夕食会
「さて、あんたたちも返してやりたいけど、どうしたもんかねぇ?」
会場を出てから残った子どもたちを見て思案するレイラ。それぞれ会場から出たことで武器を返してもらって装備している所だ。
残った子供たちが羨望の眼差しでレイラを見つめる。それはまたシーニャたちも同じであった。
「何だいあんたたち。そんな目であたいを見ないでおくれよ。」
やたらキラキラした視線を受けて戸惑う。そこにシーニャが声をかけて来た。
「さっきのがすごくかっこよかったから仕方ないよね。」
「止しておくれよ。あたいなんかに・・・。そもそもリオンからあれを受け取ってなかったら、流石にあたいだってどうにも出来なかったんだからさ。」
先ほどの白金塊はリオンの所持金であった。もちろん出所はレッドドラゴンであり、リオンはまだまだ白金塊を持っている。
「だけど、さっきの家族に話してた内容はレイラさんの言葉でしょ。僕感動しちゃったよ。」
屈託のない笑みを見せるリオン。それに照れたレイラは向こうを向いてしまった。
「あぁも~っ、柄にもない事やるんじゃなかったよ、まったく。」
そんな後ろ姿に微笑む一行。そこでエフェメルが言う。
「せっかくですからぁ、うちで預かるとしましょうかぁ。」
隠密ギルドで預かり、親元に帰そうかという申し出。それが一番早いと思うが、子供達4人はそれを拒否した。
「いやだ。オレは海賊のねーちゃんに送って貰いたい。」
褐色肌のチェンカーの少年が興奮したように言う。同じく他の2人もそう願うが、キャッティアの少女は事情が違った。
ミムジアナが抱き上げたその子は戻る場所がないとのことだった。
「あたいたちキャッティアは放浪の身ニャン。だからすでに親元離れてしまったらしいニャンよ。」
キャッティアにも色々あるが、ミムジアナはそれなりに成長するまで仲間たちと共に旅して生きて来た。しかしこの子は親から離れてしまってから一人ぼっちなのだと言う。キャッティアでは珍しくない事だ。
そしてこう言った子たちは旅の途中で魔物などに襲われて命をなくすか、人身売買で奴隷となっていく。そこが彼女たちにとって天国となるか地獄となるかは分からないが、働くことで食事を与えて貰える暮らし。それもまた一つの生活である。そう説明をミムジアナから受けて、皆が言葉を発せなくなった。
先ほど人身売買を否定して、実際そこに生きる糧を求める者もいる現実。それは考えれば考えるほど難しい問題だ。
「でも、嫌がってるこの子たちは助けるべきだったと思うよ。」
シーニャが呟いた。そしてミムジアナに抱かれる少女の頭をなでる。
「この子は一緒に多種族の村まで連れて行ってあげればどうかしら?それからどうするかを考えるのも良いだろうから。」
その意見に賛同し、そのまま一行は海賊船へと戻って行ったのだった。
その夜、港に馬車が現れた。単なる積み荷などを送る馬車ならば遅い時間と言うだけで不審に思いもしないのだが、そこに現れた馬車は客人をもてなす為の馬車で、黒塗りの豪奢な馬車に4頭の馬が引いて行く物だった。そしてそれがレイラたちを迎えに来た馬車であり、オークション会場を取り仕切る者の誘いであった。
「せっかくだから御呼ばれしてみようかね。」
そう言って向かうのはレイラとリオン、シーニャとエフェメルの4名だ。ミムジアナは同族の子どもと他の子どもたちに懐かれており留守番。双子も子供たちと仲良くなって遊んでいる為、サーシャスも面倒を見るために残った。トーマスは特に興味がないと言って同行を拒否したため、4人で向かう事となった。
今回の招待はあくまで会食が目的。そしてそこで荒事は無いと向こうから伝えて来た。もちろん鵜呑みにはできないが、こちらはリオンがいるのでまず心配はないだろう。
「ま、せっかくだから着飾ってみようかね。」
そう言ってレイラは真っ赤なドレスを身に纏う。頬の傷を化粧で隠し、髪を一つにまとめて傷のある頬側に流す。
迫力あるボディーラインを惜しげも無く見せ付けるその姿は、とても海賊には見えない美しさがあった。
同時にシーニャとエフェメルもドレスアップする。
シーニャは水色のドレスをレイラから借りて身に纏う。普段は少しだぼっとした服装なので、ボディーラインが分かる衣装は恥ずかしいのだが、リオンに「すごく綺麗」と言って貰えてまんざらでもなく、清楚なイメージで佇んでいた。
そしてエフェメルは白のドレスを着ていた。いつも露出過多な黒い衣装と違ってそのドレスは蒼い肌と相まってエフェメルの魅力を引き立たせていた。
もちろん、リオンに褒めて貰って喜びいっぱいだ。
そしてリオンはシャツにスラックスを用意し、ジャケットを羽織る。一応ドレスコードがある為にそういう服装にしたが、子どもでも筋肉が太いリオンは大きめのサイズを着ており、少しだぼっとした着慣れない感じになってしまった。
そして4人は馬車に乗り込み、会食が行われる邸へと向かったのだった。
豪奢な造りの大きな邸。正に豪邸と言葉の似合う立派な建物に通された4人。何人も使用人がいて、メイドが4人を応接室へと通す。
質素な感じであるが、一つ一つが高価な調度品を置いており、その内容から実質的な人物だと読み取るエフェメル。この邸が誰のものかは既に把握しており、その人物はこの町を治める町長だ。
あのオークションハウスを経営していると考えれば粗野な人物かと考えられるが、邸の佇まいや使用人たちを見る限りにその予想は外れるとすぐに考えを切り替えた。
この町に至ってはギルドの諜報員が潜伏しているものの、町長に関する情報は乏しい。実際この町はあまり良い評判はない。治安もそれほど良くないし、あくどい事ががまかり通るような町だ。故に町長の人柄はマイナスに傾くのだが、先ほどのメイドや邸の様子からはそれほどひどいイメージがわかない。実に不可解なので、今回初めてその人柄を知ることが出来そうだ。
それほど時を置かずに再び先程のメイドが部屋に訪れる。そして4人に用意が出来たと申し出ると、そのまま会食の部屋まで案内してくれた。
応接室から廊下に出ると、奥の突き当りに向かう。そこにある扉が開くと、広い部屋に長い食卓があり、テーブルの向こうで座っていた男が立ち上がる。
「ようこそいらっしゃった。・・・ほほぅ、これはまた美しい方ばかりですな。」
質の良い生地で誂えたタキシードスーツを身に付けた体格の良い中年男性。茶色い髪は後ろに流し、がっしりした骨格で鋭い目つきをしている。髪と同色の口ひげをはやしたその姿は様になっており、そして一切の隙もない。
ひとまず、4人は一礼をして招かれた礼を述べる。
「この度はお招き下さり、感謝を申し上げる。」
レイラが代表して言った。今回はあくまで彼女が顔役だ。オークション会場で対応した以上、それに徹して貰う。
「いやいや、このように美しい方々と会食できるのであれば、いつでも開いてさしあげますよ。」
「まぁ、お上手ですこと。」
エフェメルが笑みを浮かべて呟いた。その瞬間、男が鋭い視線でエフェメルを見た。
「ほぅ、ダークエルフとは珍しい…。レイラ殿のクルーですかな?」
多種族と言う事で警戒しているようだ。相手は海賊と知っての対応だからこそ、このように3人の女性と子供が来るとは思っていなかったのだろう。いや、昼間の騒動でリオンの事は報告に受けているだろうから、そこは計算しているのかもしれない。
「あぁ、あたいの仲間だよ。すまないが澄ました感じは合わないんだ。言葉だけは普段通りにさせて貰っても?」
レイラが砕けて話しかけた。それに男性はにんまりと笑みを見せて了承する。
「ええ、構いませんよ。今回は客としてお招きしているのだからご自由に。
それでは改めて名乗らせて頂こう。オークションハウスの代表であり、このライディンの町を治める『エルディヴァン・ライドリュン』だ。」
そう名乗った途端、男の雰囲気が変わる。それは限られた者が持つ王者の空気。それまで隙のない中年男性というイメージが、どこかの王を感じさせる偉大な風格を漂わせた。
「あたいが海賊レイラだ。すまないがファーストネームは無くてね。」
「いいえ、構いません。それぞれで事情があるでしょうからね。」
フルネームで名乗った以上、それに対してこちらも名乗るのが礼儀だ。しかしレイラはファーストネームを言えなかった。その理由はあるのだが、町長はそれを気に留めなかった。そして握手を交わすと視線を隣に移す。
「エフェメル・ノスティーヌと申しますわ。」
「噂に聞くダークエルフ。何とも艶やかでお美しいものだ。」
「ウフフ、ホントお上手ですわね。町長様も素敵ですわ。」
そう言って握手を交わした。そして次へ。
「お初にお目にかかります。シーニャ・E・ヒスリナと申します。お目にかかれて光栄です。」
「こちらこそ。ふむ、ヒスリナと言うと医療学院のネビュル殿の家系ですかな?」
「はい、義母です。」
「ほぉ、これは良き縁ですな。今後ともよしなに。」
医療学院ネビュルの名は世界中に轟いている。故にエルディヴァンはシーニャを気にかけた。そんな思いの中で握手を交わし、視線をずらす。
「リオンです。」
「ようこそリオン。話しは聞いているよ。かなりの強者らしいね。」
「そうかもね。おじさんも強そうだね。」
「ハッハッハ、そんな事は無いさ。既にもう歳だからね。」
そう言って握手を交わしたが、この時エルディヴァンはリオンから異質な雰囲気を感じ取っていた。
「さて、先に申しあげておくが、昼間起こった件に関しては一切を不問にしている。理由は後で話すが、今日は町の長があなた達と会話してみたいと思ってお招きした。それを信用して、一緒に食事を楽しんでほしい。」
のこのこ敵のアジトに来たみたいな状況だが、あくまでこれは善意の招待だと言い張るエルディヴァン。完全には信用できなくても、ここでは荒事はしないと言う町長としての宣言だった。それに頷きで返すレイラ。
そして互いの挨拶を終えてエルディヴァンは4人に席を勧めた。エルディヴァン自らレイラの席を引くと、他の3人にメイドたちがやって来て席を引く。
リオンにしたら自分で出来ると思ったが、シーニャに従って着席した。
そして向こう側に回り込んだエルディヴァンにも御付のメイドが席を引き着席する。
「さて、先に話を…」
早速レイラが切り出そうとしたが、エルディヴァンが掌を見せて制す。
「せっかくなのですから、まずはお近付きを祝って乾杯でも。それから話と参りませんか?」
出鼻を挫かれて仕方なく頷くレイラ。その間に各自へファーストドリンクが尋ねられる。エルディヴァンはとっておきのワインを選び、レイラとエフェメルはそれに倣う。シーニャは果実水をお願いし、リオンもまたシーニャと同じものを頼んだ。
それぞれのグラスにドリンクが注がれ、5人がグラスを掲げる。
「それでは出会いを祝って乾杯。」
「「「「乾杯」」」」
エルディヴァンの音頭で会食が始まった。
「さて、本日はコース料理とさせて頂いた。これなら話しながら食事が出来ると思ってね。」
まず最初にアミューズとして皿に匙が置かれ、そこに緑色の木の実が入れられていた。同時に白いクリームと赤い小さな実が彩りよく出される。
「それはありがたいね。料理を楽しみながら、話をさせて貰えるとは良い時間になりそうだ。」
レイラが嬉しそうに言って、ワイングラスを傾けた。
「気に入って頂けたようで幸いだ。さ、どうぞ召し上がってくれたまえ。うちの自慢のシェフに作らせた。遠慮なくどうぞ。」
そう言われて食事前の祈りを捧げるエフェメルとシーニャ。リオンも姉に習って祈ると、どうやって食べるのかを見る。
その視線に気づいてエフェメルがニコニコしながら匙を手にしてその上に置かれた料理を一口で入れた。途端にエフェメルの頬が緩み、美味しそうな表情が伺えた。
それを見て姉弟も匙を口に入れる。木の実は甘酸っぱいがやや酸味が強い。だがクリームによって更に甘みが強まると、赤い実がカリッと砕けて中からと僅かな塩気と苦みをもたらせる。そこにドリンクを入れると果実の風味が豊かに伝わり、最高の一匙を演出した。
「どうやら気に入って頂けたようで何よりだ。」
三人の様子にエルディヴァンが微笑む。
「これは素晴らしいアミューズですね。この後がとても楽しみになりますわ。」
エフェメルが褒める。それに気を良くした素振りでエルディヴァンが次の料理を合図した。
前菜が運ばれてくる。白い四角の皿にミニトマトが四つ並べられ、その中に様々な野菜が詰め込まれている。また、アクセントとしてカリカリになったベーコンチップとガーリックチップが乗せられており、見るからに食欲がそそられる。
口に入れて咀嚼すると、トマトは甘みが強く、僅かな酸味とベーコンとガーリックチップが溶け合って程よい辛みが生まれる。そして様々な野菜の味がその絡みに沿って主張する。先ほどのアミューズの甘みとまた違う甘さに、酸味でなく辛みが来た。その味の構成にシーニャは満面の笑みを見せる。
「これまたおいしいですね~。」
エフェメルもあまりの美味さに口調が普段のものになってしまっていた。
だが、その中でレイラはワインを口にするばかりだ。それに気づいてエルディヴァンが尋ねる。
「おや?何か気に召されない点でも?」
視線が集まる中、レイラは首を振る。
「いや、見るからに美味そうだし、このワインもとっても美味い。だがね、せっかくだけど話を進めたいのさ。ここには話をしに来たからね、胃袋掴まれたらどうにも話が出来なくなっちまいそうだからね。」
それを聞いてシーニャは気持ちを改めようとしたが、エフェメルは慣れたもので気にせず食を進めた。リオンはと言うと、早々と平らげて咀嚼している。
「そう身構えなくとも、大丈夫ですよ。…と申しましても納得いただけない様子。
では食事をしながら話を始めましょうか。」
そしてのどを潤したエルディヴァンは語る。
「先にこちらへ申しだされた件ですが、子どもたちに関しては親族の許可がなければ、競売対象にならない事に致しました。」
その話にレイラが厳しい視線を送る。だが話は続いた。
「あと、今回の会場内での騒動に関しては、経営を任せていた者の独断で人攫いを雇っていたようでした。お恥ずかしい限りで先ほどその者は解雇処分いたしました。それに併せて、お支払頂いた額で破損部分を修繕しましたので、この件に関しては不問と致します。」
本来ならば処刑対象を金額に免じて緩和してやるから、こっちの言い分を妥協しろと言ってきたのである。普通に取引する限りには十分な成果である。
しかしその内容であれば、暫くは大人しくなっても、再び泣く子どもが現れるのは目に見えていた。今回に至っても、攫ってきた子を孤児だと偽って取引していたのである。それは経営者が行っていたとはいえ、それを任命し容認してしまった罪はこの町長にある。
言葉だけで改善したように見せても、結局は何も変わらないと言うことが分かる。だからこそレイラはその言葉を信頼できない。
「まぁ、こちらの行動に目を瞑ってくれることは感謝しよう。だけどね、子どもの件に関してはやはり納得できないね。」
「それはどういうことでしょうか?」
冷たく言い放つエルディヴァン。そこにレイラが追及する。
「今日だって、うちで預かった子供たちは攫われてきた子ばかりだ。そしてそれぞれが孤児だのと言って商品とされていた。さっきの言葉を聞いても、結局同じことが行われるんじゃないかって思うんだよ。」
視線と視線がぶつかり合う。互いに主張することが真っ向から対立しており、少しの気の緩みも見せられない状態となっていた。
「それは違う。確かに子供たちを攫う者がいるかもしれない。しかしこのような戦乱の世界において、孤児たちが自ら生きていけるはずもない。だからこそ、子どもたちに仕事を与える為にオークションで取り扱っているのだ。
少なくとも今日みたいに親の意向を無視してオークションを行うやり方はしないと約束しよう。」
この町長の言いたい事も間違ってはいない。戦いの繰り返される中、孤児だったり、親に見放されてしまう子どもだっている。そうした子供が生きるために必要な手段として人身売買が最も効果的に扱われるようになったのだ。
だけどそれは時代が巡ることで腐敗し、子どもたちに虐待する傾向が強まってきている。だとすれば、子どもたちにとって何が救いになるか分かったものではない。
「ならば、買い手に対しても何らかの対応をお願いしたいもんだね。そうでなきゃ、子どもたちは苦しみの中で生きるしかなくなってしまうじゃないか…。」
それを聞いてエルディヴァンは思う。このレイラと言う女性はかつてそのような身になったのではないか?と。それが女海賊となるきっかけになったとしても、散々な目に遭った故に子供たちを救いたいと思っているのではないのだろうか。
その考えは実に的を得ていた。レイラがファーストネームを語らぬ理由もそこに関係する。かつてその身を売られたレイラが如何に苦しい中で生き抜き、そして解放されたか。それを察すれば、ここまで話に食い掛ってくる意味も分かる。
だけれどそれは多くの孤児たちに死を与えると言う事。中には恵まれて新たな生活を迎えられた者だっているのだ。それは正に運といえるだろう。
エルディヴァンとてこの問題に対しては思わない訳ではない。この世界で子どもが増えることは消費が増えるモノの、将来労働力なども増えて社会が潤う。ヒトの社会は文化によって育ち、次代の担い手を育てる為に子どもたちが育つ環境は必要な事だ。
だが、如何に自分が富を築こうとも、世界中の孤児を迎え入れる事などできず、ましてやこれまで苦労して培った全てを失くしてしまうなども出来ない。
両者とも互いに願う先は似たようなものだが、そこに至るための理想と現実が対立してしまうのだった。
そんな中、向こうでリオンが呟いた。
「次まだかな?」
「しーっ、今お話してるからガマンだよ。」
お腹を空かせたリオンはシーニャにそう呟く。それを慌てて静かにさせようとしたシーニャだが、静かな部屋ではよく聞こえてしまう。
それを聞いてエルディヴァンは次の料理を指示した。
「申し訳ない。話しに夢中になってしまった。」
「悪いねリオン。」
議論していた両者が互いに謝る。逆にシーニャの方が恐縮するがリオンは気にもしない。更にはこう尋ねるほどだ。
「こうやっておいしいものって、ここで作ってるの?」
実に子どもらしい質問に、エルディヴァンは空気を換えようと答える。
「あぁそうだよ。この地で土地を耕し、そして収穫した食物ばかりだ。また海が近いから漁業だって出来る。この料理のほとんどはこの周辺で手に入れた物ばかりだ。」
少し自慢げなのはここまで発展してきたのだと言う町長としての宣伝である。
それを聞いて再びリオンは考えもせずに思ったことを言う。
「だったら、ここでいっぱい作ったらもっともっとたくさんのヒトがご飯食べれるね。」
「そうだね。ここでより多くの生産が行えれば、確かに飢える心配は少なくなる。」
「それじゃ、あそこでいたヒト達を雇って、ご飯作ったらいいんじゃないの?」
リオンの発想は単純明快。子どもだからこその考えである。
「そうだね。そうできれば良いんだが、それにはもっとたくさんの問題が生まれるんだよ。」
「どんな問題?」
そこで次のスープが運ばれて早速リオンは美味しそうに飲み始める。そんな弟に「もぉ~」と呟きながらシーニャも舌鼓を打った。
それを前にエルディヴァンは答えを言う。
「まずこの町では子どもたちを全て受け入れるだけの余裕が無いな。土地を広げたりするのはそうだが、一番は警備面だ。多種族や亜人たちから守るため、この地の警備を広げるにも余裕が無いんだよ。」
早速飲み終えたリオンは口周りを汚したまま首を傾ける。
「余裕って?」
「つまりはお金だな。この町において最も信用される価値ある物がお金だ。お金を払って土地を増やし、それを使ってヒトを雇える。物資だって幾らでも買う事が出来る。だが、これから増えていくと思われる子どもたちの数を考えると、かなりの物資が必要となってしまう。」
するとそこからエフェメルが参入した。
「物資はそうですが、何よりヒトでしょうねぇ。物資を作り出す製造や物を使い易くする加工、物を運ぶ運搬などはヒトの手で行われます。そうした技術を持つヒトがいなかったら野菜は作れませんしぃ、こうした料理だってヒトの手によるものです。物資とそれを上手に扱えるヒトが上手く絡み合って文化は発展できるんですよ~。」
そう教えられてリオンは「なるほど~」と言って天井を見上げる。これで話は終わりかと思う中、シーニャは知っている。その天井を見上げる態度は、リオンが何かを考えつく前ぶれなのだから。
「なにを考えてるの?」
「うん~・・・。」
シーニャの問いかけに上の空な返答をするリオン。
「この子は何か考えだすとこんな感じになるので、どうぞ続けて下さい。」
まだしばらく掛かりそうだと思って先を促すシーニャ。一先ずいがみ合う空気が換えられたと思ってエルデュヴァンは次の料理を指示した。
「では待たせてはいけませんから、次を用意しましょう。シェフもがんばってくれてますからね。」
そう言ってレイラを見る。その視線にレイラも肩に入っていた力を抜いた。
「そうさね。せっかく用意してくれた料理だ。ありがたく頂くよ。」
そう言ってようやく食事を始めるレイラ。
その間にパンが運ばれてきた。ふっくら焼き上がったパンと、バターにジャム。香ばしい香りが更に食欲を誘う。
まずはパンをそのまま頂く。しっとりした口当たりに、濃厚な小麦の香りがする。それからバターを塗って一口。これまたバターが濃く、舌にバターの風味が広がり、小麦と混ざり合って口の中を楽しませてくれる。
「このパンもおいしい。」
「ですね~。」
シーニャとエフェメルが満悦している。だけどリオンはずっと天井を見上げたまま動かない。さっきまでの食欲が嘘の様に静かだった。
食べ物を前にして変わらぬ態度にいぶかしむ視線が寄せられるが、シーニャは仕方ないなと思う。
何かに熱中し出すと他を忘れる事は誰にでもあるだろうが、考え出すとまとまるまで外部が気にならないのがリオンと言う少年なのだ。二人だけで暮らした時は度々そう言う事があったが、その後必ずすごいことを閃いていた。
やがてポワソンとして魚料理が運ばれて来た時、ようやく考える事を辞めたリオンが目の前のパンを掴む。
そしてそのまま一口で食べようとした所をシーニャがバターとジャムがあることを教えて、両方を塗りたくって食べるリオン。
「考えはまとまったの?」
美味しそうに食べるリオンに尋ねると、咀嚼しながら頷く。そして呑みこんだリオンは目を輝かせて言った。
「うん。子どもたちをここで育てたらいいんだよ。考えたらおねえちゃんがいた町ってもっと人がいたでしょ?」
「イデアメルの事だね。うん、あの町はヒトがいっぱいだったよ。」
「でね、ヒトがいっぱいいたら協力できるって知ったんだよ。それじゃ、ここで子どもたちを集めて、協力し合ってこう言った食べ物を作ったりしたらどうかな?」
実にストレートな意見だった。それについてエルディヴァンが対応する。
「なるほど。子どもたちに教育を行うと言う訳ですか。確かにそれはいい方法かもしれません。でも彼らを養うには色々と必要になります。」
その意見は以前にエルディヴァン自身も考えたことだった。だがそれを行うにはたくさんの経費が掛かり、とてもじゃないが工面できる当てもなかった。その為諦めた事案である。
だけどリオンは続ける。
「確かに最初は色々作らなきゃだよね。もちろん大人のヒトだって助けて貰わなきゃ難しいよ。でもね、何も子どもだけを集める必要ないじゃない。どんなヒトでも働けるようにしたら、その分色んな事がいっぱいできるよね。」
キラキラした目で訴えるリオン。その様子が実に可愛くて、隣でシーニャはニコニコしながら聞いていた。エフェメルもまた、その考えを自分でまとめてみる。
「リオン君が言う内容は~、人身売買されるヒトを集めて、町を大きくさせるって事ですね~。大人も子どもも一緒になって土地を耕し、農作物を作る。
また人種的能力によって様々な仕事をしながら色んな分野で生産を行う。
そうなって軌道に乗ったらぁ、発展しそうな気がしますよね~。」
それを聞いてうんうんと首肯するリオン。レイラもそれを聞いて良いアイデアだと褒める。
しかし対面で座るエルディヴァンは深いため息と共に、腕を広げて首を左右に振った。明らかに批判的な態度だ。
「彼の言う言葉通りに上手くいけば子どもたちは生きる術を覚え、更にはこの町も発展するでしょう。それは物凄く魅力あるお話です。
ですが、現実と照らし合わせると無理難題ばかりなのです。それだけのヒトを受け入れる為には受け皿がいる。その為に土地を広げる必要があるが、この周囲は様々な種族がいて互いが縄張り争いをしている。その中には亜人の集落もある。彼らと上手く交渉する必要があるし、亜人に対してはとてもじゃないが戦える戦力がない。
そして何よりもそのような大きなことを行うための資金が足りないのです。
そうした問題を解決できますか?」
自分の無力さを痛感している言い方だった。彼はこの町の長となって色んなことを考えた。だが、どうしても問題点が浮上する。ただでさえこの町は様々なヒトが訪れて問題が生じる。それらを解決しながら、周囲から町を守るエルディヴァンは有能な町長だった。
「金なら、今日オークションの売り上げがあるだろ?」
レイラがワインを傾けてから尋ねる。
「ええ。今日頂いた白金塊は本当に助かります。ですが、実質この町の財源は厳しい限りなのです。恥ずかしい話ですが、町の防衛や亜人による被害に対する補償、その他様々な問題に今では私の身を削っている次第なのです。先ほどの提案を実行するにはまだまだ足らないのです。」
自分の言葉で思い知らされる。そんな思いだった。だがこの町の長として面目を保とうと変に弱腰な態度は見せない。実際周囲にメイドたちがいるのだ。気弱な主人を見せては示しがつかないし、働く者たちの士気に関係してしまう。
背筋を正して演じたエルディヴァン。その言葉で納得して貰えたらと願う。
実を言うと、邸にいる使用人のほとんどは売られていたヒト達なのだ。そんな彼らみたいに他も雇ってやりたい気持ちはあるが、現実は出来る訳ではない。
だからこのような話を聞かせても、メイドたちは姿勢を崩さない。自分たちの主人がどれほどがんばっているかを目の当たりにしているからだ。
それを聞かされてレイラも仕方ないかと思う。これ以上はこの町長を貶める事となり、この人物は貶めてはならないと気付いたからだ。
少なくとも、子どもたちに対して辛い思いをしない様にしてくれるだろうと期待する。
「わかっ・・・」
「おねえちゃん。」
レイラの発言をリオンが重ねて消す。それで視線をそちらに向けると、シーニャが「どうしたの?」と尋ね返している所だった。
「ぼくね、このヒトにお金を渡してあげようと思うんだよ。そうしたら、きっとさっきぼくが言ったことをやってくれると思う。どうかな?」
そんな言葉にレイラはもちろん、エルディヴァンも何を言ってるんだと怪訝になる。レイラには白金塊を1本渡しただけで、それ以外のモノは教えてもいない。当然、あれはレイラの白金塊だと思っていたエルディヴァンは「君、何を言ってるんだね?」という目をしている。
「うん、リオンがそう感じるんだったら、リオンが思った通りにして良いよ。」
笑顔を見せるシーニャ。そして奥でエフェメルも頷く。
「リオン君が良いのであればぁ、そうしてあげて下さいね~。」
「うん。」
元気に返事すると、リオンはエルディヴァンにキラキラした目を向ける。
「ねぇおじさん。幾らくらいあったら大丈夫なの?」
「い、いくらくらいとは・・・?」
突然の事についていけない。するとリオンは「ちょっとごめんね」と言ってシャツの胸元をはだける。そしてそこから硬貨を入れる袋と取りだした。
「んーと、これ位でいいのかな?」
取りだされたのは白銀に光る直径15cmの延べ棒。オークション会場で出た白金塊である。それも3本。金額30メガル=30,000,000コイル。
それを見てエルディヴァンとレイラはおろか、周囲で控えるメイドや使用人たちも目を見開き、顎が外れるんじゃないかというくらいに口を開いた。
リオンはそれを料理の置いていない卓上に置くと、エルディヴァンを見た。
「もっといる?」
無邪気で屈託のない笑顔が尋ねる。驚きすぎて咄嗟に判断できない中で、リオンは再び袋に目を向ける。
「まだたりないのかなぁ?」
さらに取りだそうとした所、エフェメルが「十分と思いますよ~」と言って止めた。実際エフェメルも少し驚いているが、以前にその袋を見せて貰っている限りに他の者ほどではない。
(そりゃ固まりますよね~、でもそれがあの袋の中の一角にしか過ぎないって知ったら、皆さんどうなっちゃうんでしょ~?)
そんな怖い事を考えるエフェメル。シーニャに至ってはニコニコしながら様子を見ている。袋の中身は知っているし、今は何より可愛さ全開のリオンを見る事しかしていないからだ。
(無邪気なリオン、かわいい~)
「おじさん、これをあげるからやってみてよ。足りなかったらまだあるからね。」
しかしエルディヴァンは動けない。それでリオンは再び声をかける。
「おじさん?」
「あっ!ハァハァ・・・、すまない。驚きすぎて息をするのも忘れていたようだ。」
額に凄まじい汗をかきながらそれをハンカチで拭う。そして卓上に置かれた白金塊を見た。
白いテーブルクロスの上で、それよりも白く光り輝く金塊。日頃においても滅多に見る事のない高価なモノが今3本も置かれている。
そんなとんでもないモノを気軽に渡す少年。お金の価値を知らない愚か者ではないかと思ってしまう。それで年上の女性たちを見ると、レイラもまた同じように驚きを隠せていない。という事は彼女も知らなかったと言う事だろう。
昼間の金塊は、おそらくこの少年が譲ったものだろうと悟った。
次にシーニャだが、うっとりした様子で隣にいる少年を見ている。先ほどの様子から姉なのだろうと思うが、かの天才外科医の娘というのに大丈夫なのか?と疑ってしまう。
残るはダークエルフのエフェメルだ。社交に慣れた風で妙に頭も切れる様子から、ウワサに聞く隠密ギルドの副長ではないかと疑う。だからこそこの少年も隠密ギルドの者かと考えるが、金塊を姉に聞いていた所からその線は無いと思い直す。
だが、状況を確認するならば彼女が良いと直感して声をかけた。
「あぁ~、エフェメル殿でしたね。少しお聴きしてよろしいかな?」
「はい~。何なりとどうぞ~。」
間延びした独特の喋りは地のモノなのだろう。特に問題は無いので話を進める。
「この金塊についてなのだが、少年の物とみて宜しいのかな?そしてそれをお譲り下さると聞こえるのだが・・・。」
「はい~。正真正銘、リオン君の所有物ですよ~。そしてお聴きのとおりぃ、町長さんにお譲りすると言っています~。」
あっけらかんと言うダークエルフに、再び唖然とする。
「ちょ、ちょっと待ってほしい。あまりに非常識すぎて戸惑ってしまっているんだ。・・・とりあえずその申し出は非常にありがたい話だが、これほどの額をいきなり出して何を求めている?」
少しの間を持って再び威厳ある者の雰囲気を戻したエルディヴァンは、鋭い目をして尋ねる。お金を要求するならともかく、このような途轍もない金額を譲渡すると言われて、何か裏があるとしか思えないのだ。
しかし問われたエフェメルは姿勢を正して一度瞳を伏せる。そしてしっかりと相手を見てから言葉を発した。
「貴方ほどの方でしたらぁ、これほどの金額を前に疑わずにはいられないのは察します~。
ですがぁこちらにいるリオン君はぁ先ほど申し上げた案を~、貴方なら成して下さると期待したのです~。その為に必要となるのであればぁ、幾らであろうともお渡しするでしょうね~。それがこのリオンと言う少年なのです~。」
「何を馬鹿な…。失礼ながら、貴女ならばこの状況を理解できるはずだ。これほどの金額を子どもが簡単に渡してよい筈がない。」
リオンの純粋な思いが信じられないエルディヴァン。かつては彼とてそう言う志で努力した頃もあった。しかし、周囲によってその志は幾度も叩かれ、そして今は物事の限度を確認しながら行動している。
そんな彼にとってリオンは眩しくて仕方ないのだ。
「正直、さっき会ったばかりなのにこのような巨額を渡される理由が分からないのだよ。」
ついつい本音が漏れ出てしまう。だけど、リオンはそれをきょとんとして言う。
「ん~?理由なんて、おじさんが良いヒトだと思ったからだよ。」
純粋な瞳が訴えて来る。その瞳がエルディヴァンを更に悩ませる。
そこにシーニャが落ち着いた声で話しかけた。
「町長様、そんなに深く悩まないで下さい。
この子はこれまで想像を絶するほどの苦労をしてきているのです。それでも決して己に負けず、世間を恨まず、ただまっすぐに自分の信念を貫いたのです。そしてこのように純真なまま育ってくれました。
そんなリオンが考え、そして貴方様を信じると決めたのです。ですからそんなリオンの期待に乗って頂けませんか?」
先ほどまでは弟を溺愛する残念な姉と思っていたが、今聞いた話によるとかなりの苦難を乗り越えて来たようだ。その為に弟を大事にしようとする姉の態度だと思ったら多少は理解できた。
そんな姉が感情論で迫ってきた。「子ども相手に何を駆引きする必要があるのだ?」と言わんばかりに…。
それには何も言い返せない。いや、そう考える事はおこがましいのだ。
子どもとはいえ彼には財力があり、己の願望を満たそうとしている。
だがそれは単なる我儘などではなく、こちらの気持ちや仲間の気持ちも含めて子どもなりに導き出した解決案だ。子どもは変なしがらみを考えないので単純明快な非常にわかりやすい答えを出す。
「・・・一つ聞いていいかい?」
「うん。」
「君は私を良いヒトだと言ってくれた。だが私は君が思うほど良くはないかもしれないよ。ヒトである以上、それほどの巨額を見せられれば欲望が湧いてしまう。君の思うとおりにしないかもしれないよ?」
エルディヴァンは不敵な笑みを浮かべながら問うた。これはリオンと試すのではなく、自分自身が本当に信じる対象として適切なのかどうか確かめたくて。
するとリオンは驚いた顔をしてから、思わぬ答えを出した。
「おじさん、自信がないの?」
「っ!!」
見透かされて思わず顔に出てしまう。
「あのね、ぼくだって色んなヒトを見て来たし、色んなことを経験してきたんだよ。だから嫌なヒトだったらこんな話はしないからね。
それに師匠が言ってたよ。「ヒトは欲を出すと言葉で隠そうとするが、表面に必ずそれが現れる」って。
おじさんは今隠そうとせず正直に言ってくれたでしょ?だからぼくはおじさんを信じて手伝いをしてあげたいんだ。」
最早何も言う事は無かった。信じて貰えると言うことがこんなに嬉しいと思った事もなかった。
今まで先代である父の後を継いでから、この町をより良いものにしようと努力してきた。その父は様々な裏事業に手を染めており、あのオークションハウスでの人身売買もその一環だった。
売られた子どもがどのような人生を送るか。その残酷さを目の当たりにして憤り、それが嫌で町全体を改善させようと試みたのだが、若造の正義感など長く溜まった汚水の中に、一滴の飲料水を落し込むようなものでしかなかった。
様々な工作で邪魔をされ、尻拭いに父親が走り叱咤された。そして長年培われてきた町を潤す事業を覆すことは、それによって町の経済が破たんし路頭に迷う者が出る事を知り、それ以上はとてもできなかった。
だからできることをやってみようと何人かの子どもを自分で買い取り、彼らに教育を行った。その結果、身の回りで雑用などを行ってくれるようになっている。
しかしそれも雇用数に限りがあって全て賄えるわけではない。歯痒い思いをしながら、そこからは町長として出来る限りの事をしていくしかなかった。
そんな日々の中、今日オークションハウスでとんでもない事が起こった。過去最高額で子どもたちを買い取ったヒトがいて、更に「これ以上子どもを売るな」という要望を出して暴れたと言う。
それは進行役をしていた者からの報告で、もちろん最初は酷い報告だった。しかし潜伏させていた者からの報告で真実を知っていたエルディヴァンは、嘘の報告を糾弾し、その進行役を上手く処分することに成功した。
これまで裏であくどい事をやっていただけに、何かで処罰を与えたいと考えていたからこそ渡りに船だった。
それで今夜はそのお礼と、どのような人物なのかを知ろうとして夕食に誘ったのだ。それがこのような素晴らしい出会いになるなど思いもしてなかった。
思わず涙腺が緩む。でも、それを晒すことは町長として出来ない。何か言ってごまかそうとするが、言葉が漏れれば涙も零れそうだった。だからグッと奥歯を噛んで目を瞑った。落ち着かせようと自らを念じる。
ブルブルと小刻みに体を震わすエルディヴァン。それを待つために、シーニャはそっとリオンの肩へ手を添えて囁いた。
「考えが固まるまで、お食事を頂きましょう。」
リオンは満面の笑顔でその言葉に倣った。




