リオンの行方
夜が明け、イデアメルカートゥン城塞都市は光を浴びた。
数時間前に終わった戦闘の傷跡が露わとなり、ヒト達は皆が悲しみに沈んだ。
一方で命あったことに喜びを叫ぶ者もいたが、被害や亡くなったヒトたちを思うと自然と声は消えていった。
多くの命が無くなった。
戦いにて戦死した者、また戦闘で巻き込まれてしまった者。
様々であるが、今はまず被害状況や生存者の確認と救助・救援が優先である。
戦士たちは休む間もなく各地へ散開していく。
その中で、スーヴェルはグフトに頼んで海上捜索を願った。自分たちを助けてくれたリオンを探してほしいと願って。
ただし、今の都市の状況ではかなり難しい状況であった。
海魔によって港は壊滅。船も一隻とて残っていない。しかも、町の救援などにヒトを回していて、とてもじゃないが海上まで手が回せなかったのだ。
そして彼らの横には、未だ倒れたままの女神の身体があった。
すでに髪は美しく艶やかなややウェーブがかったモノとなっており、背中の甲羅は割れて、手足のない女神の身体が、緑色なだけに彫刻の様に横たわっている。
大丈夫と思われるものの下手に手出しできないまま、ここから遠のく事も出来ない。
するとそこに、見知らぬ一行がやってきた。
一人は背の高い戦士風の男、そして猫のような耳をしたキャッティアの女。その両肩に何か珍しい生き物が乗っている。その前には子供らしい少女が顔を覆い隠すほどのローブを着ていた。
そんな一行を連れて来たのは乗客船の船長だ。
「海魔は倒されたのですか?」
船長がやって来た途端に尋ねる。それに対してグフトが頷く。
「ウム。現状ではそう認識している。翼を持つ戦士のおかげで我々は助かったのだが、街がこの有様で今は状況確認と救助活動を行っている所だ。」
すると、子どもから声を掛けられた。子供と思っていたが、声は大人の女性であった。
「では、リオンはどこなのですか?」
「リオンとは、翼の戦士の事ですかな?」
質問に質問を返されてムッとした様子だが、今になって気付いたようにその深くかぶったフードをとった。その瞬間、グフトとスーヴェルの頬が染まる。
小柄ながらに美しい女性であった。
「申し遅れました。私はサーシェス・レナ・ヴィリオ。コロポクル族の長です。
訳あってこちらに向かう所、同行していたリオンが文字通り飛んで行ってしまいまして、先程船から下りてきた所なのです。」
その丁寧な挨拶にグフトは姿勢を正した。北の果てにある集落にのみいると言われるコロプクル。その長と聞き、さすがに丁寧な対応をせねばと心掛けた。
「これは知らぬとは言え失礼を。私はこの都市の戦士ギルドを束ねるグフタス・エドロアと申します。この都市の協議会委員の一人でもあります。」
礼儀正しく対応するグフト。この辺りは彼のギルドマスターとして優秀さがが伺える。ただ、その表情は険しかった。
「それで、そのリオンと言う翼の戦士殿の事ですが・・・・・・・、」
そこから少し長くなるが、一連の出来事を語った。一昨日の晩から今に至るまで、大まかではあるが十分状況が分かるように説明された。
「それで今、こちらにいるスーヴェルからも捜索を頼まれておるのですが、状況確認と整理に追われ、とても探しに行ける状態ではないのです。」
「そんなっ…。」
サーシェスの顔に悲壮が表れた。
「我々としても、今のままでは状況が分かっておりません。是非とも彼に尋ねてみたいのですが…。」
そんな話をしていた中、新たな一団が訪れた。西からグフトの部下数名を連れてやってきたのは医療学院学長であるヒュナンだった。
「グフト殿。お疲れ様でした。こちらもようやく落ち着いたので、状況を確認に参ったのですが、そちらは?」
サーシェス達を見て興味を持つヒュナン。特にキャッティアの両肩に乗っている存在が気になって仕方ない。
「こちらは先ほど来られたコロプクル族の長、サーシェス様です。」
その挨拶にサーシェスがお辞儀した。
「ご紹介いただきましたサーシェスです。」
「これはご丁寧に。私は医療学院の院長を務めるヒュナン・ブルティネスと申します。ようこそ、イデアメルカートゥンへ。このような状況で申し訳ありませんが…。確かコロプクルは北の集落でお過ごしとお聞きしたことがありますが、こちらへはどのようなご用件でしょうか?」
実に巧妙な話術で挨拶を交わすヒュナン。そしてそのまま、相手の心理を確認しようとした。そこで少しサーシェスが表情を曇らせた。
それを見て、相手に辛い話をさせようとしていると感じ取ったが、実際聴かない事には分からない。場合によっては話しを区切らせるつもりで聞き耳を立てた。
すると、突然横から割って入る声がした。スーヴェルであった。
「お話に割り込んで申し訳ありません。それについては僕の用件と同じなので、僕から話させて貰います。海魔を倒すため、昨晩翼を持った戦士が現れ、そしてそのまま海の方へと飛んで行ったのです。そして爆発が起きたのですが、それ以後の事が全く分かりません。
その戦士はサーシェス様の仲間らしく、その安否について確認したいとグフト様に頼んでいる所なのです。」
いきなり横から割って入ってこちらの意図を無視したような話だったが、サーシェスの緊張が少し解れた感じがしたため、ヒュナンはその流れに乗って話を進めることにした。
「そうでしたの。では、その戦士のおかげで今無事でいられるという訳ですね。
感謝申し上げます。…、それでその戦士と言うのはどのような方なのですか?」
ヒュナンの問いかけにサーシェスが応えた。
「リオンと言う少年です。信じ難いでしょうが、レッドドラゴン様より教わった私の知る限り最高の方です。」
「リオン!?」
そうヒュナンが聞き返すと同時に、ヒュナンの後ろに控えていた女性の声が重なった。紺色の髪にクリっとした大きな瞳。美しいその女性が驚きの顔で問い返した。
「やはりあれはリオンだったのですか!」
その言い方にサーシェスは思い出した。リオンの旅の目的、それは彼の姉に会う為であり、その姉は今、イデアメルカートゥンの医療学院に在籍している…。その名は、
「貴女がシーニャさんですか?」
サーシェスが問うとその女性は大きく強く頷いた。
「はい、リオンの義姉、シーニャです。」
そこから直ちに乗客船の船長に頼み、小舟も出して昨晩リオンが落ちたと思われる周辺一帯の調査が始まった。
話の後シーニャは、リオンが海に落ちたと聞いて真っ青になって倒れ掛け、隣について来ていたネビュルがすぐに抱きしめて介抱する。一方でスーヴェルやサーシェスから探索を願われ、ヒュナン自身から協議会委員権限で海上の捜索が命じられたのだった。
それから一時間したが、何も見つけられない。それでも捜索は続けられた。
「無事でいて…リオン…。」
祈るシーニャ。せっかく会えたのに、また離れ離れになるなんて…。しかもまた海に連れて行かれてしまった…。怒りや憎しみが無いとは言わないが、とにかく無事にリオンが見つかることを必死に祈った。
その間にシーニャはサーシェスと打ち解け、リオンの話を聞いた。
レッドドラゴンに育てられたという話には、横で一緒に聞いていたヒュナンやネビュルも驚きはするが否定しなかった。近くで指揮を執るグフトさえもあの戦闘を考えれば納得が出来る話である。
それから聞いた話でペルルークまではずっと旅をして、そして自分たちが魔物に襲われて絶体絶命だったときに助けてくれたこと。そこから一緒に旅してきたことを細かく話した。
その話の一つ一つにシーニャは涙を流す。純粋なまま、ヒトに優しく育ってくれた。困ったヒトを助ける心の強さ。そしてやはり、生きていてくれたという実感。それらの嬉しさがシーニャに涙を流させ、同時に安否の分からない状況が不安にさせる。
そんな時だった。ミムジアナに乗ったパァムとポォムが北の方向を見た。
「あ、ねーちゃ来た来た来た。」
「うん。来てる来てる来てる。」
「何が来てるのかニャ?」
ミムジアナが問う。その様子にシーニャたちも不思議がるが、サーシェスが少ししてから気付いた。
「あ、やっと来たのね。待ってたわ。」
そして見つめる先、つむじ風が起こった。巻き上げる風に砂塵が舞い、それが治まると同時に二つの人影が現れ、開口一番に青い肌の女性が文句を垂れた。
「何ですかこれはぁ――――!」
美しくも何故か残念な空気を纏うダークエルフと、黒ずくめの装備を纏った寡黙な女性の姿が現れた。
「グフト殿、ヒュナン殿、無事か?…状況を聞かせて貰えるかな?」
西の巨人探索に行っていた隠密ギルドのリーダーブリュムと、サブリーダーであるエフェメルだった。
そこからまた長い説明が入り、シーニャを探すリオンの旅の同行者たちは、本人不在のままここに集結したのだった。
「そうか…。アルフェーサーと連絡が取れなくなって急いで戻ったんだが…。」
説明を受けてブリュムが視線を落とした。その横でエフェメルも涙を浮かべて俯く。
「アル君…。」
その様子にスーヴェルが地面に頭を擦りつけるようにして謝った。
「すみません。僕のせいでアルフェーサー様の命を奪うような事になってしまいました。如何なる処分も受け入れます。」
あの攻撃の時、違う部屋で一人泣いていたスーヴェルは直撃を免れて一人助かったのだ。そして崩れた階段から逃げる事も出来ず、じっと街の様子を伺っている間に、アルフェーサーの言葉を思い出した。
だからこそ、リオンが来た時に勇気を出して声をかけ、再び作戦を考案した。
ほんの少しでも恩返しが出来た以上、あとは彼の上司であるブリュムに自身を預けることにした。
隠密ギルドのブリュム…。本来ブリュムとは通り名である。隠密である彼女の二つ名が『ブリュムアサシン』という『霧の暗殺者』と呼ばれる事からそう呼ばれている。
寡黙ながら冷徹で、暗殺者と言う肩書により、ヒトから恐怖の対象にされている。もちろん怖いが、有能なるアルフェーサーの命を奪った以上、その罰は受けなければと思った。
そんなスーヴェルの肩に手が置かれた。
「アルフェーサーはいつでもこうなることを覚悟していた。だからこそ、その死を尊く思う。彼の覚悟を君のせいにしないでくれ。」
そう言ってスーヴェルを立たせた。
「そして自分の行いに悔いがあるのなら、それを次に活かせ。君の采配は見事だったと聞いた。ならばより精進し、これからヒトの為に尽くす事。それを私からの罰としよう…。」
そう言って踵を返した。伴ってエフェメルも、
「アル君が褒めてましたよ。アル君より優れた戦略家さんになって下さいね。」
そう言い残して、スーヴェルから離れたのだった。
少し離れた場所で話したブリュム。さすがにショックは拭えないが、それを表に出すことは自ら許さない。毅然とした姿でグフトたちの元へと向かった。
「がんばりましょう、メリサ。」
そんな背中を見つめてエフェメルが小さく言った。彼女しか知らないブリュムの素顔。彼女が幼少の時から共に過ごした仲で、だからこそ彼女の気持ちが痛いほどわかる。
その言葉を呟き、エフェメルも表情を改めて後を追った。
依然としてリオンの消息は掴めず、街の調査などは一通り終わり、一先ず避難者の為の方策をとった。
そんな中でサーシェスが女神に近づく。未だ身動き一つ行わないその姿を前に、色々と見ている。
それに気付いたエフェメルが後ろからやってきた。
「どうかしましたか~?姉さん。」
問いかけにサーシェスは視線をそのままに答える。
「ええ、海魔って言ってたけど、もうこのお姿は女神さまよね?」
返された問いにエフェメルも納得する。その神秘的な雰囲気や魔力からそう判断できる。
「ですね~。まさかですけどぉ、私や姉さんが生きた時間よりも長く囚われていたみたいですから、肉体の感覚に未だ戻れないって事ですかね~?って、姉さん怖い顔してどうしましたかぁ~。」
年齢に関する言葉を出されてジト目を送る。ただ、エフェメル自身は何も考えず素直に言ったみたいで怒るに怒れない。
「貴女って一言多いわね、全く・・・。でも、たしかに神魔の時代からずっと操られていたとしたら、肉体をうまく動かせないとしてもおかしくないわね。
特に色々と身体を変えられていたらしいからよっぽどかも・・・。」
そこでエフェメルはサーシェスの考えに気付いた。
「姉さん、女神さまを起こそうとしてますかぁ~?」
「ええ、その通りよ。」
「あら~。やっぱり…。」
そんな会話の中、シーニャがやってきて問いかけた。
「女神さまを起こすってどうしてですか?」
「あ、シーニャちゃん。もう歩いて大丈夫ですかぁ?』
「はい。何時までも落ち込んでいるより、私も何か出来ないかと思って・・・。それで、さっきのお話ですが?」
そこからはサーシェスが答えた。
「はい。未だ何の連絡も無いリオンの捜索ですが、それならいっそ海の女神さまに調べて貰うのはどうかと思いまして。」
海と言う途方もない広いエリアでヒトが探せる範囲などたかが知れている。だからこその提案だと理解した。
「なるほど…。とすればどのようにすれば良いのでしょうか?」
「さすがシーニャちゃんですねぇ。理解が早くて話が早いです~。流石お姉さん自慢のシーニャちゃんですよ~。」
エフェメルが嬉しそうにシーニャを横から抱きしめ頬擦りする。呆れ顔のサーシャスであるが、慣れているのかシーニャは文句も言わずに受け入れている。
「コホン…、ではこれから私とエフィーで女神さまに魔力を流し込みます。そして私の方から女神さまに声を掛けます。それによって、まずはこの肉体に精神体を戻して頂き、それからお話するという手筈です。もしも困難な場合でも、リオンを探して頂けるようお願いしてみます。」
「危険ではないのですか?」
「はい。すでに邪な気配はありませんからそれは大丈夫でしょう…。ただ、あくまで女神さまですので気位が高い場合があります。ですが相手は海の女神さま。私はこれでも雪の精霊に通じる種族長なのですから、水に関わる者として大目に見て頂けるかと。」
ヒトであるシーニャには予想できない事だが、神は精霊と通じる部分が多々ある。故にサーシェスが神と話す事『交神』すると申し出たのだ。エフィーとて交神できるが、ダークエルフは土に関係するため、今回は補助として手伝う。
「私には分からない世界ですね…。よろしくお願いします。」
シーニャが頼むと二人は笑顔で任され、早速女神との交神を始めた。
二人が女神の顔の前まで寄ると、触れる無礼を許してもらうよう祈りを捧げる。そしてそれぞれが両手を女神の額に触れた。
触れた所で、サーシェスが語る。
「御身に触れる事、お許し頂き感謝申し上げます。わが名はサーシェス・レナ・ヴィリオ。コロプクルの長でございます。」
続けてエフェメルが語る。
「御身に触れる事、お許し頂き感謝申し上げます。わが名はエフェメル・ノスティーヌ。ダークエルフでございます。」
名を語り、二人は目を閉じた。ここから深層心理での語らいとなるため、二人の意識は女神の中へと招かれた。
瞳を開ける。そこは海の中であった。海の女神であるため、ティリュースの意識の中は海中にあった。そこにサーシェスとエフェメルは出現した。
実際は精神体だけなので、その身は一切の衣服は付けていない。だが、裸と言っても、そう言う形をしているだけの姿だ。二人は互いを確認し合うと、周囲を見回す。
そこは海の中だった。高い位置には空から降り注ぐ太陽光のきらめきがある。一方で底は光の当たらぬ暗闇の海底世界。他に見えるモノは無かった。
「魔力の気配は・・・、海底の方ね。」
二人は魔力を感じる海底へと向かった。
薄暗くなり、やがて一帯は暗闇となる。そんな中で精神体である二人の身体はそれぞれ白と青でぼんやりと輝いていた。おかげで互いを視認できるし、魔力を感知すればもし見えなくても問題は無さそうだ。
更に深く潜っていくと、ようやく光が見えた。同時に強い魔力を感じる。
あれが女神の精神体だろうと察して、二人は向かった。
「…来られましたか…。」
声を掛けようとした矢先、女神からそう切り出された。その姿が目視できる位置まで来て、二人は片膝を付いて礼拝する。
「御前へ参った事、深くお詫び申し上げます。」
サーシェスが代表して言った。相手は女神。自分たちから比べるとその魂の位は上である。ましてや、肉体でなく、本体ともいえる精神体に触れる位置まで来ているのだ。これは普通であれば神罰を受けても仕方のない行為なのだ。
だけど女神ティリュースは優しげな微笑に、悲しげな視線を含ませて二人を赦す。
「いいえ。私の肉体に触れた時点でそれは赦しました。逆によくぞ参られました。
二人の目通りを祝福致します。」
「お心遣い、感謝申し上げます。」
深く礼拝の姿勢のまま頭を垂れた。
「さ、そのような態度は結構ですよ。どうぞご自由になさってくださいな。」
そう言われて二人は立ちあがる。それから女神に視線を向けて言葉を待つ。
ここはティリュースの精神世界。勝手な発言は赦される訳も無く、女神の言葉を待った。
「お二人が来られたのは、この後の事についてでしょうか?」
あれから全く身動きをしない我が肉体をみて、様子を伺いに来たのだと考えていた。だが、その返答は違った。
「はい。是非ともお願いしたいことが御座いまして、このように拝謁させて頂きました。」
「お願いですか?」
「はい。お聴き下さいますでしょうか?」
「どのような願いなのかをまずは聞きましょう。」
「ありがとうございます。」
てっきり何か文句でも言いに来たのかと思ったティリュース。このような態度をとっているが、内心では何を言われるかと冷や冷やしていた。
「では、率直に申し上げます。ヒトを探して頂きたいのです。」
「ヒト…ですか?」
「はい。先ほど女神さまに憑りついていたモノと戦っていた者です。」
「あぁ、あの少年ですか。」
ティリュースは直ぐに思い出した。自分の為にあの悪魔に怒り、そしてその呪縛から解き放ってくれた。その熱い思いに当てられて、心を取り戻せたとティリュースは思っている。
「はい。あの後どこへ行ったか知りたいのです。」
「…獲り込まれてはいないでしょうか…。」
ティリュースは呟いた。自分の為にあの嫌な悪魔に憑りつかれてしまったはずの少年。申し訳ない思いでいっぱいである。
しかし、その言葉に二人は「あれっ?」と思った。
「獲り込まれてなどはいないはずですが。」
「えっ?」
サーシェスが答えると、今度は女神自身がありえないような驚きの表情を見せる。それを見て、思わずエフェメルが問うた。
「まさかですがぁ、女神さま、あの後をご存知ないのですかぁ~?」
勝手に発言してしまう事は赦されない事であるが、その問いかけにティリュースはビクッと身を震わせたようにすると、素直にコクンっと頷いた。
「…はい。恥ずかしながらその通りなのです。・・・実は肉体からあの悪魔が離れた瞬間に意識を飛ばされてしまい、先程まで眠ってしまっていたのです・・・。
そしてお二人から声を掛けられてようやく目を覚ましたところです。」
まさかと思っていた事態だったため、二人は絶句してしまった。同時に、親近感を感じてしまっていたりする。だがあくまでも神様なのだから、そこは一線を引いておくことを忘れない。
「そうでございましたか…。実は、あの者の名はリオンと申します。彼はかのレッドドラゴン様より教訓を受け、女神さまに憑りついていた邪なるモノを祓い退けました。ですがその後行方不明となっておるのです。」
「まぁ・・・。」
ティリュースにとっては信じられない事であった。あのペクトなる悪魔を退治する者がいたことを。だが、おかげで自分は助かったのだ。そう言うことならば是非とも手伝わせてほしいと思った。
「そう言うことでしたら、喜んで協力させて頂きましょう。」
「! ありがとうございます。」
すかさず二人が感謝を述べた。
「いいえ。私を助けて下さったのですから、それ位はさせて下さいませ。
では早速と参りたいのですが、そのためには現世に触れなければなりません。一旦肉体に戻り、そこからお話を致しましょう。」
するとサーシェスが提案する。
「ではあの後の出来事をお聞き下さった方が宜しいのでしょうが、何分我々はその状況を見ておりません。ですから語れる者に任せようと思います。現世にてお時間を頂けますでしょうか?」
するとティリュースはにっこり笑みを見せた。
「はい。そのリオンの事を強く感じられる方にもお願いしたいですね。その思いを伝って彼を探すことになるでしょうから。」
その言葉に二人は直ぐに適任者を思いついた。
「はい、すぐ前におります。どうぞよろしくお願い致します。
では、この場は御前より失礼させて頂きます。」
最後に礼拝をした後、二人はその場から消え、自らの肉体へと戻って行った。
「どうでしたか?」
戻って女神より手を放した二人に、シーニャが心配そうに尋ねた。
「も~ばっちりですよ~。あ、私はスーくん呼んできますね。」
ウインクしながら笑みを見せたエフェメル。そしてそのままスーヴェルを探しに行ってしまった。
上手く行った事は分かったが、色々と聞きたいシーニャはサーシェスの方に視線を移す。それに伴ってサーシェスも笑みを見せた。
「はい。ご協力願い、取り次いで下さいました。それでこれより肉体に戻られるとのことですので、少し離れておきましょう。」
嬉しそうにするシーニャ。それから数歩下がった時、女神の身体が淡く輝きを放った。
あまりの眩さにそこにいた者たち全員が目を覆う。
やがて光は弱まり、皆が視線を向けた先で、あの大きかった女神の身体は無くなり、代わりに白い肌をした女性が立っていた。
青い海を連送させる美しいウェーブがかった長い髪に、優しさに満ちた顔。その顔立ちは言うまでも無く美人である。瞳は閉じているが、厚めの唇に高い鼻。その整った顔立ちはあの海魔から解き放たれた女神の顔そのものである。背は170cm程でシーニャよりやや高い。その体は見事なプロポーションなのは当たり前で、海魔の時に比べて胸や臀部が大きく、非常に艶やかである。何より問題なのはその衣装だ。羽衣の様な薄い衣をまとい、周囲を水が護る様に流れている。それによって女性として大事な部分が隠れているのだが、見方によっては非常に艶めかし過ぎて扇情的な姿態なのだ。
これでは悪魔が憑りついてしまうのも仕方ないのではと思ってしまうほどだったが、元来神や女神と言う存在は薄着なのである。ましてや放つ雰囲気は神々しく、未だに薄く光り輝いていた。
その姿に、サーシェスは片膝を付いて礼拝する。そして、
「女神さまのご降臨です。」
その声に一同が慌てて礼拝した。見渡す限りのヒトが全てティリュースを見て膝を付き、頭を垂れて拝む。それは美しい一枚絵のような状況だった。
「みなさま、お顔を上げて下さい。」
その声は遠い場所までよく聞こえた。それによってヒトは皆改めて女神を見る。太陽の光を背に受けて輝く姿は正に神々しく、そのほとんどのヒトが涙を流して崇めた。
「この度は我が失態において多くの面倒をおかけしました。せめてもの償いとして、亡くなった者たちは必ず安住の地へとお送り致します。」
この言葉は神という高位の存在が謝った訳である。その言葉に、親しき者を失くしたヒト達は一様に涙を流し、その言葉に礼を述べた。
「それから、我が身を救ってくれた戦士を探すのでしたね。まずは話を聞かせて貰えますか?」
その言葉に、エフェメルが立ち上がって一礼する。そして横にいるスーヴェルを立たせた。
「この者がご説明させて頂きます。」
その言葉に驚く青年は再び気弱な表情を見せたが、そんな彼の背中をエフェメルが叩いたことで、前によろけ出た。
思わず見上げた所で女神と視線が合い、ティリュースは優しく微笑むと一気に顔を赤く染めて礼拝した。
「では、お願い致します。それからみなさまはどうぞ、ご自由になさってくださいませ。かしこまる必要などありませんので。」
予想しなかった言葉に、皆が近くの者と顔を見合わせたが、女神がこちらでなくスーヴェルの話に集中していると知ると、チラチラと様子を見ながらも、作業を再開していった。
悪魔がリオンにまとわりついた瞬間からは少し離れたスーヴェルがよく見ていた。
直ぐに翼が煌めき、もの凄い速さで東の海上まで飛翔した。そして次の瞬間物凄い爆発音と光が起こった。
やがてその場所にてリオンの姿を確認したが、翼が消え、そのまま海に落ちたというのがスーヴェルからの報告であった。
「…そうなのですか…。ならばどこかで漂っているかもしれません。すぐに探しましょう。」
そう言って海へと移動を始めるティリュース。それに従ってサーシャスやエフェメルがシーニャを連れて追随する。もちろん、他の関係者たちも後に続いた。
やがて港の海に面した場所に来ると、ティリュースはそのまま足を海に浸けた。そして深く呼吸をするかのように胸を反らし、両手を広げる。
「海よ、帰って参りました。」
そう呟くと、海面が揺れた。それは不自然な動きで、まるで喜び跳ねている様なそんな感じだった。
やがて静まると、ティリュースは皆に目を向けて問う。
「どなたか、彼を呼ぶために私の手に触れて貰えませんか?その思念を世界中の海に響かせ、彼の場所を特定します。その際、彼の精神に呼びかけることになる為、強い反応を示してくれるほど探し易いのです。
できれば、彼が強い反応を示す方にお願いしたいのですが。」
それを聞いて、サーシェスとエフェメルがすぐさまシーニャを指名した。エフェメルなどはシーニャの後ろに回って押し出したほどだ。
「それならばここに適任者がいま~す。」
「ちょっと、エフィーさん!」
正直、女神を前にして委縮しているシーニャ。彼女は基本的に普通の感覚を持ったヒトなのであった。
「なにをしてるんですか!今はリオン君が大変なときなんですよ~。こんな時におねえちゃんであるシーニャちゃんが呼びかけなくて、誰が呼びかけるんですかぁ~。」
慌てたシーニャに対して、素早く言いくるめるエフェメル。その言葉にサーシェスも頷いて賛同している。
更には…、
「その通りですよシーニャ。彼を思っているのは他にもいらっしゃるでしょう。でも、彼が一番思っている相手と言えばあなたしかいないでしょう。
人命に関わる事なのですから急ぎなさい。」
義母であるネビュルが強く言った。ヒュナンもまた、「さ、早く」と急かしている。
リオンと別れてからすっかり生きる気力を失くしたシーニャを救い、新たな道標となって育て、優しく見守ってきてくれた二人だ。その言葉はシーニャを行動させるのに抜群の効果があった。
「私に呼びかけさせてください。」
力強い視線で女神に懇願する。その視線にティリュースはとても優しく微笑んで見せた。
「はい。それでは私の手を取って、彼を呼んで下さい。」
シーニャは差し出された左手に断りを入れてから包み込むように両手で握ると、瞼を閉じてその名を呼んだ。
「リオン。」
「心で強く叫んで。これは精神に向けての呼びかけなのです。その心に響かせるよう、強く念じてください。」
ティリュースもまた瞳を閉じて、広い海へ意識を広げる。
(リオンっ!どこにいるの?返事をして!!)
シーニャの強い思いが女神を通じて世界中の海に広がった。
「トクンっ」
「見つけました。」
ティリュースが言う。その言葉に皆の視線が集まった。
未だに海へと意識を集中させながら、リオンの状況を確認する中、閉じていた瞳を開けると、シーニャに語る。
「海上にいます。きちんと生きています。」
「あぁ…良かった…。」
シーニャが涙を流して喜んだ。周囲も一安心したように笑みを見せる。
「どうやら船の上にいます。大きな船に上げられてますね。」
助けられたんだと更に喜ぶ中、女神の言葉は続く。
「武装した者たちがいますね。ん…粗野な感じのするヒトばかりがいる船。船は東へ向かっています。」
「えっ?」
こちらと正反対の方向。そして女神から伝えられたキーワードから、不安を募らせる者がいた。
「口を挿むことにお許しを。女神様、もしやその船は骸骨のような絵を描いた旗を掲げておりませんか?」
ブリュムが尋ねた。その問いかけに女神は肯定する。
「骸骨と言われたらその通りに見えますね。真っ黒に白い骸骨の絵が描かれています。」
その途端ブリュムはおろか、エフェメルやグフト達、そこにいるヒト達のほとんどが顔をしかめた。
「どうしたの、エフェー?」
サーシェスの問いに、普段見られないほどに顔をしかめるエフェメルが重々しく言った。
「旗に骸骨…髑髏のマークと言って海を荒らす『海賊』たちが好んで使ってる旗なんですよ姉さん。つまりぃ、リオン君が海賊に拾われてしまったって訳なんです…。」
「海賊…?それってどんなものなの?」
更にサーシェスが問う。そこにブリュムが答えた。
「簡潔に言えば、奴らは海にいる盗賊集団。強盗や殺人は当たり前。己の気分次第で、町に大砲を平気で打ち込む荒くれ者共だ。
そして一番厄介なのは、奴らは船で移動するという事だ。」
「船?ここまで乗せて頂いた乗り物ですね。実に快適でしたがそれが何故でしょうか?」
サーシェスにはあまりに経験が乏しくてわからない。そこでエフェメルが答えた。
「この広大な海の上を自由に動くのですよぉ…。もしもリオン君がぁ彼らを倒しても~、周囲を海で囲まれた中でどのように行けばいいか迷うはずですぅ。そして同じくぅ助けようにも~、どこに助けに行けばいいか見当がつかないですよ~。」
そう聞いて納得する。
「リオンは船ではずっと苦しそうにしていました。昔落ちた事によって体が拒否反応を起こしていたようです。」
追撃するかのような言葉を聞いてシーニャが泣き崩れる。他の者たちもどうしていいか迷うしかなかった。
でもその中で、スーヴェルが恐る恐る尋ねた。
「あのぉ女神さま、どうにかお助けいただけないでしょうか?」
その言葉で一斉に視線が女神に向けられた。その視線にティリュースは表情を崩さず応じた。
「本来であれば、我々神がヒトの俗世に関与することは赦されないのですが、これは私自身が招いてしまったこと。故に私を助けてくれた恩を返すという事で、ご助力いたしましょう。」
その言葉に、一縷の望みが開けたのだった。
「では、私が直接向かって参ると致しましょう。」
最も効果的な手段であり、一同には願ってもない神頼みであった。
だが、その時上空より影が飛来した。
「それは為りませぬな、海の女神よ。」
その声に皆が空を見つめた。そして次の瞬間、皆が絶望した。
ある者は逃げ出し、ある者は頭を抱えてうずくまり、そしてある者は諦めて地に伏せた。
女神のそばにいる者たちも一様に、目を大きく開き、そして戦慄する。
その姿は赤かった。
全身赤い鱗で覆われ雄大にして圧倒的な存在感。
強靭な四肢を持ち大きな翼を広げ、長い鎌首をもたげさせている。
角があり、開いた口からは大きな牙も見えている。吐く吐息には炎が纏い、その眼を見た者は魂を掴まれたように硬直した。
「ななな、なぜここに・・・・。」
エフェメルなど、可愛そうなほどに震えあがっている。
ブリュムは驚きの顔のままその姿を見つめるだけだ。
あのトーマスさえも緊張し身動きできなくなっている。
ミムジアナは頭を抱え、お尻を向けて震えながら伏せている。
ヒトはみな同じような表情で、何もできない様子だ。
そんな中で、パァムとポォムは羨望のまなざしで空を見上げていた。
「ふおぉぉぉぉぉ、おっきいおっきいおっきい!」
「ふわぁぁぁぁぁぁ、かっこいいかっこいいかっこいい!」
そして女神が手に触れるシーニャを庇う様に抱いて言った。
「久しぶりですね。随分とお手間をおかけしてしまいました。」
海魔の時に何度も救おうとしてくれた龍の王。
そこに現れたのはこの世界で最も強き存在『竜王レッドドラゴン』だった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
いよいよ出会ったと思って期待された方もいるようですが、まだ二人の再開は果たせません。
一体いつになるかというか、本当に会えるのか?という部分も含めて、今考えながら書いているところです。
ご意見ご感想など頂けましたら、早くに会える可能性が上がるかも…?
などと言ってますが、一応ここまでは当初の予定通り進んでいます。
でも、文章自体はかなり変更させている訳でして、
「どうしてこうなった!」と本人叫んでる時があります(笑)
実は、リオンがシーニャを救う25話のラストは全く違う形になりました。
当初は手術にかかりっきりのシーニャと会えないままにリオンが海に落ちてしまう予定だったのですが、
書いてる間にとある感想をいただき、「それじゃこうしてみたら面白いんじゃないかな?」などと
修正しまくりで自分泣かせに走った結果、このような文章となっております。
あ、結局自分が悪いのですね!
ともかく内容的には順調ですが、文章自体は結構自由に変更しているところです。
いつもパンダちゃんにはお感想頂けており、励みにしております。
また、先日Twitterでもご意見下さって、嬉しかったです。
(あれはネタバレでもなんでもないので、お気になさらないで下さいね。)
もしよろしければ、お声を頂けますと励みになりますのでどうぞよろしくお願いします。
それでは、いよいよ次から新しい第6章に入ります。
皆様に楽しんで頂けるような、そして自分も楽しめるような物語にしていきたいと思います。
少し時間が空くかもしれませんが、お付き合いくださいますよう改めてお願い申し上げます。
では、また次回にて。




