新たな旅と男の子の気持ち
コロプクルたちの新たな住まいを求めて旅してきた目的の地リュナエクラム。
しかし、そこは亜人とヒトの二つの軍に攻められて最早住めるような状態ではなかった。
そこでリオンの勧めでライディンの町へ向かう住人達。
ライディン町長のエルディヴァンと、リュナエクラム集落長マドカが会談し、エルディヴァンは彼らを快く迎え入れ、マドカは共に暮らす隣人として理解して行こうと努めることにした。
これによって世界で種族間の垣根を超えた『街』が誕生したのだった。
リュナエクラムの住民たちが加わることでライディンは慌ただしくなる。まずは彼らの住む場所を用意する訳だが、それまでの文化や環境が大きく違う。
マドカとエルデュヴァンは互いに政務を任せられる者を交えて連日協議を重ねる。その際、種族間による議論で白熱してしまう事が生じるが、エフェメルが加わって上手くまとめてくれた。
そんな協議の傍ら、それぞれの種族たちと共にヒトが手助けして住居の建設が始まる。せっかく共に暮らす事となって、街並みを揃えたいというヒト側の意見をリュナエクラムからの移民たちは受け入れた。
そもそも彼らには住居に対する造詣は浅く、今まで外で寝ていても問題ない者も多かった。しかしヒトの家に入って快適な住み易さを知ってしまった獣人たちは興味を持ち、自分たちもヒトの家で暮らしたいと思ったのだ。
ヒトの大工たちが設計し、移民たちが自分たちが暮しやすいよう意見を言いながら形作っていく。もちろんここでも諍いは生じるが、良い物を作ろうとして発生する事であるし、そこはエルデュヴァンの邸で働く者たちが手伝いに来て上手く間を取り持ったのだった。
それでも殴り合いの大ゲンカが起こった事もあったが、そこにリオンとシーニャがやって来て、
「あれ、僕も混ざっていいのかな?」
と言った瞬間にピタリとケンカは収まり、シーニャが
「ケガしたい人は次から治療しませんからね~。」
と恐ろしい言葉を聞かせた事で殴り合いは二度と起きなかった。
住居の建設を進める一方で町の治安・防衛も互いに話し合う。移民のほとんどが戦士であるが、中でも熊の獣人ボルを中心に強者を警備などに当てる。これはトーマスが担当であるが、寡黙なボルと無口なトーマスは何故か気が合い、こちらは問題なく順調に事が運んだ。戦闘訓練でも獣人の強靭な戦闘スキルにヒトの連携を組み合わせることで強力な軍が編成される。
他にも食べ物に関しては狩りが得意な移民側が獲物を獲って来て、ヒトが調理を担当した。様々な調味料を使ったヒトの料理は移民たちの舌に感動を与え、中には調理を習う者も現れる。
子どもたちに関してはリュナエクラムでセーラが行っていた教育を、ヒトの子も交えて行うようになった。それまでライディンでは子どもを教育する施設がなかったが、『学び舎』という教育施設を作り、様々な知識を得ることで子供たちの将来が大きく膨らむことを願って優先的に進められた。
ここにパァムとポォムも参加し、サーシェスも教える者として加わった。子どもたちが互いに遊んで友好を深めていくのを見て、大人たちは明るい未来を期待するのだった。
それから2か月が経った。エアルスにおいては60日で1カ月だから120日が過ぎた訳である。
町は未だに発展途中であるが、すっかり住民たちは馴染み仲良く暮らしていた。互いに長所と短所を補い合う事で相手を認め、協力し合う気持ちが生まれたのが大きな原因だろう。それによって当初考えていた予定よりも早く街は発展していった。街の面積も資材獲得の為に森を切り開いて行った事で広がり、ヒトの暮す場所も新たな文化によって改良が加えられていく。最早ライディンは都市として機能し始めたのだった。
そんなある日、リオンが突如語った。
「街は大丈夫そうだから、そろそろ行かなきゃいけないね。」
新たに広げられた区画の中心に建てられたマドカの新住居。木と石で造られた大きな建物で、その広間でリオンたち一行と夕食をとっている時だった。
その言葉に隣でいたシーニャが不思議そうに尋ねる。
「行くってどこへ?」
「うん、セルディアさんと約束したでしょ。子どもを探しに行くって。」
エルフの郷でセルディアと交わした約束。ヒトとエルフの間に生まれた子供を探しに行く話だ。それを聞いてシーニャが眉を下げる。
「リオン、どうやって行くつもりなの?」
認めてくれたセルディアの頼みを忘れたことはないが、まさかこんなに早くリオンが行動しようとするとは思っていなかった。何せ、大陸東にあるグランデュシュテルン王朝の領域に侵入しなければならないのだ。つい先日その国の軍隊とやり合って間もないだけに、向こうは警備を強めていると考えていた。そのためリオンがどのように作戦を考えているかをまず聞くことにしたのだが…、
「確か壁があるって言ってたよね。だったら壁を越えて、一旦その場所まで行くしかないかな。エフィーおねえちゃん、そこまでって遠いのかな?」
するとシーニャの向こう側にいたエフェメルが胸元から地図を取りだす。
「ん~、そ~ですね~、ここからですとぉ馬車で10日以上はかかるはずですね~。」
「それだったら飛んで行った方が早いかな。」
リオンがそう言うと、すぐさまエフェメルから反対の意見が出た。
「ダメですよ~。リオン君、壁を飛び越えるのは止めておいた方が良いですよ~。」
その言葉に視線が集まったが、エフェメルはその理由をマドカに視線でお願いした。
「壁については私が話しましょう。まず、この地域とヒトの地域は海で隔たれており、北に唯一続く陸地があります。その陸地を壁が阻んでおり、我々から向こうに行くことはまず出来ません。なぜならその壁はヒトが作った物であり、常に警備態勢を整えて我々の進行を警戒しているからなのです。
そして壁自体かなり大きな物で、海と海の間にある長い陸地を隔てています。先ほど飛んで超えると仰いましたが、バーデュンが以前飛び越えようとした所、かなり強い結界に阻まれ引き返して参りました。
もしも結界を突破されても、それは相手に気付かれる事が十分予想されます。そうなれば向こうは軍を出して戦うことになるでしょう。」
「そうなれば助けに行くどころじゃなくなるわけだね…。うん、よく分かったよ。」
マドカの説明にリオンは納得して見せた。
「だとしたら門をくぐるしかニャいニャンね。」
パンを齧りながらミムジアナが言う。その横でマフモフが匙を握りしめて一生懸命シチューを掬っていた。
「確かにそうなのですが、門でも通行する者を確認しています。そこでヒトでないとわかれば即座に捕えられて酷い扱いを受けることになります。」
直ぐにマドカが返答する。こちらも隣では娘のワオリが匙を持ってはいるものの、皿の近くまで顔を近づけてシチューを啜っている。幼い子達は余り匙の使い方が上手ではない様で、真剣な話の合間に微笑ましさが漂う不思議な空間となっていた。
「・・・とりあえず、食事を終えてから話し合いましょう。リオン、それくらいは待てるでしょ?」
「うん。」
シーニャの提案に皆が賛同して、一先ず話し合いは持ち越されたのだった。
食事を終えてリオン達が話し合いを進める一方で、子どもたちは外へと向かう。これから学び舎へと向かう訳だが、サーシェスは話し合いに参加の為パァムとポォムがワオリとマフモフを連れて行っている。実際、身長が同じくらいなので傍から見れば仲良し4人組が手を繋いで歩いているようにしか見えないのだが、パァムとポォムが年齢からして二人を引率していた。その通学中にポォムが呟いた。
「パァム~、僕らも助けに行けないかな?」
それに対してパァムが困った顔を見せる。双子だけに言いたいことは分かる。エルフの郷で聞いた子どもの事だ。二人してその話に可哀そうだと感想を持ち、助けてあげたいと願った。そして救いに行くならば一緒に行こうとまで考えていたほどだった。
しかしパァムは先ほどのリオン達の会話を聞いて下手に行くべきではないと思っている。思っている以上に大変な場所なんだろうと思うし、下手をすれば自分も捕まって迷惑をかけてしまうと予想できるからだ。
「行かない方が良いよ~。リオンおにいちゃんが戦いに行くならユキダルマーで援護は出来るけど、今回は戦いに行くわけじゃないでしょ。」
「そりゃそうだけどさ~、やっぱり助けてあげたいじゃんか。僕にはパァムがいたけど、その子は誰もいないトコにいるんでしょ。きっと寂しいだろうから、救ってあげたいって思うでしょ?」
「確かに、それは思うよ。でもね、手伝ってって言われないのに行っても邪魔しちゃって、結局その子を救えない事になっちゃうこともあるんだよ。だからリオンおにいちゃんが手伝ってって言わない限りは待つことにしようよ。」
パァムの説得にイマイチ納得していないものの、ポォムはそれ以上は喋らなかった。なぜこんなにポォムが言っているかと言うと、以前海の上で戦えた自分に自信を持っており、これからはリオンと一緒に悪者退治できると思っているのだ。
しかしあれからはサーシェスと一緒に馬車の護衛をしたくらいで、リオンと一緒に戦いに行くことは全くない。前回のリュナエクラムでの戦いで一緒に亜人を倒しに行こうと考えていたのに、結局はリオン一人で片付けてしまった。
その結果、ポォムは自分がまだ認めて貰えていないと思った訳である。それが許せない子どもながらの、憧れのヒトに認めて貰いたいと言う思いの影響なのだ。
それが解って貰えないため、自分でもよく分かっていないポォムは一人不機嫌な気持ちで過ごすのだった。
話し合いでリオンは当初一人で向かう事を考えていた。しかしその考えは通用しない事を知る。
第一に門を通り抜けるためにリオンだけでは怪しまれると言う事だ。今回の戦闘でリオンと会話した副官がいるとは限らないが、少なからずともその姿を見ている兵士は複数いる。鎧は着ていなくても、その背格好は注視されているとみなしていいだろう。幸いにも顔は兜をフルフェイスマスクにしていたために見られてはいないので、上手く偽装すればバレずに済むと考えられた。
そして第二に通り抜けてから地理に詳しい者がいると言う事だ。これに関しては誰も行った事がないが、土地柄の風習などはよく似たものである。気候や土地の植物などに知識のある者がいる方が、いざと言う時に良いだろうと考えられる。
そうした事案を考慮すると、まず一人目はシーニャが適確だろう。何よりヒトの国であるため、シーニャが対応することが望ましいと考えられた。
本当は危険な場所へ姉を連れて行くことに抵抗があったリオンだが、
「リオンを一人で危険な場所に行かせるのは姉として心配だよ!」
と、強い口調で言われるとどうしようもない弟は、仕方なく同行を認めた。
そして二人目にエフェメルが手を挙げる。
「もともとその辺りは活動していた場所ですから、私が行きますよ~。」
幼い頃は郷にいたエフェメル。壁から三日程南下した場所にダークエルフの集落はあり、当時はまだ壁は無く大人に交じって探索に出かけていたらしい。マドカもほぼ同じくらいの年齢で、それ以来の付き合いであるらしい。
「でもダークエルフもあっちじゃ冷遇されるのではないの?」
そうサーシェスが問いかけると、エフェメルは待ってましたとばかりに答えた。
「そこはもう大丈夫ですよ~。私はシーニャちゃんとリオン君の奴隷として同行するんです~。それならおかしくは見られないでしょ~?」
あまりに堂々と主張するものだから、リオンはその案を否定した。
「そんなっ、エフィーおねえちゃんをそんな立場に出来ないよ。」
シーニャも同じ気持ちだったが、エフェメルは平然と言ってのける。
「あくまでフリですよ~。何でしたらリオン君のお風呂や添い寝など、実際にお手伝いしますよぉ~。」
本音が漏れた所でシーニャの視線が急激に冷たくなった。
「リオン、エフィーさんは置いていこっか。」
「あ~、ダメダメダメですよ~!ちょっと場を和ませようと言っただけですよ~。」
慌てたエフェメルは何とかシーニャの誤解(?)を解いて同行する事となった。
「ホント、最近シーニャちゃんは冷たいですよぉ…。っとそれよりもこれは真剣な話ですが、出来ればもう一人お願いしたいですね~。」
エフェメルの提案に皆が問いかけるような視線を送る。
「私の勘になりますがぁ、多分エルフの子がいる場所はかなりの警備だと思うんですぅ。そこが集落なのかぁ、それともぉ収容所なのかは分かりませんがぁ、行ってそう簡単には見つけられないと思うんですよ~。
探索は私がやりますがぁ、リオン君が戦う事になるとぉシーニャちゃんを護衛してくれるヒトが必要なんですよ~。」
エフェメルがそこまで告げるとそれぞれが試案を始めた。
「ならば私が参りましょうか。」
サーシェスが名乗り出たが、即座にエフェメルが反対する。
「いいえ、姉さんは居て下さい~。ここより気温が上がる訳ですし~、何より姉さんに万一の事があればぁコロプクルは絶滅しちゃうでしょ~。」
エフェメルの言うとおり、コロプクルはサーシェスによって命が生まれ、そして育てられる。
現在はペルルークに在った『聖氷の息吹』と言う神木が枯れてしまい新しい命を吹き込むことが出来ないが、その神木を数十年育てることで依り代が出来る。これを行えるのはサーシェスだけであり、神木を植える作業を一月前に行ったばかりなのだ。だからこそ、サーシェスはこの地に留まらなければならない。
「ならば、エイルを連れて行ってはどうかしら?」
マドカの提案はインセクティアのエイルであった。
「彼女は攻殻化しなければヒトに見えるでしょうし、それなりに戦闘も行えます。更に攻殻化すれば短時間だけどかなりの戦力になるでしょう。」
「そうですね~。ではエイルさんにお願いする事にしましょ~。」
集落の長からの推薦に異論などなく、こうして救出メンバーは決定したのだった。
あくる朝、出発の準備を終えたリオン達は皆と挨拶を交わしてから旅立つ時間を迎えた。
「それじゃ行ってきます。」
「お気を付けて。無事のお帰りを待っております。」
「いってらっしゃい。」
サーシェスとパァムが笑顔で送り出してくれる。もちろんマドカやミムジアナ、トーマスにエルディヴァンも見送りに駆けつけてくれた。
しかしポォムだけは難しい表情のままであった。どうかしたのかと思っていると、パァムが声をかけて来た。
「ねぇねぇ、リオンおにいちゃん。ちょっと耳貸して。」
「ん?どうしたの。」
屈んでパァムに耳を向けると、パァムがこそっと耳打ちしてくれた。
「ポォムはね、ホントは一緒に付いて行きたいんだよ。リオンおにいちゃんのお手伝いしたいんだけど、一緒に行けなくて拗ねてるんだよ。」
それを聞いて耳を放したリオンは驚きの表情を見せた。それに対して頷くパァムは、離れた場所にいるポォムに目をやった。
「なるほどね。それで不機嫌なのか。」
「エルフの子に同情してるのもあるんだけど、一番はお兄ちゃんと一緒に行きたい筈だよ。だからお兄ちゃんが良かったら連れて行ってあげて。シーニャおねえちゃんを守るくらいはちゃんと出来るはずだからね。」
再び顔を合わせるリオンはパァム自身はどうなのかと思った。
「パァムはいいの?」
「そりゃ私も行ってみたいと思うけど、なんかね今回は一緒に行かない方が良い気がするんだよ。だからまた行く時は連れてってね。」
それを聞いてリオンはパァムの頭に手を置いて撫でた。
「パァムはお利口さんだね。」
「えへへ~。」
撫でられて嬉しそうに微笑むパァム。
「とりあえず、本人から行きたいって言ってきたら連れて行くよ。自分で伝える事も出来ない様なら、行っても足手まといだからね。」
「うん。私もこれ以上は何も言わないでいるよ。」
そう話してからパァムとは別れた。
それから一通りの挨拶を終えていよいよ出発の時が来た。だが、ポォムは未だに挨拶さえもしないままずっとサーシェスの隣で立ったままだった。ここでサーシェスがリオン達に視線を向けたまま、ポォムに声をかけた。その声は厳しい口調だった。
「ポォム、挨拶もしないで何をしているのですか?」
その言葉に俯いてしまうポォム。だが何も言わない。
「暫しの別れになるんですよ。場合によっては二度と会えないことだってあるんです。分かっていますか?」
奥歯を噛み締めるポォム。だけど行動は起こさない。
「ここまでずっと一緒だったけど、これからは離れることだってあるんです。だけどそれは生きる者として当然のことであり、ずっと一緒に居られる等と言う事はまずないのです。
それでも一緒に居たいならば、自分でその気持ちを伝えなければ伝わるワケなど無いでしょう。」
そう言われて顔をあげるポォム。その目の前には自分を見つめるサーシェスの顔があった。
「貴方が何を考えているかなど見当はついてます。ですがよく覚えておきなさい。貴方は共に行って命を落とす覚悟をしなければなりません。そして甘える事も、何もできないなども絶対に許されないのです。それこそ連れていって貰うのならば、役に立ってこそそれが許されるのです。
その責任が持てるのであれば、リオンにお願いしなさい。出来ないと思うなら、きちんと挨拶はしなさい。私からはそれだけです。」
先ほどから言われた言葉は、全てポォムに対する言葉だった。その言葉をどれだけ受け取ることが出来ただろうか…。
パァムならばそれらに気付くし、彼女は今回において自分では役に立てないと思って自重したのだ。それだけパァムは利発な子である。
しかしポォムはそう言った機転が利かず、感情優先に行動してしまう。だからこそ心配は尽きないが、その分するべきことはやり遂げようと精いっぱい努力する。そこを伸ばしてやるためにも色々経験を積ませる方が良いとサーシェスは思っていた。
そしてポォムは強い眼差しを見せると力強く頷き、パァムに目を向けた。
「パァム、僕行って来るよ。」
「うん、ちゃんとお手伝いしないとダメだよ~。」
そしてサーシェスに目を向けると、
「サーシェス様、僕はやっぱりそのエルフの子を助けたいし、リオンにぃちゃんの手伝いをしたいんだ。だから行きます。」
「分かりました。でもこれだけは約束しなさい。絶対にここへ帰って来るんですよ!」
「はい。じゃ行ってきます。」
そう言って走り出したポォム。その背中を見ながらサーシェスは涙ぐむ。
「も~、サーシェス様も泣くなら行かせなきゃいいのに~。」
「いいえ、これはあの子にとって良い経験になるはずです。ならばその芽を摘むなどやってはならない事です。」
「じゃ、私の時は笑顔で送り出してくださいね。」
「多分その時も寂しさを感じて泣きますよ。」
そんな話をしている間に、ポォムは馬車に乗り込もうとしているリオンの下に辿り着いた。
「リオンにぃちゃん!僕も、僕も助けに行くの手伝わせてっ。」
「ポォム、これはとても危険な旅だし、遊びじゃないのは分ってるかい?」
リオンが確認に問いかける。でも、ポォムの気持ちはしっかりと定まっていた。
「うん。僕は魔法が使えるから皆を魔法で守るし、探索だってがんばるよ。何よりエルフの子を助けてあげたいし、リオンにぃちゃんを手伝いたいんだ。だからお願い、一緒に連れてって。」
1mにも満たない小さな体に可愛い顔のポォムであるが、その熱意はつぶらな瞳を通して感じられた。
そんな二人の様子にシーニャとエフェメルが荷台から声を掛ける。
「リオン、あなたに判断は任せるよ。」
「ポォム君~、一応私から言っておきますがぁ、途中で逃げ出すことができませんよぉ。それにぃ、勝手な行動は皆を危険に晒してしまいます。だからぁ絶対に言う事を聞きますねぇ?」
「うん。僕はリオンにぃちゃんのいう事をちゃんと聞くよ!」
強い意志を伺わせる返答にエフェメルは奥で座るエイルに尋ねる。
「エイルさんからは何かありますか~?」
「特にないわ。その子がどれほどの能力を持っているか知らないから、それを分かってるあなた達に判断は任せるわ。」
それを聞いてリオンに振り向き頷くエフェメル。リオンは皆の意見を聞いてから、ポォムに手を差し出した。
「よしっ!それじゃ一緒に行こう。」
「! うん。」
満面の笑みを浮かべてポォムはリオンの手を握ると、そのままリオンに引っ張られてリオンの肩へと納まった。
「だったらあたちも行くでしゅよー!」
そんなやり取りを見ていたワオリが一緒に行こうと駆けだす。だが、それより早くマドカが和織の襟を掴んで抱き上げた。
「こ~ら、ダメでしょワオリ。それとも私とお別れするの?」
顔を覗き込まれながら問われ、ワオリはリオン達に手を振った。
「気をちゅけて行ってくるでしゅよ~。」
おしゃまな見送りにそこに居る皆が笑顔を見せながら、馬車はゆっくりと北へと走り出したのだった。
そして場面は変わる。
そこは豪奢な部屋であった。様々な調度品が並ぶダンスホールほどもある部屋の中央に重厚な机があり、それを挟むように3人の男女が椅子に掛けていた。
一人でふっくらとした座り心地の良いソファーに身を任せる女性と、質の良い黒のレザー生地で作られたソファーに緊張の面持ちで座る男二人。
足を組んで少しけだるげに座る女性がこの部屋の主であり、立場上二人の男性よりも上位だと伺える。黒を基調としたフリルのあしらわれたドレスに身を包むその女は若く、女性と言うよりもまだ少女と言っても過言ではない若さを感じさせた。長くまっすぐに伸びた銀色に輝く髪、その美しさに劣らぬほどに顔立ちも非常に整っており、何よりもその赤い瞳が印象深くさせる。
そして対面に座る男二人はいずれも年配で、どちらも上質の衣装を身に纏い為政に携わっていそうな雰囲気を持っている。しかしながら今現在は少女の前で必要以上の冷や汗をかきながら、緊張した面持ちでソファーに浅く腰かけていた。
やがて一人のメイドが入ってくると、それぞれに紅茶をサーブした。その間、カップに注がれる紅茶を見つめる余裕もない程に、二人の男性は硬直していた。
メイドが退室すると、少女は上体を起こしてカップソーサーを持つ。そしてカップを摘まむと二人に声を掛けた。
「そう緊張しなくていいわよ。せっかくのお茶なんだから召し上がって。」
「ハッ、お相伴に預かります。」
ぴったりと揃って挨拶すると、二人は左手でソーサーを持って右手でカップを口元に送る。そして一口飲むと先ほどとは逆の動作で机にソーサーを戻した。両者とも、味わう余裕などない。それはこの目の前に座る少女に畏怖しているだ。
そして少女はカップに口づけるとそっとソーサーに戻してテーブルに置いた。
「さてと、あまり時間をとっても仕方ないわね。一応報告は聞いてるわよ。」
瞳を伏せながら話を切りだすと、油断していた二人の男は慌てて言葉を作った。
「ハハッ、その節は誠に申し訳ございません。」
そう言って頭を下げるのは、少女から見て左に座る少し髪に白髪が目立つ男だ。その男の名は『ラビューズ・ディム・セルフィン』公爵。グランデュシュテルン王朝に連なる一家でその当主である。
そしてその右に坐するのは同じくグランデュシュテルン王朝の一家である『モラード家』当主、『モラード・ディム・カッツォ』公爵と言い、王朝の財務を担当する者である。
言わばグランデュシュテルン王朝におけるトップの二人がその場にいて、目の前にいる少女を恐れているのだ。
「謝罪は要らないわ。とにかく今回の経緯を説明してちょうだい。」
そう言う少女の瞳が鋭くラビューズ公を見つめた。途端にラビューズ公は背筋を伸ばし、おびただしい冷や汗を流す。
「あら?力は使ってないのにどうしてそんなに汗をかくのかしら?」
声のトーンが一段下がった。それによってラビューズはソファーから離れて神に祈るかのようにひれ伏した。
「な、なにとぞっ!何卒御許しを。」
あまりの恐怖から説明もできなくなった公爵。その姿に少女の不満は一層高まるのだが、モラード公がそこに割って入った。
「ワタクシの方から説明致します。よろしいでしょうか?」
「ええ、良くってよ。」
少女は興味を失くしたかのように視線をモラード公へと移した。しかしその状況においてもラビューズ公の姿勢はひれ伏したまま変わらなかった。
それを尻目にモラード公は説明を始める。
「そもそも、今回のラビューズ軍の侵攻は南西の町ライディンが奴隷売買を辞めたことから始まります。
ライディンの町長が奴隷を取り扱わないと公表したことで、それまで奴隷を生業にしていた業者がラビューズ公へと泣きついてきたのです。」
「ふぅ~ん・・・。」
相槌を打ちながら少女はちらりとひれ伏したままの男を見る。
「それでラビューズ公は商人たちに一軍を貸し出し、獣人の町へ奴隷を集めに行かせたわけです。
そこで当初の予定通り多くの奴隷を攫う事が出来たそうなのですが、突如現れた一人の戦士によって100の兵士が倒され、挙句はライルビー将軍が一騎打ちの果てに倒されました。
そして将軍の指揮によって捕えていた奴隷たちは開放したというワケです。」
「・・・なるほどね。そして商人たちは結果に不満を抱き、軍の失態として世間に知られてしまったというワケか…。」
そう呟くと再びソーサーを手にして茶を啜る少女。それを見ながらモラード公は説明を終えて少女の言葉を待つ。
もうお解りであろうが、この少女こそグランデュシュテルン王朝皇帝『ファンネルゼ・ア・メル・グランデュシュテルン』である。この王朝の全権を握る
皇帝であるが、普段は人前に姿を見せることはまずない。その為、彼女の姿はおろか、女性という事も知られていないために『女帝』でなく『皇帝』として世間に知られている訳である。
それを物語るように、今いるここは彼女の執務室であり、ここへ来ることが出来るのは王朝の一家長もしくは彼女に認められたものだけである。
「それでモラード、どのように処置する考えかしら?」
すっと目を細める女帝ファンネルゼに、問われたモラードは間髪入れずに答える。
「ハッ、一先ず情報操作で亜人の大群によって軍に被害が出て、将軍が兵士を逃がすために殉職したことにしております。また、噂を流した商人たちへは暗部を差し向け、口封じを行いました。」
「そう・・・、流石はモラードね。その処置で結構よ。」
そう言われてモラードは心で安堵のため息を吐いた。これまで権威を保ってきた王朝だけに、こうした失態などを即座に対処してきたことがここまでの繁栄をもたらせた理由となっている。モラード公はそうした対処を熟すため、ファンネルゼからの信頼は厚い。
「そ・れ・で。…そこに転がってる豚は何をしに来たのかしら?」
未だひれ伏したままのラビューズ公に対して威圧的な言葉が投げかけられた。その姿にラビューズ公は震え、見ているモラード公も再び気を引き締められた。
「どうせ貴方の事でしょうから、商人たちから多額の金を払わせたのでしょう。そして失敗しても死んだ兵士への補償と言いながら少しも返金せずにいたために商人たちが憤った。・・・違うかしら?」
ファンネルゼの予想は当たっていた。このラビューズ公は6代目に当たり、何かと私腹を肥やす事ばかりを耳にしていた。そもそもラビューズ家は南の多種族からこの王朝を守る守護の要なのであるが、先代は多種族との戦いで深い傷を負い、そのまま帰らぬヒトとなった。そして今目の前にひれ伏す男が当主となったのだが、壁を通ろうとする者たちへ高い税を取り立てたりしていた。
こんな男であるが、彼の下には優秀な将軍たちがおり、彼らによってラビューズ王国は成り立っているのであった。
「まぁ、今まで王朝へ多くのお金を献上していたから見逃していたけど、所詮あなたには荷が重かったわけね。
それに免じて命までとは言わないけど、もう隠居しなさい。」
「は・・・、な、なにとぞご容赦をー。」
権力欲にまみれたラビューズ公は何とか赦しを得ようとした。だが、その態度は明らかに失態であり、モラード公も見捨てるしかなかった。
「ラビューズ殿、陛下の命であるぞ。」
「!!!」
ここでラビューズはようやく口を紡いだが、時は遅かった。その体の自由を縛るほどの冷気が漂い、もう頭をあげる事すら出来なくなっていた。言葉も発せられないほどに体が固まってしまい、ラビューズはただ床に敷かれた絨毯の赤を見つめる事しか出来なくなっていた。
「もういいわ。見苦しいのもほどがある。」
ファンネルゼがそう言うと、ラビューズひれ伏す床一帯が影に覆われる。そしてその影から無数の黒い手が突き出されると、ラビューズの体を掴み込み、影の中へと引き摺り込んでいく。
あまりの事にラビューズは悲鳴をあげようとするが口が動かず何もできない。ただ、沈んでいく中で涙を流すことだけが彼に出来た最後だった。
「モラード、後任人事は任せるわ。
さ・て・と、それにしてもライルビーを倒した戦士とは何者なのかしら?」
あまりの事が目の前で起きたが、モラード公は表情を変えない。そしてすぐさまファンネルゼの言葉に対応する。それくらいでなければ、彼女に付き合っていられないのだ。
「人事の件は畏まりました。
そして戦士の件ですが、将軍の補佐をしていた副官の話によると、小柄で蒼銀に輝く全身鎧を着た者だったそうです。その体を覆うほどの盾とランスを持っていたと聞きました。
あと、まだ少年という印象を持ったそうです。声や会話の内容がそうであったと報告を受けてます。」
それを聞いてファンネリゼは愉快気な視線を送った。
「子ども?子供が兵士100人と将軍を倒したってこと?・・・それはとても興味深い話ね。」
「ええ。副官が言うところ、獣人たちを解放したら手を引いたとのことでした。という事は獣人だったのではないかと推測されます。」
「そうね…。でも、そう決めつけないほうが良いわよ。」
ファンネルゼは自らの胸に手を当てて語る。
「世界には不思議がたくさんあるんですもの。このワタクシのようにね。」
そう言って不敵に微笑む。その笑みが少女を妙齢の女性のごとき妖艶さを感じさせた。
「左様ですね。それについては調査を進めます。」
「ええ、お願いね。それとライディンで奴隷売買を辞めた理由なども調査して頂戴。どうも何か引っかかるのよ…。」
そう言いながら腰掛けたファンネルゼは紅茶が覚めてしまったことに気付き、そばにあるベルを鳴らす。
すると扉が開いてメイドがカートを押して入ってきた。そしてそのままテーブルに来ると、先に冷めたカップを下げ、それから新しいカップを用意して紅茶を注ぎ込む。
微かなバラの香りが鼻腔をくすぐり、モラード公にもようやく緊張が解けた様子が伺えた。
「陛下がそう仰られるときは当たりますからね。早速調査を開始いたします。」
「ええ、お願いね。」
「それでは失礼いたします。ごちそうさまでした。」
先に頂いた紅茶の礼を述べながらモラード公は部屋を出ていった。
それに目もくれず、ファンネルゼはソファーに深く掛けて紅茶を楽しむ。
「フフフ、どうやら面白いことが起こりそうね…。」
そう呟く女帝の瞳は喜びを感じていた。
お読み頂きありがとうございます。
最近は掲載が遅くなって申し訳ありません。
ですが出来る限り納得の出来るお話をお届けしたいと努力しておりますので、どうかご理解のほどお願いします。
さて今回はポォムを焦点に書いてみました。ずっとリオンの傍にいて、やはり男の子だから彼の強さに憧れる年頃です。だからこそ、認めて欲しいと願いこれから頑張ってもらおうと思います。
また、パァムもこちらに一人残りましたが、彼女も一人で努力していきます。ちょうど母でもあるサーシェスがいますので、再び双子が会えた時、更に強くなれたらなと願っています。
それではここからはお礼と報告を。
今回、レビューと感想を北さんから頂きました。
ホント、生まれて初めて自分の作品にレビューを書いて下さったので感謝感激です(∩´∀`)∩
また、感想で書かれていたのですが、以下の物を用意してはという意見を頂きました。
・登場キャラの一覧
・世界地図
・世界観の概要
これらは確かに有るほうが、皆様により深く楽しんで頂けると思いました。
早速ご用意いたします。随時掲載しますので、少しお待ちくださいませ。
こうしたご指摘を頂き、心より感謝申しあげます。
こうして感想などを頂けると、ここに書き始めて良かったと思います。
また、これからも楽しんで頂けるよう頑張ろうと意欲も沸きます。
何より、自分がこの物語を楽しまなければと思っているところはお許しくださいませ(笑)
それではまた次回、お読み頂けますようよろしくお願いします。
どれでは失礼します。




