表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Law of the World  作者: k2taka
第1部
26/93

絶体絶命

 一方、西の防壁下は大惨事となっていた。

 海魔から発射された超水流の直撃によって壁が崩れ、その下敷きになった者やそれらを避けようとして押し合った結果、転倒してケガをする者が急増した。

 このままでは危険と判断し、そこにいた者たちは違う場所へと移動を始める。

 しかし、今の攻撃を見てどこにも逃げ場など無いと諦める者もあり、移動は上手くいかなくなっていた。

 そんな中で、必死になって人命を助ける姿があった。医療学院の医師たちだ。

 中央にある医療学院を避難し、広大な空き地を有する西部医療院にテントを立てて、臨時の医療スペースを設置した。軽症者にはその場で処置し、重傷者は細菌感染を注意して、建物内部の広い空間を緊急の手術スペースに変更し手術を行う。そこに、避難してきたヒト達が殺到する。

 その慌ただしさは宛ら、もう一つの戦場である。

「急患です。瓦礫が降ってきて足を挟まれてしまった模様です。」

「…残念ですが、命優先で切断を選択します。」

 担架で運ばれてくるヒトを瞬時に判断して治療を行う。そこに余裕などなく、次々運ばれる相手の気持ちを優先する暇はない。

 するべきは命の救済であり、一人でも多く助ける事なのだ。

 各現場で数名ずつが配置されている中、手術を行う場所には10名に満たない人数で対応していた。

 中でもシーニャと養母であるネビュルが最も優れた腕を持っているため、二人には休む間もなく患者が連れられてくる。

 ネビュルに至っては、これまで様々な野戦病院などで経験してきているからこそ対応できているのであり、そこにいる誰もが未だ学生の身であるシーニャを気遣った。

 だが、彼女は集中を途切れさせることなく、次々と患者を手術していく。

なぜなら、彼女にとって生きているヒトがいる事自体、励みになるのだから。

 かつて弟と共に暮らしたあの地で、二人だけで必死に生活したことを思えばここはましだった。

「次、連れてきてください。」

 瓦礫によって内臓破裂していた男性を縫合し終えたシーニャは、手を消毒液で洗いながら次の患者を呼んだ。


 そんな西部医療院を離れて見ている者がいた。

 物見の間から被害状況を確認するアルフェ―サーとスーヴェルである。

 崩された西の防壁下では多くのヒトが被害に遭い、それを助け合う姿が望遠筒から確認できる。

 一方で悲しみに暮れるヒトの姿があり、救助に勤しむヒトの姿も見られる。

 そんな状況にスーヴェルは言葉を失っていた。

「この状況。既に死者も出ている…。そして今も被害を食い止めようと頑張ってくれるヒトもいる。」

 アルフェ―サーが呟くように言った。その言葉にスーヴェルは肩を落とし、俯いたままになってしまう。

「あの時、まだ住民に被害が出ていなかった。だからこそ、あそこで退かせる事を選んだんだ。

 良いかスーヴェル君。これは覚えておいてくれ。

 我々は戦う意思を持ってここにいる。

 そして戦士たちも同様に討たれる覚悟を持って戦いに身を置いている。

 だが彼らは違う。

 いつも役所で君が相手している彼らは戦いに巻き込まれる被害者になるんだ。

 そうした場合、戦う意思の無い者を無事に守ることを選択しなければならない。

 我々が戦うのは戦わないヒト達を傍若無人な亜人たちより助けること。

 このことだけは忘れないでくれ。」

 そう語って彼の肩に手を置く。

「ほら、行くぞ。」

 そう言って再び指令室へと戻ろうとした時、スーヴェルは泣きながら叫んだ。

「ほ、ほっといてください。」

「何?」

「嬉しくて舞い上がって、そしてその結果が、こんな大変なことになるなんて考えもしなかった。そのせいで・・・、そのせいであんなにたくさんのヒトが傷つき、挙句はヒトを殺してしまったんです!

 僕は…そんな資格なんてないのに取り返しのつかないことをしてしまった・・・・。」

 もともと気弱で事務員として優しい性格のスーヴェル。戦争という雰囲気に呑まれてしまったため、いざ傷付いた人を目の当たりにして怖気づいてしまった。

 そんな泣き崩れるスーヴェルだが、アルフェ―サーの反応は冷ややかだった。

「確かにそうだな。君の対応によってヒトがなくなったのは事実だ。」

「う、うわあぁぁぁぁぁー」

 グサリと胸に刃物を突き刺された感じだった。それによって泣き叫ぶ。

 しかしアルフェ―サーの言葉は更に切りつける。

「君の判断によって、罪なきヒトが命を絶たれる。・・・悲しいがそれが私の進む道であり、君が歩む道でもある…。」

「む、無理です!僕にはできないっ・・・ううぅ・・・」

 床を叩きながら泣き伏すスーヴェル。

 そんな彼の頭を掴み、髪を引っ張って立たせるアルフェ―サー。痛みを訴えながら泣き顔を晒す青年を睨みつける。

「甘ったれるな!…たくさんのヒトを死なせ、あれだけ苦しませておいて、後は放ったらかすって言うのか?

 ふ・ざ・け・る・なっ!

 いいか、お前がとった行動はこの私自身も認め、指令室の全員が賛同したことなんだ。そして最後の木箱は、私自身が失念したのが原因で、お前に罪はない。

 だけどな、これだけの被害をもたらせたとお前自身は認めているだろっ。実質、あの作戦はお前と私で勧めた結果だ。そう君自身が望んだ結果なんだ!

 ならば、その後をどういう結末に持って行くかを考えなければならない。

 なのに思い通りの事にならなかったといって、後は知らないなどと、大人のすることじゃないだろ!

 辞めるなら、ちゃんと最後まで責任持った行動をしてからにしろっ!

 辞めることは責任なんかじゃない、責任放棄だ。

 償うためにも自分でやれる事をやって、それで許されなかった時に辞めろっ!それまで甘ったれた事抜かすんじゃない!!」

 そう言って掴んでいた手を離す。

 アルフェ―サー自身、かつて苦しんだことがある。

 多くのヒトを手足のように動かして、己の思い通りに物事を進められるという満足感。

 それはどのような事よりも快感を覚える一種の麻薬だ。

 その裏で己の采配によって多くの犠牲が出るという事実を知った時、どれだけ心が痛めた事か。

 それは今も同じである。

 でもそれでより多くのヒトが助かる。いや、助けられるのだ。

 そして目の前で泣き崩れる青年は、自分よりも多くの命を救える力を持っている。

 だから今は己に打ち勝って欲しい。

 かつての自分のように、強くなってほしいと願い部屋から出ていくアルフェ―サー。

 一人残されたスーヴェルは再び泣き出し、暫くの間その部屋は泣き声が続いていた。


「戦況は?」

 指令室に戻ったアルフェ―サーが武官に問いかける。

 すると武官は一人だけだったことに一瞬首を捻った後、現状況を報告した。

「状況は思わしくありません。敵の亜人に対して、こちらの最高戦力が対峙しているわけですが、拮抗しております。

 決して戦士十傑の方々が弱いというワケではないのですが、相性と申しましょうか、対する亜人の能力に攻め切れていないという所です。」

「…コジュウロウ殿でもか?」

 世界十傑に入る猛者であるコジュウロウならばと期待を持ってみたが、こちらもまた思うようにいかないらしい。

「剣聖様の剣技は冴えわたっておるみたいなのですが、2体倒したところで気付いたのですが、剣術ギルドの面々が相手している亜人は強力な酸を発するらしいのです。

 故に下手に攻撃すれば刀を溶かされてしまうだけに、攻めあぐねているみたいです。」

「チッ、さすがの剣聖殿もそれでは難しいだろうな…。それで海魔の様子は?」

 これについては文官が答える。

「亜人たちを生み出した後、しばらく静かになっています。ただ、背後を見ると残った2本の触手が伸びて、海面に浸かっている模様です。」

「なっ!ばかな、なぜそれを止めない!!」

 そう言って矢継ぎ早に伝令に伝える。

「至急海魔に向けて攻撃を!下手をすれば先ほどの超破壊攻撃が来てしまう。そうならないうちに攻撃しろっ!」

 そう伝えて望遠筒で様子を伺う。その横で文官が不思議そうにアルフェ―サーを見ていた。

 だから、説明をして次の行動を指示する。

「あれだけ大量の水の攻撃を行ったんだ。丸1日以上を陸地にいて、太陽に照らされて海魔の体内において命ともいえる海水が減少しているはず。

 ならばそれを補給し、次の攻撃に行かそうと考えるのは当たり前だろっ!

 直ちに避難民側へ注意喚起…クソっ!」

 覗く筒の向こうで海魔がその頭を動かした。そしてその口がこちらに向けられる。

 ひやりと背中に冷たい感じが走ると同時に、海魔の口に光が生まれた。

「イカン!総員、退避!!」

 言われて「えっ?」と驚く周囲。

 その瞬間一筋の高圧な水の線が走り、その部屋を全て呑み込む。

 耳障りな音が聞こえ、やがてその水の通った場所に空間ができた。

 それまでそこに居た者や在った物全てが消え去り、やがてその空間に瓦礫が音を立てて積もっていった。


 海魔からの攻撃が直撃し、議事堂の上階にある塔が崩れていく。

 ちょうど物見の間がある位置が撃たれ、見る限り中にいたヒトは無事では済まないと思われた。

「クッ!何て事だっ。」

 悔しがるグフト。あそこには今回の指揮を執っていたアルフェーサーがいたのだ。

 だが、あの一瞬での直撃を回避できたとは思えない。

 これによって、この作戦を執れる者がいなくなった。となれば、現場で指揮するしかない。

「・・・かくなる上は、特攻するしかないか・・・。」

 指揮出来る者がやられたとあれば、もうこの戦いは負けである。

 普通ならば撤退・降伏だが、相手は亜人。到底生き残れるはずもない。

 ならば、戦士として一矢報いるべきだと判断する。

「エラール、ジェルタールいるか?」

「「ハッ、ここに。」」

 戦士ギルドにおいて、指揮に長けた2名を呼び出す。

 エラールは30半ばの生真面目タイプ。ジェルタールは20代後半の大柄な男だ。

「二人はここから避難民たちの元へ行き、西防壁から祠へ向けて住民を避難させろ。」

「ハッ・・・。で、グフト様は?」

 両名返事すると、エラールが問う。

「知れたこと。ここで指揮を執る者がいなければ食い止めることなどできん。ワシはここで食い止める故、お前たちに後を託す。」

「ならば俺が指揮を執るので、グフト様が・・・」

「黙れっ!これは命令だ。

 いいか、先ほどの攻撃で司令部は壊滅。アルフェーサーがやられた以上、この戦場は敗戦同然だ。

 二人には大変な命令を与えてしまうが、お前たちでなければ頼めぬ内容なのだ。」

 ジェルタールが申し出ようとしたのを遮って、二人に状況を語る。十傑が動いている今、それを指揮できるのがグフトしかいないのも確かだった。

「グリフトたちもいるから、そう簡単にやられはせんよ。

 あと、議事堂の応接間にニルベスがいる。きっと無事だろうから一緒に連れて行ってやってくれ。・・・大変な任務を任せてしまうが、よろしく頼む。」

「…了解しました。どうかご武運を!」

 そう言って深く一礼をすると、直ちに踵を返し西へ向かう。

「さて、それでは行くか・・・。戦士団、海魔を側面から叩くぞぉー!」

 号令一喝、周囲の戦士ギルド所属の者たちが威勢よく声をあげると、それぞれ左右から海魔に向けて突撃を開始した。

 

 戦士団が海魔の左右から攻撃を開始したことで、海魔正面で繰り広げられる戦闘も変化が訪れた。

 海魔本体に対する攻撃はやはり効果は薄いものの、数で攻めているため、容易に水の魔法を撃つことが出来ない。

 先にいた甲殻の亜人たちもそちらに向かおうとするが、その隙を見逃す様な戦士はそこに居なかった。

 僅かな隙を突いて、セイルが炎を付与した魔法剣『フレイムブレード』で叩き斬ってしまう。甲殻自体は硬度が高いが、その関節を斬り付けることで切断し、炎の付与効果で切り口から炎上させてしまう。

 一匹を倒したことで拮抗していた戦線は綻び、次第にヒト側が押し始める。

「よっしゃぁあぁぁーっ!」

 ガダンが、セイルによって倒された亜人の脇をすり抜ける。

 そのままライダンに攻撃を繰り出していた1体の背に向けて、右拳を繰り出す。その手に装備された『タイガーフィスト』が甲殻の上から「トンっ」と軽い衝撃を与えると、固い甲殻を貫通して衝撃が亜人の内部に浸透する。それによって甲殻の隙間から体液が噴き上がると、そのまま力なく崩れた。

 優勢に立った戦士たち。こうなると十傑と呼ばれるだけあって、一気に押し始める。

 個々の戦闘力はもちろんであるが、戦士ギルドの十傑は何よりその連携が脅威である。グフトによってチームを組まされ、互いに補えるように訓練されている。

 先ほどまではそれぞれの連携をとろうにも、亜人側の能力がそれぞれに相性悪かったために上手く行けずにいた。しかし数が減ると最も適応力の高いセイルが突破口を開き、それぞれが協力し合って状況を打破する。理想の連携がそこに生まれた。


 片やコジュウロウたちは未だに苦戦を強いられている。攻撃することは容易いのだが、それによって亜人の体内より生成される強酸が、自分の愛刀に多大なダメージを与えてくる。

 剣術士にとって、自分の愛刀を無闇に傷つける戦いは出来ない。己の体の一部として刀剣を操るのが極意とされているからだ。

 だからこそ、強酸によって刃を溶かされることは避けなければならない。

 防戦一方で攻めあぐねている中、戦士側が押し始めたのに気付く。

 それに反応して、誇り高い一人の剣士は決心を固める。

「かくなる上は、弱きヒトの為に!」

 そう叫び、斬りかかる。そして気合一閃、その甲殻ごと両断した。

 崩れ落ちる亜人。

 だが同時に強酸を浴びた彼の刀から刃がドロッと溶け落ちた。

 刀身自体が溶けてしまった以上、その刀は死んでしまった。共に戦場を渡り、ずっと大事にしていた相棒と言うべき刀。心中は計り知れない痛みを覚える。

「見事だ!」

 コジュウロウはそう褒めてその弟子を下がらせた。

 涙を浮かべつつも、歯を食いしばったその剣術士は一礼してその場を後にする。刀を持たない以上、そこに居ても役に立たないと判断したからだ。

 その見事なまでの決意は伝染する。

「我らも行くぞ!」

 続いて決意を固める剣術士たち。だけどその意気は止められてしまった。

「お主たち、今暫く時間を稼いでくれ。」

 コジュウロウが叫んだ。その声に高弟たちは目の前の亜人をその場に食い止めるよう立ち回る。

「ふぅ~~~~。」

 コジュウロウが深く息を吐く。刀を鞘に戻すと右足を前に腰を低く構えた。そして己の心を鎮め、目の前を無の心で見つめる。

 長く感じる時間。実際は数秒と言う時間であるが、集中することで自らの精神を研ぎ澄ました結果、目の前が静止したかのように感じる。

 やがて目に一筋の光が横一線に広がる。

「退けっ!」

 叫びに応じ、高弟達がコジュウロウの視界から飛び退いた。

 そして目の前にいるのは甲殻の亜人が五体――。

 摺り足で右足を更に前へ踏み込み、動作で右脇腹にて鞘に納めた十六夜を抜き放つ。

 この時つま先の踏込を膝、腰へとつなげ、引き締めた脇から肘へと力を伝える。その力を速さに換えて、腕を伸ばし、気合と共に刀を振り抜く。

 その速さ、刹那の如く!

 振り抜かれた刃から斬撃が放たれる。ちょうどコジュウロウが見た横線をなぞる様にその斬撃は走り、目の前の亜人たちを尽く断ち切った。

 流れるままに刀を振り払う。斬撃の為、刀は亜人に触れていない。

 そして納刀。

 パチンッと納めた音と同時に亜人の体はズレ落ちる。あまりの鋭さに体液も遅れて流れ落ち、そのまま死骸とともに煙と化した。

 その剣技、まさに剣聖の名に恥じぬもの也。

 だが、この奥義を使う事はコジュウロウにとっても多大な負担をかける。

 鍛え上げられた肉体に極度の緊張を与えた所で、身体に100%の出力を要求するのだ。精神・体力共に大きな疲労が襲い、老体故に肉体へ激しい痛みをもたらせる。

 秘奥義『刹那切り』…究極の神速奥義とされるだけあって、その代償は本人の戦線脱退となった。

「すまぬが、ワシはここまで。後はよろしく頼む。」

 そう言い残して弟子たちに連れられながら剣聖は下がっていった。


「流石すごいな。オトバ流剣術の神髄、拝見させてもらった。」

 一気に五体を斬り倒した技を見て、戦士ギルドの5人は感嘆した。同時に、自分も負けてはいられないなと気分を高調させる。

 特にグリフトはコジュウロウより年下ではあるが、戦士ギルドでも大ベテランの域に当たる。齢50を過ぎたが、その筋力は衰え知らずで、大斧を使って相手を断ち切る辺り、斬撃を扱うコジュウロウの存在は一つの目標としていた。

 その奥義を目の当たりにして、グリフトは闘志を燃やす。

「残るは半数、一気に行くぞ。」

「ふっ、言われるまでも無い。」

 グリフトの言葉にリーケンが笑みを浮かべた。コジュウロウによって、強酸を纏った亜人が全て倒れたのだ。リーケン自身、槍が壊されるのを嫌っていたため、ここまでは防戦を強いられていた。

「それじゃ、とっとと倒してあの美しいお顔を眺めに行きますか。」

 そう皮肉めいて言った矢先、リーケンの姿は亜人の目の前に現れた。そして腕を間接で斬り落とすと、空いた脇腹の隙間から槍を突き込む。

 それが丁度亜人の心臓に当たる『核』に刺さり、亜人は霧と消えた。

「速いねぇ、リーケン君は。だったら俺もやっちゃうよ。」

 ガダンが突っ込む。一番年少のガダンであるが、その実力は10代の若さで十傑に入ったほどに強い。

 亜人相手に跳び蹴りで突っ込むと、手刀で足の関節を断つ。それによってバランスを崩した亜人がしゃがみ込むと、その頭に正拳突きを一撃。

 木端微塵に粉砕されて、その亜人が消えた。

 だがその背後に別の亜人が腕を振り上げ、鋭い刃であるハサミをガダン目掛けて斬り付ける。

 咄嗟に前転で避けるガダンと、右腕の盾を突き出して守ろうとするライダンの行動が重なる。

「ガダン、突っ込み過ぎるな!」

「あぁワリィ、ライダンのおっちゃん。」

 そう言い合う中、ライダンの盾が亜人の刃を盾で受け止める。空かさず盾を下げて相手の勢いを往なすと、前のめりになった亜人目掛けて左手の棍棒をその顔面に振り込む。崩された体勢からの攻撃によって、亜人の硬い顔面が陥没した。そこにガダンが跳んで戻ってくると、

「お返しだよ。」

 そう言って亜人の後頭部に拳を叩き込んで粉砕した。

 勢い付いた戦士たちに亜人は数を減らしていく。

 このまま良い状態で行けると思ったが、突如セイルが注意を促す。

「真上から攻撃!避けろっ。」

 散開する5人。残った剣術士たちも大きく身を退いた。そこに落ちて来たのは巨大なヘビの頭。

 5人共をまとめて喰らうつもりで口を開いていたが、居なくなった事でガシンと大きな音を立てて口が閉まる。

 見上げれば海魔の顔がそこにあり、それぞれの髪が伸びて、周囲を攻撃していた。直上からの攻撃だったために、側面を攻撃する戦士たちから被害者が現れている。蛇に喰われ、丸呑みされる。

 そして美しい口からまた新たに20個の珠が吐き出される。追加された珠が割れ、また甲殻の亜人が増えた。

「く、キリが無いな、こりゃぁ。」

 舌打ちしてグリフトが声を漏らす。このままでは埒が明かないと察する。

「でもさ、これを突破出来たらチャンスなんじゃないの?」

 ガダンの言葉にリーケンとライダンが頷いた。

「このまま押し切るしかない。とにかくコイツ等を倒そう。」

「頭上からも攻撃が来ることをお忘れなく…。」

 セイルが冷静に促すと他の4人は応答し、増援した甲殻の亜人たちに挑みかかった。



 少し休憩するよう諭されて手術部屋を離れたシーニャ。

 まだ大丈夫と思ったが、これからまだまだ押し寄せてくる患者の為にも、一旦休憩しなさいと言われて外に出た。

 廊下から窓の外を見る。空はすっかり日が暮れ、二つの月の光が当たりを綺麗に映し出す。

 これが普段の日ならばとても美しく見えたであろう。

 だけど今はあの日の様に最悪な状況だった。廊下では次々運ばれる急患で騒然としており、窓の向こうは避難したヒト達が肩を落としている。

 嫌な空気だ。そう思っても、この状況はどうしようもない。

 そして遙か東の向こうを見つめる。

 月明かりに照らされる中、大きな物体がいるのが見える。その周囲で様々な光が輝く。魔法の光だろう。あそこで今、セイル達が戦っているんだろうなと推測する。

 戦況は分からない。次々運ばれる急患に追われて今やっと外の状況を確認できたのだから。

「リオン…、今は来ちゃダメだよ。もう少し落ち着いた時に来てね…。」

 こっちに向かっている弟の事を思う。

 先日、世話になったエフェメルによって、もうすぐそこまで来ていることを知ることが出来た。会いたさが募ってたまらなかったが、信用できるエフィーがいるのだから、何も心配いらないと自分に言い聞かせた。

 そっと窓に手を添えて、東の向こうの空を思う。

「会いたいな…。」

 そう祈りを込めた言葉を呟いた時、突如閃光が走った。

 驚きのままその方向を見ると、北の方角を何かが走り、轟音と共に北の防壁が破壊された。

「キャッ!」

 大きな音に耳を塞ぐ。そして衝撃波が窓を揺らせた。その状況を確認しようと、シーニャは建物の4階屋上へと駆け上がった。


 屋上では何人かの患者が状況を見ていた。そしてその中で空いているスペースに身を入れて、東の様子を目視する。

 月明かりだけでなく、火事が起こって町が燃えていた。北の防壁の1カ所が破壊され、そこまで一直線にえぐられた痕が残っている。

 その発射地点には巨大な女性の姿が見えた。だが、何やらおぞましい姿にも見える。

 月明かりに照らされているため、照らされた部分は光が当たって見えるが、薄暗い場所などは暗さと遠いために見えない。

 けど時々魔法の光によってその様子は分かる。あの巨大な女性の姿が海魔なのだろう。周囲で動いているのが戦士たちで、戦いはずっと続いているようだ。

 そんな戦士たちの無事を祈りながら、ふと海魔の顔を見つめた。そして心に締め付ける何かを感じ、呟いた。

「・・・泣いてる?」

 女性の閉じられた開かない瞳、何かを吐きだしたりしている口。ただ、懸命に戦う海魔の表情が、悲しみを感じさせていた。

 そんな中で、海魔がこちらを見た気がした。

 その顔がしっかりとこちらに向けられる。

 そして口を開く。

 その口内から光が次第に大きくなる。

「逃げろっ!撃って来るぞっ!!」

 周囲が騒ぎ、一目散に逃げ出す見物者たち。でも、シーニャは何のことか分からなかった。

 見つめる先で、その光りがこちらに向かって放たれた。

 次第に大きく見える光。

 シーニャはただその光りを見つめ、悟る。

(あ、死んじゃう・・・)

 自らの命が消えると察した。そんな光を今更どうしようも出来ない。

(ヤダ)

 思い残すことは山ほどある。でも、そんな彼女の頭にあるのはただ一人の姿だ。

(ヤダよ)

 幼き日に別れてしまった大事な弟。

(死にたくないよ)

 もうすぐ会えると期待していたのに、叶わぬことを知って涙があふれた。

 その笑顔を思い出し、張り裂けそうな胸いっぱいの大声でその名を叫んだ。

「リオォ―――ン!」

 そして光は弾ける。

 激しい激突音が鳴り響く。

 その音響に耳を塞いで身をかがめるシーニャは小さく悲鳴を上げた。

 だけど、自分の身には何も起こっていないことに気付いた。

 そして確認する。

 海魔とシーニャの間で、水の塊は止められ、そして消え去ったのだ。

 そしてシーニャは涙で濡れた瞳にそれを映した。


 月の光で薄明りの空の中にその姿はあった。

 月光に照らされて、美しく輝く蒼銀の鎧。

 その背には蒼銀に光る翼を広げ、左手に背丈ほどの大きな盾。

 そして右手には巨大なランスを持った小柄なヒトの姿がそこにあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ