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The Law of the World  作者: k2taka
第1部
24/93

諦めぬという強き思い

「更に変態した…。」

 その姿を見て、アルフェ―サーは呟く。すかさず次なる手を考えようとしたが、そこでニルベスが震えているのに気付いた。

 何も言わず視線をその顔に向けると、その唇から呟くように言葉が発せられた。

「ば・・・ばか・・な、・・・あのすが・・・あり得るは…ない…。」

 途切れ途切れで聞き取り辛いが、明らかに思い当たる事があるのだとと察した。

「ニルベス殿、何かご存じなのですか?」

 だがその問いかけには応じず、ニルベスはいきなりひざまずき一心に祈った。

「お許しください、お許しください。」

 その姿はまるで母に叱られた子供が謝る様な、また教会で神に対し必死で懺悔しているようにも見える。そんな状態のニルベスに見切りをつけて、何が出来るだろうかと思案を始めるアルフェーサー。

(これで振り出しに戻った訳だが・・・、先程の作戦はもう通用しそうにないな…)

 今の沈黙した状態で下手に手出しをする危険を感じ、しばらく様子を見ようとする。

(それにしても、先程までの気配と違ってあの高位な雰囲気は何なのだ?)

 確かに甲羅や手のハサミ、そして蛇の様な髪は禍々しい。

 しかしその本体である女性の姿からは神聖な雰囲気さえ感じてしまう。

(海の神か・・・)

 海の神…その名を『トリスタン』という。世界の半分が海に面しており、それら全ての海を作ったとされる神は力強い男性の姿として、海の神を信仰する『トリトン教』信者たちから崇められている。

 ならばこの女性の姿は海の神ではないと判断できる。ならばやはり海魔というデュリュヴなのであろう。悪魔信者である以上は、祠を破壊する=悪魔復活を目論む存在であり、ヒトとしてはその存在を許す訳にはいかない。


 そんな中、突如海魔に向かって走り寄って行く一団の姿があった。統一性のない装備に、その装備から判断できる職業は戦士から魔法使いまで様々だ。

 どうやら一般の冒険者らしい。30人ほどの一団が各々の武器を手に走って行く。

「あいつら、何する気だ?」

 一緒に見ている武官が声を漏らす。当然予想はついているのだろうが、余りの事に思考が付いて行かないのだろう。その冒険者たちの意図を測りかねてるようだ。

「止めなくていいんですか?」

 若い女性の文官が強張らせた表情で問う。彼女にしてもあの冒険者たちの末路を予想しての発言だろう。これ以上の被害が出ることを望まぬ優しい言葉だ。

 しかしアルフェーサーはその意見に冷たく言い放った。

「あぁ、そのまま放っておこう。」

 その言葉に信じられないという視線が向けられる。すかさず女性文官が訴える。

「あ、あのままではあのヒトたちが…」

「あぁ、言いたいことは分かる。」

 言葉を重ねて発言を止めた。唇をかむようにして黙る女性文官。

「だが、彼らは自分たちで勝手に行動を開始したんだ。見るからに冒険者のようだが、冒険者であるならばその行動の責任は自分たちで背負う。それが冒険者としての心構えだろう。

 ならばそれを見せて貰う。

 そしてあの海魔に関する情報を少しでも見せて貰うとしよう。」

 女性文官は言い返そうとしたが、目を瞑り俯いた。あの冒険者たちを捨て駒にしたのを悟り、それを納得出来ないのであろう。

 優しい女性だと思う。ヒトとして純粋なまま育ったと思う。

 しかしここにいるならば、それではだめなのだ。

 戦略を立てて、それを行うには必ず情報が必要であり、情報を得るためには何かを切り捨てなければならない。

 そしてどれだけの被害を出そうとも、最後に大きな成功を納めるためにはそれを選択する。それこそが戦略家としての覚悟であり、言葉は心を壊さぬように自分を守る壁(理論)なのである。


 女性文官の瞳にうっすらと涙が溜まったのを確認してため息を吐く。

 幾ら己を守ろうとも、その理論がいかにヒトとして冷酷な事であるかは分かっている。そしてそれを若い者たちに伝える時の歯痒さ。

 きっと彼女や、他の者たちも自分を冷酷な者だという目で見ていると思う。

 実際、さっきまでとは異質の冷たい視線を感じるからだ。

 これは戦略家として避けては通れぬ事態だからこそ、アルフェーサーは気にした様子を見せず、ただ駆けていく冒険者たちの姿を目で追った。


 でも、ここで予想と違う反応が現れた。

「さて、今の海魔に攻撃は通じるんでしょうかね?」

 好奇心に駆られた様子の言葉だった。

 視線をやると、それは冒険者たちを見つめるスーヴェルの姿があった。

「君は彼らの行動について、どう思ってるんだい。」

 最も気弱な雰囲気を持つだけに、ヒトとしての冷たさにはなかなか慣れないだろうと思っていた。そんな考えを真っ向から否定するような言葉が彼から聞かされる。

「そうですねぇ…。僕が分かるのは、彼らは冒険者です。

 そして戦う意思を持った戦士なのです。

 だから自分たちの思いで戦いに向かってくれている。

 中には許せないという衝動から動いているヒトもいるでしょうけど、魔法使いと称する方は比較的冷静な方たちだと認識しています。

 だからこそこの無謀と取れる突撃で、我々の為に様々な手段を見せてくれるのではないかと勝手に解釈し、そしてまた期待もしています。

 もしかしたら戦士として、彼らは散ることになるかもしれません。

 それでも、誰かが海魔を退かさなければ我々に未来はありません。その為には彼らのもたらせてくれる情報を、しっかり見せて貰う事が大事だと思うのです。」

 その言葉にアルフェーサーは今一度、この出会いに感謝した。

 冒険者たちの行動に意味を成し、その意図を汲もうとする態度を見習わなければとも思う。スーヴェルの言葉には戦士に対する敬意があり、その思いを汲もうとする思いやりがあった。

 当然それを聞いていた他の者たちも目を見張って彼を見た。

 そして歯噛みすると、前のめりになって冒険者たちの行動を注視した。

 もちろん先程の女性も瞳に涙を残しながらも、その勇士を目に焼き付けようと見つめた。

「フッ…、君はすごいな。本当に戦略家としての素質を感じるよ。」

 そう呟くが、冒険者たちの行動に集中するスーヴェルの耳には届いてはいなかった。


 戦士が海魔の足ともいえる触手に辿り着いた。

 8本それぞれが厚く、最も太い所で戦士たちの身長の2倍程度がある。そして長さは100m程。

 その先端に戦士の持つバトルアックスが勢いよく斬り付けた。

 間髪入れず他の者たちの剣や槍が同じ足に攻撃を加える。

 一斉に繰り出したであったが、そのどれもが通じなかった。

 その足には硬さがなかった。故にそれぞれの刃が表皮に当たってもその斬撃や刺突を呑みこみ、そして押し返す。

 刃物を当てたのに当たった感触もないまま返されてしまったという状況。

 かなり不可思議な感触である。

 そもそも普通は攻撃に対し傷付くか、受け止められる、または弾気返されるの3つである。特に弾き返されるという事は、攻撃が通用せず抵抗や反発を受ける筈だ。

それなのに攻撃がすんなりと受け入れられ、気付けば武器ごと身体が押し返されているという奇妙な現象なのだ。

 前衛が押し返されたのを見て、今度は弓を持つ者が矢を放つ。狙うは本体。

 遠距離へ飛ばすことを目的にした長弓だけに、100mを越える位置へと直線で飛んだ。

 矢を射った戦士としては、会心の一射であった。

 しかし矢は本体の腹部に触れるかと思った所でピタリと止まり、そのまま力なく落下した。

 空かさず更に数本の矢を飛ばすが結果は同じ。

 まるで薄い膜が覆ってあるかのように、振れる直前で勢いが止められ、何のダメージも与えられていなかった。

 ならばと詠唱を終えた魔法使いたちが、本体に対する魔法を発動。

 火球を撃ち出すファイアボール、氷玉をぶつけるアイスボール、空気の刃を起こすエアブレイドなど、3人の魔法使いがそれぞれに魔法を繰り出した。

 まずファイアボールであるが、3つの火球を撃ち出したものの、全て本体表面に当たった瞬間霧散した。同じくアイスボールも蒸発。エアブレイドは勢いよく飛んだが、当たったと思った瞬間にそよ風が吹いたようなものとなった。

 全くの無傷。決死の覚悟で向かった冒険者たちの全攻撃が、未だまったく動きを見せない海魔に通じなかった。


「どうなっているんだ!」

 物見の間で叫ばれた。己の理解が及ばぬ事態に、驚きはやがて恐怖へと変わる。

「あれでは手の出しようがないじゃないか!」

 武官の声に沸き起こる不安。己の知識の及ばぬ以上、このままではただ殺されるだけだという恐怖が心を埋めていく。

 その横でスーヴェルは驚きの顔でずっと海魔を見ている。

 アルフェーサーに至っても表情は平然とさせているものの、内心は同じく焦っていた。

(まずいな。手だてが思いつかない…)

 物理攻撃と魔法攻撃、その両面で傷を負わせられないとしたら何が出来るのか…。

 攻撃が通じなかった理由として、魔法に至っては魔法を遮断する結界みたいなものが守っているのだろう。火球が霧散した様子を考えると、海魔の保有魔力が自然と魔力結界を生じさせ、魔法攻撃の効果を遮断・減少させる。海魔に劣らぬほどの魔力でなければ魔法は通じないと考えて良いだろう。

 そして物理攻撃であるが、攻撃は受けても効果が無く、そして攻撃した者が押し返される。どのような手段を持ってそうなっているのかが全く分からない。

「全く情報が得られないとは…、さすがに参ったな…。」

 呟きに周囲の視線を集める。憧れる人からの声に若者たちの不安は更に大きくなる。

 でも、アルフェーサーはフォローを忘れない。

「しかし諦めたらそこで終わる。どのような手段であっても、ほんの些細な事でも、それが解決に繋がると信じて考えるしかないんだ。良いか、諦めるな!それだけは絶対忘れないでくれ。」

 そう言われて若者たちの心は奮い立った。諦めを感じていた己を恥じ、もう一度何か掴めないかと注視する。

 その間も冒険者たちの攻撃は続いていた。

 アルフェーサーの言葉通りに、彼らは諦めることなく何度も何度も足を叩き、矢は様々な場所へと放たれ、魔力の続く限り魔法が駆使された。

 そして時間だけが経っていく。

 動かぬ海魔の前でただ、冒険者たちが懸命に攻撃し続ける。

 やがて、その攻撃は収まっていく。

 まず魔法使いたちの魔力が尽きた。同時に矢がなくなる。

 そして戦士たちは、疲労と何もできないという現実に心を折られていく。

 滝のような汗に体中をびっしょりと濡らせ、力の限りに繰り出した攻撃の数々…。

 次第に一人、また一人と攻撃の手を止めていく…。

 結局彼らが全力を尽くした攻撃は、何の成果もなかったのだった。 


 静まり返った物見の間に、恐れた声が呟かれた。

「無駄なのだ。…我々では全く太刀打ちなどできぬのだ…。」

 それまでずっと床に膝ついた姿勢で何故か怯えていたニルベスが呟いたのだ。

 その声に皆が反応する。視線の中で代表してアルフェ―サーが問うた。

「ニルベス殿?どういう意味ですか?」

 その声にニルベスはようやく立ち上がると、変態した海魔を見つめる。

 しばし見つめてからその顔に悔やんだような表情が見えると、肩を大きく落として語り始めた。

「神々の時代。この世界は神と悪魔の戦いによって壊された。

 やがて戦いは神側の勝利で終えるが、壊れたこの世界を元に戻すため、神々はその肉体を以って美しき世界を遺したとされる。

 …その中で海の神と言えば『トリスタン』様のこと。

 この雄大な広い海の全てをトリスタン様が遺された。

 彼の御方に対して悪魔側はと言うと、実は海を操る悪魔というものは居ないとされておる。」

 その話に驚くも、考えてみればその通りである。海に関しては海神トリスタンの名しか聞いたことがない。

 神と言うとこの世界には9大神が祀り上げられ、それぞれを信仰する教会が活動している。

 対して悪魔側は悪魔王の下、悪魔四大公、悪魔元帥、3大将軍の8柱がいたとされている。

 その8柱の中には海に関する存在はない。

 ニルベスの語りは続く…。

「しかし海においても戦いはあったのだ。

 陸地と海、そして空を舞台に壮絶な戦いがあった。それこそが『神魔大戦』とされている。

 では海においてトリスタン様が戦われた相手とは誰か…?」

 ここでニルベスはその名を告げるために一度祈りを捧げる。その名は神の加護無しでは口にしてはならない名前だからだ。加護無しであった場合、語った途端に舌が腐り、口が爛れるとされている。

「トリスタン様、彼の御名を語ることをお許しくださいませ。」

 加護により、ニルベスの口に一瞬光が起こり消える。

「…一度しか言わんが、その方の名は『ティリュース』…様と告げておこう。

 彼の御方はトリスタン様の実妹であらせられる。」

「トリスタン様の妹君?」

 初耳である。

「左様じゃ。この妹君の事は、歴史書においても伏せる習わしとしておる。

 これはトリスタン様の神託であり、彼の方をむやみに語ることはならんとされているからじゃ。」

 下手に喋れない空間ができた。言わばその名は呪い。そこにいる皆がその名を口にせぬよう心掛けた。

 そしてニルベスの話は続く。

「彼の方は非常にお美しい方と言われている。

 そして心優しく、トリスタン様とも仲が良ろしかったとのこと…。

 だが、神魔大戦前に彼の方は行方が分からなくなてしまったのだ。

 慌ててトリスタン様が全ての海を探されている間に大戦が勃発し、その中でトリスタン様の前に現れたのが妹君であったとの事…。」

 そしてニルベスは海魔の姿を見る。

「その姿はこう記されている。

 甲羅のような背中に8本の長い足。手はハサミで長い髪の毛は蛇でできている。

 しかし、お顔と胴体は美しい妹君の姿そのものであったと…。」

「そんな!まさか・・・。」

 目の前にいる海魔の姿。それがニルベスの語った姿そのものなのである。

「しかしどれだけお声をかけられても妹君の反応はなかったとの事。

 故にトリスタン様は仕方なく倒され、海底に封印されたと記されてある。

 よもやその御方が、あのような海魔となっておられるとは…。」

 ニルベスは悔しげな表情で頭を振り、そしてアルフェ―サーに告げた。

「だからこそ、あの方は神の身を持ちし御方。故に一切の攻撃は効く筈が無いのだ…。

 それこそ、神をも殺す力を用いなければならん。」

 それを聞いて、そこにいる者たちは言葉を失くす。

 ニルベスの話が真実としたら、確かに今あそこにいる海魔なる存在は、とてもではないが手に負えるような存在ではない。

 そして納得する。

 魔法は一切効かず、物理攻撃は海自体を攻撃している様なものなのだ。

 海は切っても刃が通るだけ。そして波によって弾き返される…。

 まさに先ほどの戦いで冒険者たちは海そのものを相手にしていたのだ。

 最後にニルベスが告げた。

「逃げる算段をしよう…。よもやこのような事態になるとは誰も思っておらぬ。

 とにかく、人々を逃がす。それしかあるまい…。」

 諦めきった弱弱しい声だけがその空間に響いた。

 それに応じて、自分の心に諦めを受け入れる者たち。

 若き者たちは言葉は作らず、ただじっと下に俯櫛か出来なかった。


 アルフェ―サーとて、そのような話を聞かされては打つ手など思い付きようもない。

 ただでさえ、主力たちが祠を守りに出ていて手が足りないのだ。

 その中で多くの犠牲を出しながらも、ひとまず進行を食い止めたというのに、次は神が敵だという。

 アルフェ―サー自身、9大神の中の知恵と森の神『セイバス』を崇めている。

 ならばこそ、神という存在に対して弓を引くなど思い付きもしない。

(これは負けだな…)

 逃げようにも、数十万単位の住民をどこに逃がすべきか…。

 全体の3分の一を壊されたとしても、この都市ならば何とか持ち直す手立てもある。

 しかし、ここを離れたら食事の問題がまず生じる。

 住むところが安定しなければ、それによって病気が蔓延し、死者が出る。

 戦わず逃げたところで、結局死者は出るのだ。

 いつものニルベスであればそこもわかるであろうが、神を前にして考える事を放棄している。

 考える事を放棄出来たらどれほど楽であるか…。

 そんな事を考えながらも、己の決断で死者がどれだけ出る事になるかと思い恐ろしくなる。

「・・・手はないか…。」

 そう呟いた。

 弱気を見せるとは自分らしからぬと思いつつ、自分に言い聞かせるつもりの発言だった。


「諦めたら終わりですよね。」

 アルフェ―サーの隣から声がした。視線を向けると、そこに気弱な感じだった青年がいた。

 ここに現れてすぐの時と違い、その顔は強い意志が伺えた。

 そんなスーヴェルの言葉に、その向こうにいた武官が怒鳴る。

「何を言ってるんだ!さっきニルベス様が仰っただろっ。神が相手なんだからどうしようもないだろっ!」

 捲し立てて怒鳴る。その声に後ろに控えていた文官も叫ぶように言う。

「そうだよ!いまさら何ができるってんだよ。ここは逃げるしか仕方ないじゃないかっ!」

 悲痛な叫びだった。彼らの言葉は言った自分に言い聞かせている様な、そんな声だった。

 だけど、今までずっと蔑まれてきた青年は平気な態度で言う。

「それじゃ今すぐ逃げたらいいよ。」

「なんだと?!」

 睨み返す二人。同時に、同じ気持ちでいた一同が厳しい目を向けた。

 以前ならそこで怯んでいただろう。

 でも、自分を認めてくれるヒトがいる事を知り、強くなろうと決心したばかりだ。

 そして、ここで諦めるなどという愚策を選ぶつもりはサラサラ無かった。

 「諦めるな」…ついさっき耳にしたばかりの言葉である。

 だからこそ、青年は勇気をもって発言した。

「だって、今ここで逃げてもどこに逃げるのですか?

 ここには数十万というたくさんのヒトたちがいて、この防壁に囲まれた都市で暮らしていたんだ。

 今までこんな状況になるなど誰も思わないから、ここから逃げてもどこに逃げれば助かるんだい?

 平和な防壁の中で生きてきて、外でどうやって暮らせばいいかわかるヒトなんてどれだけいる事か。」

 その言葉に、女性文官が反論する。

「だからって、対抗できるの?神様なんだよ!私たちが敵うはずないでしょ。」

 悲痛な叫び。

 その言葉に一同は頷く。その瞳はお前もわかってるだろと言わんばかりに厳しい視線だ。

 でも、スーヴェルは聞かなかった。

「敵わないって誰が決めたの?」

「えっ?」

 思わずそう問い返す女性文官。

 他の面々も同じく驚嘆した表情を見せる。その中で武官が呆れたという風に言う。

「さっき、あの冒険者たちが何もできなかったじゃないか…。」

「それはあの冒険者たちがだよね。でもまだ方法は何かあるはずだよ!」

 そして視線を海魔である海神の妹に向ける。

「僕はね、今日まで何度も何度も諦めてきた。

 色んな事を考えても、誰も聞いてくれないし、お前はおかしいってずっと蔑まれ、辛くて悲しくて何度も神様助けてって思った事がある。

 でも、今まで神様が助けてくれたことなんて一度も無かった。

 そんな僕に今日、初めて僕自身の可能性を信じて良いって教えて貰えたんだ。

 言ってることはおかしくないし、すごいって褒めて貰えたんだ。

 だったら、僕は自分の可能性を信じる!

 それにあれは僕たちの町を壊しに来た魔物であって、神様じゃないんだ。

 可能な限りを出し尽くすまで、僕は絶対に諦めない。」

 そう言い終えると、視線を海魔に向けた。もうこれ以上はいう時間がもったいないとばかりに、ぶつぶつと独り言を呟きながら、何か手段はないだろうかと観察する。


 それに対して、武官や文官はすっかり言葉を失くした。

 彼らだってここから逃げてもどうしようもないことは分っている。

 だが敵わない相手なのだから、逃げても仕方ないじゃないかと思った。

 それに命あるならば何とかなるという根拠のない希望を抱いた。

 それが正しい行動であり、みんなが同じ思いだと信じた。

 確かにそうかもしれないが、それが住民たちを指揮する者としてどれだけ無責任な事か…。

 それを指摘されたのだ。

 しかも今まで一番自分たちより劣っていると思ってきた者からである。

 同じ世代の者として、彼を見たり聞いたりした者ばかりがここにいる。

 正当に彼が評価されないために成績はいつも及第点ギリギリで、明らかに劣っていると蔑んでいた。

 そのことで、彼が今までどんな思いだったか気にもしていなかった。

 そして今、彼のまっすぐな意見に殴られた気持ちになった。

(恥ずかしい・・・)

 その思いに己が情けなくなる。

 そして沸き立つ。こいつには負けられないという情熱。

 さらに感じる。自分だって何か出来るはずだという可能性への挑戦。

 一同は互いに見つめ合い、そして頷く。

「くそっ、・・・戦術の見直しを考えるから手伝ってくれ。」

「こっちは残存戦力の把握をするぞ。」

「私は最悪の場合を想定して、避難先を検討してきます。」

 それぞれが自分にできることを行動し始めた。

 さっきまでの重々しい雰囲気が消え、まだこれからやれるという気力に満ちた空間ができた。

(大したものだ。あの状況から自分たちで行動するとは。この年代はすばらしい時代を築けるかもしれないな…)

 そう思うアルフェ―サー。さっと周囲を見回した後、スーヴェルに視線を向ける。

(何より、この青年の存在がすごい。

 ここまでたくさん苦労してきたのだろうな…。

 だからこそこの中で一番見どころがある。是非ともうちに欲しいな)

 そう考えてから、自ら頭を振った。

(いや、今は呆けている場合ではない。

 私とてこの時代の戦略家としてやってきたのだ。

 いずれは抜かれるだろうが、今はその礎となって見せよう)

 こうしてアルフェ―サーは人生最大にして最後の難問に立ち向かう事となるのだった。



 海魔が今の姿に変態して3時間が経った。

 既に日は傾き、東の空は暗くなっている。

 都市中のヒトが西側へ非難して、固唾を飲んで様子を伺っている。

 そしてそこに南の祠防衛に出ていたグフト達が戻ってきた。

 海魔強襲の報を聞いて祠周辺に一部隊を残し、急ぎで駆け戻った総勢2万弱の戦士や医療部隊。

 グフトは直ちにアルフェ―サーに連絡を取り状況を確認した。

 一方で帰ってきた者たちはすぐに休憩を取り、いつでも行動できる準備をしておく。

 その間も海神の妹は動きを見せず、ただじっとその姿勢のまま佇んでいた。

 夜が訪れる中、それぞれが次の動きに準備を行っていた。

 そう、イデアメルカートゥン城塞都市にとって『最悪の1日』に向かって…。

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