかいないか…。」
「なに、我らがおれば最終目的は達せられるだろう。」
最初にいた数が随分減った事を一本角がいうと、二本角はあまり気にした様子も無く言ってのける。彼らが進む理由。実はライディンは通過点でしかないのだった。
「さて、そろそろ向かおう。最早あのような強者はおらぬだろうがな。」
一本角の言葉に二本角は頷き、再び亜人軍は侵攻を始めたのだった。
お読み頂きありがとうございます。
今回はトーマスとミムジアナを中心に話を作りました。
ナハトイデアール編を書き始めた頃からこの設定にしておりましたが、やはり大事なキャラが倒れるというシーンは私自身厳しいものがあり、内容を短めにさせて頂きました。
この物語を書き始めてた時は、もっと早いうちにミムジアナと二人別の旅へと向かう予定でしたが、この二人が気に入ってしまい、ここまでトーマスには付き合ってもらった次第です。
作者ながらに、冥福を祈りたいと思っております。
さて、いよいよ次回で第1部最終話となる予定です。
ここまでお付き合い下さった皆様に「なるほど」と思って頂けるお話にしたいと思っております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
それではまた、次回まで。




