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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
38/93

追われる者たち

エルフの郷を出たリオン達一行。

彼らの旅の最終目的地へ向かうちょうどその頃、その集落は戦禍に巻き込まれていたのだった。

 そんなリオン達の予想は当たっており、そこは戦闘が繰り広げられていた。

 迫りくる亜人たちによって集落は荒らされていく。家屋は破壊され、無惨にも殺された獣人たちが倒れている。そんな獣人の亡骸は亜人たちにとって欲望の捌け口になる。死した者を愚弄する行為は正にデュリュヴ(悪魔信仰者)である。

 いるのはゴブリンだけではない。ホブゴブリンやラゼットゴブリン、更には黒い鎧の亜人も見受けられる。この者たちには慈悲と言う概念は存在しない。そして仲間意識もない。あるのは己の欲求だけである。そんな亜人たちが大波のように押し寄せ、様々な種族が住むここ『リュナエクラム』は危機に陥っていた。

 では住人達はゴブリンにやられるほど弱いのかというとそんな事は無い。ヒト科とは違い、獣人科は獣の姿と能力を持ったヒトである。だから個体の力は高く、そう易々と亜人たちにやられるはずはないのだ。

 ではなぜこのような状況になっているのか?それは数の脅威である。

 集落であるここは人口5000人に満たない。またヒトの町と違って街を囲う外壁は無い。そして彼らは自然を愛する故に住居などもテントや簡易な木造などの小屋などで過ごしている。そこへ大挙として押し寄せた10000の亜人たち。当然集落内へ一気に雪崩れ込まれてしまう。

 ただし、数は倍もある亜人たちであるがゴブリンがほとんどの軍勢。普段ならば十分に応戦できるのだが、すでに他の勢力と戦っている最中の奇襲だったのだ。

 その相手はヒトの軍勢であった。東にあるグランデュシュテルン王朝の一家『ラビューズ家』の治める地。そこは東と西の境界に当たる。代々境界線を守るラビューズ家であるが、その武力を支えるための鉱山を北に持っている。そこを幾つかの商人が取り仕切り、かつてはヒトを雇っていたが劣悪な環境での力仕事に十分な収益を得られなかった。

 そこで奴隷として獣人たちを使うことにより、力自慢故に得られる鋼鉄は多く、しかも賃金は不要。ヒトにとって効率の良い状況が出来たのだ。それでライディンからよく奴隷を買い取っていたのだが、この度ライディンで人身売買を取りやめると言う知らせが届いた。

 もちろんそれまで購入していた者たちは再開を交渉するが、町長であるエルデュヴァンの意志は固く、更に強大な資本を持って防衛・警備を高めたために奴隷入手の当てが消えた。

 このままではイカンと考え付いたのが自分たちで奴隷を集めることだった。領主であるラビューズ家にその旨を打診し、王家への物品販売を安くすることによって正規の軍隊を借り受け、5000の軍勢が押し寄せていたのだった。

 すでにヒトと獣人たちとで争っていた所に亜人の大軍が後方より押し寄せ、獣人たちは挟まれた状態で両軍を相手しなければならなかった。先にヒトが攻め寄せた北側で戦っていた事で南は手薄となっており、そこを亜人に突かれた。主に戦える者たちがいない状況での奇襲は、亜人ながら見事な戦略であり、瞬く間に集落で火の手が上がる。

 この状況にデュリュヴである亜人の殲滅を町の長老はヒトに持ちかけたが、在ろうことか奴隷となる獣人たちの言葉に耳を貸す必要は無いと、ラビュース軍は逆に「助かりたくば全住民が奴隷となれ」などと降伏勧告を行う。

 それを受け入れられる獣人たちでは無く、彼らは決死の覚悟で戦いながら幼き者や弱き者を逃がせるよう動く。

 逃がすは2方向。応援を求める為東に逃れてそのまま南下し、ダークエルフたちに救いを求めようとした足の速いホビット族や半身半馬であるケンタウロスたちの一団。その速度は早く、東への包囲の隙を突いて逃げ出すことに成功する。だが、狡猾なラビュース軍は2段構えで軍を用意しており、待ち構えていたラビュース軍別動隊によって足の速い者たちは捕まってしまった。

 一方西へ逃れたのは獣人の子どもたち。護衛として二人の女性と一人の男性が20人の子どもたちを誘導していく。それを追って亜人たちが追いかけて来るが、虎の獣人『トルーガ』族の男『ダンガ』が亜人たちを蹴散らせる。

 その間に子どもたちを西へと向かわせるが、どうしても子供の脚力ではすぐゴブリンに追いつかれてしまう。

「踏ん張れっ!逃げねば殺されるぞ。」

 ダンガの迫力ある声に子どもたちは懸命に走る。それを確認しながら迫ってきたゴブリンを長く伸ばした爪で斬り裂いた。

「亜人共めっ、子どもたちはやらせんぞ!」

 またも迫るは10匹のゴブリン。されどダンガは迫るゴブリンを次々に切り裂く。

 虎の獣人であるトルーガは獣人の中でも強者である。そしてダンガはトルーガでも最強であった老戦士だ。年老いたと言ってもまだまだ戦場で活躍している。そんな彼であるが今回は逃がす子どもたちの警護を任された。本当であれば迫るヒトや亜人を蹴散らせたい気持ちでいっぱいだが、集落の長の頼みに従ったのである。

 ゴブリンを後ろに行かせぬよう始末するダンガ。すると突然そこに巨木が飛んでくる。

「ムッ!」

 そのままでは子どもたちに届く恐れを感じたため、大きくジャンプしながらその巨木に跳び蹴りを食らわせる。それによって大きな質量を持つ巨木は砕けて破片が飛び散る。ちょうど真ん中で砕けたため、両の切れ端が地面に落ちてゴブリンたちを下敷きにしたのだった。

 巨木が飛んできた理由、それは予想通りにラゼットゴブリンが投擲した物だった。足の遅いラゼットゴブリンが足止めを目的に、手近にあった巨木を引っこ抜いて投げたようだ。

「デカいのが来おったか。」

 ダンガの視線の先で再び木を引き抜くラゼットゴブリン。このままでは良くないと勘が働くと、そちらへと駆けだした。

「すぐに駆けつける故、先に逃げておれ!」

 ダンガはそう言い残してラゼットゴブリンへ攻撃を開始した。


「さ、今のうちに行くよ!」

 ダンガが後方で残ったのを見て共に子どもと走っている女性が叫ぶ。その姿はヒトであり、特に変わった印象は受けない。女性の名は『エイル』。スラッとした体型の女性だ。

 彼女は後方からの追手を対応するためダンガと走っていた。そして前を走る子どもたちへ声をかけたのだが、その矢先一人が息を切らせてしゃがみ込む。

「どうしたの?」

 それに気づいて寄り添うエイル。しゃがみ込んだ子供はリスのような大きな耳と尻尾を持った女の子だ。

「疲れたよぉ、もう走れない…。」

 まだまだ幼さを感じさせる女の子。普段あまり活発じゃない子だから本当に疲れてしまったのだろう。だけどそれを言っている時間ではなかった。

「ダメだよ、がんばって。ここで逃げなきゃ殺されちゃうよ。」

「ううう・・・。」

 瞳に涙を貯める女の子。親もいない状況に不安と疲労が少女を動けなくしていた。そんな女の子を哀れに思いながらも、今はそれが言える状況ではないとエイルは厳しい口調で言う。

「走れなくても良い。だけどここで立ち止まっちゃ、あとでお母さんたちに会えなくなるよ!だから今は一緒に逃げてっ。」

「うう~、おかあさんに会えなくなるのやだぁ~。」

「うんうん、だから今はがんばって逃げよう。」

 そう話していると、こちらに気付いた同い年くらいの少女がやって来た。

「なにちてるでしゅか?はやくいくでしゅよ。」

 垂れたイヌ耳と尻尾をした少女。舌足らずな物言いはこの子の特徴である。

 その少女が手を差し出すと、リスの女の子はその手を握って立ち上がる。

「あたちといっしょにいくでしゅよ!」

「うん。」

 活発で明るいイヌ耳の少女に促されて、リスの女の子は一緒に手を繋いで駆けて行く。

(寂しかっただけかしら?)

 さっきはもう走れないと言っていたのに、友達と手を繋いだらまた走りだした姿を見て、エイルは「子どもは解らないわね」と思った。

 その時、後方から叫び声が上がる。

「すまん、2匹行った!」

 ダンガの声だ。それを聞いて振り返ると確かに緑色の小柄な悪鬼が迫ってくる。ゴブリンは素早く、このままでは子どもたちに追いつかれてしまうと察したエイルは立ち止まった。そして行く手を遮るかのように大の字に身体を開いて叫ぶ。

「アサシネイション!」

 それは魔法の言葉。ヒト科の姿が淡い光に包まれ次第にその姿が変わっていく。手足が黄色い殻のようなモノに覆われ、柔らかな女性の肌がフルプレートのような黄色い甲殻に覆われる。お尻に先の尖った楕円形の尻尾が生えると、背中には虹色をした4枚の羽根が広がる。そして顔は凶悪な牙を持った蜂のような顔になった。

 そう、エイルは昆虫の能力を宿した種族で『インセクティア』の一人である。そしてこのインセクティアもリオンがそうであるドラゴニクスと同じ幻獣種に分類される希少種である。

 普段はヒトの姿であるが、言葉を発することで全身を攻撃型特殊甲殻(攻殻)が覆いその本性を発揮する。その戦闘力は…、

「グギャ?」

 ゴブリンたちは突如目の前で光った女の姿が見えなくなったことに気付き、足を止めて周りを見た。しかしそれらしい姿は見えず不思議に思っていると、突如甲高い「ブゥゥゥン」という音が聞こえ、次の瞬間にはその首が地面に転がった。

 首のなくなった体の上空で両手を広げた姿のまま空中で静止するエイル。カマキリのような鎌が前腕部から生えており、ゴブリンの首を刈った跡がついている。

 エイルはこの世界にいる『キラービー』というハチの能力を持ったインセクティアで、高速で移動し敵を抹殺する。キラービー自体大変な魔物であるが、インセクティアはその昆虫を基本として他の能力も擁する恐るべき戦闘種族なのである。

 エイルは空中から周囲を見る。子どもたちは順調に逃げており、一方のダンガはラゼットゴブリンを圧倒していた。しかしまたも数匹のゴブリンが回り込んできていた。

「あれは倒しておきましょう。もう少しなら保つでしょうから。」

 そう呟くと瞬時にその場から姿が消えた。それから数秒後、ダンガの周囲で多くのゴブリンの首が宙を舞うのだった。

 やがてダンガの爪がラゼットゴブリンの顔を貫き倒すと、ちょうど背後に黄色い攻殻を纏ったエイルが姿を見せた。

「おかげで片付いた。…大丈夫か?」

 ダンガが尋ねると同時にエイルの体が再び淡く光り、そこからヒトの姿のエイルが現れた。ただしその顔は疲労が濃く、肩で息をしている。

「大丈夫よ…ハァハァ。一先ずの追っては片付いたはずよ…。」

「うむ。ご苦労じゃエイル。走れるか?」

「ええ…、大丈夫。子どもたちが心配だわ、急ぎましょう。」

 そう言って二人は駆けだす。インセクティアの弱点はその持久力にある。攻殻でいる間は超常な能力を得られるのだが、その分本人の体への負担は激しい。ヒトの状態でもそれなりの基礎能力は高いが、攻殻を装備した状態は5分程度が限界である。もしもその時間を超えると体が動かなくなり攻殻が体から離れず、やがてヒトの意識は無くなり魔蟲となってしまう。そのためインセクティアは攻殻を使用するタイミングに注意しなければならないのだ。


 時間は遡りダンガとエイルが戦っている頃、数メートル先で子どもたちが西へと駆けていく。そんな子どもたちの先頭には長身な女性が走っていた。引き締まった身体にウェーブがかった長い髪。そこには湾曲した角が生えている。耳はエルフほどではないが細長い。優しげな顔つきで切れ長の垂れ目が何とも艶やかな女性である。

 女性の名は『セーラ』。子どもたちを連れて先頭を進む彼女は牛の獣人『バルム』である。

「みんな、がんばってね。」

 優しい声で子どもたちを励ましながら駆けて行くセーラ。子ども好きで集落の子どもたちに色んなことを教えていた彼女は獣人たちの中でも博識だ。 

 今回西への逃走を勧めたのは彼女だ。かつて彼女が幼い時に森の中で迷った事があった。寂しくて泣いていた所をエルフによって救って貰ったことがあり、運が良ければエルフに子どもたちを匿ってもらえるようお願いするつもりだった。

(今もまだ居るはず)

 それは願いだった。実際あれから月日は経っており、以来森の中でエルフを見たことはない。しかし泣いていた自分を救ってくれたあのエルフは優しく集落へと導いてくれた。だからこそ頼れると信じている。

 そして向かう先、不意に気配を察知して足を止めるセーラ。

「みんな止まって!」

 先生の動作と声に足を止めて大きく息をする子供たち。すると一人の少年が尋ねる

「どうしたの先生?」

「しっ!静かに。」

 そう言われて両手で口を塞ぐ少年。そして子どもたちは周囲を見回す。

 深い森は昼間と言え暗く、木々によって見渡すことは難しい。特に子どもの背丈では成長した草によって遠くは見えない。

 だけどセーラは周囲に気を配って警戒する。後ろからはまだ数人の子どもが走って来ており、ダンガとエイルはあと少ししないと合流しないだろう。

 緊張する。見える限りでは変化はないが、音がしないのだ。森の中で虫や動物、更に草木のざわめきが聞こえるはずなのに、遠くの争い合う音がそのまま聞こえてくるほどに静かなのだ。

 やがて風切音が聞こえた。瞬間、横にいた子供の肩に矢が刺さる。

「痛いっ!」

 痛みと熱に悲鳴をあげる少女。子どもたちは悲鳴を上げて、セーラは寄り添うように膝つく。その時だった。数匹のゴブリンが前方から一斉に襲い掛かってきた。茂みの中に隠れていたようで、待ち伏せをされていたのだ。

 咄嗟に襲い掛かってきたゴブリンに慌ててセーラは腰の鉈を抜く。

「みんな、後ろに下がって!」

 そう叫んで迫る戦闘のゴブリンに斬り付けた。それを盾で受け止めるゴブリン。しかしバルムであるセーラの力は強く、盾ごとゴブリンを叩き割ってしまう。彼女の鉈は一件軽そうだが重量があるのだ。

 続けて迫るゴブリンに下から掬い上げる様に鉈を振り上げた。それを避けるゴブリンだが、下から来る鉈に反応が遅れてゴブリンは右足の付け根から切り上げられて足を失った。

「グギャァーーーー!」

 悲鳴を上げるゴブリン。その声に子どもたちが悲鳴をあげた。それを耳にしてセーラは視線をそちらに向ける。怖がっただけで大丈夫なようだ。

 しかし戦闘中のよそ見は大きな隙となってしまう。放たれた矢がセーラの右太ももに刺さる。

「くっ!」

 激痛が走り、突然視界がぼやける。ゴブリンが放った矢。それは毒矢だった。それによって体勢を崩したセーラへ、ゴブリンたちが一斉に襲い掛かって押し倒した。短い悲鳴を上げながら倒れるセーラに3匹のゴブリンがセーラを抑え込もうとする。

「はなしなさいっ!」

 抵抗を試みるセーラ。するとゴブリンはセーラの頭に棍棒を叩きつける。

「ガツッ」という音と共に痛みと衝撃がセーラの意識を一瞬奪う。その間にゴブリンはセーラの衣服を力任せに引き破った。バルムの女性は引き締まった体に対して胸部と臀部が大きい。特にセーラは胸が大きく、裂かれた服から閉じ込められていた大きな双丘が弾け出した。同時にゴブリンはより醜悪な顔を見せる。

「い、いやぁぁ!」

 気付いたセーラは悲鳴を上げるが、そんな彼女の身体を弄ぶようにゴブリンが群がる。それを見て恐怖に怯える子供たち。

 セーラは咄嗟に子どもたちに向かって叫んだ。

「下がって。エイル達の方に逃げなさい。」

 自分にゴブリンを寄せておけば、子どもたちを逃がせられると思ったセーラ。視線の中で肩に矢を受けた少女の容体が悪いのが伺えるが、今は他の子どもたちを逃がすことを優先するしかない。

(ごめんなさい)

 傷を負った少女に謝る。そして何とか抵抗を試みるが、脚に刺さった矢をグリグリと弄られて激しい痛みに悲鳴を上げる。

「みんな…、逃げて…。」

 その声に子どもたちは戸惑う。肩に傷を負った少女が心配だし、集落で色々教えてくれるセーラ先生も心配だ。でもゴブリンは怖い。ダンガとエイルに早く来てと後方を見るが、その姿は見えず逃げろと言われても恐くて行く事も出来ない。只怯えるしかできない子供たちの目の前でセーラはゴブリンたちによって嬲られる。

 そんな時だった。後ろから遅れて来た二人の少女が合流する。そしてイヌ耳の少女は状況を見るなり、

「なにしてるでしゅかぁー!」

と叫びながら駆けだし、ゴブリンに跳び蹴りを食らわせた。それを受けてセーラに跨っていた1匹が飛ばされる。戒めが無くなった事でセーラは上体を起こし、鉈を拾い上げて他のゴブリンを薙いで払った。

「ありがとうワオちゃん。」

「どーいたたちまちまでしゅよ。」

 先生の前に出て構えをとるイヌ耳の少女。彼女の名は『ワオリ』。活発で好奇心旺盛な少女である。大きく円らな瞳がゴブリンたちを見据え、朱に染まったほっぺたを膨らませながら、舌足らずな口調で叫ぶ。

「わるものたちめ!このワオちゃんがゆるちまちぇんよー!」

「ワオちゃん、もう大丈夫だから下がって。」

 一歩前に出て勇んで見せるワオリを宥めながら、セーラはゴブリンに向き合う。足を負傷しているために素早く動くことは出来ないが、子どもたちの盾となって庇うつもりだ。ただ、負傷した少女が心配でならない。

「ギャギャギャッ。」

 負傷した裸同然の女に子どもだけを前にしてゴブリンたちは負けるなどとは思っておらず、これは後で楽しめそうだと舌舐めずりをして奇声をあげた。

 そして再び弓を持ったゴブリンが矢を放つ。それをセーラが鉈で弾くと、3匹のゴブリンが再び押し倒そうと跳び掛かった。今度は集中しているだけにセーラは振った鉈を返して先頭のゴブリンを斬り裂くと、続くゴブリンに空いた左手で拳を作って殴りつける。

 殴られて地面に落ちるゴブリンの真後ろから3匹目が迫る。手斧が振るわれたが、それを鉈で受け止めると力任せに弾き飛ばした。

 後方に下がったゴブリン。そこに無数のつぶてが飛んでくる。

「ギャギャッ!」

 その礫は子どもたちが投げたものだった。地面に落ちている石を拾い上げて投げる子どもたち。小石と言えども獣人の子が投げるそれは勢いがあり、いくつかがゴブリンの頭部へ直撃して気を失わせた。

 あとは弓を持ったゴブリンだけだが、そこにようやくダンガとエイルが合流し、瞬く間にゴブリンはダンガの爪によって死に絶えた。

「セーラっ、大丈夫?」

 エイルが慌てて駆け寄る。同じ女性として辱めを受けたことに顔を蒼ざめさせたが、服を破られただけだと聞いて一先ず安心する。だが、足の矢傷は異常に熱を持って腫れ上がっており、セーラ自身もかなり危険な状態である。

 また、肩に矢を受けた少女も虫の息である。

「アミュラ、しっかり!」

 負傷者を前にどうしようもない一行。特にセーラは先導役であり、これ以上の移動は困難である。

 困り果てた状況で、突如異様な気配を感じるダンガ。

「こんな時に!」

 物凄い速さで迫ってくる強者の気配。エイルもまたそれに気づいており、アミュラを膝枕しながらその方向を見据える。

「何とかワシが喰い止める。エイル逃げよ。」

「ダメです、セーラとアミュラを動かす事が出来ません。」

「くそっ。」

 悪態をつくダンガ。すると突然前方の森がざわつくと、まるで意志を持ったかのように木々が動き、道が出来た。それは自分たちのいる場所も開けた場になる。

 そして驚く一同の前方から2頭の馬が見え、大きな馬車が来たことに気付いた。先ほどの強者の気配はこの馬車からである。

(クッ、これ程とは…)

 ダンガは諦める。自分の力と比べて圧倒的な覇気が現れたことに。そしてせっかくここまで逃がした子どもたちをここで死なせてしまう事を悔しがる。

(だがせめて一撃でも!)

 武人として何もせず死ぬことは許容できない。覚悟を決めて全身の力を込めた。迫る馬車の速さを確認し、馬車もろとも葬り去る一撃を込める。

 だが、それを繰り出すことはなかった。突如馬が足を緩めると、運転席から蒼銀の鎧を纏った少年が飛び出し、ダンガを威圧した。

「ぐおぉっ!」

 その威圧にダンガは動けず、気合で体の自由を取り戻した時には既に蒼銀の鎧はこちらへ巨大な槍を突き出していた。目の前にある刃に冷や汗を流しながら、ダンガは観念するしかなかった。

「くっ、後生だ。せめて子どもたちは見逃してくれ!」

 ダンガは願い叫んだ。すると目の前の蒼銀の鎧はダンガの背後を見やると、慌てて叫ぶ。

「おねえちゃん!負傷者だよ。」

 その声に馬車から白い服を纏ったヒトの女が現れると、セーラとアミュラを見て慌てて駆け出す。

「いかちぇまちぇんよ!」

 ヒトが負傷者に向かって行こうとするのをワオリが阻んだ。小さな体を目いっぱいに開いてヒトの女性を通せんぼする。

 すると女性がしゃがんで言った。

「お願い、行かせて。私は医者よ。このままじゃお友達が危ないわ。」

 その優しげな声にワオリはきょとんとする。そしてその女性の背後から声が聞こえた。

「ダンガさん、シーニャちゃんは信用できますよ~。」

「エフェメル殿!」

 ダークエルフが現れるとダンガが懐かしそうにその名を呼び、ようやく剣呑な空気は消えたのだった。


 その後のシーニャは凄まじかった。それはリオンの目からしても驚くばかりの姿だった。

 エフェメルによってセーラとアミュラに駆け寄ったシーニャは即座にセーラの脚の付け根を手持ちの紐で縛る。同時にアミュラの肩の付け根を縛ると、携帯している解毒薬を二人に飲ませる。ヒトであるために抵抗はあったが、セーラは自分で飲み、アミュラにはエイルが飲ませる。

 その間に降りてきたサーシェスとミムジアナがシーニャの指示に従って、馬車から水を持って来て大量の薬を作ったり、火を起こして湯を沸かす。

「毒で傷ついた幹部を切り取り、その上で解毒作業を行います。先に子どもの方から行いますので暴れない様押えつけて下さい。」

 それを聞いて子どもたちは悲鳴を上げ、エイルが睨みつけた。しかしシーニャはそれに負けぬほどの気迫を見せて言う。

「この子を死なせないことが大事でしょ!」

 それを言われてエイルは奥歯を噛み締める。そして呟く。

「もしもこの子が死んだら、あんたを殺すからね!」

「ええ、その時はお好きに。」

 後ろで聞いたリオンが憤怒したが、シーニャは軽く返答して即座に手術の用意を始めた。

「この子はサーバイトの子どもですね?」

 視認してメスを火で焼きながら尋ねる。するとセーラが、

「はい、アミュラちゃんは『サーバイト』、私はバルムです。」

 解毒薬が効いているのか少し落ち着いた様子だ。だが、痛みは続き時々うなされている。

 ちなみにサーバイトとは蛇の獣人である。そのため、アミュラの肌は鱗のような模様があり、矢は思ったより深くまで刺さっていなかった。しかも種族性から毒に耐性が高く、幸い致死には至っていなかった。

「分かりました。この子が終わったらそのまますぐ手術します。もう少しだけがんばって下さい。」

「はい、よろしくお願いします。」

 そう言うとセーラは息を切らせながらもまぶたを閉じて気を失った。かなり無理したのだろう、ここまで気を張り詰めていたのが緩んだみたいだ。

 そんなセーラを心で賞賛し、シーニャはアミュラの肩へメスを入れた。

 一閃、そう表現できる鋭い切り口。当然血が飛び散ると思われるが、余りの鋭さに血液はようやくじわっと溢れて来た。そしてそこでサーシェスが冷気を与える。

 固めてしまわないように血液の流れを緩めさせる。同時に柔らかな筋肉に硬質さが出来てシーニャは手術しやすくなった。

 そこからシーニャのメス捌きが冴えわたる。毒を受けて変色してしまった筋肉を薄く切り取っていくと、用意した解毒薬を周囲に塗る。

 完全に毒され回復できない箇所を取ってやれば、あとは解毒薬を飲ませていれば大丈夫だ。これまで学んできた知識を基に傷口の状況を見ながら考え、そして的確に施術する。サーシェスのおかげで確認もしやすい中、直ちに縫合に入って行く。子どもで女の子だ。その辺りも考えて丁寧に縫い付けていくが、縫うスピードも常人以上の早さだった。

「この子の手術は完了です。ミムジー、この子の肩に包帯をお願い。続いて足の手術を行います。」

 シーニャの指示にミムジアナが包帯を用意する。その間にシーニャは新しくメスを用意すると、セーラの太ももにメスを入れた。すぐにサーシェスが同じように凍らせようとしたが、シーニャはさっきより強めにお願いした。完全に凍らせる訳にはいかないため、シーニャの指示に従って凍て付かせるサーシェス。そしてシーニャはメスを入れて傷口を開いた。

「傷が骨に来ている…。」

 刺さったままの矢を引き抜かずに切って取り除く。それは引き抜く事で矢が傷口を悪化させるからだ。だが、開いた今となってはそれどころではなかった。 

 ゴブリンが刺さった矢をえぐったせいだろう。更に無理をして動いた事で傷は大腿骨を傷つけていた。毒に触れて腐りかけている部分があり、筋肉のほとんどの部分がズタズタに裂かれ毒づいていた。

 普通ならば足を斬り落としてしまう状態だ。毒が進んで命を奪う事になる状況だけに優先順位を考えて足を切断するケースだ。今までも見て来たし、実際にそう処置したこともある。

 だがシーニャは状況を確認しつつ判断する。気を失っている彼女が自分を信頼してくれた。ならばこそ、簡単に命を救うためと言って切断を選んでよい訳など無い。何よりバルムであることが救いでもある。

 バルムと言う人種の特徴は自然治癒力の高さにある。その為サーシャスに冷却を強めて貰って回復力を鈍らせたのだ。実際セーラの額は棍棒で叩かれて裂傷があったのだが、今では閉じてしまっている。

 もしそのままであったなら毒を残したままで筋肉が回復し、いずれは毒で足が腐るか体中に毒が回る。そうなったら本当に足を切断することになっただろう。だけどこの回復力であれば、毒を排除するだけで元通りに治るはずだ。

「骨を削って、毒に侵された箇所を取り除きます。」

 そう言うとシーニャはやすりを取りだす。それに消毒液を掛けて焼き、骨に付いた毒の部分をやすりで削った。

 流石に痛みで意識のないセーラの身体が反応する。そこを包帯を巻き終えたミムジアナが押さえ付けた。

「ミムジー、エフィーさんお願い。」

「分かったニャ!」

 びくびくと震える中、足はエフェメルが押さえる。凍っているとはいえ、神経は通っているのだ。そして神経が通っていると言う事は治る見込みがあると判断できる。

 やがて毒で黒くなっていた骨の部分はそぎ落とされ、消毒液で洗浄して削った粉を排する。続いてメスで毒に侵された筋肉の箇所を切り取っていく。

 最後に解毒剤を塗り込み、縫合して手術は終わった。

「完了しました。毒は排除できましたが血液が不足しています。馬車の中で二人を休ませてあげて。」

 その言葉にミムジアナがセーラを、エイルがアミュラを抱き上げて馬車へと向かう。すると手術後の片付けを行うシーニャへダンガがやって来た。

「かたじけない。おかげで尊い命を失わずに済んだ。心より礼を言う。」

 そう言って深々と頭を下げた。それをシーニャは恐れ多いと言って制す。

「私は医者ですから命を助けるのは当たり前です。どうか気になさらないで下さい。」

「すまぬ。それに最初はヒトと言う事で貴女に不快な思いをさせてしまった。重ねて詫びを申し上げる。」

 すると最初に通せんぼしたワオリもその横に来て謝った。

「ごめんなちゃい。それとアミュラちゃんたすけてくれてありがとうでちた。」

 眉を下げながらお辞儀する姿にシーニャは微笑む。

「ホント気にしないで下さい。」

 ダンガに伝えると、しゃがんで少女の目線に合わせてシーニャは微笑む。

「貴女も気にしないでね。それにお友達の為に頑張ったのは偉いね。」

「あたちはがんばったでしゅよ!」

 褒めると調子に乗って胸を張るワオリ。その態度が実に子どもらしく愉快だ。

 そんな話をしていると、エフェメルがようやくダンガに問いかけた。

「ところでダンガさん。なぜこちらへぇ?集落で何かあったんですかぁ~?」

 そう言われて申し訳なさそうだった顔が怒りを見せる。

「そうなのだ。集落が襲われ、ワシらは子どもたちを連れて逃げている所なんだ。」

「! 詳しく聞かせて貰えますか?」

 そして簡単ながらダンガから説明を受けたエフェメルたち。先ほど、シーニャが目の敵にされたことが理解できた。

「酷い…。」

 言葉に詰まるシーニャ。思いから一言呟いたが、その視界に子どもたちの悲しげな姿が映る。そして彼女は即座に提案する。

「救いましょう、エフィーさん。リオン。」

 その言葉にハッとする一同。視線を集める中でシーニャは力強く語る。

「今からでも救える方がいるなら救うべきです。危険は承知ですが、この子達の為にも出来る限りをしましょう。」

「でも~、亜人はともかくヒトと戦うことになるんですよ~。その覚悟はありますかぁ?」

 口調はいつも通りだが、エフェメルの視線はシーニャを確かめようとしていた。同種族の者を傷つけれるのかと言う事を。直接シーニャが手を出すことはないが、倒れていく同族を見捨てられるかということであった。

「医者として間違っているかもしれません…。でも、この状況は平和に暮らすヒト達を攫おうとした彼らに罪があります。ならばその罪には罰を、そして助けが必要なヒトは救ってあげたいじゃないですか。」

 シーニャは既に覚悟はしていた。しかし覚悟と言うよりは信念だ。

 それは如何なる種族であっても、命を尊ぶと言うこと。そしてそれを冒涜する者は許さない事。

 ヒトであろうと獣人であろうとも、相手を思いやれる気持ちを持っているのなら皆同じなのだ。それが出来ないからこそ亜人は敵とみなし、今回は倒すべき相手と共謀したヒトの軍隊には怒りを覚えた。

「そうですね~、倒すべきは亜人。それを間違える相手は亜人と同じですね~。」

 エフェメルがそう言うとシーニャは頷き、二人はリオンを見る。その視線を受けてリオンは二人の考えを理解し、微笑を浮かべて頷いた。

「リオン、無理はしないでね。」

「だいじょうぶ。まずは亜人たちを叩いて、それからもう一方を倒すよ。」

 シーニャの心配にリオンは平気な顔で返す。そしてエフェメルはひとつ付け加えた。

「リオン君、ヒトの方ですがぁ、無闇に殲滅はしないで良いですよ~。中には命令されて仕方なくやっている人もいるかもしれませんから~。だから攫われる人を助けるくらいでお願いしますね~。」

「ん~、了解です。」

 少し納得していない様子ながら返事するリオン。

「お願いしますね~。後で私たちもぉ集落へ向かいますから~。そこで合流しましょ~。」

「はい。では行ってきます。」

「行ってらっしゃいリオン。」

 そう挨拶を交わしたリオンは走り出す。物凄い速さで疾走していくとその姿は直ぐに見えなくなったのだった。

 それを見送った後、ダンガが顔をしかめる。

「強者とは察するが、一人で行かせても良かったのか?」

 先に感じていた覇気はともかく、多勢相手に一人で行くことは納得のできる事ではない。だから自分も向かおうと考えたのだが、エフェメルからの言葉に虚を突かれる。

「心配いりません~。だって、彼は竜の力を持っているんですから~。」

 緊張感のない言葉の後、周辺に竜の咆哮が轟いた。それを聞いて皆が怯え、見つめる先で蒼銀の光が空を飛び去って行った。



お読み頂きありがとうございます。


書いている頃はちょうど年度末でして、多忙のため遅くなってしまいました。


さて今回はまた新たに様々な種族や人が出ました。

あとご存知の方は「来た!」って思われたでしょうね(笑)

さて、前回のエルフの郷からこちら様々な登場人物が増えておりますが、今後の話に色々関わってくるキーワードなども含めています。シーニャが種族『ヒト』としてどのように成長していくのかも見守って頂けるとありがたいです。


さて、今回の終わり方は久々リオンが大暴れする感じですがどの様になるかはお楽しみにして頂ければと思います。

それではまた次回まで。


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