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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
45/93

ファンネルゼ(グランデュシュテルン編完結)

グランデュシュテルン軍10万と衝突し、その力をもってグランデュシュテルン軍を蹴散らすリオン。

何とか価値を得たと思った瞬間、一筋縄でなかった相手軍によってエイルが倒れ、その凶刃にシーニャが

刺された。

倒れ伏せたシーニャの姿を見たリオンは、怒りで我を忘れてしまうのだった。

 遠くでその様子を見ていたグラーベル。最早これはどうにもならぬと全軍に指示を出した。

「全軍撤退せよ。逃げられるならば可能な限り逃げ延びよ。」

 そう聞いて散り散りに逃げ出す兵士たち。最早恐怖しか感じない兵士たちは何とか生き延びようと馬を走らせた。

 それらを見送りながらグラーベルはゆっくりとリオンに向かって進む。

「司令、どちらへおいでですか!」

 声をかけられて見ると、クォーツェンと他数名の騎士たちが逃げずにいた。

「何をしている。早く逃げよ。」

「司令はどうなさるのですか?」

 命令に質問を重ねる。それに対して分かった事だろうと言う笑みを浮かべながらグラーベルは言った。

「知れたことだ。総司令として、そして事の責任を負うために私はリオンの下へ向かう。」

「ならば我らもご一緒致します。」

「ならぬっ!」

 申し出に一喝するグラーベル。

「お前たちはまだ若い。そしてこれからの王朝を守って貰わなくてはならぬ。これは総司令としてまとめられなかった私の落ち度だ。陛下の為にも、私の命を持ってこの国の者を守らねばならぬ。これは命令だ。無事に逃げ延びよ。」

 そう言うと踵を返してグラーベルは続けた。

「お前たちのような者がいれば私も安心だ。苦労を掛けるが後は任せるぞ。」

 そう言うとマントを翻しながらリオンの下へと駆けていく。その背中をクォーツェン達は敬礼しながら見送るしかできなかった。


 そしてリオンは遠くの壁へ目を向ける。そこには蜘蛛の子を散らすように方々へ散っていく兵士たちの中で、一人向かってくるグラーベルの姿があった。

「嘘つき…」

 そう言うと勢いよく飛び出す。

 このシーニャたちへの攻撃に関してはグラーベル自身に罪はない。ただし、総司令官という立場上の責任があり、部下を制御できなかったために起きた問題なのだ。それ以前の戦闘においても負けてしまった事の責任もあり、グラーベルはその命を持って責任をとるしか術はないと考えていた。

 そしてこちらに飛んで来るリオンを見て、グラーベルは受け入れる様に両手を広げる。

「今回の事は私に責任がある。だから私の命を持って、どうか赦してほしい。」

 そう叫び瞳を伏せる。迫るリオンに申し訳ないと思いながら、クォーツェン達若い将兵に後を託して。

 そしてリオンのランスが迫る中、グラーベルの耳に声が聞こえた。

「グラーベル、あなたはまだ死んでもらっては困るわよ。」

 その声に目を開けたグラーベル。そこにいたのはリオンのランスを美しい白い盾で受け止める純白の鎧に身を包んだ少女の姿だった。


「陛下っ!」

「グラーベル、ここはいいから直ちに医療班を用意しなさい。この子の仲間を助けなさい。」

「は、ははっ御意!」

 咄嗟の事で驚いたグラーベルだが、その勅命を即座に行動に移す。そう、そこに現れたのはグランデュシュテルン王朝の皇帝と称されるファンネルゼ・ア・メル・グランデュシュテルンであった。その身に美しい装飾を凝らした純白の鎧を纏い、大きな盾でリオンのランスを受け止め、背中には大きな剣を背負っている。

 噂の蒼銀と戦うと聞いて、興味本位に見物に来たファンネルゼであったが、リオンの咆哮から事態の急変を感じ、装備を整えて参戦した訳である。

「ちょっとあなた落ち着きなさい。あなたがライルビーを倒した戦士ね。…なるほどドラゴニクスではヒトには無理な話だわ。」

 そう独り言を含ませながら喋ると、盾でランスを弾き返し、空の右掌をリオンに見せた。

「あなたと争う気はないわよ。一旦落ち着いて話を聞きなさい。」

 だけど怒りのリオンはその言葉に納得しない。そして何度もランスを突き出して攻撃を仕掛けて来る。それらを盾で防ぎながらファンネルゼは次第に不満を募らせた。

「ホントいい加減に話を聞きなさいっ!」

 そう言うとランスを盾で受け流してリオンの体勢を崩すと、そのまま身体を捻ってリオンの頭に回し蹴りを入れる。それをきっちり盾で防ぐリオンであるが、互いに空中であるためにリオンの身体が後方へと飛ばされた。

 そう、ファンネルゼは空中でいるのである。見学も全体を見渡せる上空から眺めていたのだった。そしてリオンと互角に渡り合うだけの力を持った存在。それだけの強力な力を持った存在だからこそ、強大なるグランデュシュテルン王朝で君臨し続けられるのである。

「怒りで我を忘れてる訳ね…。良いわ、しっかりとお灸をすえて大人しくさせてあげるわよ。」

 そう言うとファンネルゼは背中の大剣を抜くと、盾を代わりに背中へと担ぎ直した。

「まったく、久々に面白そうと思ったらこれを使う羽目になるとはね…。」

 そう言うと大剣を握った右手を腰のあたりに構え、左手は刃の装飾のようにある穴に入れてその剣先がブレないように支える。

 ファンネルゼの大剣は両刃で中央に僅かな隙間があり、そこから柄に向けて幾つも様々な文様や珠が填めこまれた美術品ともいえる美しい白い大剣である。これをファンネルゼは『カノンちゃん』と名付けて愛用している。

「カノンちゃん、出力50%で行くわよ。」

 その声に応じてかカノンちゃんの柄中央にある紅い珠玉が光り、次第に輝きを強めていくとその紅い光が刀身を包む。その光りに包まれながら刀身中央に刻まれた文様や珠が真っ赤に染まると、ファンネルゼはリオンに叫んだ。

「しっかり盾で防ぎなさいっ、いくわよ!」

 そう言うと柄の真下にある引き金を人差し指でグッと握り込む。と同時に大剣の先で赤い魔方陣が浮かびそこから特大の光線がリオンに向かって放たれた。

 突進を始めていたリオンは瞬時に盾を突き出してその光線を防ぐ。だが特大の光線はすっぽりとリオンの身体を覆うと、物凄い圧力でリオンの身体を吹飛ばしたのだった。

「あっ、強すぎたかしら…。」

 放ち終えた大剣を冷やすかのように上下に2度振ってから背中に戻すファンネルゼ。だけどその心配は盾を構えたままの姿勢で滞空するリオンを見て杞憂だと知る。

「うんうん、それくらい丈夫じゃなきゃね。」

 だけど次の瞬間、リオンの身体がグラつくとその体は地面へと落ち始める。それを見てファンネルゼは慌ててリオンへ飛んで行くと、その体を抱いて墜落するのを止めた。

「あら~、思ったよりきつかったのかしら?久々だから加減を間違えたみたいでごめんね。」

 そう言いながらリオンを支えたファンネルゼは真下へと降りていく。ちょうど悲しみに暮れるエフェメルたちのもとへと。



 抱きかかえられながら下りてきたリオンに信じられないと言う瞳を向けるエフェメル。そして警戒をするが、先にファンネルゼが声をかけた。

「心配しないでいいわよ、この子死んではいないから。それと私も戦う気はないから。っと、けっこう重いわねこの子。」

 着地した時僅かにバランスを崩しかけながらも、地面にリオンを寝させたファンネルゼがエフェメルたちに向き合う。

「なるほど、あなた達がベデラードから逃げ出した者たちか。」

 そしてふとエルフの子に目が行き、その子が必死に呼びかける倒れた女性の姿を目にした。

「あら?その子は…」

 そう言って歩み寄ろうとしたがエフェメルが前に立ちふさがる。

「この子とシーニャちゃんに手を出さないで!」

 その態度に強い意思を感じると、ファンネルゼは威圧を発した。

「うぐっ」

 その強烈な圧力にエフェメルは立っていられなくなり座り込む。その横をファンネルゼは進み、エルフの子の横に跪いた。

「あなた、エルフじゃないわね。…混血…?」

 そう呟くと少女の頭にそっと手を置いて目を閉じた。暫くそうした後、その姿のまま後ろに向かって声をかける。

「まだ寝てても良いわよ。」

 その声はよろよろと立つリオンに向かってのものだった。それに対してリオンは精一杯の声を出す。

「その子に…おねえちゃんに触るな!」

 それを聞いてようやく手を引いたファンネルゼは最早虫の息というシーニャに目を移す。

「そうだったのね。そしてこの女性があなたの怒りの引き金だったわけなのね。」

 そう言うとファンネルゼはシーニャの背中に向かって左手を添える。するとそこから紅い光が輝くと、シーニャの身体を包み込んだ。

 咄嗟に駆けだそうとしたリオンだったが、それをエフェメルが抱き付いて止める。

 何故だと言わんばかりにその顔を見つめたリオンだが、エフェメルは首を振りながら言った。

「今あのヒトからは悪意を感じません。どちらかと言えば慈悲に近い物があります。どちらにせよ、あのままではシーニャちゃんは助かりませんから、任せてみましょう。」

 そう諭されても心配で仕方ないリオンだが、さっき負けてしまった自分ではどうしようもないと悟り奥歯を噛み締める。

 その間にシーニャの背中に刺さっていた槍は姿を消し、ポォムの凍結も消え失せた。そこでファンネルゼはエルフの少女に右手を差し伸べる。

「ねぇ、あなたがこのヒトを本気で助けたいと願うなら、この手を取りなさい。あなたの力があればこの人を救えるわよ。」

 そう言われて少女は右手を見て、次にファンネルゼを見つめた。そして倒れたシーニャに顔を向けると、急いで差し出された右手を両手で握った。

「おかあさんを助けて。」

 その言葉にファンネルゼは驚いた表情を見せると、2度ほど頷いて見せた。

「わかったわ。ならば強く願って、『助かって』とね。」

 言われるままに少女が両手に額をくっつけて念じる。これまでずっと暮らしてきた中で初めて温もりを教えてくれたヒト。お外の青い空を見せてくれたヒト。おいしい物を食べさせてくれたヒト。少女にとって感動を教えてくれたヒトなのだ。だからこそ、これでお別れなんてしたくなかった。優しさや温かさをもっともっと教えてほしいと願う。だから紅い水が出て動かなくなっちゃうことが嫌だった。

 そうならないでほしいと、もっと一緒にいたいと強く願った。

 そうした思いが少女の魔力となり、ファンネルゼへと伝わる。実の所、先程カノンちゃんを使ったためにファンネルゼは見た目よりかなり疲労していた。一度に半分ほどの魔力を失い、リオンとの攻防で強力な防御魔法を展開していた為に思った以上の疲労があったのだ。そしてこの状況を打開する為、秘術でもある治癒の魔法を行うには魔力が足りなかった。

 死んでしまった者を生き返らせること、つまり蘇生はかつてこの世界にいた神や悪魔の中でもただ一人しか出来ないとされている。生ある者がやがて死に至ると言うことは世界の法則である。蘇生とまでは行かずとも、ヒトを死の淵から回復させる魔法さえも禁断の術であり、これもまた神や悪魔であってもそう易々と扱うことは出来ない。術はあっても、それに必要とされる魔力や霊力が尋常ではないのだ。そこで無尽蔵なほどの霊力や魔力を帯びた混血の少女の力を使うことで、何とか魔力を補うことが出来ている訳である。地脈に長く触れていたため、少女の体には地脈から蓄えた多くのエネルギーが宿っているのだ。

 そんな少女の強い願いがこもった紅い光がやがて消える。そして左手を引いたファンネルゼは右手を握っている少女へ合図を送る。その合図に顔を挙げた少女は頷きを受けてからシーニャへと顔を向けた。

 その大きな瞳に映った女性がゆっくりと体を起こし、やがて少女に顔を向けた。

「あれ?私どうして…。」

 不思議そうなシーニャに少女は抱き付いた。

「おかあさん!」

 驚いたままのシーニャ。しかし抱き付いた少女を迎えると、その体を優しく抱き締めた。

「無事でよかった。」

 そう呟いたあと、周囲からすすり泣く声が聞こえ、同時に聞き慣れない声がシーニャに届いた。

「良かったわ。死んでいたら無理だったけど、何とか助かったみたいね。」

 その声に振り返るシーニャの瞳に、眩い真っ白な鎧を着た少女の姿が映った。見たことのない高貴な印象を受ける若い女性。首を傾げながらシーニャは尋ねる。

「あの~、あなたは?」

 そう尋ねるシーニャに対してファンネルゼはようやく自分が名乗っていない事に気付いた。

「あ、そう言えばまだ名乗ってなかったわね。コホン…

 改めて名乗ろう。我こそはグランデュシュテルン王朝皇帝ファンネルゼ・ア・メル・グランデュシュテルンである。

 此度の戦い、敵ながらあっぱれであったぞ。」

 途中から言葉遣いを代えた皇帝。その言葉にそこにいた者皆がその日一番の驚きを見せたのだった。


「さて、せっかくだから少し話でもしようか。」

 ファンネルゼが皇帝として語りかけた。

 名乗った後、良いタイミングでグラーベルが医療班を連れて駆けつけ、直ちに獣人たちの治療を行い始めた。数名の死者は出ているが、その大半の命が助かったのはエフェメルたちの努力の賜物だろう。同時にシーニャもケガの酷いエイルの手術を行い、他の者の治療を行っている。

 そしてその場には用意された椅子に座るファンネルゼとその後ろに控えるグラーベルとクォーツェン。そして向かいにはリオンと少女を抱いたエフェメルが椅子に座り、その他の奴隷とされていたヒト達が地面に座っていた。

「先にはっきりとさせておこうか。今回の戦いは引き分けとさせて貰おう。先の戦いで我が軍はリオンそなた一人にやられてしまった。まぁ、ドラゴンの力を有するお主では仕方なき事であろう。それを考えたらグラーベル。そなたの引き際は悪くはない。」

 ファンネルゼはそう言って後方に視線を送ると、軽く頭を下げるグラーベルの姿があった。

「そして我が出向いて結果としてそなたを倒した。形としては戦いの勝敗が決した後ではあるが、こちらも体裁がある故それで納得してもらいたい。」

 その申し出にリオンは大きく頷き、エフェメルも姿勢正しく腰からお辞儀して了承を示した。

「僕を止めてくれたし、何よりおねえちゃんを助けてくれたんだから僕としてはそれで構わないよ。改めて、おねえちゃんを助けてくれてありがとう。」

 皇帝だと知ってもリオンの態度は変わらない。というのもそうした堅苦しい態度が出来るリオンではないため、ファンネルゼもそれを許していた。

「よい。そもそもそれはこちらの者が勝手にしでかした事。何よりあの術はその混血の子がいたからこそ出来た術だ。感謝するならばその子にするが良い。

 あと、あの騒動を起こした愚か者はこちらできちんと処罰させて貰う。それも構わぬか?」

 直接手を出そうにも見たことも無い相手である。それにファンネルゼが信用できることから頷いて了承した。

 この結果、密かに隠れ逃げたバブロッグは王朝暗部の者に捕えられ、軍法会議の場へ強制的に連行される。そして皇帝から直接死刑を命じられると、見せしめとばかりに皆の前で全ラビューズ王のように闇に呑みこまれ跡形も残らなかった。それを見た者たちは皆、今一度皇帝に逆らわないことを誓ったのだった。


「では、本題に入ろう。そなたたちは何が目的でここに来たのだ?やはりベグラードの者たちの解放か?」

 ファンネルゼの問いかけにリオンは頷く。

「うん、本当はこの子を助けることを考えてたんだよ。エルフの郷でこの子を助けるって約束したんだ。」

「約束?誰とじゃ。」

「エルフの郷の長、セルディアさんだよ。」

「ほぅ、最近では姿を見せなくなったエルフたちと会ったのか。なるほど…で、この子についての話は知っておるのか?」

「うん、その時教えて貰ったよ。」

「そうであるか…。」

 そう言って少女に目を向けるファンネルゼは少し寂しそうに見つめた。

「事件があった事は知っておった。だがその子があの場所にいたことは先ほどまで知らなかったのだ…。よもやそのような扱いを受けておったとは…、済まぬ。」

 少女に向けてのその言葉にグラーベルやクォーツェンが驚き、エフェメルもまた驚きを隠せなかった。皇帝が謝るなどあってはならぬこと。例え少女に対してとは言え、ヒト主義な国のトップが言うべきことではないのだ。

「恐れながら、陛下ともあられる方が仰られるべきでは…?」

 エフェメルが相手を尊重して進言する。しかしファンネルゼは首を振る。

「我が国の政などは全て臣下に任せており、奴隷制にしても承諾はしておる。しかし生まれながら監禁し、名すらも与えられておらぬなどあってはならぬことである。奴隷であろうと何であろうと、ヒトとして存在を認めることは大事な事じゃ。この子にしてきた扱いはヒトでなく道具としての扱いじゃ。例え知らぬとて、それを許したは我の責任。これは謝らぬわけにはいかぬ。」

 だがそこでリオンが言う。

「だったら他種族に対してももっと大事にするべきだと思うよ。虐げるなんてダメな事だと僕は思うけどね。」

 その意見にエフェメルが慌てて止めようとしたが、既に遅かった。

「ほぅ、我が国の政に意見を申すとはな…。」

 流石にそこは行き過ぎな発言である。だけどリオンは止まらない。

「正直言って僕は難しいことは分かんないよ。国を動かすって大変だろうなって思う。

 だけどね、今までずっと色んなトコを旅してきて思うんだけど、みんなそれぞれ出来ることと出来ない事があって、それを協力し合うことで出来ない事が減っていくと思うんだよ。お互いに協力するとすごい力が生まれて、とっても大きな力になれるんだ。だけど無理にそれをさせようとしても出来ない人だと絶対に出来ないし、どうせして貰うならやろうって思わせないと勿体ないと思うんだよ。

 相手を無理やりやらせるより、進んで協力し合えることで、今よりもっと凄いことが出来たりすると思うんだ。」

 リオンが旅の中で学んだこと。一つはリーブルサイドの皆だ。マスターやエゥバが中心となって町が機能している。その町を守る為に住人ではない冒険者たちも協力していた。あの酒場で共に笑い、楽しく語らう雰囲気はヒトの繋がりの素晴らしさを感じさせて貰えた。

 次に西風商団だ。年端もいかないミューだが、周囲の大人が助けることで頑張って生きていた。一人でなく共に旅する安心感を学ばせて貰えた。

 戦いにおいて学んだのはイデアメルカートゥンでの海魔の戦いの中だ。スーヴェルの案に皆が力を出し合って海魔を倒した。終結した力が如何に強いかを学べた時だった。

 そしてライディンは今、様々な種族が助け合って今までにない町になっている途中だ。手を取り合って物事が更に進化していくことを最も感じられたものである。

 他にも北の集落やエンプリオ、海賊たちなどヒトが互いに協力しながら生きる事の素晴らしさを見て来たわけである。

 こうして学んできた中で、相手を虐げたり見下したりすることはなかった。エルフの郷においても話し合うことで互いを分かり合えたのだ。そうした経験から、リオンははっきりと申し出たのである。

「なるほどのぅ。だがそれはそなたの経験からの話。中には分かり合えない者とているであろう。やってもやっても無駄になる者だっておるやもしれぬ。

 そうした者たちに幾ら語ったとて無駄にはならぬか?」

 ファンネルゼが覗き込むように尋ねる。彼女はヒトの闇の部分を知っている。そして欲に塗れるためにヒトを蔑む心を持つことも。そのような者たちもまたヒトであるからこそ、面白いと考えているのだ。

その質問にリオンは直ぐに平然と言ってのける。

「うーん、それって下手だからじゃないのかな?」

 その返答に皆の視線が集まる。

「無駄な事って、そんなに無いと思うんだよ。何かをしても最初は失敗を絶対やっちゃうと思うんだ。僕だって師匠に教えて貰ったのを何回もやって覚えたからね。

 だけど、そうした失敗はどうしてそうなったかを考えなきゃダメだった。経験を積むって師匠は言ってたけど、どこをどうしたらいいかって考える事をしなきゃダメだと思う。同じ失敗ばかりするヒトはそういう考え方が下手なヒトなんじゃないかな?

 それにヒトの考えが皆同じだと、つまんないよね。何かしようとしても同じ考えばかりだったら乗り越えられない事もあると思う。色んな考え方があるから、そうした考え方を合わせていく努力をしなきゃダメだよね。

 自分の思ったことだけが成功じゃなくて、他のヒトの言うことだって成功かもしれない。それを分り合えるようにすればもっと良いことになるはずなんだ。だからそう出来ないのは相手の事を考えてあげようとすることが下手なんじゃないかな?まぁ、おねえちゃんが刺されておかしくなった僕が言うのもなんだけどね。」

 そう言ってにこにこと笑うリオン。その屈託のない笑顔にファンネルゼは純粋だと感じる一方、たくさんの経験を積んだのだと感じられた。

「そなたは今まで純粋に生きて来れたのだな。…それは何とも羨ましく思えるわね…。

 まぁ、我自身はどちらでも良いが、国が更に良くなると言うのであれば、試してみても良いかもしれぬな。」

 そう言うとファンネルゼは後ろに控えるグラーベルに振り返る。

「グラーベル、率直に申せ。獣人たちと戦った時、強いと感じたか?」

 その問いかけにグラーベルは即座に返答する。

「御意。一般兵士を比べた場合、ヒトは獣人に敵いません。個体での純粋な戦闘力は獣人に敵わないでしょう。」

「ではその獣人が仲間にいると考えればどうだ?」

「それは心強いと考えます。もちろん互いにわかり合うと言う条件ですが。」

 それを聞いてファンネルゼはニヤリと笑った。

「うむ、ならば答えは出ておるな。我は特に何もせずに臣下の政を見て来た。しかしそろそろ退屈じゃから我も出向いてみるとしよう。」

 その言葉にグラーベルとクォーツェンは目を見張った後で嬉しそうに頷いた。そして「御意!」と力強く答えた。

 実は現在の王朝は皇帝が表に出ないのを良い事に、商人上がりの貴族たちが自分たちの利権を求めた政を行っているのである。それによって軍部は肩身が狭い思いをさせられており、モラード公爵はその辺りを上手くまとめながら王朝を切り盛りしているのだった。

「今すぐとは行かぬであろうが、他種族に対する冷遇に関しては改善すると約束しよう。何より、我が国が更に栄えることは喜ばしい。そこは気長に待っておれ。」

 それを聞いた他種族の者たちはわが耳を疑いつつも喜びに溢れたのだった。

「その証拠として、あの壁を通ることも許す。されど、もしも我が国に危害を与えようとするならば容赦はせぬからな。」

「当然だよ。すぐに仲良くなるのは難しいかもだけど、ゆっくり協力し合えるようになってほしいね。」

「うむ、そう互いに努力しようではないか。」

 そう言うとファンネルゼがリオンに握手を求めた。その手をリオンはきょとんと見ると、エフェメルが「同意の握手ですよ~」と耳打ちしてくれたので喜んで応じたのだった。

「うん、よろしくね。皇帝陛下さん。」

「フフ、さんは要らぬぞ。主も少し勉強せねばならぬな。」

 そして皆が笑い合い、和やかなまま急遽執り行われた休戦協議は終わったのだった。


 エイル達重症患者は馬車に乗せ、それ以外の者たちにもファンネルゼから馬車を支給されたことにより、皆が揃って無事に壁を越えて南へと戻って行った。

 ファンネルゼもグラーベルに処理を任せるといち早く皇都へと飛んで帰り、モラードはじめ、各国王を招集して今後の国に関しての会議を始めた。もちろんその会議は難航したが、皇帝がこう言って皆を黙らせた。

「そもそもじゃ、この国は我が作った国である。ならば気にくわぬものは出て行けばよいのだ。」

 この言葉に偽りは無く、ファンネルゼはこの世界が出来る前から存在し、興味本位で作ったのがこの皇都グランデュシュテルンだった。そこから様々な文化が生み出され、特に自分が手を出さなくてもやっていけるようになってからは表に出ることを止めたのだ。

 そして今回、リオンの言葉に興味を持ったために更なる文化の発展を求めて実権を取り戻すと、速やかに国家役員を招集し新たな国政へと進み出したのだった。


 そして幾つもの馬車がライディンに向けて進む中、リオン達は名の無い少女を連れてエルフの郷へと立ち寄った。

 森に入った途端、馬車が難なく通れるよう木々が動いて道を作ってくれた。当然それが誰の仕業か分かるリオンは平然とその道を進む。何も知らないエイルや他種族の者たちは警戒するが、エフェメルの説明で驚きのまま周囲を見つめていた。

 やがて郷に着くと、エルフたちみんながリオン達を出迎えた。皆が片膝を付いて頭を下げる姿に驚くが、エルフとして最大の感謝を表していると知ったリオン達は恐縮しながらセルディアの居る社へと向かったのだった。


「おぉ、よくぞっ、よくぞ連れて来てくれた。」

 すでに目を覚ましていたセルディアが喜び露わに出迎えてくれた。その瞳にはうっすらと涙が浮かび、シーニャに抱かれる少女を優しく見つめている。

「遅くなったけど、無事に連れて来たよ。」

 リオンが言うと、エフェメルやシーニャが片膝を付いてあいさつをしようとした。しかしセルディアがそれを止める。

「挨拶など構わぬ。ささ、近ぅまで連れて来ておくれ。」

 そう言われてシーニャが少女を抱いたままセルディアの前まで寄っていく。実際セルディアの身体は大きく、座っているが経つと2m以上の高さがある。そんな大きな人物を初めて見る少女はシーニャの服を掴んで怖がるが、セルディアがそっと手のひらを差し出すと、その掌に光が宿った。

 少女の見つめる中、その光りはヒトの姿を象り、エルフの姿だと認識することが出来た。その顔は少女が夢に見た女性の顔であった。

「お主の母じゃ。」

 セルディアが言うと、少女はシーニャの腕に抱かれたままその光りの方へと向きを正した。

 そしてその光りの女性は両手を伸ばす。その表情は喜んでいるようで、また泣いているようにも見えた。その伸ばされた手に少女は手を伸ばす。ポォムより小さなその女性は差し出された手の人差し指に触れると抱き付いた。

 抱き付かれて少女は身を震わす。温かさを感じた。それはシーニャよりも心地よい感覚で、心の奥底に懐かしいと言う感情が芽生えるが、その懐かしいと言う感情が分からない少女はもどかしくなる。でも、ただその触れた場所が気持ち良く思えるのは確かだった。

「ほら、お主の手のひらに載せても大丈夫じゃぞ。」

 慈しむ表情でセルディアが促す。その言葉通りに少女は左手の手のひらを持って行くと、その光るエルフはその掌の上に乗る。それを両手で持ち上げた少女。そのままこの前まで寄せて来ると、エルフの女性はその瞳を見つめて喜んだ。

「もっと早ければもう少し大きな形で会わせてやれたのじゃが・・・、許せ。」

 悔やむセルディアであったが、少女と光るエルフはお互いを見つめ合ったままだ。そのまま互いに笑みを浮かべて、心で会話を行っているのである。

「どれ、二人だけの時間にしてやろう。」

 そう言うとシーニャの隣に椅子が出来た。いつもの白いシーツに覆われた大き目の椅子の上に少女を座らせる。その間も少女と光るエルフの会話は続いており、長い年月の末に再会を果たした母娘の時間はゆっくりと優しく流れていくのだった。


 少女たちをそのままにして、リオン達はエルフの郷を後にした。一応、事の経緯などをセルディアに話したうえで、エルフも共に共存しないかと持ちかけたが、今はまだ静かに少女を見守っていたいと言われ、母との会話に夢中の少女に別れを伝える間もなくライディンへと向かったのだった。

「まぁ、ああやってお母さんと一緒にいられるんですから~あれでよかったと思いますよ~。」

 可愛がっていた少女と別れて落ち込むシーニャにエフェメルがその肩を抱きながら励ます。

「そうですよね…。うん、お母さんと一緒で居られるから良いですよね…。」

 セルディアの周りでいる限りに霊力は保たれるため、あの母である光るエルフと一緒に少女はそれまで無かった母親との時間を取り戻しているのだそうだ。

 だけどシーニャにすればあれだけ可愛がっており、自分を『おかあさん』と呼んでくれたことで寂しさが拭えない。だから曇りがちな表情なのだが、こればかりは時間と共に自分で解決するしかない事である。

「また会えると思いますよ~。」

「はい、機会があればこちらから会いに行くのも良いですね。」

 ようやく踏ん切りをつけられたのか、笑顔を見せるシーニャ。そしてエフェメルは無事に終わった事と3000名が向かっていることを伝えようと風の精霊に通信をお願いする。

「あ、姉さん。」

 連絡がついたと思った時、切羽詰った声がエフェメルに聞こえた。

「エフィー、今どこなの?お願い、早く戻って!」

「えっ!ど、どうしたんですか姉さん?」

「亜人が、西から亜人の大軍が攻めて来たのよ。」

「何ですって!」

 西の大陸 シュラハティニア大陸中央にあるドワーフの国『ジャバルヴァース』で起こった亜人たちの進軍はドワーフ達の敗北に終わり、瞬く間にシュラハティニア全土は亜人たちに支配されていく。

 それに乗じて世界中の亜人たちが活性化し、このナハトイデアール大陸西部に連なる小さな諸島で増えて行ったゴブリンたちが、海を渡ってライディンへと侵攻を始めたとのことだ。

「今、先発隊としてトーマス率いる2000名が防衛線を築いている所よ。でも、とてもじゃないけど防ぎきれそうにないの。だからお願い、早く戻って。」

 普段のサーシェスらしくないと思いながら、通信内容をみんなに伝える。それを聞いて馬を更に走らせるリオンが尋ねた。

「数はどれ位いるの?」

 サーシェスの焦り様からかなりの数が迫っていると感じた。トーマスはかなりの手練れだから、同数より少し多くても問題は無いだろう。そう思っているうちにエフェメルから語られた答えは想像をはるかに超えていた。

「数は5万…。海一面を黒いゴブリン達で埋め尽くされ、パァムの検知だとゴブリンに留まらず、リザードマンや巨体種オーガーがいるみたいなの…。」

 そう伝えるエフェメルの顔から余裕が消えた。数もそうだがまずリザードマンと言う種族が危険な種族である。

 言ってしまえばトカゲが二足歩行していると言えば分り易いだろうが、その身は硬い鱗で覆われ力も強い。個体でも高い戦闘能力を持ちながら知性が高く、集団で戦えるという強力な種族なのだ。

 そして最も厄介なのはオーガーという存在だ。ラゼットゴブリンさえも小さく見える体長8mもの巨体に獰猛な性格で、腕の一振りで山をも砕くと言われる。そんな恐るべき体躯を持ちながらヒトの言葉を話す知能も持っている。知性を持った脅威的存在。そう聞いて異常だと感じない訳はないだろう。

 そんな存在を含めた5万という大軍が、ようやくこれから新たな町として進み始めたライディンに迫っているのだ。サーシェスたちや元リュナエクラムの住人たちにとってようやく辿り着けた安住の場所。だからこそ何とか守りたいと言う思いがサーシェスの通信から伝わった。

「姉さん、さっきエルフの郷を出ました。急いでも多分三日はかかると思いますが、それまで何とか凌げますか?」

「三日…、多分ギリギリだと思う。でもなんとかするわ。…無理をさせるけど、どうかお願い。」

「分かりました。状況が変わったらその都度連絡ください。では一度切りますね。」

 そう言って通信を立つエフェメル。風の精霊にお礼を言うと馬車内の皆に視線を送る。

「い、急がないと!」

 ポォムが早速いきり立つが、今はただ馬にがんばって貰うしかない。だからポォムをそっと抱き寄せたエフェメルは静かに言った。

「今はただ待つんです。きっとみんな堪えてくれます。その間に身体を休め、着いた時には精一杯に力の限り戦いましょう。」

 そう言ってぎゅっと抱きしめる。そんなエフェメルの言葉と抱きしめる力にポォムは言いかけた口を閉じた。そう、向こうにはパァムもいるんだ。だから二人そろった時に力の限り戦おうと誓いを立てるのだった。

「シーニャ、私も何とか戦えないかしら?」

 ベッドで横たわるエイル。前回の戦闘で攻殻で防げたものの、その継ぎ目などから受けた攻撃で内臓まで負傷を追い、シーニャの緊急手術によって一命を取り留めた所だ。残念ながら今は動くこともままならない状態であり、もし動けても以前のように動けるかも分からない。だから戦闘など以ての外である。

「だめよ。動くこともままならないのに、戦闘なんて出来る訳がない。せっかく生き延びたんだから、今は治療に専念して。お願い…。」

 そう厳しく諭すシーニャ。エイルの気持ちが分からないまでもない。だけど命を無駄にすることは絶対に許せなかった。

 そう言われて奥歯を噛み締めるエイル。悔しさに涙が零れるが、今はどうしようもないことを自分自身が分かっていた。

 そんな中でリオンが呟いた。

「大丈夫。間に合うよ。いざとなったら先に僕だけ行くから、馬車はお願いするね。」

 ふつふつと闘志を燃やしながら、リオンは馬の手綱を握りしめたのだった。


お読み頂きありがとうございます。


色々読んで下さってる方々から、次回どうなるのって聞かれて、急いで続きを書いておりました。

このような結果ですが、実際あのままシーニャが戻らなかったら本当にリオンはどうなった事やらと

怖く感じたりします。


そしてまた次回、大変な状況がライディン側で起こります。

そこはまたお読み頂くことにいたします。


さて、いよいよ最終話が差し迫って来ておりますが、終わったら言ったん設定資料などをまとめようと考えております。


それと同時に、第2幕を始めたいと思っております。

一先ずは最終話に向けて楽しんで頂けるよう頑張ります。

ですのでどうぞ、最終話までお付き合いいただけますようお願い申し上げます。


では、また次回で…

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